15話 #スライム討伐
「……そろそろ、遭遇するかもしれないな」
俺たちは、マップMに浮かぶ“白い点滅”を頼りに静まり返った街を歩いていた。
家々の隙間を抜ける風がいつも以上に冷たく感じ、髪をかすめる感触に思わず肩がすくむ。
俺が見つめるスマホの画面には、点滅する光が無数に浮かび上がっており、その光はまるでモンスターの鼓動のようにゆっくりと明滅していた。
その中でも一際小さな点――
俺たちの標的がもうすぐ目の前に迫っている。
「ねえちゃん、この先はゆっくり行こう」
「この先の……はず……」
マップによれば、このT字路を右に曲がったすぐ先にモンスターの反応があった。
「見て……みるか」
俺は唾をごくりと飲み込む。
姉も顔を少しこわばらせながら、小さく頷いた。
俺たちは同時に息を殺す。
俺は気づかれないよう、ゆっくりと壁の陰からほんのわずかに顔を出し、モンスターの姿を確かめた。
――いた。
通りの先、道路の止まれ標識の近くで、
ひときわ青い光が揺れている。
スライムだ。
腰の高さほどの塊が、ゆっくりと呼吸をするように膨張と収縮を繰り返していた。
日の光が当たるたび、内部に散る微細な粒子が瞬く。
まるでガラスの中に散りばめられた砂金が、
太陽の光に反射して煌めいているようだった。
きれい……。
スライムなのに、思わず息を呑むほど綺麗だった。
姉も俺の後ろからそっとスライムを覗き込んできた。
「……うわぁ、ラメ入ってんじゃん……!?」
姉から抑えきれていない小声が漏れる。
「ちょ!静かに!バレるって」
俺の心配はお構いなしに、どんどんと前のめりになっていく姉。
姉は居ても立っても居られないといった様子で、身を乗り出してスライムを見つめていた。
「行って、みる?」
期待に輝く瞳をした姉がこちらをみる。
俺は仕方なく無言でうなずいた。
「ちょっと待って……」
――シュ、ンッ
俺はゆっくりと鞘から剣を出し、両手で柄をぎゅっと握った。
「よし、行くか」
俺はゆっくりと深呼吸をし、覚悟を決める。
姉も青い晶石の浮かぶ杖を構え、真剣な面持ちとなる。
……ゆっくり、できるだけバレないように……。
俺たちは、一歩、また一歩とスライムへ近づいていった。
息を潜めながら、静かにスライムとの距離を詰めていく。
アスファルトを擦る足の音がやけに大きく聞こえた。
スライムはまだ背を向けている。
――そう思った、ほんの一瞬。
スライムが振り返り、目が合った。
キュルンとしたつぶらな瞳がこちらを捉える。
「………っ」
時間が止まった。
すると突然――
「かわいいいい」
姉の弾んだ声が緊張を掻き消すように耳に入ってきた。
か、かわいい……か?
一瞬の迷い。
その間にも、スライムは輪郭を歪め、
まるでゴムのように全身をたわませていた。
――その瞬間
青い塊が弾け飛び、俺へと突進してきた。
……くる!!!!
「はるとっ!!」
視界の端で、姉が杖を構え直したのが見えた。
「――っ!」
考えるより先に、体が動いていた。
俺は青い塊に向かって思わず剣を振り下ろす。
ベチャッッ
ぬめるような抵抗と、生き物を切った生々しい感触が手から腕全体に伝わる。
「……っ!」
いけぇぇぇぇぇ!
俺は手を引かず、一気に上から下へと切り裂いた。
プシュン
すると突然、腕全体に伝わっていた抵抗と気持の悪い感触が一瞬にして消えた。
……え?
スライムの体が裂け、散った光が宙に浮かんで静かに溶けていく。
「はると? やったの!?」
姉は目を見開き、頬を上気させて俺の方に顔を向ける。
「た、倒した……のか?」
あたりにはもうスライムの姿は見えない。
やった……のか? こんなにあっけなく?
俺は拍子抜けし、その場に立ち尽くす。
……あれ? 初討伐ってさ、もっと、盛り上がるもんじゃないの!?!?
思ってたんと違うんですけど!?
討伐の達成感よりも、胸の奥に後味の悪さだけが残った。
脳裏にあの、スライムのつぶらな瞳がちらついた。
「なんか、後味悪いわ」
手の中にはまだ、生き物を裂く生々しい感触が残っている気がした。
俺は自分の手のひらをぼんやりと見つめた。
ゲームとは違う、リアルな感覚……。
俺の中で、“ゲーム”と“現実”の境界が、ほんの少し揺らいだ。
これからこれが続くのか……。
「はぁぁ」
モンスター図鑑を埋めるためには、スライム討伐ごときでうだうだと言ってる場合ではない。
でも――
俺が目指している道の先がひどく遠くに思えた。
割り切ろ!俺!
まぁ、何がどうあれ、初討伐成功に変わりはないんだから!!
俺は胸の中のざわめきを押し込んで前を向く。
スライムが消えた後に残っていたのは、
熱を帯びた空気と
――ひと粒の輝き。
……ん?
「なんだこれ」
青い石……?
目の前には、キラキラと光る青くて丸い結晶がふわりと浮いていた。
魔石でもドロップされたのか……?
「あ、もしかして……!」
あのとき見た、Wの勇者の投稿が脳裏をよぎった。
透きとおるビー玉のように澄んだ青。
その中に、金の粉が星屑のように漂っている。
日の光が当たるたび、細かいラメが幻想的に煌めく。
すげえ、きれい……。
俺はゆっくりと手を伸ばし、その塊を掴んだ。
その瞬間――
「……うわ!あつ!」
手のひらにじんわりと熱が広がり、
それと同時にスマホが震えた。
ピロン♪
――――
【スライムキャンディ(ラメ入り)獲得】
【Mポイント+1】
――――
やっぱり……。
「え!スライムキャンディ(ラメ入り)って何!?」
姉は俺のスマホの画面を覗き込むなり、目を見開いて肩を小さく跳ねさせた。
「勇者が言ってたやつだと思うけど……」
「キャンディって言うくらいだし、食べられるのかな?」
そう言って、姉は俺の手からキャンディを奪い取った。
「え?」
俺が止めるよりも早く、姉はなんのためらいもなしにその“キャンディ”を、口に放り込んだ。
「ちょ! 姉ちゃん!!?」
……は?まじで言ってる?
すると突然空気が震えた。
こいつ、まじで食いやがった!
――フワァァァ
姉の体全体から光が弾け、黒い髪が風に舞い上がる。
「え?なに? ちょ、ねぇちゃ、大丈夫?」
ねえちゃん……!?
見えない力が姉のまわりに渦を巻く。
そして、小さな光がキラキラと舞った。
姉は瞳を閉じ、その不思議な力に全て身を任せている。その姿がなんとも幻想的に見えた。
俺は何が起きたのか理解できず、ただ目の前の光景を見つめることしかできなかった。
数秒後――。
風の勢いが少しずつ弱まり、姉の舞い上がった髪がふわりと重力に従うように静かに下りていった。
やがて――静けさが戻る。
「……姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……たぶん」
あたりは、息を潜めたように静まり返った。
ピロン♪
静寂を割くように、姉のスマホの通知音が軽やかに鳴った。
「なんだろ……」
姉は自分のスマホを見下ろし、目を見開く。
そして口の端を上げ、得意げに笑った。
「見て。ステータス、上がってる」
――――
【スライムキャンディ(ラメ入り)を摂取しました】
【覚醒成功】
〈ステータス更新〉
▶ 体力 +1
▶︎すばやさ+1
――――
「……キャンディで、ステータスが上がる?」
思わず呟いた言葉が、自分の耳にも遠く聞こえる。
「まじで?」
この世界では――
“キャンディを食べるほど、強くなる”
それが、このマジカルワールドの“常識”だった。
――――
あや姫(@ayaya-hime…)
ラメスライム討伐成功!
ドロップされたキャンディ舐めたらステータス上がった!!
#スライム討伐成功
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――――
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