おいはらう
「いや、この時期の雷雲はよめないものです。 ねえヒコイチさん、わたしはここらで雨をしのぐので、先におりてください。たしか、麓すぐの集落には、お茶屋かなにか、あるでしょうから」
「ダイキチさんをおいて行くわけねえでしょ?だいたい、降ってくるのもまだすこし間があるかもしれねえし」
いっているそばから、ばたばたと大粒の雨が木々の葉をたたきはじめた。
お山にあるお社をまわっていたときの、あのあおいそらが嘘のようだ。
「ああ、ふりだしましたねえ」
大粒の水があたりだした笠をあげ、上をみたダイキチは、セイベイの店でこのまえ仕立てた合羽のえりもとをあわせながら、ヒコイチへむいた。
「この合羽があれば、たいていの雨でもしのげましょう。ねえ、ヒコイチさん、先にいってお茶でも飲んでまっていてくださいな。わたくしもどこか大きな木で雨をよけて、小降りになるのを待ってから、おいかけますから」
ねえ、そうしましょう、さあ、いってください、とダイキチはむこうをみながらヒコイチに手をふった。
その、おいはらうようなしぐさに片方の眉をあげ、ヒコイチはダイキチがちらちらと顔をむけ気にする山道のむこうに目をむける。
ゴロゴロゴロ
また、雷が低くなりひびき、いよいよ雨あしが強まりはじめ、山の木々の葉を通して山道をぬらしはじめた。