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ふう、と少し息をつく。安心したような息遣いが隣から聞こえる。
「きれいに景色が見えるところがあるんだ」
そう杏は言った。忍は、こくりと頷き、その後ろをついていく。通りは、朝よりもさらに人が多かった。さもすればはぐれてしまうくらいだ。それに、朝とは全く異なる賑やかさがあった。
ほんの少し、苦しい。
忍は、短く深呼吸をした。通り全体が、燈と活気に溢れていて、人の少ない村で育った忍には少々息苦しい空間であった。
ふいに、手に触れられて、ぴくりと体を震わせた。
「……杏?」
手をぎゅっと握っているのは杏だった。
「こちらだ」
杏は、手を繋いだままそういった。忍は少し気恥ずかしさを覚える。なんというか、杏という少女は、距離感が非常におかしい。それに、買い物をする時も財布は持っていないし、料理にも無頓着だしぽやぽやだし少々人間として生活が出来ているのか不安になる。明も、距離感は近かったが、年頃の男にこんなに近づくことはなかった。
なんとなく、仙道や蘭々の過保護の理由が忍にも垣間見えた気がした。
しかし、ぽやぽやとした性格のわりに、本質はどこかぼやけていた。一体、何を考えてるのだろうか。
「……どうした?」
忍の視線に気づき、杏は不思議そうに尋ねた。
「……いや、少し」
忍は握った手を見つめながらそうこぼした。耳が、ほんの少し赤かった。杏は、らしくもなく少々フリーズすると、はっと気づく。
「はぐれそうだったから、思わずつかんでしまった」
「……いやだろうか?」と、杏は困ったようにいった。
「いや、ではないけれど」
なんとなしに、明の困り顔と重なって忍は割り切れない返事をしてしまうと、杏は強くいった。
「いやじゃないなら、握った方がはぐれなくていい」
そうじゃなくて、なんか恥ずかしくてとも言いづらくて。忍は、何とか言葉を捻り出そうと苦戦して。
「……こういうのは、結婚してからだろ!」
空気が、時間が少々止まったようだった。杏の手が脱力し、ゆっくりと離れていった。忍は、杏の不思議な雰囲気に当てられてとんでもないことをいってしまった気がした。忍自身でさえ自分は何をいっているんだろう、と困惑してしまう始末である。
対照的に、杏のきゅっとした顔が崩れて、けらけらと笑い転げる。
「君って、物凄く面白いな」
「……別に初心でも、君には関係ないだろ」
杏が自分に対する価値のような何かを感じているのは分かっているが、本来のところ忍はこういう人間なのである。ひとしきり杏が笑い転げた後、忍は、そういった。「ごめんよ」と、拗ねた顔の忍の手に飴細工が渡される。
「随分笑ってしまったからな。お詫びだ。……それに、来た時に奢ってもらっただろ?」
「……ああ、あれか」
そういえばそんなこともあったな、と忍は飴を舐めながら思い出した。
「随分時間を食ってしまったな」
「……すまないね」
不本意ではあるが、忍は軽くあやまった。くすりと、杏は笑った後、空を見上げる。
「では、いこうか」




