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第三王子、普通科に入学する<1>

 『父上、魔王を倒し無事帰還した暁には・・・』


 『分かっておる。しかしこれからいよいよ旅立つというのにお前は変わらぬな5年前のあの頃と・・・』


 『申し訳ありません。しかしこれが私の一番の願いなのです』


 『うむ、約束しよう。大陸一の・・・いや、世界一の学校を作ってお前の帰還を待っていようぞ』


 『有難うございます父上。母上、兄上、姉上、では行ってまいります』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「・・ス・・・」

 「ニルス、聞いているのですか?」

 はっと我に戻った。


 女性には少々大きすぎるソファにちょこんと座っている美女が不思議そうな顔をして見つめていた。

 すっかり美人さんになった三つ上の姉リリーローズだ。


優雅で広い部屋、高く細かな装飾が施された天井、窓から差し込む陽の光でキラキラと輝く調度品の数々。僕は学長館の最上階にある学長室に来ていた。


 「す、すみません姉上。すこし昔に行って想いにふけっておりました・・・」

 僕は側仕えの女性が淹れてくれたお茶に口をつけた。


 姉とは三月前に王国帰還の宴席で挨拶を交わしただけでこうしてゆっくりと話をするのは二年ぶりだ。

 「ふふ。十の洗礼式の時からでしたね。学校に行きたいと言い始めたのは」

 「はい」

 「あの時は驚いたわ。式が終わった直後に突然『父上、学校に行きたいです!』なんて言い出したものだから」

 「あ、いや、すみません」

 「謝る事なんてないわ。何故あなたがそんなに学校に拘るのかは分からないけれどずっと言い続けていた願いでしたものね。気持ちは分かるわ。それにしても立派になりましたね」

 「いえ、姉上こそおき、お綺麗になられて・・・」


 僕は異性にこういう事を言うのはちょっと苦手だ。鏡を見なくても頬が少し熱くなって耳も赤くなっているのが自分でも分かる。


 実の姉と言えども女性には変わりなく、誰もが振り向く美人になっていれば尚更だ。女の人って一年二年で色々変わると聞いてたけど本当なんだな。


「あらぁ、ニルスもそういう事を言うようになったのね。お礼に今流行りのお菓子を出しちゃうわね。」

 この後来る方達に出すつもりだったのだけれどと言いながら部屋の隅に立っている側仕えの女性の一人にに目くばせをすると食品用保管庫から甘い匂いのする宝石を模ったような焼き菓子を出してくれた。


 姉は昔から僕が結構な照れ屋でお世辞でこんな事を言わないという事をよく知っている。

「あ、僕は大丈夫ですから」

「いいのよここに来る途中に交易地区で行列を見かけたから買いに行ってもらったのだけれど来る方皆にお出し出来る程の数はありませんし」

 今日は入学式だ。恐らく姉はこの後ひっきりなしにやってくる貴族達の相手をするのだろうと思うと少し気の毒で申し訳ない気持ちになった。それは僕のせいでもある。というか僕のせいなのだから。


 「あら。どうしたのかしらそんな顔して。ひょっとして自分の一言で事が大きくなってしまった事で私を心配してくれているのかしら?」

 「ええ~と・・・はい。大変な仕事を姉上に押し付けたみたいで・・・」

 「そのような気遣いは無用よ。私は嫁ぎ先の選定を引き延ばす事が出来て気持ちが楽になったわ。それに私の次の学長は貴方と決まっているから遠い先まで考えなくて良いので三年間自由でいられる事をとても嬉しく思っているわ」

 そうなのだ。王室会議でリリーローズの次の学長は僕ともう決まっている。


 「そのように考えて貰えて少しほっとしました。有難うございます」


 姉、リリーローズがこの王立グランスラム剣術魔術学園の学長に就任したのは二年前。僕が討伐隊を率いて旅立った年だ。それ以前は王家と懇意にしている上級貴族が持ち回りで校長をしていたのだが規模がおおきくなるにつれて校長の座を巡り争いが起こるようになってしまったからだ。


 今や大陸全土にその名を轟かせる学校となり、動くカネは小さな領地等を遥かに凌ぐ。仮に敵対心を持つ上級貴族や領主が校長の座に座り、王城にほど近いこの場所で一万六千の学生を扇動し、クーデター等を引き起こされたら大事になりかねない。まだ幼さを残す学生とはいえ次代を担うエリート集団を侮る事は出来ない。


 当初国王である父ラファエルは二人いる兄のどちらかを学長にするつもりでいたらしいが二十代半ばを過ぎ後継争いに必死でそれどころではないと協議を始める前の段階で揃って辞退を申し出た。


 困り果てた父が母に愚痴をこぼしていたのを聞いていた姉が名乗り出て二年前学長に就任したのだ。


 もっともその姉も19歳になって嫁ぎ先選定の真最中で猛反対していた母を説得したり大変だったらしい。何故進んで学校を預かる事にしたのかと聞いたら姉も『学校に興味があった』のと『もう少し自由でいたいから』と言っていた。


 こんなに大きな学校の学長なんて大変な仕事だという事は魔王討伐という大義を果たす為内政に殆ど関わってこなかった僕でも容易に想像がつく。今日だって新入生の親が挨拶を口実に普段は顔を見る事すら難しい王女と繋がりを持とうと押し寄せてくるのは明白だ。厳選しても一日二日では終わらないと思う。余程結婚したくないんだろうな。


 しかし普通にただただ学校に通いたかっただけなのにまさか7年でこんな事になるだなんて予想もしてなかった。国王のチカラって凄すぎる。二人の兄が後継争いに必死なのも仕方がないのかもしれない。


 「あ、そうそう貴方に来て貰ったのは学校の事でいくつかお願いしたい事があるからなの」

 う・・・。

 少し体が硬直した。

 「なぁに?その顔は」

 お願いを聞くことはやぶさかではないんだけど・・・。


 姉は清楚で物腰穏やかな美人だが元々天然な性格だからなのか冗談がキツいのか昔から事”お願い”に関しては良い思い出が無い。


 「あ、姉上」

 「?」

 「昔、僕が12歳の頃姉上が耳飾りを落とした時の事を覚えていますか?」

 「え~と・・・?」

 「『わんこが咥えて洞穴に入って行ってしまったの~』て困ったお顔をしていたから平装のまま後を追っていったらヘルハウンドだったということがありましたよね?。なんとか仕留められたから良かったものの肝を冷やしましたよ」

 「そんな事ありましたっけ?」

 「へ?あ、あはは・・・」

 ありましたとも!


 「それから14の時『お父様からのお誕生日のプレゼントが今日届くはずなんだけれどお昼にメルライナーで連絡が入ったきりで沙汰が無いの。副隊長と一緒に見に行ってくれないかしらぁ?』って言われて何故そのような”おつかい”に近衛隊副長が出動するのか、何故僕も一緒に行くのか、武装したけっこうな大人数を疑問に思いながらも姉上の頼みなので行ってみたら野盗と盛大に戦闘状態だったという事もありましたよね?」


 「あらやだ。そんな事もありましたね。貴方はあの頃からとっても強かったんですもの。副隊長と一緒にいってくれたら直ぐに片づけて遅れも取り戻してくれると思ったの。懐かしいわぁ」

 こ、心温まる思い出ではないですからっ!


 「そ、そう思われたとしても事前に教えておいて欲しかったです・・・」

 武装させられた時点で気づくべきだと言われたらその通りかもしれないけどあんなに軽い言い方で戦場に投入されるなんて誰が想像するんですか!・・・。


 そしてそれが僕の初陣で誰もが身震いする驚愕のエピソードとなっているんですからね!。


 「そうねぇ、次は気を付けるわ。うふふ」

 つ、次って今からの話が”次”ですよね・・・大丈夫なんだろうか・・・。

 胸の前で可愛らしく手を組んでほほ笑む姿に何故か恐怖を感じる。

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