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「……お嬢様?」
「爺や」
後ろを振り返るとほうきを片手に、屋敷の使用人らしき初老の男が二人を見つめていた。杏が親しげに駆け寄ると、男は深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませ」
それから、後ろに引っ付いている忍を一瞥して杏に尋ねる。
「……そちらの方は?」
「忍というんだ。今回の任務で出会ってね」
「こんにちは」
紹介された忍は、男に向かって軽くお辞儀をする。
「爺や、今から陛下と謁見しにいくんだ。その間、彼を客間に通しておいてくれ」
「承知しました」
「じゃあ、お願いね」
「ではまた」そう言うと、杏は背を向けて風のように一人走り去っていく。残された忍は、爺やと呼ばれた男性の顔をどうするべきかも分からずに、とりあえず気まずげに見つめた。
「……すみません、突然」
「いえ、お嬢様の気まぐれはいつものことですから」
忍の謝罪に対して、男は穏やかに笑みを浮かべながら首を振った。
「この屋敷の使用人としてはたらいております、仙道と申します」
仙道は軽い自己紹介をし、「では、客間へと案内しますね」と、忍を連れて、屋敷の重い玄関を開けた。屋敷の中に入ると、部屋にいた数人の使用人の視線が忍に向く。
「こちらです。何かある場合は外に使用人が控えておりますので呼んでいただければ……」
「はい、ありがとうございます」
客間の扉を開けると、忍に再度深々と頭を下げ、仙道は去っていく。扉が完全にしまった所で、忍は落ち着かない様子で、客間にあった椅子に腰掛けた。
杏は一体どうしたいのだろうか。何も言わずに忍をここに連れてきて、忍は何もかも分からないまま彼女に従った。村から出たのは、行く宛も寄る辺も、何も無い自分に、命の恩人である杏が手を差し伸べてくれたからだ。ただ杏との付き合いはまだ浅いが、彼女が自分を都へと連れてきたことには何か意図があることは薄々察していた。しかし、何を考えているのか、忍にはまるで予想ができなかった。
肘をつき、瞼をゆっくりと閉じると、瞼の裏ではあの悲惨な光景が鮮明に再生される。「邪龍の涙」と杏はあの化け物のことを呼んだ。あれによって忍だけを残して、香も明も、婆様も。村の全てが焼き尽くされ失われたときに生まれた、どうしようもない、煮え滾る黒い感情。彼女についていけばこの感情を解決する術を見つけることができるのではないか。あれに、村を焼き尽くすと決めた意思も知能もあるのかは忍にはわからない。しかし、ただあの化け物に復讐を遂げるための何か掴むことができればと、そんな淡い期待を忍は胸に抱いていた。




