2-10
「ほら」
すり抜けているのとは反対の手、包帯を巻いた方の手が差し出される。
忍はただ、魔法のような目の前の光景が信じられずに、ぼうっと立ち尽くしていた。棒立ちの忍を、杏はふむと見つめて、神妙な面持ちで呟く。
「……ああ、結婚をしてないからか?」
「……は」
思いがけない言葉である。確かに、手を繋ぐのは結婚してからといったのは、忍自身ではあるが。おかしくなった過去の自分に後悔する忍に、杏は、真剣な顔で言葉を続ける。
「手じゃないと支障が出るんだ。少々繋いでいてくれ」
「いや、そういうわけでは」
杏の無自覚な煽りに、止まっていた忍の頭がようやく動き出す。僅かに躊躇しながら掴むと、杏は前にすすみ、その体を門へと沈ませた。
ためらうことのない杏とは対照的に、忍は手を引かれると共に目の前にせまる物体に、目をつぶった。杏の実演でどうやら通り抜けられることはわかったが、やはり怖いものは怖い。ひゅっと体の中を巡るような奇妙な感覚が走る。
掴んでいた手がそっと離れる。恐る恐る目を開けると、そこには自慢げな杏が煌びやかな宮中の様子を背にして、立っていた。
「通れるだろう?」
「……すごいな」
背後に移動した門を見ながら、呟く。
「結界が張られているんだ。あの門は結界を実体化し、令牌を持つものだけを通すようにしているというわけだな」
杏の解説を聞きながら、忍は感心する。不意に、門の傍で辺りを見回しながら話す2人に女が近づいた。
「……お待ちしておりました」
「ああ」
杏は女の言葉に頷く。黒い質素な服に、黒布を付けた不気味な女は頭を深く下げたあと、何も言わずに二人を導くように歩き出した。
戸惑いを見せる忍の目を見つめ、杏は頷く。ついていけということだろうか。忍は、杏と女の背を追い、宮中を歩き出した。
忍は歩きながら、辺りを眺める。通りほどの賑やかさはないが、祭儀のためか人が忙しなく歩いている。しかし、どこか威圧感を漂わせているからであろうか。黒い服の女が通ると自然に人が割れた。
「そんなに緊張しないでも大丈夫だ」
杏はついていく忍の様子をみて微笑む。宮中、すなわち天子が住まうところというだけあって何もかも高価なもので埋め尽くされた、優美な建物である。忍が居心地悪く、おどおどと歩いていると、最前を歩いている黒い服の女が唐突に止まる。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう」
杏が爽やかにお礼を言うと、女は深く頭を下げ、消えるように素早く去っていった。




