2-9
通りをずっと歩き、しばらくすると杏は止まる。目の前には、見覚えのある豪奢な建物があった。忍は、その建物を見上げながらぽつり、と呟いた。
「……ここは」
「飛龍宮だよ、紹介しただろう?」
忍の小声を拾い、いつも通りな様子で淡々とそういう杏。しかし、ここが飛龍宮であることは忍も覚えている。……ただ、少々、いや随分と疑問が募っているだけだ。
「……灯篭がきれいにみえるのか、ここって?」
忍は怪訝な顔をして、首を傾げる。飛龍宮が、杏のいう、「きれいに景色が見えるところ」なのであろうか。
というか、そもそものところ、杏は「今日は君はこっち」なんていって忍を飛龍宮から遠ざけた。それに、忍のようなまるで関係のない人間が、飛龍宮に入っていいのかという疑問さえある。
杏は、考え込む忍をみて「まあまあ」と宥める。
「色々と事情が変わったんだ」
本当に言葉足らずすぎる、と忍はため息をついた。
「……事情って」
「入ってからのお楽しみってやつだよ」
どうやら、杏にとってこの状況は少々面白いらしい。右の口端が上がっている。
「……でも、これどうやって入るんだ?」
ぴたり、と閉じた門を見上げ、尋ねる。押しても、引いてもまるで開きそうもない重厚さがある。もちろんすることはないのであるが、盗人のようによじ登るにしても、高さがありすぎる。
「少しまっていてくれ。……ここに、あれが、あるはず」
忍を他所に、杏は、ごそごそと懐をあさっている。しばらくして、「……よし!」と声があがる。
忍の前に、何かが出される。
「これが必要なんだ」
そこにあるのは、薄い板のような何かだった。忍にはそこに何が書いてあるかはわからない。しかし、文字と記号のような何かが赤の線で刻まれていた。
「なんだこれ、呪具か?」
「令牌だ。簡潔にいうと、通行手形みたいなものだな」
忍は興味をそそられた様子で、令牌と呼ばれたそれをじっと観察する。
「……見てて」
ふいに、忍の目の前から令牌が消える。ふっと忍の顔を見ながら笑った後、杏は令牌を胸の前に抱き、門の前に傅いた。
「天子の命を受け、令牌に命ずる」
ほんの少し、赤い線から怪しい光が発されて。
「これで、いいはずだ」
杏は立ち上がると、忍の方を向いて言った。
「……いいって」
忍は、杏の言葉に呆然とした様子で立っていた。だって、まるで門は空いていないのだから。令牌から僅かな光がもれた以外には、状況に何も変化はない。門は、先程のように、僅かな隙間もないまま、そこに鎮座していた。
「通れなくないか?これ」
忍がそういって、門を指差す。すると、杏は「いや」と首を振って、手を伸ばした。前に出された手は、そのまま門の表面に触れておわるだろう。
「……え」
忍の口から、思わず驚きの声が出た。杏の手の、手首から先が、消えている。いや、これは消えているんじゃない。杏の手が、まるで幽霊のように門をすり抜けているのだ。




