第三王子、普通科に入学する<2>
「それで・・・姉上、『お願い』というのは何でしょう?」
「実は貴方が帰還する少し前から学校の敷地内に魔獣が出没するという報告を受けていてその調査をして貰いたいの」
「魔獣が敷地の中に?」
「ええ。二つあるダンジョンの入り口は厳重に管理されていて区域から外に出てくることはあり得ないのだけれど遭遇被害報告が絶えないの」
「では何処かに新たな出入り口が?」
「分からないわ。魔獣出没の報告が入って直ぐに学生会がパトロール強化と調査に乗り出したのだけれどまだ原因が分かっていないの」
学生会とは所謂”生徒会”だ。グランスラム剣術魔術学園の敷地面積は約43㎢ととてつもなく広い為に守備や治安維持に兵士を雇うと財政が圧迫されてしまうし王都の兵士を動員しても全然たりず国防にしわが寄る。そこで優秀な若者の集まりなのだから学生にまかせてみようとなったんだけどこの試みが大当たりでなかなかうまく運営されているそうだ。
そしてその活動範囲は生徒数や敷地面積に比例して広くなり、治安維持や守備の他、各種競技会や造作系学科の品評会の運営管理、出入り業者やダンジョン探索、鉱山立ち入りの許可証発行等多岐に渡る。学生会長の選出方法や装備、備品の調達、資金管理、手当、同じ学生同士で守る側と守られる側がいて摩擦が起きる等まだまだ課題が多く改善の余地はあるらしいが、”在学中に実戦経験も積める”と兵士やハンター目指す剣術科や魔術科の生徒のみならずハンターギルドや商業ギルドへの就職を希望する学生にも概ね好評だという。
「しかし今の僕・・・私は姉上が考えている程お役に立てないと思います・・・」
「魔法の事ね?大丈夫でしょう?魔王を倒した英雄で剣術でもあなた以上の腕前の剣士はいないじゃない。丁度良いハンデよ」
姉上、何の誰に対してのハンデなのでしょうか・・・。
「それににお願いしたいのは討伐じゃないの。討伐自体は学生会に任せておけば良いと思っています。夜間侵入者を捕縛したりダンジョンから一度に多数の魔獣が出て来た時も学生だけで撃退出来ているわ。そちらは学生会にまかせておいてあなたには魔獣出没の原因究明が出来てないのでそこを手伝って欲しいの」
リリーローズはぱちりと右目を瞑りウインクした。
はぁ・・・姉上それが一番面倒な仕事では・・・。
「・・・お話は分かりました。協力はします。でもいくつか条件をのんでいただきたいのですが」
「いいわ。なぁに?」
「学生生活を満喫したいのであくまでも課外でお手伝いをするだけですからね?それから私は偽名を使って入学するのでなるべくそっとしておいて欲しいのです」
「分かっています。有難う。助かるわぁ」
ぼ、僕の話聞いてます?なんですかそのもう既になんとかなったような、大船に乗ったかのような返事は・・・。
「それから私の前では”僕”で構いませんよ。貴方は子供のころから何故か自分の事を時々”僕”って言いますよね?」
・・・そ、それはその・・・何ていうか・・・。
「で、ではお言葉に甘えて・・・」
「はい!」
リリーローズはにっこり微笑んだ。
「ではわた・・・僕はこれで失礼いたします。式にもちゃんと出席したいので」
「待ってちょうだい、お願いはもうひとつあるの。今魔鉱石の価格が高騰してて!・・・」
「え?!え~~っと、入学式も始まってしまいますしこの魔獣騒動が収束したらまたお伺いしますね。ごきげんよう姉上」
「私も式にでますのにぃ・・・!」
入学早々面倒ごとをいくつも押し付けられてはかなわない。僕は逃げる様に校長室を退出した。
姉上はゆっくりして遅れたって学校が待っててくれて文句を言う人間なんて一人もいないから良いけど僕は普通の新入生ですよ。ただでさえ広くてデカくて人数の多い学校なのだから早めに行動しないと本当に遅れてしまう。それから魔鉱石の高騰?いや、それは商業ギルドか国がなんとかするべき事じゃないですか。
「はぁ・・・ん?」
校長室の扉を閉めてもたれかかり、俯きながら小さくため息をついた時至近距離に人が立っているのに気づいた。
「し、失礼!・・・?」
慌てて顔を上げたが目に入ったのは男性の首あたりだ。
背高っ!
「貴方はもしや・・・」
見上げると痩せた70くらいの老紳士が僕より先に反応した。
僕も一秒二秒の空白後思い出した。
「ス、ステブナン卿?!」
同時に老紳士の背後に10人ぐらいの貴族が居る事に気づいた。
!!まずい!
僕は咄嗟にステブナン卿の袖を掴んで貴族達から3メートル程距離をとった。
「ニルス王子ではございませんか?このようなところでお目にかかれるとは。お懐かしゅう御座います。魔王を討伐後ご帰還されたことは聞き及んでおりましたが・・・。」
「えええ~と、申し訳ありませんステブナン卿!込み入ったお話はまたつぎの機会にでも。今は少し急いでおりますので」
「おお、それは残念ですが致し方ありませんなぁ、もし・・・」
「えええ~と、ステブナン卿!積もる話はまた今度でそれからここで私にあった事は内密にお願い申し上げます!失礼いたします」
心から失礼とは思いつつ捲し立てて走った。
フランク・ステブナン侯爵。父の元筆頭側仕えで高齢を理由に5年前隠居となった方だ。
温和でのんびりな人で子供の頃は公務で忙しい父に代わりよく遊んでもらってた。でも若い頃は魔術師でありながら近衛騎士団団長として国防の要だったというから驚きだ。正直僕には全く想像がつかない。そのステブナン卿が何故ここに?話したい事は山ほどあるけれど今はなによりも入学式が優先だ。
「ごめんなさいフランク・・・」
よくよく考えたらここには歴代学長の為に建てられた館で来校する貴族を迎える迎賓館の役割も兼ねている。そのうえ今の学長は第一王女リリーローズだから僕の顔を知っている人が他にもいる可能性のある危険な場所だ。はやくここから抜け出そう。
全力で走ると余計に目立つので俯きながら早歩き。
途中何人かの貴族や侍女に怪訝な顔をされたがなんとか一階のホールを抜けて外に出た。
「うわ・・・」
館の門前はハデで動きづらそうな衣装にみを包んだ貴族と馬車でごった返していた。






