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五百年前の記憶 1

ドラゴンがいないのに青龍部隊でありながら、医師でもあるレイサーは、自身が医師を目指した過去をフリッグに語って聞かせる。

常にニヤニヤと笑う彼は、もうとっくに心が壊れていた証だった。

「まったくバカだね〜、そんなことでヘマするなんてさ。」

「ありがとう。レイサー。」

「キミは本当にダサいね〜、ステラのお気に入りさん。」

そう言うと、いつも通りニヤニヤしながら部屋を出ていく。今日僕は、特訓中に誤ってアメリアから落ちてしまい、脚と指を何本か折った挙句、強く頭を打ったせいで、体が思うように動かなくなってしまったのだ。

青龍部隊でありながら、医療担当でもあるレイサー。でも、彼が任務に出向くところは見たことがない。医療担当だからというのもあるのだろうが、何より彼の相棒らしきドラゴンを見たことがない。ドラゴン騎士団の中で奇妙な人は多いが、彼は特に奇妙だった。一番は、いつなん時もずっと笑顔であるということ。笑顔と言っても、心から楽しいことや、嬉しいことがあったような笑顔と違い、何を考えているのか分からないような笑顔だ。そしてもう一つ、瞬きをしないことだ。グラダリウス大陸いち大きな氷山の地域、コンヘラ地域特有の白髪と赤い眼がさらに奇妙にしていた。


しばらく療養していると、やっと折れたところ以外は動かせるようになった。さすが、ライダーは回復が早いな。

夜、喉が渇いたので食堂エリアに向かおうと、ベッドから降りて歩き出す。すると、ある部屋の扉から光が差し込んでいた。レイサーの自室だった。

少しだけ覗いてみる。そこには、僕の知るレイサーとは全く違う、まるで別人のようなレイサーがそこにいた。険しい表情をしながら机に向かってぶつぶつと喋りながらメモ帳に何か書いている。すると、手を止めた。

「……覗き見なんて悪趣味だねぇ〜一般部隊司令官のフリッグ。」

「え、あ。ごめんなさい。」

僕はその場を立ち去ろうとした。

「まぁ、入りなよ。」

僕は言われるがまま恐る恐る入ると、レイサーと少し離れたところに立った。メモ帳には、黒魔術に関することがたくさん書き連ねられていた。

「で、なんで立ち歩いてるんだい?」

「えっと、喉が渇いたから食堂まで行こうと……」

「そばの小机に小さい水晶玉があるだろう。アレを擦ればこっちに連絡される。」

僕の話を遮って言った。

「あ、そうなんだ。」

「茶ぐらいなら入れる。座って待ってなよ。」

「う、うん。ありがとう。」

レイサーの部屋は騎士団寮の内装とほとんど同じだった。

「ねぇ、そのメモ帳……」

「それかい?黒魔術について研究しててさ、浄化する方法を調べてるのさ。」

「そういえば、黒魔術を受けた時の治療法って無いね。ライダーはいつもどうしてるんだろう?」

「ライダーはいいんだよ。ライダーは黒魔術を受けても、ドラゴンの魔法で時間が経てば自然に打ち消されていくからね。」

「一般人は治らないの?」

「治る頃にゃ年老いて死んでる。黒魔術に侵されている時点で十年ももたんよ。」

「同じ黒魔術の使い手なら、治せたりするのかな。」

「……やってみたらどうだい?」

「え?」

なんでレイサーが?レイサーは審判には出ていないはず。

「なんで知ってるんだって顔だね?間抜けな顔してるよ。」

「えっと……どうして?」

「これでも五百年医者をやってるんでね。キミが最初に運ばれた時にすぐ気づいたよ。」

机にお茶が入ったコップを置きながら言う。

「ご、五百!?今何歳なの?」

「うーん、ちょっと記憶が曖昧だけど、ついこの前五八五になったかな〜?総帥とシャドウを除いて、古株はシャンクとグランクって言われてるけど、ボクの方が長いね。」

「レイサー、君について知りたい。」

「おうおう、珍しいねぇ〜。ボクについて知りたいって言ってくるやつはキミが初めてだよ。」

「話したくないなら……」

「いや、良い機会だ。話してあげる。あぁでも、勝手に誰かに話さないでくれよ?同情されたくないんでね。」

「うん。約束する。」

「そうだね〜どこから話そうか。ボクがどこ出身かさすがに分かるよね?」

「コンヘラ地域の村?」

「そ。でもボクの生まれ故郷はもっと山奥。氷に閉ざされた地域で吹雪もすごい、山には大量の氷柱が立ってるんだ。今あの山は立ち入り禁止区域になっているんじゃないかな?」

「村ってもう一つあったんだ。」

「……楽しかったな〜。過酷だけど、毎日凄く楽しかったんだ。可愛い妹にも恵まれたしね。」

「妹さんがいたんだね。」

「そうさ。甘えん坊で、人懐っこい性格だった。いつもボクに着いて歩いてたよ。でも、故郷を厭世部隊に滅ぼされたあの日、あの時のことは昨日の事のように覚えてる。」


今日は吹雪だ。妹のサラは大はしゃぎで外へ走った。

「サラ〜!あんまり走ると危ないよ〜!」

「にぃに!すっごいよ!」

いつも吹雪が吹き荒れるここは、ボクたちにとって慣れていた。だから吹雪でも子供たちは外に出て遊ぶし、大人たちも作業を続ける。

「ねぇにぃに、もっと山奥に行きたい!」

「山奥はダメだよ。はぐれたら、帰れなくなっちゃう。」

「足跡を辿れば帰れるわ!」

「こんな吹雪だとすぐ足跡が隠れちゃう。それに、ここだと真っ直ぐ進んでいるつもりでも、元に戻ってきちゃうことがあるんだ。」

「にぃにのけちー。」

「仕方ないな。じゃあもう少し吹雪がおさまったらね。少しだけだよ?」

「やったー!」

吹雪が弱まるまで、雪合戦をしたりした。吹雪で辺りは暗いけれど、ボクらにとってはそれが落ち着く。快晴だと明るすぎてむしろ目が痛くなる。しばらく休んでいると、吹雪が弱まってきた。

「レイサー!サラ!お昼の時間よ〜。」

母さんがボクたちを呼ぶ。もうお昼か。

「はーい!今行く!サラ、行こう。」

「やだやだ!山奥に行くって言ったじゃん!」

「ご飯食べてからにしよ?」

「やだ!今行く!」

「サラ!!」

ボクはサラをじっと睨んだ。サラは諦めてとぼとぼと家へ向かった。ボクも歩き出す。

家に着き、食事の用意をして食べ始めた。父さんは採掘作業をしているから、夜遅くまで帰ってこない。ご飯はスープやパイが出た。

すると、ビューっと外から風の音が聞こえてきた。見ると、吹雪がさらに強くなっていた。

「にぃに、吹雪強くなっちゃったよ。」

「あー、また、明日にしよっか。」

「やだ!」

「2人とも、どうしたの?」

「サラがもう少しだけ山奥に行きたいって言うんだ。」

「ダメよ、サラ。山奥は危険がいっぱいなの。」

「やだやだ!」

すると、サラが大泣きした。

「サラ、ケーキで我慢しなさい?」

サラがケーキを頬張りながら言語にならない言葉を喋りながら泣いていた。

そしてさらに吹雪が強まり、さすがに子供は外出禁止にされた。サラはベッドにうつ伏せになっていた。ボクとサラの部屋は共同だ。

「サラ。」

「にぃになんて大っ嫌い!」

「サラ、また明日にしよ?明日ならきっと弱まってるよ。」

「そんなの分かんないもん!」

うーん、どうしたものか。

「じゃあ、母さんと父さんが寝静まった深夜に行くかい?」

「ほんとに!?」

「う、うん。」

少しくらいなら良いだろう。この選択が、大きな間違いだなんて思いもしなかった。

そして深夜、遭難した時のため非常用セットをバッグに入れて、両親が目を覚まさないよう慎重にサラと外に出た。吹雪は収まるどころかどんどん強くなっていて、小さなサラは飛ばされそうだった。むしろボクも危なかった。

「サラ、本当に少しだけだからね。」

「うん!」

ボクたちはどんどん山奥へと進んで行った。山奥は村以上に氷柱が伸び、吹雪も強かった。

「サラ、そろそろ帰ろう。遭難しちゃう。」

「にぃに、あれなに?」

「?」

見ると、何か黒い影があった。近づいてみる。

「なんだろう?」

黒い影の正体は何か金属の柱だった。それも上の方はボロボロに壊れている。明らかに人工物だ。よく見ると、他にも同じものがいくつもあった。

「にぃに!ここ面白いよ!もっと行こ!」

「サラ!待って!」

油断した。サラがボクの手を離して走って行ってしまった。ボクも後を走って追う。幸いサラの姿が少しだけ見えた。これで完全に見失っていたと思うと、ゾッとする。

サラが立ち止まり、ほっと胸を撫で下ろす。

「サラ、帰ろう!……サラ?」

近づき、はっきり見えた。サラの目の前には巨大な黒い蛇がいた。背の低い大人くらいなら簡単に飲み込めそうなほどの蛇だ。カメリア色の目と模様が入った不気味な黒い蛇。

「サラ!!」

反応が無い。ダメだ、完全に怖気付いてしまっている。ボクは少しずつ慎重に近づいて、サラを思いきり引っ張って蛇から離れた。

「帰るよ!サラ!」

走って来た道を戻った。一瞬だけ蛇の方を見る。もう蛇の姿はどこにもいなかった。そもそもなんでこんな極寒の地に蛇が?ここ、なんかおかしい。

氷柱が伸びる角度のおかげで、なんとか遭難せずに帰ってこれた。家に帰宅し、非常用セットやバッグを元の位置に戻し、両親を起こさないよう自室へ戻った。

「サラ?大丈夫かい?」

「う、うん。」

「おっきなヘビさん、怖かったね。」

「にぃに、ヘビなんていなかったよ?」

「え、でも確かにサラの前に……。」

「あたしの前にいたのは、お姉さんだったよ?」

お姉さん?え?え?どういうこと?蛇は?

「お姉さんってどんな人?」

「うーん、暗くてよく分からなかったけどね、絵本に出てくる魔女みたいなお姉さんだった。緑色の目をしてたよ。」

ボクが見たのは、カメリアという派手なピンク色の目と模様を持った巨大な黒い蛇だった。どういうこと?いや、考えないようにしよう。忘れよう。

「サラ、きっと柱が女の人に見えただけだよ。きっとそうだ。そうに違いない。」

「そうなの?」

「そうだよ。氷で歪んで反射してたんだよ。」

「にぃにがそういうなら、そうなのかな?」

「さぁ、もう寝よう。」

「うん。にぃにおやすみ。」

「おやすみ、サラ。」

次の日になった。サラの具合が悪くなった。最初は深夜に猛吹雪の中を出歩いたせいだと思ったが、熱は出ていなかった。平熱だった。ただ、苦しそうにしていた。母さんはサラにつきっきりで、ボクは母さんの代わりに朝食の準備をしていた。父さんはもう既に仕事場へ行ってしまっていた。

「母さん、朝食できたよ。」

「レイサー……。ありがとう。」

「サラ、大丈夫?」

「分からない。お医者様が見ても、原因が分からないって。」

ボクのせいだ。ボクが、行こうなんて言わなければ。そして原因はきっとあの大蛇だ。今まで危険な生物に襲われたことなんかない。だってここは、フクロウの神様が守ってくれてるって母さんがいつも言ってた。それに、フクロウは蛇を食べる。いや、もっと現実的に考えよう。いくらフクロウと言えど、あんな巨大な蛇は食べない。そして蛇がサラの具合を悪くする力なんてある?何か病気を持ってた?なら、その病原体が見つからないのはおかしい。なんだ?何が原因だ?ボクは家にある全ての本を読み漁った。しかし、原因は分からなかった。

数日が経ち、ボクはもう一度あの場所へ行こうと決意した。もしかしたら今度はボクが呪われるかもしれない。でも、愛する妹を治せるなら、代わりにだってなる。

深夜、苦しそうに息をするサラの手を握った。

「にぃにが絶対に助けてやるからな。」

以前と同じように非常用セットをバッグに詰め込み、両親を起こさないよう慎重に外へ出た。今日はそんなに吹雪いてない。そして、例の場所に着いた。蛇はいなかった。蛇がいた場所に立ち、辺りを見回す。あの日、サラは何を見た?何をされた?サラが言うには魔女のようなお姉さんがいたと。

「あらあら、この前のガキンチョがまた来たの?」

突然後ろから声が聞こえた。恐怖で何も出来なかった。でも、確かめなくちゃ。深呼吸をし、後ろを振り向く。

「……。」

思わず固唾を飲み込んだ。サラの言う、魔女のようなお姉さんがそこにいた。明らかにこの山に似つかない格好をしていた。そして緑色の結晶が着いた大きな杖を持っていた。

「ぼ、ボクの……妹。」

「あぁ?あんたの妹?あのガキのこと?ジロジロと人の顔見やがって、失礼なやつ。」

「ボクの妹を……も、元に、戻して。」

「ふーん?近くに村があるの。気づかなかったわ。」

「ボクの妹を!返し……うっ。」

「うっさいわね。」

魔女はボクを杖で殴った。痛い……逃げなきゃ。ボクはよろよろと立ち上がり、走って逃げ出した。魔女は追いかけて来なかった。そして、自分の部屋に戻り、サラを見た。

「ごめん。ごめんよ。弱いにぃにでごめんよ。」

次は、山を降りよう。山の外は大きな王国があるって聞いた。そこに住む人たちなら、サラを苦しめる呪いについて何か知っているかもしれない。今日はもう寝よう。このことは母さんと父さんに相談しなきゃ。

眠り始めて数時間経った時だった。大きな音と地響きで目を覚ました。

「な、何?サラ!」

サラは無事なようだ。なんの騒ぎだ?窓から光が差し込む。

「え……。」

「レイサー!サラ!」

父さんと母さんが走ってボクたちを抱えて外に飛び出した。村中が翠色の炎に包まれ、大騒ぎになっていた。どの建物も壊れ、人々は逃げ惑っていた。そして、ボクらの家も、外に出たと同時に翠色の炎が直撃した。真上に黒い影が過ぎ去った。

「父さん、何、あれ?」

「邪龍だ……。」

ボクとサラは父さんと母さんに抱えられて走り回った。村の人たちは、翠色の炎に巻き込まれる者、崩れる建物の餌食になる者など様々だった。見てられなかった。ただの夢であって欲しかった。

「まずい!お前たちだけでも!」

父さんがいきなりボクとサラを投げ飛ばした。突然の事で理解が追いつかなかった。あっという間に、父さんと母さんが翠色の炎に包まれた。ボクは地面に倒れ、すぐ立ち上がった。

「父さん!母さん!いやだ!」

ボクはすぐにサラをだき抱えた。サラの容態はさらに悪化し、黒い不気味な紋様が全身を伝っていた。

「全部、ボクのせいだ。父さん、母さん……。」

邪龍がこっちに向かってくる。ボクは走った。山奥とは反対の方向に。ひたすら走った。邪龍も通れないような狭い道を通ってやっと脅威は去った。今悲しんでいる暇は無い。サラを守るんだ。

サラを守り、何度も滑り落ちながら山を下った。吹雪が弱まるにつれ、空が明るくなっていく。そしてついには雪になっていた。

「誰か……助けて……。」

全身が痛い。もう歩けない。でも、歩き続けなきゃ。いつの間にか、雪はもうほとんど無くなり、森の中に来ていた。池がいくつかある。良かった。あとは食べ物が欲しい。

ボクは動物の動きを観察して、食べられる植物や木の実を選別した。

「サラ、食べて。」

木の実を崩して、サラの口の中に水と一緒に流し込んだ。サラは苦しそうにして何度も咳き込んだ。

「……にぃ……に。」

「サラ……ボクはここにいるよ。」

そして何日も歩き続けて、今度は薄暗い森にやってきた。森というよりかは、湿地林だ。なんとも薄気味悪い。

気づけばもう辺りは真っ暗だった。いつの間にか湿地林も抜けていた。これ以上動くと危険だ。どこか隠れられる場所を探さないと。

少し動き回り、木にちょうどいい穴を見つけた。その中に潜り込み、眠りについた。

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