4話 諏訪咲子 其の1
学校に着くと僕はまず自分の席へと向かい、座る。
時間的にはあと10分でSHRが始まる。
ちなみに僕の席は一番後ろの窓側の席。
教室の入り口から一番遠い場所であるが、誰もが羨むベストポジション。
死神はと言うと、あいた窓の枠に腰をかけている。
お尻は痛くないのだろうか?
そして、今回の話の重要人物。
それは僕の前の席の所有者、諏訪咲子である。
率直に言えば、諏訪には好きな人がいる。
僕にはわかる、彼女の行動はとてもわかりやすいし、嘘が下手だ。
その観察と簡単な質問をすればすぐに誰かが分かる。
…。
まぁ、別に、僕じゃなくても誰でもわかるか。
今すぐ話を切り出したいのだが、本人はまだ登校していない様子である。
諏訪はたいてい時間ギリギリで教室に入ってくる、息を上げながら。
あと10秒でSHRが始まるという時間に、廊下の方から駆けてくる音が聞こえた。
もちろんこの音の発生源は諏訪だ。
僕は黒板の上にセットされている時計の秒針をカウントした。
「6、5、4、3、2、1…。」
あと1秒でチャイムがなる。
教室のドアを見ていると現れる人影。
諏訪だ。
しかし残念なことにあと1秒、一歩間に合わなかった。
鳴り響くチャイム。
ドアに手をかけ開けたまではいいが、そこでチャイムが鳴ってしまったのだ。
「残念。」
僕は呟いた。
「入室許可証とってこい。」
担任が諏訪に言った。
入室許可証と言うのは、名前の通り入室を許可してもらう証だ。
むしろ遅刻の証と言ってもいい。
遅刻をするとこの紙なしでは教室に入ることはできない。
しかもこの紙は教頭からだけしか貰えないというのだからやっかいだ。
自ら遅刻したことを出頭しなければならない。
僕も一度だけ遅刻したことがある。
その時はまだ初めての遅刻だったから、教頭苦笑いしながら「もう遅刻するなよー。」と言ってくれた。
てっきり怒られるものかと思っていたのだが、その時は気が抜けてしまった。
「えー!?まじすかー!?あと一歩じゃん!先生!見逃してよー!」
諏訪は息を上げながら先生に懇願している。
クラスメイトは笑っている、僕も笑っていた。
こうやっていつも通りの学校生活が始まった。
SHRが終わっても諏訪は帰ってこなかった。
こちらは早く諏訪に聞きたいことがあるのに。
SHRが終わった後で僕は職員室へと向かった。
もちろん諏訪を探すためだ。
教室を出ると、死神も着いてきた。
「どこ行くの?」
話しかけたいのは山々だが、そうはいかない。
テレパシーみたいなことができればな…。
可哀そうだが死神を無視した。
死神も無視されるのわかっててなんで話しかけてくるんだろう。
職員室に諏訪はいた、しかも教頭の目の前に。
あの様子から察するに、諏訪は今怒られている。
それも仕方がないことだ。
諏訪は遅刻の常習犯。
毎朝息を上げながら教室のドアを開けているので、少なくとも遅刻が悪いことだとは思っているだろう。
ならば朝早く起きて、早く家を出ればいいだけの話じゃないか。
…。
しかしこれが意外と難しい。
一度慣れてしまった習慣はそう簡単には直らない。
想像以上の努力と根気が必要だ。
諏訪の現状が分かった僕は教室に戻ってきた。
1時間目が始まっても諏訪は戻ってこない。
まだ怒られているのだろうか…。
1時間目が始めって30分後諏訪が教室に戻ってきた。
先生に入室許可証を渡す。
今回はいつもの時よりも落ち込んでいる。
諏訪が自分の席へとやってくる。
かばんを静かに机のフックに掛け、ふてくされたように寝る体制に入って行った。
「おいおい、寝るなって。」
そうだ、僕は諏訪に話がある。
諏訪が僕の声に反応してくれたようだ。
「なに…?」
諏訪は顔をあげて僕の方に振り返った。
「遅かったじゃん、教頭と何話してた?」
諏訪は僕から目を反らし「別にー、説教されただけ。」
諏訪は再び寝る体制に入った。
でも数秒後赤面した顔で僕を睨みつけてきた。
この時は一瞬「これって悪いことしちゃったかな?」と心配してしまったが、やっぱり数秒後の諏訪の表情と言動からして「よし、いける!」と確信した。
「まぁいきなり話が変わって悪いんだけど…。」
諏訪は僕を無視している。
僕もそこまでひどくはない。
諏訪に聞こえる程度の小さな声で
「綾瀬のことなんだけど…、お前あいつのこと好きだろ?」
隣で窓の枠に座っていた死神が吹きだした。
諏訪が飛び起きて、僕に視線を合わせる。
というより睨まれている。
諏訪の顔が赤い。
「ぉ、あたりか。」
僕はわざと驚いたような反応をした。
諏訪は口を真一文字に結んで僕を睨みつけたままである。
「あなたいきなり何質問してるの…?」
死神があきれたような口調で独り言を喋っている。
顔を真っ赤に染め上げた諏訪が閉ざされた口を開いた。
「ちょっと、それだれから情報…?」
もちろん授業中だ、声は小さい。
そう言いながら諏訪は眼を反らした。
右手を自分の頬に当てている。
「いや、思ったことを言っただけ。」
横で死神が
「まさか、今朝言ったことを…。」
と再びあきれた口調で言う。
「なに、思ったことって!」
「…。普通にさ、お前が綾瀬と仲いいのは見てて分かるけど、お前は普通以上に好きなんだろ、綾瀬が。他の女子よりも綾瀬と一緒にいるとこ見てると、すっごい楽しそうに話してるし、抱きつかれたときなんか顔真っ赤にしてガクブルだもんな!」
女子の間じゃぁ抱きついたり手をつないだりなんかは普通だ。
そう、普通にしている。
でも綾瀬に対する諏訪の反応は明らかに他の女子と比べておかしい。
自然で無い。
「ちょちょちょ!何言ってんの!普通普通!」
目を泳がせながら言われても説得力がない。
あと声が大きい。
みんなに聞こえている。
「うるせーよ、バカ。みんな見てるぞ。」
僕が教えてやると諏訪は前を振り向きあたりを見回した。
クラスメイト達が「なにが普通なんだー?」とか「諏訪!何が起こった!」とか楽しそうに諏訪をからかっている。
「べ、別に!」
諏訪が椅子に座り直し姿勢を正す。
ポケットから携帯を取り出したかと思うと、テンキーを連打し始めた。
その連打が終わったかと思うと、僕の携帯のバイブレーションが振動した。
なにかと思って着たメールを見てみるとそれは諏訪からで
≪放課後話し合おうか≫
という文章の横に怒りを表している顔文字+汗の絵文字がくっついていた。
好きに人ばれて焦ってしまうのは仕方がないことだと思う。
でもここまで露骨に焦るやつは今までで諏訪しかあったことが無い。
こうやって好きな人を当てていった奴らでも、好きな人の名前を言い当ててやっても結構平然としているものだ。
それか顔を赤くして「そんなわけないじゃん」と一言否定。
まぁ、そいつの好きな人を知ったところで僕は何もしない。
それをネタに笑うこともないし、特に応援の手助けもしないし、それを弱みにしたりもしない。
ただ知っているだけ。
携帯の文章で閃いたことがある。
携帯で死神と会話ができるということだ。
聞きたい事や、死神にたいして反応するときは携帯を使えばいい。
もちろん場所と時間は考えるが、死神との会話時間は一気に増えるだろう。
とりあえず僕は諏訪に≪はいはい(笑)≫と返信しておいた。
僕の送信に気がついた諏訪が携帯を取り出し確認。
僕をもう一度だけ見て寝る体制に入った。
これはきっと眠いからじゃないのだろう。
諏訪が寝に陥ったところで僕は開いたノートの端に死神宛へのメッセージを書いた。
≪これから聞きたいこととか、お前に対する反応は携帯でする≫
窓から空を見上げるふりをしながら死神の反応をうかがった。
「わかったよ。」
と死神が反応した。
さて、と僕は今朝から気になっていた死神についての基本情報を早速尋ねてみた。
死神の位置から僕の携帯の画面の文字はおそらく見えないのだろう。
死神は窓の枠から降りると、僕の顔の横から携帯を覗き込んだ。
おおっぴらに携帯電話が使えるわけではないので、机の下でこっそりと文章を打つ。
さすがの死神と言えども、性別は女性、間違いない。
異性の顔がここまで自分の顔に近づいたのは初めてだ。
少しドキドキする。
あぁ、心臓に悪い。
良いけど悪い!
…。
これっと魂にとってプラス要素になるのかな?
と言っても相手は見た目小学生だ。
女子小学生相手に僕は欲情なんかしない。
本人から言わせれば自分は僕と同じ年齢らしいが。
≪とりあえずお前の基本情報を知りたい≫
僕が携帯の新規メールの文章欄に文字を打つ。
「基本情報?」
僕は小さくうなずく。
≪まず、名前を教えてくれ≫
そう、基本情報だ。
「私の名前?」
死神は少し「んー…。」と唸ってから
「私は…、白夜。」
白夜…。
ぜひ名前の由来が聞きたい。
白夜と言えば北極とか南極とかで地球が傾いてるのが原因で夏とか冬の時、1日中明るい事を言うんだろう?
≪ちなみに名前の理由は?≫
「理由…。白い夜に私が生まれたから。あと、この名前は両親がつけてくれたわけじゃないから…。」
文の最後の方に力が無い気がしたのは気のせいだろうか?
「先に言うの忘れたけど、答えたくない質問には答えないし、その理由も言わないからね。」
白夜にも知られたくないことはある。
それは人間だれでも同じか…。
≪わかった≫
≪じゃぁお前って寝るの?≫
人間の三大欲求。
死神の三大欲求ってなんだろう?
「寝るよ。」
≪昨日はどこで寝たの?≫
「昨日は寝てない、あなたの魂の履歴見てたから。」
≪眠くないの?≫
「別に…。」
したでずっと携帯ばっかいじっていると怪しまれるので時々前を向いて黒板を写す。
≪ご飯は食べるの?≫
「当たり前でしょ。」
≪何食べるの?≫
「死神の世界では…、まぁ、人間界にはない食べ物。でも基本的に人間界の食べ物も食べれるよ。」
≪好きな人間界の食べ物は?≫
「ざるそば」
白夜って和風なんだなと思った。
白夜がざるそばを食べるところを想像してみる。
僕は白夜が見えるから、なんら違和感はない。
しかし、白夜が見えない人から見えれば、これはとても奇妙な光景だ。
普段はどうやってざるそばを食べているのだろう。
もちろん、自分が見えない人が周りにいる状況で食べるわけにはいかないだろうし。
≪トイレはどうしてんの?≫
なんという質問を僕はしてしまったのだろう。
さすがに死神と言えども、排泄をしないわけには…
「…そんなの必要ない、でないもの。」
…。
びっくりだ。
死神は半分怒りながら半分恥ずかしながら答えた。
≪まじで?なんで出ないの?≫
「死神は体の仕組みが人間とは違うの。」
≪どう違うんだ?≫
「死神はすべて食べた物を体に吸収しきるから。」
≪それだけ?≫
「うん。」
死神って、不思議だ。
…人間界で誰も使ってるはずのない空きトイレの水がいきなり流れたりしたら怖いもんな。
それからさまざまなことを携帯を通して死神に質問した。
あくまで白夜についての基本情報だけだが。
家族は父と母と姉がいるらしい。
父と母は魂のリサイクルショップで働いているらしく、姉は白夜と同じ死神をやっている。
誕生日は12月20日。
名前の通り、夜が白そうな日にちだ。
雪が降ってる夜に生まれたってこと?
まぁ、人間界での話だが。
…。
死神界にも12月ってあるんだな…。
…。
年齢は今朝言っていた通り僕と同じ17歳。
17歳であの見た目。
死神は老けるのが遅いのだろうか?
そして服装。
白夜はあの服装が好きなんだそうだ、「ほっといてよ。」と言われてしまった。
白夜は今俺に着いてきて男子トイレの中にいる。
昼休み、購買でお弁当を買う前に行く前にトイレへ向かったらなんと白夜がついてきてしまったのだ。
白夜は平然としている。
…僕は用を足さず、購買へ向かいお弁当を買ったのちに携帯で
≪俺はトイレに行くから、お前はついてくるな!≫
と白夜に伝えた。
なんだか、命の終わりが近づいているというのに実感が無い。
周りの雰囲気、風景がなにも変わらない。
白夜が言うには良い行いをたくさんしなければ僕は助からない。
実を言うと僕はゆったりと昼休みを過ごしてる時間なんてないということだ。
…なのに僕は優雅にお弁当を食べている。
自分でも信じられない。
僕は自分の危機についてあまり関心がないのかもしれない。
でも昨夜の公園、そして今朝の僕の決意は確かだと思う。
気だるさがどっと降りかかってきた。
白夜が話しかけてくる。
「言っておくけれど、正直あなたは今優雅にご飯を食べてる場合じゃないんだよ。」
そんなのわかってる。
僕は携帯で文は打たず小さくうなずいた。
放課後になれば諏訪との約束がある。
頑張らないといけない。
自分の為に、そして白夜の為にも。