兄は山へ
「 ―― おれの兄はすこしかわった男でな。 お家を継がねばならぬというのに、お役のことなど気にもとめず、いつも山にはいってみつけた鳥を画くことだけに、せいをだしていてなあ」
『おいえ』?『おやく』?また、ずいぶんとかくしきばった言い様を・・・
ヒコイチは、ダイキチと男が雨をよけるのにはいった枝とはちがう枝の下にはいりふたりをながめていたのだが、ふたりのうえをわたる枝に、ずいぶんと古い傷があるのをみつけた。
「 ―― そうしてあるとき、いつものように山にはいりそのままかえってこなかった。父は兄を病で死んだということにして、あきらめろと母にいった。 それが・・・あるとき、父の朋輩が、山を通ったときに兄にあったとおしえにきてな。 そのときの兄は、杉の葉でこしらえたような着物で、鎌を諸手に持ち、あちこちの木に鎌をふるっていたらしい。名をよんでみたがふりかえりもしなかったのでまちがいかと思ったが、父の名をだしたとたん、鎌をふりまわしながらむかってきたので、あわててにげたということだった」
鎌をふりまわし?
それなら枝のこの傷は、その兄さんがつけたのか?