1話 #マジカルキャンディ
その飴は、ほんの一瞬だけ――この世界の話題を独占した。
大手お菓子メーカー HeyHeyHoHo Inc.
〈ヘイヘイホーホー〉が突如発表した、期間&数量限定の新商品。
その名も――《マジカルキャンディ》。
名前の通り、まるで魔法のような飴だった。
舐める人によって、色も味も変わるという――七変化の不思議な飴。
しかも一人一人で反応が固定されるらしく、同じ人が何度舐めても同じ色・味にしかならないという。
「遺伝子レベルで反応してるらしい」「唾液の中の酵素が鍵なんだ」――そんな噂がSNSを駆け巡った。
発売と同時に《マジカルキャンディ》は店頭から瞬く間に姿を消した。
1粒ごとに丁寧に包装されたキャンディは、定価が1粒5,000円。
しかし転売価格はその10倍、100倍にまで跳ね上がり、中には1粒50万円で取引されるものまであったという。
さらに、稀に“当たり”と書かれたキャンディが存在し、それを引き当てた者には、後日〈HeyHeyHoHo Inc.〉から“特別な景品”が贈られるらしい――。
当然、「当たり付きマジカルキャンディ」の値段は高騰し、1粒500万円以上で取引される伝説の飴となっていった。
しかし――
この物語は、そんな飴を転売目的でも、話題狙いでもなく、ただの“おやつ”として買った家族の話だ。
⸻
「……ばあちゃん、それ、なに?」
夕方のリビング。
俺がそう尋ねたとき、ばあちゃんは得意げに笑っていた。
しわくちゃの手に握られていたのは、キラキラ光る小さな箱……が六つ。
箱の中には、透明な包みにくるまれたキャンディが1粒ずつ並んでいた。
キャンディは細いリボンで結ばれ、光にかざすとまるで宝石みたいにきらめく。
思わず息をのむ。
こんな飴、見たことがなかった。
その飴は、ビー玉よりも大きく、掌の上で転がすとずしりと重みを感じるほどだった。
光の加減で淡く七色にきらめいて見え、まるで本当の宝石のような、異様な存在感を放っていた。
《マジカルキャンディ》
「お菓子屋さんでねぇ、ちょっと高かったけど、あんたたちのために買ってきたんだよ」
「え、これ1粒ずつ売ってるの? ちょっと高いって、いくら?」
「……1個、5,000円くらい?」
「ごっ……5000!? ばあちゃん!? これで5,000円は高すぎない!? さすがに怒られるって!?」
思わず声を裏返す俺。
だって、ただのお菓子だ。いや、確かに宝石っぽいけど! でも飴だぞ!?
6個で……3万!?!? えぐいって。
俺が頭を抱える横で、ばあちゃんはにこにこと笑っている。
その笑顔に文句を言える人間なんて、うちの家族にはいなかった。
結局、ばあちゃん1個、姉ちゃん1個、俺が4個。
ばあちゃん曰く「歯が弱いし、1個で十分」。
姉ちゃん曰く「ダイエット中」。
両親とじいちゃんは「そんな高い飴、怖くて食べれない!」と譲ってきた。
結果、俺の前には高級飴が4つも並んだ。
⸻
「じゃ、食べよっか!」
姉の明るい掛け声とともに包みを開け、1粒口に放り込む。
舌に触れた瞬間、飴が真っ赤に輝いた。
「おお……すげぇ、これマジで色変わるんだ!」
口に入れた飴は、まるで火球のように真っ赤に燃えていた。
味は――りんごか?
ほんのり温かい。これは、結構うまいかも?
いやあ、でも、5,000円は高いって!!
続いて姉の反応を見る。
姉ちゃんの飴は、透明から深い青へとゆっくり色を変え
「……私の、あまじょっぱい! 塩飴?」
と首を傾げている。
ばあちゃんのは深緑色で、
「草の味がするねぇ」なんて笑ってたけど、
俺と姉は顔を見合わせて、同時にツッコんだ。
「ばあちゃん、それ味覚バグってるよ!」
笑いながら、俺はふと、ばあちゃんの手元の包み紙を見た。
……ん?
包みの裏に、何か書いてある。
『★大当たり★』
「え、ちょっ、ばあちゃんのやつ“大当たり”って書いてあるんだけど!」
「はぁ!? マジで!? なんか景品あるんじゃない!?」
姉が勢いよく覗き込んできて、ばあちゃんも目を丸くする。
「大当たりってことは……特別なプレゼントでももらえるんかねぇ?」
「いや、まさか。どうせネタでしょ。……って、え、なんか、ばあちゃんの飴だけ光ってない?」
「そんなことないよぉ」
冗談半分に笑っていたが、ばあちゃんの舌の上で、キャンディがかすかに光を帯びていたような気がした。
まるで体の奥から何かが共鳴しているように。
⸻
数日後。
〈HeyHeyHoHo Inc.〉公式がSNSで新しい動画を投稿した。
『★当たりの飴を引いた皆さまへお知らせです★
ハロウィンの夜、豪華景品の発表をします⭐︎』
『当選しなかった方もご安心ください!
ハロウィン特別企画として、マジカルキャンディを手に入れた皆さまへ
【スペシャルなお知らせ】を発表します!』
SNSは一瞬でお祭り騒ぎになった。
「何が始まるの?」「リアルイベント?」「魔法体験キャンペーン?」
ハッシュタグ #マジカルキャンディ はトレンド1位に。
誰もが期待と興奮で、ハロウィンを待ち望んでいた。
俺も例外じゃなかった。
ばあちゃんのには“大当たり”って書かれてたし、
「せっかくだし、何か当たるなら見とくか」くらいの気持ちで。
……まさか、あんなことになるとは、思いもしなかった。
⸻
そして、ハロウィンの夜。少し遅めの23時。
俺たちは家族そろってテレビの前に座っていた。
「何が発表されるんだろうね〜」と笑いながら。
カウントダウンが始まる。
10、9、8――
3、2、1。
ブツッ。
テレビにノイズが走り、
同時に、部屋の電気が一瞬消える。
「停電……?」
次に目を開けたとき、そこは同じリビング――のはずだった。
でも、空気が違う。
外は真っ暗。
時計は止まり、風の音もない。
そして――両親と祖父の姿が、どこにもなかった。
「ね、ねぇ……なにこれ?」
姉の声が震えていた。
そのとき、テレビが勝手に点いた。
黒い背景に、金色のロゴ。
“HeyHeyHoHo Inc.”
そして、スーツ姿で仮面を被った男が現れた。
白く塗りつぶされた顔に、細い目が描かれ、目の端には赤が滲む。
真っ赤に塗られた薄い唇。その上には、くるんと巻かれた男爵髭。
無表情のはずなのに、どこか笑っているようにも見える――不気味な能面男。
全てが胡散臭い。
そんな詐欺師のような男が、ゆっくりと口を開いた。
「マジカルユーザーの皆さん――初めまして」
淡々と話し始めるその男の声が、静まり返った部屋に響く。
「このたびは《マジカルキャンディ》をご購入いただき、誠にありがとうございます。
運の良い皆さまを、この度なんと――
夢と魔法の国、【マジカルワールド】へとご招待いたします!!!!」
パチパチパチ。
男は白手袋に包まれた手を叩く。
そして、咳払いをして続きを話し始めた。
「これから、ご自宅に、マジカルワールドで生きていくために必要な
【魔導書】と【リンク端末】が届きます。
リンク端末をスマートフォンで接続し、
【Mアプリ】をダウンロードすれば――
あなたは晴れて、【マジカルワールド】の住人になることができるのです⭐︎」
「この世界ではお金は不要です!
すべては【マジカルポイント】で管理されます⭐︎
食事も、買い物も、住まいも。
あなたが夢見た“魔法の生活”が、今、始まるのです⭐︎」
「――それでは、新しいマジカルな人生をお楽しみください⭐︎」
「マジカール⭐︎」
画面と男の声がノイズにかき消され、映像は闇に溶けた。
沈黙。
次の瞬間――
――ピンポーン。
玄関のインターホンが鳴った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます☺︎
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