ダヴィンレイズ王国 ~城下町1~
ダヴィンレイズ王国では、王子はダヴィン、王女はレイズという名前が付けられる習わし。
もう何世かも分からない現在の若いダヴィン王子は、数世紀ぶりに白いドラゴン、レックスに選ばれたライダーとなった。
彼は、父親以上の王として生きるため、民の暮らしを観察することを決める。
総領の甚六として育てたられた僕は自分の王国についてほとんど知らない。その代わり、レイビン王国についてはやけに詳しくなった。というのも、ダヴィンレイズ王国とレイビン王国は同盟で、お互い友のように親しくしており、基本的に後継者が御相手の城に赴いて団欒するのが普通だからだ。
そんなある日のこと、僕はライダーになった。ドラゴンに選ばれた僕は城中を騒がせた。何世紀も前から王族はドラゴンに選ばれなくなっていたので、尚のことだった。これを吉兆と見るか、凶兆と見るか……でも僕はできる限り、民にとっても、部下にとっても「幸せだ」って思えるような暮らしを作りたい。
そのためにはまず城下町の現状を知らなければならない。でも、父上は城下町に赴くのを許してくださらない。でも、もしかしたらステラ殿が、外にこっそりと抜け出す方法を教えてくださるかもしれない。あ、ステラ殿は僕のライダーの先生であり、お付きの騎士として選ばれたお方だ。正直申し訳なく思っている。彼女は司令官という立場で、昼は部下たちとの任務に騎士団の治安維持、夜は懸命に努力を重ね、最近では誰もが休んでいる時間帯である深夜の任務をこなす……そんな方だ。いつの日か、僕が王になった時は、最初にステラ殿の願いを聞き届けたいと思う。
今は夜。多分相棒のグレイヴという黒龍と特訓しているはずだ。彼女は他のライダーと違ってドラゴンと特訓する一風変わったライダーでもある。
訓練所に来てみると、どこにもいなかった。でも、空から剣戟の声が聞こえる。見上げると、ステラ殿はエルテノ・レガーレを使って見事な空中戦を披露していた。グレイヴ殿もそれに負けず劣らず巧みな技を披露していた。
しばらくすると、2人は降りてきた。ステラ殿は子供の僕と同じくらいの背丈だった。
「ん?お、王子?どうかしたのか?」
ステラ殿には、というか、部下たちには地位など気にせずに、仲間たちと変わらず接して欲しいと頼んでいる。
「ステラ殿に、折り入って相談があるんです。」
「相談?」
「お父上……陛下は僕を城下町に出すことを許してくださいません。なので、こっそりと抜け出したいのです。」
「構わんが、なぜ急にそんなことを?」
「これから王になる僕です。今の民たちの現状を把握しておきたいのです。」
「なるほど。まぁ、一般人に変装するのが無難だが、その髪と目の色じゃあな……。」
王族は髪の色が銀、毛先が金で、目の色が紫というかなり特殊な見た目をしていた。この容姿をしているのは現状王族しかいない。
「髪を染められれば良いのですが、そんなこと誰も許してくださらないでしょうし。」
「俺のマントか鎧……いや鎧はダメだな。黒龍部隊長専用の鎧だし。」
「マントを貸していただけないでしょうか。」
「分かった。ちょっと待ってろ。」
ステラ殿が訓練所を離れ、しばらくすると戻ってきた。
僕はマントを羽織ってみるが、なんともまぁブカブカだった。そういうものなのだろうか。すると、ステラ殿が無言で羽織ったマントに手を加えた。
「よし、これならすぐずれ落ちることは無いし、フードで目や髪を隠せる。」
「ありがとうございます。」
「で、いつ行くんだ?俺は行かなくていいのか?」
「一人で行きます。時間は昼ですね。民がどういった暮らしをしているのか気になるので。」
「ふーん。……城壁付近の貧困層には絶対に行くな。」
「え?貧困層?それはどういったものなのでしょう。」
「簡単に話せば、お金が少ない、もしくは無くてまともに生活出来ていない層だな。中には家も持たずに外で暮らしている者もいる。」
「そんなこと、あっていいのでしょうか。父上は少しでも気にかけているのでしょうか。」
「陛下があの辺りを気にしているところなんか見たことない。」
「それで、そこに行っては行けない理由は?」
「あそこは完全に無法地帯。兵士や一般騎士、ドラゴン騎士団が行き交う大路は大丈夫だが、小路や路地裏なんかは危険だ。失うものが無くなった人間ってのはある意味無敵みたいなもんだからな。」
「襲われる可能性があるんですか?」
「そういうことだ。しかも、闇組織だってある。一番でかい組織は俺が既に対処したからいいが、小さい組織はまだ残ってる。それに、一番危険なのが、厭世部隊だ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
そうして僕は休日にこっそりと城を抜け出しては、メモを取りながら民たちの暮らしの観察を始めた。
まずは商店街から。小さな飛竜が沢山飛び交っている……しまったな、生物についてはあまり勉強してない。
「あの、その竜は?」
「ん?おや坊や、この子らを知らないのかい?こいつはビョシュラってのさ。」
「竜を飼っているなんて。」
「見た感じ外から来た者みたいだね。ここじゃ、ビョシュラを飼うのが主流なんだ。郵便配達に漁、教えれば芸だって仕込むことができる。他の飛竜と違って、炎も吹かないし毒もない、魚食だから安全なんだ。」
「名前はあるんですか?」
「もちろん!うちの子はライちゃんだよ。ライちゃんはかなり偏食家でね、クラブナとキラボブナしか食べないんだ。撫でてみるかい?」
「よろしいんですか?」
「いいとも。ライちゃんは撫でられるのが好きだからね。」
噛まれないか少し不安だったが、手を出すと自分から擦り寄ってきた。頭を撫でた後、顎を掻く。ドラゴンに触れるのと全然違った。ドラゴンは細かい鱗は無く甲殻もあるので、すべすべなのだ。
ライちゃんに着けられた首輪はとても美しい装飾が施されていた。動く度にそれがキラキラと光る。
「ありがとうございます。」
「いいってことよ。ところで、親御さんはどうしたんだい?ここは商店街だから危険は少ないけど、ここ以外じゃ危険だよ。特に城壁沿いはね。」
「親は別のところにいます。」
「なら良かった。」
すると、一瞬だけ周囲が暗くなった。何事かと思ったが、上空をドラゴンが通り過ぎたのだ。
「お、任務かな。坊や、ドラゴンは見たことあるかい?」
「えぇ。」
「ならここに近い村にでも住んでるのかな?ここじゃあビョシュラの他にも、しょっちゅうドラゴンが飛び交うんだ。たまに大路で乗り手の騎士団さんと一緒に歩いてるところが見れるよ。」
「そんなことがあるんですね。」
「子供好きの騎士団さんもいるらしくね、自分の相棒と一緒に遊んでくれるのさ。」
すると、商店街の中心から人が盛り上がる声が聞こえてきた。
「お、ちょうど来てるんじゃないか?いつもの方が。行ってきたら?この時しかないよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「楽しんでら〜。」
商店街の中心地に来ると、既に人集りができていた。
体の大きなドラゴンは人混みでも見えた。
あのドラゴンに見覚えがある。黄龍族で目や体の一部が桃色、紅葉のような翼を持ち、体全体に鰭が幾つもあり、まるで大きな花のようなドラゴン。
「ルフィス……。」
じゃあライダーは…
「パインお兄さん!わたしもドラゴンに乗りたい!」
女の子の声が聞こえてきた。パインは偽名。あのライダーは黄龍部隊のフォイド。
「もちろん!」
人混みを掻き分けて少し近づくと、黄色の鎧を身にまとったフォイドが、女の子を抱えてルフィスの背に乗せていた。顔は兜で見えなかったが優しい表情をしているのが安易に想像がつく。
というのも、彼は城下町に学校を考案し、そのことを一般部隊のリーブ司令官に頼み、そこから精鋭部隊の司令官であるステラ殿に頼んだと聞いている。僕も何度か話をしたことがある。
「坊や、ぼーっとしてどうしたんだい?」
「え……あ。」
気づいたら、いつの間にか彼の目の前に来ていた。
「もしかして、ドラゴンは初めてかな?怖くないよ。」
屈んでそう言った。ルフィスの方を見ると、彼に似てとても優しい表情をしていた。
「あの、パインさんは……将来、どんな城下町になって欲しいんですか?」
「……え?あ、ん?」
まずい、子供らしからぬ質問をしてしまった。すると、彼は急に顔を近づけると、耳元で囁いた。
「えっと……王子、何故ここに?」
「え、なんで分かるんですか?」
「さすがに分かるよ。ライダーは耳が良いんだから。ここにいる人たちの声は聞き分けられるくらいには耳が良い。」
そういえば、少し離れていて、人も沢山いたのに最初の女の子の声が聞こえてきたな……。
彼は少し離れると言った。
「そうだね〜、全ての人が、笑顔で居てくれると嬉しいな!」
そう言うと、ここに集まっていた多くの人々が歓声を上げた。
ひとまず、一旦離れることにした。ここにいては王子とバレるのも時間の問題だ。
夕方まで観察を続けた。一般人に紛れ込んでいるライダーもたくさんいた。現状、不満を抱いていそうな民はいなかった。いや、もしかしたらなにか抱え込んでいるかもしれない。あと確認したいのは貧困層の城壁近辺……行くなと言われたが、王になる以上把握しておかないと……僕は父上とは違う。