戦闘員ノリアキ
巨大な石壁と、堆く積み上げられた土砂。そして、運動場並みに開けた地面。市街から遠く離れた採石場で、俺――月見里典朗(十四歳、中学二年生)は窮地に陥っていた。
俺は今、採掘場の開けた場所に立っている。しかし、一人ではない。俺の正面にはカラフルな戦闘服に身を包んだ五人の戦士が立っている。いや、「立ちはだかっている」というべきか。
奇妙な五人組だった。全身にラバースーツをまとっている。それも、体の線が浮き出るほどピッチピチのやつだ。その為、外観から性別が判別できる。そのシルエットが個性を際立たせている。
しかし、それ以上に個性的な要素が有った。それは――それぞれがまとったスーツの「色」だ。
真ん中に立つ体格の良い男性は「赤」。
その左手側に立つ小柄な女性(少女)は「青」。
青の左手側に立つ力士体形の男性は「黄」。
赤の右手側に立つ艶めかしい肢体の女性は「桃」。
桃の右手側に立つ痩身長躯の男性は「緑」。
五人五色。しかも、子どもにも判別が付きやすい特徴的な色ばかり。何とも奇抜で特徴的な「戦闘服」だ。そんなものをまとう連中と言えば、「戦隊」を置いて他にないだろう。
奴らは自分達のことを「黒船戦隊ペリーV」と呼称している。
黒船戦隊。その名称は「某大国」を想起する。実際、奴らの後ろ盾が彼の国なのだ。彼の国の意向は、日本政府にも多大な影響を及ぼしている。
ペリーVが何をしようと、どれだけ被害を出そうとも、日本政府は精々「遺憾の意」を表する程度。殆どの場合は無視&放置していた。
この令和の時代に「治外法権」が適用されている訳だ。何てこったい、オーマイガッ。
触らぬ神に祟りなし。「誰もがかかわりたくない存在だ」と、俺も思う。今も思っている。
しかし、残念ながら、俺は「全力でかかわる側の人間」だった。
現在進行形で、俺はペリーVと対峙している。マスクに覆われた五対の視線が、俺の「黒い覆面に覆われた顔面」に突き刺さっている。
そう、俺は黒い覆面で顔を隠していた。序に言えば、全身黒タイツ。両手に黒い手袋を嵌めて、両脚に黒いブーツを履いている。
俺、月見里典朗は「戦闘員」なのだ。即ち、ペリーVの「敵」なのだ。
何がどうなって、戦闘員になってしまったのか? それほど悪事を重ねたのか? 自問自答すると、真っ先に「俺の人生に於いて最大の善行」と言うべき出来事を想起した。
俺は幼馴染の女子を庇って事故に遭った。その際、十トントラックの全力体当たりを受けた。
即死ではなかった。尤も、俺の寿命は尽きるのは時間の問題だった。現代医療では蘇生不可能な状態だった。
しかし、俺は幸運だった。寿命は尽き掛けようとも、悪運は尽きていなかった。
俺が助けた幼馴染は「超常的な医療を行う機関」に所属していた。彼女は機関に頼んで、俺に「改造手術」を施した。
その機関は、ペリーVと敵対していた。奴らが言うところの「悪の組織」だ。
悪の組織の改造手術となれば、殆どの者は「怪人」を想像するだろう。俺としても、そちらが良かった。
しかし、残念ながら俺には「怪人適正」が無かった。
かくして、俺は戦闘韻となった。
一応、表向きは「地元中学校の二年生」として、平凡な生活を送っている。その裏で、親に内緒で「戦闘韻」という闇のアルバイトに手を染めているのだ。
今日も今日とて、幼馴染の上司(女幹部)「コマンダーウィルト」様に従って、戦場(市外の採掘場)に出向いている。
俺にとっては「いつものこと」だ。しかし、現況は「いつも以上の窮地」だった。
敵は五人。対してこちらは――たったの「二人」。俺と、露出の多い衣装をまとった少女、コマンダーウィルト様だけになっていた。
勿論、最初から「こう」ではなかった。
接敵した際、俺達には二十人の仲間がいた。しかも、俺達には最強の怪人「筋鉄バッファロー」さんが付いていた。
俺達は勝てると思っていた。ところが、ペリーVは恐ろしい新兵器を用意していた。
「「「「「九百ミリカノン砲」」」」」
カノン砲から放たれた巨大砲弾が、筋鉄バッファローさんの胸に当たった。その瞬間、バッファローさんの体が爆発四散した。その凄惨な様子は、俺達戦闘員の視界にバッチリ映っていた。
「こんな危ないバイトやってられるか」
俺以外の戦闘員達は、捨て台詞を残して逃げ去った。しかし、現場監督であるコマンダーウィルト様は逃げなかった。
ウィル十様は、バッファローさんの「生首」を回収していた。
怪人の生命力は常軌を逸している。「首」が有れば再生できるのだ。
ウィルト様は、もたつきながらも、その両腕にバファローさんの「生首」を抱えることができた。グッドジョブ。しかし、その善行の為に彼女は逃げ遅れた。その事実を、俺は見過ごせなかった。
俺もまた、ウィルト様に付き合って現場に留まった。
我ながら「仲間想いの良い奴」と思う。俺の行為は大勢の人に称賛されるべき。して欲しい。
しかし、悲しいかな、この場に俺を称賛する人間はいない。俺の味方は、俺の背中で震えている女子――ウィルト様だけ。
「の、『ノリ君』。ど、どうしよう」
ウィルト様の声は震えていた。その腕に抱えられた牛の生首も、悲しげに小刻みに振動している。
因みに、「ノリ君」とは俺の愛称だ。「典朗」だから「ノリ君」。
ウィルト様は「女幹部」と言えど、実態は俺と同じ中学二年生。この窮地に震えてしまうのも仕方がないことだろう。俺も、正直に言えば「逃げ出したい」。しかし、それはできない。
俺が逃げら、ウィルト様はどうなる?
想像して欲しい。「生首を持ったまま走る様子」を。速く走れる訳が無い。
一緒に逃げたところで、ウィルト様が捕まるのは自明の理だ。彼女を逃がす方法が有るとすれば、それは唯一つ。
俺がペリーVの「足止め」をする。
俺は戦闘員だ。戦闘員としての務めを果たすべき。尤も、俺が残る「本当の理由」は、全く別のものだ。
それは何かって? ふっ、言わせるなよ。恥ずかしい。
俺は俺の想いに従って、全力で格好を付けた。
「ウィルト様。ここは俺に任せて逃げて下さい」
ペリーVを睨みながら、俺は後ろ手で「早く行け」と合図を送った。ところが、
「で、でも、それだとノリ君が――」
ウィルト様は躊躇った。優しい彼女は、俺を置いて一人で逃げることを「良し」としなかった。その気遣いや思い遣りは、とても有り難く思う。だからこそ、俺は心を鬼にした。
「ウィルト様。逃げ下さい」
俺は少し強め口調で要望した。それで聞き分けて欲しかった。ところが、ウィルト様は頑なだった。
「わ、わたしも、わたしも残って戦う。一緒に。だから――」
ウィルト様は、両手に抱えた「生首」を振り回しながら駄々をこねた。その様子は可愛らしかった。俺の胸がジンと温まった。
しかし、残念ながら感動している場合ではない。議論している場合でもない。
俺達の目の前には「敵」がいる。奴らの攻撃が始まれば、逃げる機会は永遠に失われる。その可能性を想像した瞬間、俺は大声を上げた。
「『しーちゃん』っ!!」
「っ!?」
しーちゃん。それはウィルト様の愛称だ。
コマンダーウィルト様は、本名を「妃鶏庵萎」と言う。「萎」だから「しーちゃん」。
俺の大声に、ウィルト様――しーちゃんはビクリと大きく体を震わせた。その反応は、俺の背中越しに伝わっていた。俺は少なからず罪悪感を覚えた。
しかし、無視した。俺は続け様に大声を上げた。
「ここは俺に任せて先に行けっ!」
「で、でも――」
「早くっ!」
俺は怒鳴った。怒鳴り続けた。しかし、しーちゃんは生首を抱えて「イヤイヤ」と首を振るばかり。その様子を直感して、俺は「駄目だ」と思った。その為、別の説得手段を試みた。
「しーちゃん、大丈夫だから」
俺は口調をガラリと変えて、優しげ&穏やかに「ポジティブな希望」を口にした。
「後で必ず合流するから。ね?」
俺はマスク越しにウィンクした。その行為は、しーちゃんの視界にバッチリ映っていた。
「絶対?」
「ああ、絶対だ」
「絶対だよ? 絶対、帰ってきてね」
「ああ、約束する」
「分かった」
しーちゃんは聞き分けてくれた。背中越しに、しーちゃんが離れていく気配が伝わった。
しかし、女幹部の逃走を許すほど、ペリーVは甘くなかった。
「逃がさん」
赤い奴が声を上げた。それと同時に駆け出した。他の戦隊員も、赤に続いた。その前に、黒い物体――「俺」が立ちはだかった。
「止まれっ!」
俺は諸手を掲げて「オオアリクイの威嚇ポーズ」を取った。しかしながら、その行為に「ポーズ」という以上の意味は無かった。ところが、
「「「「「!」」」」」
ペリーVは立ち止まった。立ち止まってくれた。
このとき、奴らは勝手に「何か有る」と錯覚していた(ようだ)。その反応に、俺は大いに満足した。しかし、足止めとしては不十分だ。
俺は次の行動に打って出た。
俺は諸手を掲げながら膝を曲げた。そのまま膝を地面に着けた。続け様に、身を屈めた。それと同時に、掲げていた両手を頭に添えて――頭毎地面に着いた。
俺は「土下座」した。その状態を維持しながら、天にも届かんばかりの大声を上げた。
「勘弁してくださいっ、見逃してくださいっ!!」
俺は全力で謝罪した。すると、ペリーVからドッと笑い声が起こった。その不快な音は、俺の耳にシッカリ届いていた。
耐えろ。「機会」を待て。
俺は必死に自制した。すると、誰かが近付いてくる気配を覚えた。
数は――四つ。俺の想定より一人少ない。しかし、やるしかない。
俺はペリーV(マイナス1)が至近に迫ったタイミングで、「足止め作戦」の第二段階に移行した。
俺は、一度大きく体を震わせた。その直後、俺の体から「液体」が零れ出た。
俺は「お漏らし」した。それも盛大に。
俺の体を起点として、「謎の液体」が広がっていく。それも、通常の三倍ほどの速度で。その速さに、ペリーVは対応できなかった。
「うわっ、汚ねえ」
ペリーV(マイナス1)の足裏が、俺の「お濡らし」に塗れた。それぞれの口から文句の言葉が飛び出した。
その瞬間、覆面に覆われた俺の目が「ギラリ」と音を立てて輝いた。
この瞬間を待っていた。
俺はバネ仕掛けのように飛び起きた。その際、右手に「スプレー缶」を握っていた。その噴出孔を地面に向けて――ペリーV(マイナス1)の足に向かって吹き掛けた。
このとき、俺の視界にペリーVの様子が映っていた。
俺に近付いていたのは、赤、黄、桃、緑だった。青だけが、離れた位置に立っている。その様子を直感した瞬間、俺の脳内に「次の作戦」が閃いた。
狙いは――「青」だっ!
俺はスプレー缶を放り出した。続け様に走った。俺の進行方向には「青」がいる。その事実は、他のペリーVの面々も直感していた。
しかし、奴らは直ぐには動けなかった。その理由が、俺の背中越しに響き渡った。
「くそっ、『接着剤』かっ!?」
赤と思しき声を聞いて、俺の口の端がニマリと吊り上がった。
俺が漏らした液体は、特殊な接着剤の原液だ。それに特殊な粉末を吹き掛けることで、金属並みの結合力を発揮する。如何にペリーVと言えど、容易に剝がすことはできない。
できれば、トドメを刺したいけど――無理だな。
戦闘員に「戦隊員を倒し切る戦闘能力」は無い。精々足止めする程度。その役目を果たすべく、俺は青に向かって突進した。
青は、既に身構えていた。タイマンとなれば、俺に勝ち目は無い。純粋な戦闘力は相手の方が数段上だ。しかし、俺には「秘策」が有った。
物理が駄目なら精神攻撃。
俺は胸元のポケットから「八本足の物体」を取り出した。
それは――蜘蛛(模型)だ。それも、人の上半身ほども有る巨大な奴。出来栄えも見事、本物そっくり。しかも動く。虫が嫌いな人間にとって、悪夢のような玩具だ。
女の子は「虫が苦手」だからな。
俺は蜘蛛を掲げて、それを青の「顔」に向かって投げ付けた。すると、青の体がビクンと大きく震えた。
「――――――――っ!?」
青の口から声無き悲鳴が上がった。そのタイミングで、俺が投げた蜘蛛(玩具)が青の顔面にヒットした。
「――――――――っ!?」
再び青から無音の絶叫が上がった。その直後、青の体がガクンと下がった。まるで糸の切れた人形のように、地面に向かって倒れ込んだ。その様子は、俺の視界にバッチリ映っていた。
やったぜ。
俺は心中でガッツ石松ポーズを決めた。小躍りしたいくらい歓喜していた。その想いを堪えながら、倒れた青の体を抱き上げて――叫んだ。
「動くなっ!!」
「「「「「!?」」」」」
俺が「お漏らし」した辺りから、息を飲む気配が伝わった。そちらを見ると、ペリーV(マイナス1)が威嚇ポーズを取ったまま固まっていた。
接着剤の拘束は、既に破られている。奴らの行動を阻んでいるものは、俺の腕の中にいる青だけ。その事実は、俺も直感していた。次の手を講じなければ、逃げることはできない。
しかし、ここで残念なお知らせ。俺が用意していた「隠し道具」は、全部使い切ってしまった。
どどどど、どうしよう?
俺は考えた。思考回路が短絡するほど考えた。しかし、良いアイデアは閃かなかった。その代わり、外部から「奇跡」がやってきた。
俺達の方に向かって、一台の「黒い軽自動車」が走ってきていた。
軽自動車は、ペリーV(マイナス1)を避け、青を抱える俺の手前で急停止した。続け様に、運転席側の窓が開いた。そこからスーツ姿の女性が顔を出した。
「典朗君っ」
「朔良さん――『サック』様っ!」
女性は、俺達の首領「プレジデント・サック」様だった。その本名は「妃鶏庵朔良」。その姓が示す通り、しーちゃんの親族、母親だ。
因みに、朔良さんは「妃鶏庵特殊医療機器」という会社を経営している。その筋では有名な会社で、そのスポンサーに複数の国家(主に某大国の敵対国)が名を連ねている。
そんな雲上人が、いち戦闘員の為に自らが出陣した。しかも、サック様の格好から推察するに、「表」の仕事中だったのだろう。
後から聞いた話では「娘に頼まれたから」だとか。二人の親子の愛情の深さに触れて、俺は感動した。
まあ、それはそれとして。
サック様が声を上げた直後、助手席側のドアが開いた。その事実を直感した瞬間、再びサック様の声が上がった。
「乗ってっ!!」
俺は急いで飛び乗った。
このとき、俺は混乱していた。思考回路が正常に働いていなかった。その為、青を解放せず、抱えたまま搭乗してしまった。それに気づいたところで、外に放り出す暇はなかった。機会も与えられなかった。
俺達が搭乗したタイミングで、ドアはバタンと閉まった。続け様に、サック様が声を上げた。
「シートベルトっ」
俺は青を抱えたままシートベルトを締めた。カチリと音が鳴ったタイミングで、俺達を乗せた軽自動車が走り出した。それも、弾丸のような超高速で。
流石のペリーVも、弾丸を止めるほど素早く動けなかった。奴らにできたことは、精々文句の言葉を叫ぶくらい。
俺達はペリーV(マイナス1)の呪詛を聞きながら、まんまと現場を後にした。
かくして、俺は窮地を脱することができた。しーちゃんとの約束も守れた。目出度し、目出度しだ。
因みに、一緒に連れてきてしまった青は――開放した。その理由に付いて、サック様が面倒臭げに零していた。
「流石に、『中学生』を拉致監禁は拙いでしょ」
中学生。そう、マスクを取った青の正体は女子中学生。それも、俺としーちゃんの同級生、クラスメイトだった。その事実を告げられて、俺は大きく頷いた。
「確かに」
俺は「明日も学校で顔を合わせる」という可能性(事実)を想像して、盛大に溜息を吐いた。
そんな俺達の事情や心情を他所に、黒船戦隊ペリーVと悪の組織「ヘドリアン・カンパニー」との戦いは、これからも続いていくのだった。