第2話 託されたもの
「リッツさん、僕に手伝ってほしいことってなんでしょうか」
「ブレイブまずは謝らせてくれ、お前の父をすぐに探しにいくことが出来なくて申し訳ない…」
「いえ、仕方ないですよ、怪我をしてる人もたくさんいますし、いつ魔物が侵攻してくるかわからないですから…」
「すまない…俺もあいつのことを助けに行きたいが、あいつが命懸けで守ったこの街を放っておくこともできない…こんな状況だからこそあいつに託されたような気がするんだ…」
リッツさんと共に屋敷の書斎まで話をしながら移動してきた。話をするリッツさんは僕に気を遣っているのか、力無い笑みを浮かべながら手を血が滲むほど握り締めている。
「さて、ここでずっとメソメソしてたらあいつに殴られちまうからな…ブレイブは大丈夫か?」
「はい、父さんは生きてると信じて僕も頑張ります」
「ブレイブは強いな…」
書斎の電気をつけて、窓を開けると涼しげな夜風が体を包み、不安な気持ちや、少し熱を持った体を落ち着けてくれているような気がした。
「ブレイブ、見てみろ」
「?…はい…………っ……これは…」
リッツさんは窓の外を見つめて僕にも外を見てみろと促す。
篝火によって所々照らされた外に見えているのは、怪我を負った人たちやそれを治療する姿、少し遠くには倒壊し、煙をあげる建物、クレーターのように抉れて何もなくなった大地だった。
「今日の大地の上昇と魔物の侵攻でこの有様だ、今のまま、同じ規模の侵攻があれば間違いなくこの街は滅びるだろう。」
「そんな…」
「ブレイブ、怪我なんてものは治せばなんとかなる。建物もまた建てればいい。だがな、この街の1番の問題はみんなに希望が、魔物に立ち向かう勇気がなくなってしまったことだ」
変わり果てた街の姿や怪我の状況ばかり見ていた僕は改めて下にいる人々の顔をしっかりと見てみる。
「これは…」
「みんな諦めちまってるのさ、兵士も、医者も、商人も、住人も全員、何かしてないと落ち着かないからとりあえずそうしてるだけだ。目に光もなければ、足取りに力も入ってない。」
「でも、魔物を退けた時にはあんなに…」
「魔物を退けた時には、ほんとに嬉しかったんだろう。だが、時間が経つにつれて考えちまったんだ、明日は?明後日は?1週間後は?ってな…街の備蓄も武具工房も全部空に飛んでいっちまった、俺たちに残されたのは僅かな武器と申し訳程度の備蓄それとこの体だけ、それで魔物と戦って行けるのかってな」
そう話すリッツさんの言葉にさっきまで戦うんだと熱くなっていた僕の心はあっという間に冷え込んでいく。
「この先どうしたら…」
「まずはあいつらに希望や勇気を思い出してもらう」
「そんなこと…どうやって…」
「ブレイブ、さっき手伝ってほしいって言ったのはこのことだ。お前からみんなに勇気を見せてやってほしい」
「できない……できないよリッツさん……」
「いや、ブレイブお前ならできる。あいつが行方不明になって全部諦めちまった俺に『戦い方を教えてほしい』と勇気を見せてくれたお前なら!」
「でも……」
「お前だけだブレイブ、お前だけがあの時すぐに絶望に染まらなかった……戦うと言ってくれていたんだ!アーネスのため、みんなのため、絶望した皆に『それでも!』と声を上げてこの街の勇気の旗印になってほしい」
「…………」
「あいつに託されたんだろ、『母を頼むぞ』とそして他ならないお前が『戦い方を教えてくれ』とそう言ったじゃないか」
そう言って僕の両肩を掴み、視線を合わせて話すリッツさんの姿はどこか父を思いださせるものがあった
「……っ……お父さん……」
「ブレイブ!」
「っ……わかりました!僕にできることがあるなら手伝わせてください」
「……っ……ありがとう、ありがとう!ブレイブ!」
そう言って涙を浮かべるリッツさんの姿にもらい泣きしてしまいそうになる。
「なんだがさっき話してたリッツさん、お父さんみたいでした」
「やめろよ、あいつにブレイブから『お父さん』なんて呼ばれてるのを聞かれたら殴られるだけじゃすまないだろ」
「あははっ!」
「ふふふっ!」
泣きそうだったのを誤魔化すために出た言葉で生まれた明るい笑い声は、激動の1日で街の中に産まれた初めての笑い声だった。
その偽りのない明るい声は絶望に静まりかえった外にも響き、少しだけみんなの瞳に光が戻ったことをいまの2人はまだ知らない。
翌朝、再びリッツさんの書斎を尋ねると、兵士の人達から報告が入ってきた。
「街の周囲には現状魔物、ダンジョン共に確認されていません!しかし、食糧の備蓄は分け合って2週間程度しか持たないかと思われます!」
「主だった資産家や技術者、政治家の姿は町外れ含め確認できず!全員空の大地にいるものと思われます!中心街に住む住人が中心区画から追い出されていたとの証言もあり、大地上昇は計画的だったと噂になっています!」
「現在空の大地に接続した浮島の数は8つ!行商人の話によると全ての浮島それぞれに近隣国家の首都によく似ている建造物があるとのことです!」
リッツさんは次々に入ってくる報告をまとめながら、地図に書き込みを加えたり、兵士に指示を出したりしているが、その顔は少しずつ険しいものになっていく。
「リッツさん…」
「ブレイブ、きてもらったのに何もさせずにすまないな……」
「いえ、兵士の皆さんの調査の方が大事でしょうから」
「聞いての通り、現状はかなり厳しい。大地の上昇は計画的だったことも町中に広まりつつあり、食糧問題も発生している……状況によってはうちの屋敷に暴徒が押し寄せるかもしれないな……」
「リッツさんは知らなかったんですよね!?」
「知らなかったさ!だが、俺以外の資産家は全て空の上だ、俺だけ知らないなんてこと信じる奴がどれだけいるか…」
魔物の侵攻が落ち着き、状況を正しく認識すればするほどに状況が悪いことが嫌なほどわかってくる。
人々は今まで協力してダンジョンや魔物に対抗し、生活を守るために食糧を生成できる貴重なアイテムや武具の生産施設を街の中心に集まるように街を作り替えてきた。
それを資産家達が計画的に持ち逃げしたとなっては、今回の犠牲者の遺族などは状況を知っていたと思われて、まだ手の届く範囲にいる資産家のリッツさんに対して恨みの矛先を向けることも考えられる。
街の中心部に置いてあった武具さえ有れば僕の父も無茶をする必要がなかったのだから……
「この状態で後手に回るのだけは避けるべきだな……」
「でもどうするんですか?」
「街の皆んなを出来るだけ屋敷の近くや地区の広場に集めて協力を呼びかける、そしてブレイブにも話をしてもらいたい」
「話しですか……でもそんな大勢の前で話したことなんて無いですよ……」
「大丈夫だ、昨日の夜に俺に話してくれたように、今のお前の気持ちをみんなに聞かせてくれればいい。フォローは俺がしっかりするさ」
自信なさげに呟く僕にリッツさんは笑顔でそう言った。
屋敷の2階のバルコニーに、拡声のアイテムと遠距離通信のアイテムを取り付けたりと僕とリッツさんはスピーチの準備をする。
兵士の人たちは各地区の広場に受信機と拡声器のセットを取り付けに行ってくれた。
「準備はこんなものだろう。あとは準備ができたと報告があったら始めようか」
「き、緊張してきました……」
夕方になり少し寒くなってきた頃、最初はまばらに集まってきた人達が、今では屋敷の広場を埋め尽くすほどになってきて、こんなに大勢の前で話すのかと思うと体が緊張で震えてくる。
「ブレイブ、幼いお前をこんなところに連れてきて、皆の前で話せと言う俺が言えたことではないが、上手に話す必要はない。ありのままのお前の気持ちを皆に話してほしいのだ」
「僕の気持ち……」
昨日の父の言葉やリッツさんに言われたことを思い出して心を落ち着かせようとした頃、後ろの扉が開かれる
「各地区の広場、準備が整いました。資産家リッツより話があると呼びかけました。住人の印象はあまり良いとは言えない感じですが、広場へ集まってきております」
「リッツさん、そんな言い方をして集めたりなんてしたら……」
「大丈夫だブレイブ、まずは皆を集めることそれが大事なんだ。それよりも始めるぞ、準備はいいか?」
「は、はいっ!」
「ふふっ」
少しうわずった声で返事をした僕を見てリッツさんは微笑みながらアイテムを起動する
ブッ……キーーン……
ーーーいよいよこの街の行く末を決める演説が始まるーーー