なにかのご縁(えん)
一睡もせず、血走った目をぎらつかせ、サブロウは山の中をうろつき、かけまわり、家には帰ってこなくなった。
「刀の祟りのせいで、死んでからも、アニキじゃねえ幽霊が、アニキの姿で人を殺すなんて、おれはがまんできなかった。・・・ほんとうは、やさしい、いい男だってのによ。あの、最後に声をかけてきた、あれが、おれのアニキのサブロウだ」
・・・シロウ? ・・・どう・・した?
ダイキチがさびしそうにうなずいた。
「もとがすなおなお人ゆえに、すべて乗っ取られてしまったのでしょうねえ・・・」
「そうなんだよ。いや、あんたみたいな人なら、わかってくれるか。その通りだ。 アニキをしずめるのにつくった社は、祟りがあるからって誰もちかよらねえ。それなのにまだのこってやがる」
「ああ、そうですなあ。―― では、これもなにかのご縁でしょうから、あとはわたくしに任せていただけましょうか?」
ダイキチがにっこりすると、シロウはすこし眉をさげ、すまねえなあ、と鎌といっしょに消えたはずの、ダイキチのてぬぐいを懐からとりだした。
「いや、ありがてエ。そっちのにいさんも、手間かけるが、たのんだぜ」
「お、おう、」
はじめて、シロウがヒコイチのほうをみて、なんだかとまどった返事をするうちに、てぬぐいがダイキチへ返された。
「アニキが待ってらア」
わらったシロウがうすくなって消えた。
クスノキの上の枝から、葉に残っている雨水が、音をたてて落ちた。
サブロウが枝の上においた笠も、いつのまにか消えている。
「 さあ、ヒコイチさん、幽霊になってまでも、サブロウさんを想いつづけて、やっと成仏させたシロウさんの頼みです。きかないわけにはゆかないでしょう?」
ダイキチが、わかっているだろうとでもいうように歩き出したが、ヒコイチはなにもわからず、楠の枝に残ったままの古い傷あとを指でなぞり、くちをあけたまま、たしかめているだけだった。