ダヴィンレイズ王国 ~城下町2~
夕食を済ますと、見張りや召使いの目を掻い潜り、なんとか外に出れた。本当は別日にしたかったが、しばらくは予定が詰まっているため、今しかない。
夜の城下町は、明るい時と全く違う顔を見せた。ここに住む人々や生き物は皆休んでいて静かだ。夜行性の生きものの声だけが聞こえてくる。
城壁近辺まで近づくと、どんどん暗くなっていった。ライダーであるおかげである程度は見えるが、厭世部隊がいるかもしれないという恐怖感に思わず固唾を呑み込む。すると、見回りの兵隊が歩いてきた。思わず近くの小路に隠れた。
ん?なんだ?微かに何か小路の方から聞こえてくる。揉めてる?
試しに行ってみると、やはり何人か揉めていた。何人かは一般人らしいが、1人は……ライダーだ。それも黒龍部隊の1人。彼はジャンダルというステラ殿がイーサンといつも行動を共にしている仲間の1人だ。ジャンダルは一般人から何か小さな袋を奪っていた。黒龍部隊は善人の顔をするのが上手い。黒龍部隊は白龍部隊以上にイかれている。そんな話を、ステラ殿から聞いた。
ジャンダルは、目的の物を手に入れたらしく、鼻を鳴らして大路の方へ向かっていた。しかし、奪われた一般人はジャンダルが背中を向けた瞬間殴りかかった。しかし、ジャンダルはいとも簡単に避けると、全員の後頭部を殴って気絶させた。
僕はジャンダルの後を追った。
え……。驚いたことに、ステラ殿もここに来ていた。ステラ殿も……善人のフリを?ショックを受けたのもつかの間、どうやらステラ殿は驚いていた。聞き耳を立てる。
「ジャンダル?なんでお前がここにいるんだ?」
「す、ステラ!えっと……ちょっと散歩に。」
「ふーん?で、その袋は?」
「散歩ついでに星も見ようかと思って……それで、望遠鏡を用意したんだ。」
「……中。」
「え?」
「見せろ。」
「そんなそんな!大したものじゃないよ!じゃあまた明日!」
ステラ殿は逃げるように去ろうとするジャンダルの襟を掴んだ。
「ぐぇ!」
「お前、なんかしただろ。」
「してない!」
「じゃあ見せれるだろ。見せろ。」
「だ、だから大したものは……。」
「……はぁ、命令だ。見せろ。」
ジャンダルはモゴモゴと何か言いたげに口を動かした。しかし、諦めたのか渋々袋を渡した。
「これ……お前誰から取った?」
「そこの小路を通ったところに広場があるんだ。そこに集まってる奴らから。」
「はぁ。通りでお前、最近変だと思ったら。案内しろ。」
「え、何をするの?」
「潰す。」
「い、いや別にそんな大事にしなくても……僕がこうして取引っていうか奪ってるおかげで、抑止力になってるし。」
「現にお前に被害が出てるんだが。」
「ぼ、僕は平気さ。むしろ、最近調子がいい。」
「初陣からずっと真面目だったお前が最近は任務中ぼーっとして、朝飯も食いに来ず、急に倒れるお前が調子良い?何寝ぼけたこと言ってんだ?」
「で、でも任務中のミスは減ったんだよ?それに、特訓中だってすごく上手くいくんだ。」
「それでサジに手を出したのか?」
なんとか言い訳をしようとするジャンダルに見たこともない威圧で睨むステラ殿に圧倒されたのか、目を逸らして言った。
「……はい。ごめんなさい。」
「はぁ、何がきっかけでサジに手を出したのか知りたいところだが、今はお前の体が心配だ。しばらくは任務を休め。そして二度と薬物に手を出すな。ライダーが狂えば、ドラゴンも狂うことを忘れるな。いいな。」
「はい。」
「で、その悪人共の溜まり場はどこにある?」
「そこの小路に入って、2回分かれ道をスルーして、その後左に進んだ先。」
「……お前に命令だ。寄り道せずに、まっすぐ帰れ。そして朝になったらまず朝食をしっかりとって医務室に行け。」
「……了解。」
ステラ殿が、とぼとぼと帰っていくジャンダルを見えなくなるまで見届けると、袋を持って小路に歩いていった。僕も後を追いかける。
ジャンダルの言う通り、広場があった。そこに何人か強面な男たちがいた。全員煙草らしきものを吸っている。
「おぉ戻った……誰だお前。」
「どうも、うちの部下が世話になったようだな。」
「はぁ?」
「そのサジ、どこから仕入れてきた?」
「なんだ、お前もこいつが欲しいんか?」
ステラ殿は、少し考えると言った。
「まぁ、俺もそういったものに興味があってな。」
「お、なら取引してやるよ。そうだな、金貨……いやお前金あんま持って無さそうだし、銀貨5枚にしてやるよ。」
「いや、出自を知りたい。」
「いやいや、子供にはさすがに教えらんね〜よ。子供は口が軽い。」
「26だ。」
「にしてはちっせぇな。」
別の男が、ステラ殿の肩に腕を回すと、首に煙草の火を押し当てながら言った。
「やっぱりか。」
「ん?何が?」
「こいつ、火で熱がっても無ければ火傷跡もついてない。つまりこいつもライダーだ。」
「へぇ〜。そりゃいい。なぁライダー、血をくれよ。そしたら出処を教えてやる。栽培方法も教えてやるよ。」
「血なんか何に使うんだ?」
「ライダーの血は高く売れる。」
「ふーん。」
ライダーの血……見分けがつくのだろうか。ステラ殿はまた少し考え込むと、騎龍武器……ナイフを取りだし、なんのためらいもなく手の平に深く切込みを入れた。そこからダラダラと血が流れ出る。僕は思わず目を背けた。
「うへぇ〜お前痛覚あんのか?もう1人のやつはまぁまぁ痛がってたのに。」
奴らは、幾つかの小瓶で血を回収すると、大事そうに箱にしまった。ステラ殿は服を少し破って包帯のように手に巻いた。
「約束だ。教えろ。」
「あぁもちろん。っとその前にそのナイフ寄越せ。」
「なんで。」
「抵抗されたらたまったもんじゃない。」
やれやれと言わんばかりに目を回すと、ナイフを軽く振って騎龍武器特有の筒状にして渡した。
「へ〜、ライダーの魔法が籠った武器ってのは本当だったんだな。」
それから男たちはペラペラとサジについて話した。サジはとんでもない薬物だった。まずサジはグラダリウス大陸以外の外国から輸入されたもので、港町以外のところから勝手に輸出入していると言う。そしてサジの効果だが、体力の増強や精神の安定等いい事づくめだが、その代わりに食欲や睡眠欲の低下、激しい嘔吐感、幻覚幻聴等、使うにはリスクがあまりにも高すぎる効果があった。
「どうだ?魅力的だろ?ぶっちゃけデメリットの面は別の薬使えばどうとでもなるし、いい事しかない。ちょうどこの煙草もサジでできてる。吸いかけだが、吸うか?吸うだろ?」
そう言いながら煙草を近づける。さすがにステラ殿でも後ずさった。
「いや、吸いかけは勘弁してくれ。」
「なんだ、釣れないなぁ。あんたもこれを使いたいってことは、仕事とかが上手くいってないんだろ?」
「……あ、そうだ、ちょうどサジを利用しているライダーが俺の部下なんだが、なぜ使い始めたのかわかるか?」
「ん?あぁなるほどなー、あいつ、3人の中で一番若いからってことでかなりプレッシャー感じてたぜ。あんた、パワハラかなんかしてんじゃねぇの?失敗が怖いからってことで血と交換……のつもりだったが、2回目以降は金でやり取りしてる。最近は俺の部下に代わりに取引させてるがな。ってそういやあいつら遅いな。」
あいつらっていうのは多分ジャンダルが気絶させた人達のことだろう。
すると、ちょうどそこへその人たちが急いで入ってきた。
「おぉー遅かったな。」
「盗られました!」
「何が?」
「サジですよ!あいつ、僕らを殴って金も渡さずに盗みやがりました!」
「なんだって?」
「……あっ!そいつが持ってる袋!それですよ!」
ステラ殿に指を指しながら言った。
「つまり、あんた、自分の部下から取り返してくれたってことか?」
「ま、そんなところだな。あぁ、もうこんな時間だ。そろそろ俺は帰るよ。」
「おいおい、薬くらい吸ってかないか?サジ以外にも色々あんぞ?」
「いーや、遠慮しておくよ。陛下と総帥に色々と話したいことができたのでね。」
「……待て、どういうことだ?」
「んー?言ってなかったかー?俺の名前は、シリウスだ。」
シリウスは……ステラ殿の偽名。
「し、司令官……。」
町中の人には、シリウスという名は総帥を除いて最強のライダーであると知れ渡っている。
「おい小僧。何してんだ?」
「え……。」
真後ろからの声。一気に血の気が引く。
「お前その髪色……はっ!王子サマじゃねぇか!」
そう声を荒らげると、ステラ殿がサッと僕の方に振り向いた。そして僕を睨んだ。当たり前だ。絶対に行くなと言われていた場所に来てしまったのだから。そいつは僕の髪を引っ張って引き寄せると、腕で首を絞めて、その下からナイフを喉に突き立てた。
「おいおい司令官さん?王子サマが死んじまうぞ。」
「シリウス……殿、ごめ、ごめんなさい。」
痛い……ナイフの尖端が喉に……。
「……どうしたら解放してくれるんだ?」
「死ぬまで血を寄越せ。解体は俺たちがしてやる。」
「はぁ。やれやれ。」
ステラ殿は手を少し伸ばすと、筒状の騎龍武器が急にステラ殿の手元まで飛んできた。それを掴むと、目にも止まらぬ速さで僕を捕まえていた男を蹴り飛ばし、武器を軽く振って、ナイフとは別のグレイヴ殿の尻尾と全く同じ形状をしたハルバードのような長い武器になった。
「ひっ……お、お前ら何とかしろ!」
「む、無理ですって!」
ステラ殿がまた目にも止まらぬ速さで、レガーレを使って炎を武器に纏わせ、サジが入った袋ごと燃やしてしまうと、血液瓶が入った木箱を破壊した。そこから血が飛び散った。そして、武器を収納してしまうと、僕を抱きかかえて壁をつたい、建物の上から城まで走った。
「このあほ王子。」
「ご、ごめんなさい。」
「体の調子は?」
「え?」
「あそこは薬だらけだ。煙草の煙からも薬が含まれてる。」
「大丈夫です。ステラ殿のフードのおかげです。ステラ殿は?」
「俺は平気だ。薬以上にやばい黒魔術を何度も吸い込んでるしな。」
「それは平気では無いのでは?」
「もう慣れたもんだよ。」
「そう、なんですね……。あの、薬袋が入った袋は燃やして大丈夫なのでしょうか?」
「ドラゴンの炎は普通の炎と違う。薬の成分ごと燃やし尽くしてるよ。それに、仮にガスとなっていても、あそこ一帯はあぁいう奴らしか人は居ない。」
ライダーの訓練所まで戻ってくると、僕はマントを返した。
「あの、ありがとうございました。」
「で?現状把握出来たのか?」
「えぇ、一応は。ところで、なぜステラ殿はあんな時間帯に?」
「基本的にはあぁいう犯罪者を潰すか、家を持てなくなった者を社会復帰させるために色々としてるよ。」
「なるほど……あの、僕が王になったら、ステラ殿は何を求めますか?」
「特に無い。」
「せめて、恩を返させてください。今回だけでなく、僕の先生としていてくれていたことに関しても。」
「じゃあ、自由……かな。のんびりと、過ごしたいんだ。」
「戦うのが好きなんじゃないんですか?」
「好きさ。でも、自分から進んでやる気は無い。必要ならやる。さ、もう王子は寝ろ。そろそろ召使いやらなんやらが心配するぞ。」
すると、用意されていた鎧をステラ殿は身につけた。
「深夜の任務ですか?」
「あぁ。最近総帥が行けってうるさいんだ。こっちは疲れきってると言うのに。」
龍舎からグレイヴ殿が出てくると、ステラ殿は彼に乗ってあっという間に飛び立った。
正直、少し恐ろしいがダレス殿に頼んでみようと思う。