第40話 深層ダンジョン攻略中編
しばらく体を休めてから大木へと繋がっていると思われる獣道の方向へと足を進める。
一応草木に擬態した魔物がいないか警戒しながらかなり進んできたものの、今の所遭遇していない。
「虫系の魔物が全然いないですね……」
「もしかしたらこの獣道を使っている奴らにとってはあの手の魔物は餌になってるのかもしれないな」
「コボルトとゴブリンは敵対してないですけど、魔物同士でも食物連鎖ってあるんですか?」
「魔物と一括りに言っても色々種類があるからな……魔物全てが草食なら人間や獣を襲わないし、襲って食べたりはしない。食うってことは腹がすくってことだ。ダンジョンにいて、腹が減ったら?」
「他の魔物を食べる……と?」
「そういうことだ……まぁ、実際に目の前で食べてるところなんて見たことはないがな」
ダンジョンの中も意外と世知辛いみたいだ。もしかしたら襲われる側に回って逃げ延びた魔物や、食糧を求めて外へ出てきた魔物が街を襲ったりしているのかもしれない……かと言って同情は絶対にできないけど
「フェニー、あとどれくらいで目的の大木に着きそう?」
『うーん……たぶんあと半分くらいだと思うの』
「わかった……ありがとう」
「大木には何があるんだろうな……」
「……行かねばわからん……」
「それはそうよね」
ーーードシンーーー
ーーーードシンドシンーーーー
「ま、前から何かきます!」
「ハーミットが1番に気づくってことは魔力を持ってる魔物か!」
「俺が壁になるから魔法を打ち込んでくれ!」
「わ、分かりました」
「いくぞ!」
「は、はい!……『アイスアロー』」
ハーミットの魔法で作り出した氷の矢は獣道をまっすぐに進んでいく。
ーーードスッーーー
「当たった……のか?」
「め、命中した音はしましたが、そのまま近づいてきます!」
「なに!?」
「広場まで下がりますか?」
「いや、背を向けて逃げても追いつかれるだろう。迎え撃つ!」
2人が並ぶのが精一杯というほどのこの狭い獣道で正面戦闘をすることになるとは……
以前グレイさんが言っていた、いずれ狭い所で正面戦闘になるから盾役が必要と言うのはこういうことかと実感する。
確かにこの狭さでは満足に回避もできなければ、自分の武器も振れない。
「分かりました!切り込むタイミングは教えてくださいね!」
「ああ、ガッチリ盾で防いだら隙ができるはずだ、その時はグレイもレントも任せたぞ」
「……承知した……」
「おう、やってやるぜ」
獣道を物凄い勢いで進んでくる魔物……いよいよ正体が明らかになる。
――――――――――――――――――――――――――
獣道の奥から現れたのは鼻息を荒くしてこちらを鋭く睨みつけるミノタウロスだった。
牛の頭に人の体。大きさは3〜4mほどで斧を片手に持つ姿は凄い重圧を放っている。腕にはハーミットの放った氷の矢が刺さっているが気にも留めていない。
この巨体が歩けば人が2人通れてある程度頭上を気にしなくても済むような獣道ができるのも納得である。
「ミノタウロス……だと」
「こいつと正面戦闘ってマジかよ……」
「……だがここまで近づかれては撤退もままならん……」
「覚悟を決めるしかねぇってか」
ミノタウロスはこちらを一瞥すると、準備が整うのを待っているかのように、持っていた斧を肩に担ぎこちらを見つめている。
「強者の余裕ってやつか……気にいらねぇな」
「……だが戦力差は明らかだ……」
「か、勝てるんですか?」
「ハーミット……弱気になっちゃだめだよ!みんなで勝つんだ!」
「よく言ったブレイブ!やるぞみんな!」
「「おう!!!」」
『ブモォ??』
こちらの気持ちの準備が整ったことを理解したかのようにミノタウロスは斧を上段に構え、それを振り下ろす。
ーーーブォン!!!ーーー
ーーーーードカン!!!!!ーーーー
「きゃあ!!!」
「くっそ!!」
「みんな大丈夫!?」
ミノタウロスが振るう斧のスピードは尋常では無く、もはや盾で防げるようなものではなかった。
そしてその威力も凄まじく、地面に当たったことで舞い上がった石ですら人の皮膚を切り裂いて深い傷をつけるほどだ。
「「…………」」
誰もが言葉を失うほどの一撃だった……これは挑む挑まないなどという次元の話ではない。狩る者と狩られる者というのですらおこがましい。
僕たちはただの餌だ……そう思わされるような一撃だった。
そしてミノタウロスはあえてその一撃を僕たちに当てずにいた。
『ブモォォ!!!!!!』
「っっーーー!!!」
改めて格の差を理解させるかのようにミノタウロスは大きな咆哮を上げる。
それを聞いた僕たちは完全に萎縮し、身動きが取れなくなってしまった。
「……俺ができる限り引き止める……全員逃げろ……」
「リッツさん……そんな……」
「迷ってる暇はない!次に一撃繰り出される前に逃げるんだ!!」
「嫌だ!!」
「ブレイブ!」
リッツさんを置いてなんて行けない……リッツさんは街を守るのに絶対に必要な人なんだ。こんなところで死んでいい人じゃない……置いて行くくらいなら最後まで一緒に戦いたい。
「まあ、待てよ2人とも……」
「レントさん……?」
「ここは俺に任せてくれねぇか……」
「レントさんまで……なんで……」
「レント……まさかその足……」
「ああ、さっきの一撃で破片が刺さっちまってな……走れねぇんだ」
「そんな……フェニーなら……フェニーならきっと治せるから……」
「そんな時間は残ってねぇだろうが……さっさと行け!」
「レントさん!!嫌だよ!!なんで!!」
「リッツ、盾借りとくぜ……後は頼んだ……」
「わかった……すまないな……」
「謝るんじゃねぇよ、ダンジョンってのはこういうもんだろ」
「リッツさん!なんで!!!……ねぇ!!嫌だよ!!!」
「ブレイブ……レントの覚悟を無駄にするな!」
「レントさん!!レントさんってば!!」
「いいんだブレイブ……いいから行けぇぇぇぇーーーーーー!!!!!」
「ブレイブは俺が担いで連れて行く!全員撤退だ!!!」
「嫌だ!リッツさん降ろして!!ねぇってば!!レントさぁーーーーん!!!」
僕はリッツさんに担がれ、他のみんなもレントさんを置いて振り返ることなく来た道の方へ全力で走り出す。
僕は担がれていたから、揺れる視界の中でも最後までレントさんの方向を見ることができた。
ミノタウロスは残されたレントさんを見てゆっくりと斧を振り上げる。
『ブモォォ!!!』
ーーーガシャン!!!ーーー
「ぐうっ……」
ミノタウロスは斧を一気に振り下ろすとレントさんを盾ごと地面に叩きつける。
そして再び斧をゆっくりと持ち上げ、再び振り下ろす。
「レントさん……レントさん!!!嫌だ!!逃げて!!!」
ーーーガシャン!!ーーー
「………………」
「レントさん!!ねぇ、レントさん!!返事をして!!」
1度目の斧を受け止めたレントさんは少しだけ動いたような気がしたのに、2度目の斧を受けたレントさんはぴくりとも動かなかった。
獣道が少しだけカーブを描き、レントさんとミノタウロスの姿は見えなくなってしまった。
ただ、斧が盾に何度も当たる音が僕たちの後ろから響いてくるのだった。
「リッツさん……降ろして……降ろしてください……」
「だめだ……今のお前を降ろすことは出来ない」
「リッツさん!!」
「だめだと言っている!」
「なんで……「いい加減にしなさいブレイブ!!」」
「母さん……」
僕は引き返す道中レントさんを諦めきれずにリッツさんに降ろしてもらうように何度もお願いする。
その度にリッツさんは僕を強く掴み拒絶する。レントさんとリッツさんがみんなを守るためにやった事なのは頭では理解しているけど、どうしても心が受け付けてくれない。
最後の瞬間を見た今でも、レントさんのことを諦めたくない。
そう思って抵抗していたが、母に止められる。
「レントさんのみんなを守ろうとした想いを無駄にするのは許さないわ!」
「だけど、それでも僕は……」
「レントさんの気持ちはあの人が街を守ろうとした時の気持ちと同じなの!!それがわからないあなたじゃないでしょう!!」
「っ……」
僕は母の言葉を聞いて、その意味を理解して、動けなくなってしまった。
確かに母の言う通りだ……父は街のみんなを、母を守るために戦った。そしてレントさんは僕たちを守るためにあそこに残った。
僕がレントさんの気持ちを無駄にして戻ると言うことは、父が守ろうとした街のみんなを、母を犠牲にすることと同じなのだ。それを託された僕が踏み躙ることは許されない……
「うぅ……うぅ……」
「泣くなブレイブ……まだ戦いは終わってないんだ」
「はい……はい……ぐすっ……」
「ブレイブくん……」
『ご主人……泣かないで……』
僕がみんなを守りたかったのに……そのために頑張ると決めたのにレントさんに守られてしまった……サーベルタイガーだって倒せたから……きっとダンジョンだってなんとかなる。その思い込みがみんなを危険に晒して、レントさんを殺してしまったんだ……
「僕が、ダンジョンに行くって言ったから……」
「それは違うぞブレイブ……ここに来たきっかけはお前かも知れないが、みんなも自分の意思で行くと決めたんだ。お前のせいじゃない」
「そうですよブレイブくん、たとえこの先に何があってもブレイブくんのせいじゃありませんから……私も私の意思でここにくると決めたんです」
「リッツさん……ハーミット……」
みんな走りながらでも僕のことを気遣ってくれている。僕はもう2度と仲間を失いたくない。だから強くなって、父が……レントさんが守ってくれたみんなを……次は僕が守るんだ。
『ブモォォォ!!!!』
「ちっ、やっぱり追いかけてくるか……」
「……階段方面は無理だろう……小川を辿って滝下に逃げるぞ……」
「部の悪い賭けだがそれしかないな……みんなまだ走れるか!?」
「は、はい!なんとか……」
「頑張るわ……」
「ぼ、僕も走るよ……ぐすっ……」
「ブレイブはまだしばらく運ばれてろ、落ち着いたら降ろしてやるから」
後ろから聞こえてくる雄叫びとゆっくりと迫ってくる圧倒的な気配。僕は決して忘れない……ミノタウロス……僕の超えるべき壁……
「これがフェニーの言っていた滝か……」
『そうなの……下が見えないの』
「……相当深いな……」
「でも……早くしないとミノタウロスも後ろから来てます……」
「流石にあの巨体だけ落とすなんてことは無理だものね」
「ああ……小細工を仕掛ける前にやられるのがオチだ」
「……覚悟を決めろ……」
「そうだな……行くぞ!!」
僕たちは喪失感を胸に抱きながら、レントさんに託された想いを繋ぎ、街に希望を届けるために、体を寄せ合って一気に飛び降りた。




