楠のそばには朽ちたお社(やしろ)
二、
いやいやまいった、と笠をとった男の頭は、ぼうぼうに伸びたままの髪が、肩を覆うほどなのもそのままだった。
「これはまた、 ―― ずいぶんと立派なクスノキですなあ・・・」
ダイキチはそんな男の姿よりも、巨木のほうをみあげてうなる。
たしかに胴まわりもかかえてもとどかぬほど太く、横につきだした枝もどれもが太いので、その下に入ればかなり雨をしのげる。
こんな暗い山の中で、よくこんなに横に枝を張れたものだと感心しながらみまわすと、どうもここだけ生えている木がちがい、すこしはなれたところには、朽ちたお社のようなものがあった。ダイキチも、ぬいだ笠をふりながらそれを眺めていた。
「ここは・・・、なにか、おまつりしてあった場所ですかな?神社でもあったのですかねえ」
「いや、鳥居もない、山里のものがつくった、あやしい社だろう」
「『あやしい』?」
「このあたりの百姓どもが、なにかおかしなことが起こってから、寄りあって建てた社であろうな」
「ほう、なにかこのあたりで『おかしなこと』がおこったのをご存じで?」
「 ―― じつは・・・おれの兄がむかし、この山で行方をくらましてな。 そのころ、このあたりでおかしな化け物がでるというはなしがあった。杉の葉をはやした人の身の丈ほどもあるオオカマキリの化け物で、この山を通る旅人をおそうとおそれられていた」
「もしや、お兄様はそのばけものを退治にいかれたのでございますか?」
ダイキチのおどろいた顔に男はわらうように、それならよかったのだがな、と腕を伸ばし、楠の枝のうえに笠をおいた。
しげった葉をつたってしたたる雨が傘をたたく。
ぞぞぞぞ
ヒコイチのうしろ首を寒気がかけあがった。