4話 #投稿
俺と姉は、それぞれスマホを手に取った。
画面には、ばあちゃんの時と同じ黒い“M”のアイコン。
無言のまま視線を交わし、ほぼ同時にアプリMをタップする。
すると、アプリの起動音がなり、画面いっぱいに真っ黒な背景が広がった。
真ん中には“HeyHeyHoHo Inc.”の白い文字。
――マジカルユーザーの登録を開始します。
無機質な合成音声が、スマホのスピーカーから流れる。
ばあちゃんの時と全く一緒だ。
【ユーザー名を入力してください(仮名可)】
すぐに、ユーザー登録の画面に切り替わった。
ユーザー名かぁ、どうしようかな。
「ねえちゃんはどうすんの?」
俺は姉に問いかけた。
「うーん……やっぱ、“あや姫”かな」
「でた。相変わらずブレねぇな」
言われる前からわかってたけど、案の定だ。
姉は飽きもせず、いつも同じキャラ名を使っている。
昔からお姫様になりたいとか訳のわからないことを言って……。
「もうすぐ高3になるって言うのに、先が思いやられるわ」
「いいでしょ別に! で、あんたは?」
唇を尖らせ、少し恥ずかしそうにする姉。
「俺? “偽勇者”。」
最近の俺のトレンドだ。
「なにそれダッサ」
姉が馬鹿にして笑う。
「うるせぇ」
二人は目を合わせ、笑い合った。
「いいから、次行くぞ!」
全然進めやしない。
えーっと、次は、生年月日、顔認証か。
ささっと入力し、次の画面へ進む。
「あ、これで終わりか?」
あっさり登録は完了した。
【登録完了。タップしてください。】の表示。
指先で軽く触れると、画面に小さなアバターが現れた。
「おお! 出た!」
これが、俺たちの分身――らしい。
姉はドレス姿の“あや姫”。
俺はマントを羽織った“偽勇者”。
「なんかRPGっぽいな!」
「うわ、私、ちゃんとドレス着てる! かわいい!」
画面の中の俺は、何の不安もなさそうな顔で陽気に踊っている。
現実の俺とは違って、どこか軽くて、羨ましい。
「姉ちゃん、先ステータス見てみよ?」
「ちょっと待ってよ……」
そう言い、姉が指先で〈ステータス〉のタブを軽く押す。
すると、画面がふっと切り替わった。
「これは、ばあちゃんと全く一緒だな」
「ほんとだ……ランクもステータスも全部1だ」
完全に初期値だ。
ゲームのチュートリアル前って感じ。
「ふーん、ま、最初はこんなもんか」
そう言って姉がスマホを閉じる。
「次、はるとのステータス見てみよ」
次は俺の番だった。
そして、ステータスを開く。
「え、はるとのステータス、なんか違くない?」
俺のステータスは、なぜか‘’1”ではなかった。
「ほんとだ……。ステータスの数値が全部“4”になってる」
なんで……?
「それ、もしかして……飴の数じゃない?」
姉の声が小さく響く。
そ、そうだ、俺は“マジカルキャンディ”を――
四つ食べた。
「……ってことは、飴の数が、ステータスに反映されてる?」
「マジ!? じゃあ、あんたチートじゃん」
姉が冗談っぽく笑った。
でも俺は笑えなかった。
この世界が、もしゲームじゃなかったら――
“チート”って言葉が、なんだかやけに不吉に聞こえた。
――
そのあと、俺たちは改めてアプリの中を探った。
だが表示されるのは〈ステータス〉と〈マジカルスーパー〉だけ。
外は真っ暗で、おそらくコンビニもスーパーもやっていないだろう。
確認のために外に出る勇気はないが……。
家の中の食料は数日分あるけど、長くはもたない。電気も、いつ消えるかわからない。
心の中に、どんどん不安が募っていく。
「どうすりゃ良いんだよ……」
そう言って、スマホを閉じようとしたそのとき――
あれ?
他のアプリは消えたはずなのに、ひとつだけ、見慣れたアイコンが残っていた。
W。
“短文や画像、動画を投稿して、他人のつぶやきがタイムラインに流れてくるSNS。”
「……え? W、残ってんじゃん!!」
思わず声が出た。
慌てて姉ちゃんを呼ぶ。
「ちょ、これ見て! 繋がってる!」
画面をタップすると、アプリは普通に起動した。
しかも、タイムラインが――動いている。
「……投稿できる人、いるの?」
スクロールしていくと、信じられない内容が次々と流れてきた。
――
ねこねこ(@moncat_7…)
ガチで異世界来た。
#マジカルキャンディ #異世界
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――
おこめは神(@okome_is_god…)
誰か助けて。家族が消えた。俺だけ残ってる。
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――
愉快女(@HEIHO_ii…)
ヘイヘイホーホーのハロウィン企画見てたら、画面バグって真っ暗。
これ、何の冗談??
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――
しろもふ(@shiro_mofu…)
変なアプリダウンロードさせられた。
これウイルス?夢???
〈返信:408〉〈リポスト:1,105〉〈♥2,192〉
――
エラー404(@_404world…)
ピンポン鳴って箱届いたやついる?
中身ヤバい。開けんな、マジで。
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――
名無し(@nanashi…)
もう3時間ネット見てるけど、W以外全部落ちてる。Wだけが救い……。
〈返信:213〉〈リポスト:824〉〈♥1,330〉
――
きゃんぴ(@no_signal…)
外出た人いる? 怖い。助けて。
〈返信:1,552〉〈リポスト:2,204〉〈♥4,901〉
――
武蔵山(@darkhome…)
ねえ、家停電してるんだけど、みんな生きてる?
〈返信:1,114〉〈リポスト:3,307〉〈♥5,128〉
――
「……マジかよ……」
心臓がどくんと跳ねた。
画面の向こうで、同じことが起きている。
全国で、いや、もしかしたら世界中で。
「俺たちだけじゃ……なかったんだ……」
誰かが同じように、
“マジカルキャンディ”を舐めて、あのハロウィンの夜に――
“ここ”に来ている。
そしてWだけが、
唯一、まだ“現実とつながっている”ものだった。
――
プロフィールを確認すると、名前が勝手に変わっていた。
俺のアカウントは「偽勇者」。
姉のは「あや姫」。
「え、なんで!? 勝手に名前変わってるんだけど! マジカルユーザー名になってる……!
しかも今までの投稿全部消されてるし!」
「げ!! いいね伸びたお気に入りの投稿もなくなってるんだけど!!!」
姉が騒がしくまくしたてる。
どうやらアプリMで登録した名前が、そのままWのユーザー名に書き換えられたらしい。
Wのタイムラインをスクロールしていると――
急に、タイムラインが荒れ始めた。
――
外に出るな。
何かいる。
叫び声が聞こえた。
誰かが食われた。
――
短い動画が上がっていた。
暗闇の中、カメラを向けた先で、何かが蠢く。
次の瞬間、甲高い悲鳴と、獣のような雄叫び――。
画面はブレて、途切れた。
「……え、外に、なんかいるの……?」
姉と顔を見合わせる。
外は真っ暗で、何も聞こえない。
「このタイムラインにいるの、同じ状況の人たちだけ……だよな? 日常の投稿とか、もう一個も流れてこない……」
「……たぶん、そうだよね」
外に出るのはやめよう。そう決めた。
時計は、あの瞬間――この世界に来た時間で止まっている。
そして――
バチン。
急に電気が消えた。
「きゃっ!」
姉が小さく叫ぶ。
スマホとテレビの画面だけが、闇の中で淡く光を発していた。
俺は、急に背中が怖くなり、ばあちゃんの座っているソファへ駆け寄った。
すぐに姉も追いかけてくる。
ばあちゃんを真ん中にし、三人で身を寄せ合い、これからどうするかを話し合った。
ばあちゃんは落ち着いた声で言った。
「明るくなってから考えよう。今は動くんじゃないよ」
でも、落ち着けるわけがなかった。
俺と姉はひたすらWのタイムラインを追い続けた。
不思議なことに、スマホの充電は一切減らない。
テレビも、電気が通ってないはずなのに消えない。
それが逆に、不気味で仕方がなかった。
Wでは、どうやら外には“何か”がいて、
外に出た人間は――食われるらしい。
いくつもの投稿が、それを裏付けていた。
もう誰も、外の世界には戻れていない。
進展はない。
ただひとつ、確かなことだけが残った。
“外に出てはいけない”
けれど、時間が止まった世界で“朝”なんて本当に来るのか。
そんな不安が胸の奥でくすぶっていた。
「……寝ますよ〜」
ばあちゃんが、いつもと同じ調子で立ち上がる。
「え、今!?」
「ばあちゃん待ってよ!」
慌てて姉と二人、ばあちゃんのあとを追う。
寝室の戸を開けると、ばあちゃんの優しい匂いがふわりと広がった。
「一緒に寝なさい。寒いからね」
そう言って、ばあちゃんは俺たちを布団の中に招き入れてくれた。
懐かしい。久しぶりのばあちゃんの布団。
幼い頃、怖い夢を見た夜に逃げ込んだあのぬくもりと匂いが、今も変わらずそこにあった。
三人並んで、ぎゅっと肩を寄せ合う。
テレビの青白い光が廊下の向こうでぼんやり揺れている。
不気味な世界の中で、その光景だけがやけに優しかった。
やがて、姉の小さな寝息が聞こえる。
俺もその音を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
ばあちゃんの布団の匂いに包まれながら、
まるで現実から逃げるように――眠りに落ちた。
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