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不良騎士は今日も惰眠をむさぼっている

 

 その砦は国境を守る重要拠点であった。

 長らく直接的にぶつかってはいなくても水面下ではいがみあっている隣国に対する防衛ラインであることを考えればその価値もわかるというものだ。


 そんな砦を統括している者ともなるとそれはもう厳格で人々の見本となる素晴らしい騎士である……と世間では思われているのだろうが、実際は違う。


「隊長っ。起きてください隊長っ」


「んー……? なんだ、リーファか……ぐう」


「ちょっ、ああもう起きてくださいよ隊長っ!!」


 砦の一室、仮にも最高責任者である隊長の部屋はまさしく惰眠を貪るためだけに特化した有様であった。


 中央には大きくふかふかなベッド、その横には気分で使い分けるためのハンモック、果てはどうやって入手したのか遥か遠くの大国で発明されたという(つまりそれだけ希少で高価な、ここらではまだ出回っていないはずの)音声を記録する魔法道具から眠気を誘う穏やかな音楽が流れていた。


 騎士の命である剣? 隅に転がっている有様だ。


 そんな部屋で呑気に寝ているのが砦の最高責任者であるレイン=ガルヴェザー。黒髪黒目という貴族には珍しい色を纏っている彼は日頃から鎧すら纏わない平服姿、騎士であるのに姿勢や態度に威厳が感じられない、常に眠気まなこで怠けるのが基本とまさしく不良騎士というのがよく似合う雰囲気の男であった。


 代々優秀な騎士を輩出しており、現当主が長らく騎士団長を勤めているガルヴェザー家。その三男ではあるが、歳の離れた長男や次男と違ってレインはわかりやすい不良騎士だ。


 ガルヴェザー家という貴族の三男というのが諸々の政治的闘争において都合が良かったから十八歳という異例の若さで砦の最高責任者にまで押し上げられたが、全ては()()()()のことだ。愛国心のためにその身を捧げて尽力するつもりなんて欠片もなかった。


 適度に怠けて、最低限の仕事だけをこなす。民衆が思い描く厳格で人々の見本となる素晴らしい騎士なんて疲れるような生き方をしてやるつもりはない。


 出世街道とかどうでもいい。

 寝ていたほうが幸せだ。

 とにかくぐーたら平穏無事に日々を過ごせればそれで彼は満足──



「もうすぐ第四王女殿下がいらっしゃるんですよ! 流石にこれは隊長が対応しないと駄目でしょう!?」



 赤髪に腰の長剣、動きやすいよう要所を改造した変則フルアーマー(兜は外して首に引っかける形で後ろにぶら下げている)、何より彼女の真面目さを示すように真っ直ぐな瞳の少女の声が響き渡る。


 リーファ。

 副長である彼女のそんな叫びに流石のレインも揺れて閉じそうな瞼を開いた。


 眠気までは完全に吹っ切れてなかったが、騒いでいるのがリーファ以外であればそれでも無視して寝ていたことだろう。


「そういえばここを通過するって話だったなあ。予定じゃもうちょっと遅い到着のはずだが……どうせ通るだけなんだし、放っておいてよくない?」


「よくないですよ、ばかばかっ!」


「副長であるリーファが隊長の代わりってことで」


「駄目に決まっているでしょう!!」


「わかった、わかったからそう耳元で叫ぶなって」


 せっかくぐーたら惰眠を貪っていたというのに迷惑な話だとレインはため息を吐いて仕方なくベッドから起き上がって……起き上がっ……起き……。


「わあーっ!! サラッと二度寝しようとしないでくださいよ隊長ーっ!!」


「はぁ。やっぱり駄目かあ」


「駄目ですよっ。ほら早くお出迎えしますよっ!!」


「ったく。くさいから放っておきたかったんだがな」


 と。

 そんなレインの言葉にリーファの全身がびしっと固まった。


「く、臭い……。だってさっきまで魔獣を退治していて汗をかくのは仕方なくて汗を流す暇もなく姫様がやってくる先触れが届いて返り血と一緒に拭うのが限界でだけどそれでもそうはっきり言わなくてもいいじゃないですか……ッ!!」


「ん? いや今のは独り言でリーファに言ったんじゃ……ちょっ、待て待てっ。炎が出ているって魔法が暴発しているってえ!!」


「隊長のばかあっっっ!!!!」


 凄まじい爆音が砦中に響き渡った。

 それが『いつものこと』で流されるのがこの砦の内情を物語っている。



 ーーー☆ーーー



 数時間後。

 どうにか炎に炙られて頭がハンチパーマーのように燃え上がることなく無事だったレインはとにかく盛大に出迎える演出にと適当に砦中の騎士『全員』を外に並べてみた。


 そう、全員だ。

 仮にも隣国との防衛ラインに詰めている騎士ともなると人数もかなり多く、ズラッと並ぶ様は今から戦争でもしそうな勢いだった。


 ちなみにせめて格好くらいはちゃんとしておこうとレインも含めて完全武装なのがなおさら物騒な雰囲気が出ている。


 ……レインが自分の鎧を持ち出すのなんて久しぶりすぎて埃がかぶっていたが、錆びてはいないので見た目だけなら取り繕えているはずだ。


「王族を出迎える作法とかさっぱりだからなあ。これでいいと思うか、リーファ?」


 そんな風にいつものように横に立つリーファにそう尋ねたのだが、


「……つーん」


「おーい、リーファ?」


「つーん、です!!」


「もしかして怒っているアピールなのか? あざとすぎてアホらしいんだが」


「誰がアホですかっ!」


「お、やっと反応してくれたな。で、この対応どう思う?」


「平民に礼儀作法とか求めないでください。というかこういうことは仮にも騎士団長を擁するご立派な貴族家の三男である隊長のほうが詳しいのでは?」


「ふん。自慢じゃないが、俺はパーティーに参加しようものならそそくさと壁側に逃げてやり過ごすしかないくらい礼儀作法とは無縁なんだ。まあパーティーとか参加したことすらないが、それはともかく。俺が人質として放り込まれる王女の出迎え方なんか知っているわけないだろ」


「隣国の王子に嫁ぐ、ですよ。不敬極まる言い方しないでください」


 とはいえリーファも今回の婚約がろくでもないことはわかっているのか、その表情は苦虫を潰したようであったが。


 王女。

 正確には末の姫である第四王女アイリーナ=サンクフォリア。


 他の王女と違って表舞台に出てくることは少ないので詳しいことはわからないが、王女であることには変わりない。いくらガルヴェザー家の三男だとしても不評を買えばどうなるか。


 だからこそ出迎える作法とかさっぱりでも無視はできない。本音としてはもう何でもいいから黙ってさっさと通り抜けてほしいのだが、そうもいかないだろう。……こうなることは前からわかっていたのだから事前に調べていればよかっただろうに、惰眠で時間を台無しにするからレインは不良騎士なのだ。


 そこで王女を乗せているだろう馬車が見えてきたかと思ったら、何やら慌てた様子で先んじて馬を駆ってやってきた武装したメイドが名乗ることも忘れてこんな風に叫んだ。



「何事ですかこれは!?」


「何事って、第四王女殿下を出迎えようと集まっているだけなんだが」



 なんか可哀想なものを見る目で見られた気がしないでもないので、どうやらこれは作法としてはダメダメだったようだ。



 ーーー☆ーーー



 結果的に本当に第四王女一行は砦を通過するだけだった。

 基本的に王女が他国に嫁ぐともなれば盛大に祝ったり、逆に極端に惜しむような空気を演出するはずだ。そうやって民衆の感情を望むように誘導する、という当たり前のことさえなかった。


 隣国との防衛ライン。

 重要拠点であるこの砦の騎士に対して何かしら印象操作のための行動をするくらいはあって然るべきだろうし、そうするよう指示があるはずだ。なのに何もないということは、そこには何かしら理由があるのでは? というのはリーファの意見だった。平民でも騎士にまでのぼりつめた彼女でもそれくらいのことはわかる。


 それに何より馬車が一台、護衛が武装したメイドを含めても十人程度とは何の冗談なのか。普通王女の嫁入りがそんな小規模で済むわけがないのだが……。


 そこまで考えてレインは何かを振り払うように首を横に振る。これ以上は考えてもろくなことにはならない。


「さっきチラッと見えたんだが、王女すっごく美人だったなあ。リーファは見えたか?」


「ぶった斬るぞこんちくしょう」


「怖っ!? なんでいきなり怒っているわけ!?」


「ふんっ!」


 そっぽを向くリーファ。

 そのまま鼻息荒く立ち去っていった。


 それでもレインはお世話係を兼ねた護衛なのか馬に乗って並走するメイドや軍馬に跨る騎士たち、そして王女を乗せた馬車が見えなくなるまで見送っていた。


 ……わざわざ遠くから見ていたのか、小走りに帰ってきたリーファに未練がましくジロジロ見過ぎだと脇腹を突かれたが、それはそれとして、どうして第四王女が乗る馬車は王家の紋章を隠しているのか?


(確かにいくら他国に人質として放り込まれるにしても馬車が一台で護衛がメイドさんはともかくあんなのだけってのはな。大体王家だと示す紋章を隠して秘密裏に移動したいならそもそも普通の馬車を使えばいいわけで。わざわざ王家の馬車を使っているのは、そうだ、王家の馬車にはあの機能があったっけか。となると公的な記録に残すのが狙いとか?)


「やっぱりくさいな。うざってえ」


「また臭いって……ッ! 今、うざいって? もしかして怒っています? いやでもこれくらいいつものことで、ああいやそうじゃなくて、隊長の優しさに甘えて上官に危害を加えた私が悪いですよね。本当にごめんなさい」


「ん? 待て待てなんでしおらしくなっているんだ!? だからリーファに言ったんじゃないんだって!!」


「ぐすっ」


「だあーっ!! また炎が漏れて、落ち着けってリーファー!!」


 一日に二度目の爆音が砦中に響いた。

 今日は景気がいいなと周囲の騎士は軽く流していたが。



 ーーー☆ーーー



 夜。

 突如鳴り響いたけたたましいサイレンの音にすっかり寝る準備が整っていたレインは舌打ちをこぼす。


 悪い予感ほどよく当たるものである。


 そこでノックも忘れて扉を開けて飛び込んできた(先程まで誤解を解くために宥めまくってようやく立ち直った)リーファ曰く、


「隊長っ。救難信号ですよっ。しかもこれって王家専用のサイレン音ってことは第四王女殿下のじゃないですか!?」


「あー……そうだな」


 魔力にとって稼働する魔法道具の中にはこのように緊急時に周囲の味方拠点に向けて救難信号を放つものがある。


 そして王族ともなれば移動手段一つとっても特別なのは当然であり、第四王女が乗っていた王家専用の馬車にはこのように緊急時には味方拠点に『王族の危機』だとわかる特定のサイレン音を響かせるようになっているのだ。王家専用ともなればここから離れた王都にも救難信号は届いていることだろう。


 合わせて位置情報も送信されているので、騎士としては王都からの指示を待つまでもなく迅速に駆けつけるべきなのだろうが、


「何をぼけっとしているんですか早く助けにいかないと!!」


「…………、」


 と、そこで長距離連絡用の魔法道具から着信を知らせる音が響いた。最先端の魔法道具だけあって現在は一部の重要拠点にのみ配備されている代物である。国内において総数が百にも満たないほどに。


『異なる二つの魔法道具の』スイッチを弾くと、救難信号を知らせるサイレンが響き渡る室内にしわがれた男の声が漏れ出た。


『これ、繋がっておるかのう?』


「はい、繋がっていますよ、騎士団長閣下」


 騎士団長。

 すなわちレインの父親であるガルヴェザー家当主。


 騎士を束ねる長である彼はしわがれた声が自然なくらいには歳を重ねていた。そんな男が三男とはいえ十代の息子を持っている。長男や次男が()()()()()()()ことを踏まえればその理由も見えてくるだろう。


 何かしら事情が重なってできてしまった不義理の象徴。

 レインも顔も名前も知らない『誰か』から生まれてしまったのがレイン=ガルヴェザーなのだ。


『ふむ。動揺の欠片も見られぬのう。王族の危機にその胆力、これも儂の教育のおかげかのう』


「…………、」


『おっと、このような無駄な話をしている場合じゃなかったか。もちろん王都にも救難信号は届いておる。位置的にかの国に嫁ぐために移動中の第四王女の危機であるのは明白じゃろう』


「はい。騎士として全霊をもって助けに──」


()()()()()


 一言だった。

 それだけでこの場にいないはずの男が場を支配していく。


『これは単なる誤報じゃから救援に向かう必要はない。国境を守護する騎士たちに無駄な労力をかけさせるのは忍びないからのう。こうして連絡してやったというわけじゃ』


「誤報だと断じる根拠は?」


『わかっておるだろうに。誤報()()()、長男でも次男でもなく、三男であるお主がそこの隊長なのじゃよ』


「…………、」


 お偉方らしい回りくどい言い回しだ。

 つまり仮にも父親にして騎士団長であるこの男はこう言いたいのだ。救難信号を誤報ということにして第四王女を見捨てろ、と。


 代々優秀な騎士を輩出してきたガルヴェザー家。当主は王国騎士団の騎士団長として長らく居座っており、血筋に問題ない長男や次男も順調に出世している。


 父親が欲望に任せて『誰か』に手を出して、なおかつ何かしら重なり合ったのか処分されなかったために生まれたレインと違って。


 秘密裏に始末できなかったのか、わざと始末しなかったのか。今となっては理由はわからないが、とにかくレインは今日この日まで生き残ってきた。


 幼い頃から父親から常に侮蔑の目を向けて、人生で最大の汚点だと吐き捨てられ、鍛錬などといって一方的に痛めつけてくることもあった。反撃をしようと考えられないほどに幼い頃から父親は絶対で逆らうことは許されないと心身共に刻みつけられてきたのだ。


 それでも独学で剣や魔法を鍛え上げたレインは、ちょうどいいと吐き捨てた父親の後押しによってこの砦の隊長になっている。もちろん様々な権力者の思惑による力添えがあってのことではあるが、その最たる権力者がガルヴェザー家当主にして騎士団長であるあの男となれば──


(『何か』あるとは思っていたが、まさか仮にも王女を見殺しにさせるために俺をここに放り込んだとはな)


 怒りはなかった。

 そんな感情を抱くこともできないほど、レインの人生はあの男に()()()()ものだったから。


 あの男が命じれば、逆らうということすら考えてこなかった。それが当たり前だったから。良いとか悪いとかそれ以前の段階で歪められていたから。


 自覚はあっても、変えられるかどうかはまた別だ。

 現にレインは()()()()形でこの砦の隊長を今日この日まで勤めてきたのだから。


 それが、全てだった。


(目的は、まあ、普通に考えて開戦か。両国の平和的付き合いに向けた第一歩を隣国の刺客による第四王女殺害ということにして台無しにして戦争のお題目を手に入れる。軍部を掌握しているあの男としては定期的に戦争が起きたほうが諸々都合がいいだろうしな)


 とはいえここまで回りくどい方法を選ぶくらいには『開戦派』は大多数を占めているわけではないのだろうか? 少なくともとにかくあの国が気に食わないから戦争してやろう、がまかり通らないくらいには国家上層部でも派閥が拮抗しているはずだ。


 だからといって騎士としての地位以前に潜在的な面から見ても『上』であるあの男に逆らえるわけがないが。


『のう。わかっておるとは思うのじゃが』


 あくまで穏やかに。

 それでいて強引に頭を押さえつけるように。

 すなわちいつもの調子で血筋上は父親ではある男はこう告げた。



『お主の行動が部下の今後を左右する。それは隊長として強く自覚しなければのう?』



 何も言えなかった。

 軍部の頂点。武力の極地。だからといって権謀術数が劣っているとは限らない。


 長らく騎士団長として国家中枢に居座ってきたあの男は見抜いている。レインという男が自分だけならまだしも部下を死地に追いやることができないことを。


 ここで彼がガルヴェザー家当主にして騎士団長であるあの男に逆らって第四王女を助けに向かえばどうなるか。権力も武力も存分に蓄えたあの男は適当な罪をでっち上げてレインたちが大罪を犯した反逆者ということにしてしまえるだろう。それこそ第四王女を殺せれば襲撃者は砦の騎士ということにしていいし、殺せなくとも余計なことを言われる前に口を封じるための戦力は持ち合わせているはずだ。


 少なくとも救難信号を誤報ということにして第四王女を見殺しにすれば、後から責任を追及されて処刑されるのはレインただ一人で済む。


 部下は、誰も、傷つかずに済む。


 だから黙って従うだろうと遠回しに言っているのだ。


 ──わざわざガルヴェザー家の一員であるレインに王女を見殺しにした罪を被せる、というのがあの男の並々ならぬ憎悪を物語っていた。


 なぜからそんなことをしたら少なからずガルヴェザー家の評判は落ちる。誤報と勘違いした、わざと見殺しにした、隣国と通じて王女暗殺を実行した。どんなことをでっち上げるにしてもレインに罪を被せれば少なからずガルヴェザー家にも責任は追及されるはずだ。


 そこまでしてでもレインを殺したいのだ。

 ただ単に殺すのではない。王女を殺した罪を被せて、死後もその名誉を徹底的に踏みにじる形で、だ。


『まあ、ここまで言わずともお主ならこれまで通り()()()()くれると思うが。どうしようもない汚点が少しは役立つようで何よりじゃよ』


(……俺を殺す『だけ』なら生まれた時に捻り潰せば簡単だっただろうに。どんな事情があったのやら)


 どうしようもない汚点。生まれた時に殺すようなことはできず、殺すことができるようになった時点で憎悪は単に殺すだけでは満足できない域に達していた。


 レインがこの砦の隊長にさせられた時、父親がちょうどいいと吐き捨てたのにはそんな背景があったのだ。


「…………、」


 大体とっくに第四王女は殺されているだろう。

 おそらく王女の真の味方はメイドくらいで、だったらろくに抵抗もできずに斬殺されているはずだ。王女暗殺とそれを隣国の仕業だという工作を行うよう命じられているだろう護衛のはずの騎士たちによって。


 ここで逆らっても王女を助けられるわけじゃない。

 残るのはあの男から押しつけられる冤罪のみ。

 それもレインだけでなく砦の騎士たちを巻き込む形でだ。


 逆らうだけ損をするように場は整えられている。

 あの男が差し出した選択肢以外は被害が増加するように、だ。


 結局は()()()()のが一番で、これまでの人生全てがそうで、だから唯一安息を与えてくれる穏やかな眠りの世界以外が悲惨なのは当然で、だったらせめて無駄な足掻きをせずに終わらせるのが一番なのだ。



「騎士団長閣下の言う通り、これは誤報──」


「ふざっけるんじゃねえーですよお!!!!」



 ガッシャアンッッッ!!!! と。

 この場にいない男との問答は必要ないと示すように叫びに叫んだリーファは長距離通信用の魔法道具を叩き斬った。


 腰から引き抜いた長剣をびしっとレインに突きつけて、赤髪の部下は言う。どこまでも真っ直ぐに、これまでの流れ全てがくだらないと断じるために。


「私たちは騎士です! ですから隊長は一言命じればいいんですよ!! 助けを求めている人のために死地に突っ込めと!! それが騎士の仕事なんですから!!」


「いや、だが、わかっているのか? そうすれば適当な罪をでっち上げられて反逆者ということにされてこの国を敵に回すことに──」


「だからそんなところで悩んでいること自体がふざけているんですよ!! どこぞのお偉方が薄汚れた欲望を満たすために横槍を入れてきた。第四王女殿下の救難信号を誤報ということにして無視しないと不利益を被る。それで? 騎士なんて仕事を選んだ時点で命くらい賭けていますよ! 理不尽な暴力で失われる命を救いたいと、そのためなら何だってやると、そこまで決意したからこそ私たちは騎士になったんですよ!! なのに、それなのに、そんな私たちが助けを求めている人を見殺しにするって? その咎を隊長一人に押しつけて生き残ってよかったと笑えるとでも!? 馬鹿にするのも大概にしやがれってんですよ!!」


「リーファ……」


 レインはそんな高潔な考えでもって騎士になったわけではない。全ては()()()()結果で、騎士として剣を振るってきたのは仕事だからで、だけど。


 レインにはそんな高潔な考えはなくても。

 リーファの夢を守り抜くためならば。


「私は隊長の過去は知りません。どうして仮にも父親であるあの野郎を必要以上に恐れているのかも。だけどそんなのは今まさに命の危機に晒されている人には関係ないんですよ!! ですから早く目を覚ましてください。いつものぐーたらしていてもやるべき時にはやるべきことをいとも簡単に成し遂げてさっさと惰眠を貪るムカつくくらい完璧な救いを見せつけてみせろってんですよお!!」


「……まったく」


 なんというか、こんな状況でもいつも通りだった。

 ぐだぐだ何もしようとしないレインにちゃんとするよう言い聞かせるのはいつだってリーファだからだ。


 それはこの国の軍部を掌握する権力者が敵として立ち塞がることになろうとも何も変わらなかった。


 だから。

 だったら。


 がしがしと頭を掻いて。

 胸の奥に蔓延るドロドロとした何かを追い出すように大きく息を吐いて。


 そして、だ。


「全員に通達だ。事情を説明した上で死にたいならついてこい、ってな」


「誰が死ぬかクソボケと即答してみんなついてくるに決まっているでしょうが!!」


 いつも通り。

 リーファのためにやるべきことをやるとしよう。



 ーーー☆ーーー



 リーファは自分で言うのも何だが、優れている自覚はあった。剣術も魔法の腕も同年代はおろか年上の騎士にも負けない自信があった。


 天才騎士、と。

 そう呼ばれるだけの才能はあったのだから。


 だからこそ自分が副長で騎士団長の息子というだけの男が隊長なのが心底気に食わなかった。いかに実力が重視される騎士であろうともコネだの何だのそういうものが一切ないわけでもないというのはわかっていたが、それでも常に眠気まなこな男を隊長と呼ぶのは絶対に嫌だった。


 そんな彼女がどうして今現在、レインのことを隊長と呼んでいるのか。その理由は単純だった。


「ほら、ムカつくくらい完璧なんですから」


 軍馬を駆る騎士たちはまだ目視できないほど後方で。

 魔法で空を飛んだりすることで高速移動してきたリーファたち一部の騎士でさえも出遅れていた。



 そう、リーファたちが救難信号が発せられた地点に到着した時にはその遥か前に駆けつけていたレインがとっくにあらゆる敵を倒し終えていた。



 護衛というよりは王女が逃げないよう監視していた騎士たちはもちろん──隣国の仕業だと演出するための一環として用意したのか──隣国が得意としている召喚術で呼び出された十メートルクラスの巨人やゴーレムが細切れにされてそこらに転がっていた。


 どれもが上位クラスの魔獣であり、国境防衛のために集められた騎士であっても数十から百人は集めないと太刀打ちできない怪物なのだが、それらを始末したレインは汗一つかいていなかった。


 彼はいつもこうだった。

 普段はぐーたら惰眠を貪っているというのに、理不尽で凶悪な悪意に晒されて助けを求めている人のためなら誰よりも早く駆けつけて何の文句もつけようがないほどに鮮やかに解決してしまうのだ。


 いつもなら暴力だろうが権力だろうが関係なく敵に回すのだが、父親であるあの男に対しては怯えがあるのからしくなかったが、どうやら吹っ切れた今はいつも通りムカつくくらい鮮やかに立ち回っていた。


 そんな彼だからこそリーファの隊長であり、騎士としての越えるべき壁であり、それ以上に──


「かくして国と喧嘩することも考慮しないといけない最悪な状況なわけだが、俺としても何の備えもないってわけでもない」


 リーファや早めに駆けつけられた他の騎士、そして第四王女や(レインが駆けつけるまで王女を守り抜いた)メイドに向けて彼はこう言った。


「騎士団長閣下……いや、あのクソ野郎が第四王女殿下の救難信号を誤報ということにして見殺しにしようとした証拠がここにあるわけだ」


 そう言って彼が取り出したのは普段は安眠のために音楽を垂れ流している魔法道具だった。


 遥か遠くの大国で発明されたというという(つまりそれだけ希少で高価な、ここらではまだ出回っていないはずの)音声を記録する魔法道具。おそらくこの国には彼の手にあるそれ以外にはここらには出回っていないのではというほどに希少なものである。


 ゆえに騎士団長でありガルヴェザー家の当主であるあの男もそんなものが盤面に出てくるとは考えてもいなかった。


 遠距離通信用の魔法道具のスイッチを弾いた時に、同時に音声を記録する魔法道具のスイッチを入れたので先の会話は全て録音されている。


 ──無意識のうちにではあっただろう。独学で剣術や魔法の腕を鍛えてきたのも含めて、こうして反撃のための手札を用意するために行動していたのは彼の中に()()()()ままでいてたまるかという想いがあったのか。


 あの男の失言をひとまずこの場にいる者たちに聞かせてから、レインはこう続けた。


「この手札をうまく使ってクソ野郎と敵対する派閥を動かす。少なくともくだらない暗躍ができないくらいには追い詰めるために。つきましては第四王女殿下にも協力してもらいたいのですが、よろしいですか?」


「もちろんです。戦争を起こさないためにわたくしは嫁ぐというのに、それをくだらない男に台無しにされるわけには参りませんもの。それに、何より貴方はわたくしの命の恩人ですから。是非とも協力させてくださいな」


「ありがとうございます。まあ最悪隣国にこの音声記録と共に避難するというのも手ですが、向こうの状況がわからないのでどういう展開になるか読めないんですよね。戦争を回避しようというのが向こうの主流ならまだしも、そのまま今回の一件を火種に戦争となったら目も当てられませんし、普通に舐めていると殺しにくるかもだし、ひとまず隣国に行く前にクソ野郎を含む勢力をぶっ潰すという方針で細部を詰めるとして……第四王女殿下は遠距離通信用の魔法道具を持っていたりしないですよね?」


「ええ。しかしそれならば国境を防衛する砦にあるはずでは?」


「まあ、あったんですけどね。ぶっちゃけあれがあるだけでクソ野郎と敵対する国家上層部と連絡がとれて反撃もすんなりいったはずなんですけど」


 そこで。

 いつもの調子で肩をすくめてレインは一言。



「あーあ、リーファが壊すから面倒なことになったじゃないか」


「私のせいですか!? いやまあ確かに私が壊したんですけど、でもだけどあれがそんな重要なものになるとは思ってなかったんですよお!!」



 そんな慌てに慌てた反応に屈託のない笑みを浮かべるレインを見て、ああ元気になってよかったとリーファはそう思った……が、それはそれとして冷静になって考えるとこの状況はかなりまずいのでは?


「なんかもう面倒くさいな。このまま王都に攻め込むか?」


「そんなことしたら本物の反逆者になるじゃないですかーっ!!」


 ちょっと元気になりすぎだと、リーファは慌てて止めに入るのだった。



 ーーー☆ーーー



 色々なことがあった。

 軍部を司る騎士団長を敵に回した以上、決して安易な道ではなかったが、それでも『開戦派』と敵対する国家上層部の協力を取り付けたりすることでどうにか騎士団長を故意に王女を殺害しようとした罪で投獄することができた。


『儂を誰だと思っておる!? ガルヴェザー家当主にしてこの国の軍部を掌握している騎士団長であるぞ!!』


 もちろん素直に投獄されるわけもなく、歳を重ねてもなお騎士団長であり続けられたほどには強大な魔法で抵抗した。


『だからどうした。そういうもんを振りかざすクソ野郎から何の罪もない奴を救う。そんなリーファの夢を守るためなら俺はテメェだろうがぶっ倒してやるよ!!』


 それを、レインは真っ向から叩き潰した。

 自分のためではなく、第四王女のためでもなく、リーファのためなら何だってできたから。


 そうして激動の一ヶ月が過ぎたある日、レインがいつも通り国境を守る砦の一室で惰眠を貪っていた時のことだ。


「隊長ーっ!! 大変ですよ隊長っ!!」


「んー……? なんだ、リーファか……ぐう」


「ああっ!? 起きてください話を聞いてくださいよっ」


「はいはい。で、なんだよ?」


「これ、これですよっ。この手紙隊長宛てで、しかも王家の紋章がばっちりとなんですよ!!」


「あー……後で読んでおくからその辺置いて……ぐう」


「だから起きてくださいどうせ忘れて放置するのは目に見えているんですから今すぐ読んでくださいよっ!!」


「……せっかく気持ちよく寝ていたってのに」


「そんなのいつものことじゃないですか。ほら早く!!」


「はいはい」


 と、王家の紋章が刻まれた手紙を一通り読んで、レインは参ったと言いたげに額に手をやった。


「で、どんな内容でした? あっ、言える範囲でいいんですけどっ。個人的には隊長の此度の働きを認めて新たな騎士団長にする的な内容じゃないかと期待しているんですよねっ。隊長はそれくらい認められるべきですし!!」


「隊長でも面倒だってのに騎士団長とか絶対にやってられるか。そうじゃなくて、なんか第四王女殿下の知り合いの令嬢と婚約してくれ的な内容だったな」


「はい?」


「だからどこぞの令嬢と婚約してくれって内容だったんだよ」


 …………。

 …………。

 …………。


「はぃいいいいっ!?」


「うおっ。そんなに驚くか?」


「なっなんなにっ、なんでそんな話になっているんですか!?」


「あー……権力闘争的なアレソレなんじゃないか? 貴族にはよくある話だ」


「いや、その、ええっと……どうするんです?」


「そうだな。リーファはどう思う?」


「はっはい!? なんで私に聞くんですか!?」


「リーファの意見が聞きたいんだ。なあ、俺はこの婚約を受け入れてもいいか?」


 先の騒動において戦争が起きないよう協力してくれた者の中にはどうやって事態を把握したのか第四王女との婚約が決まっていた隣国の王子も含まれていた。その際に第四王女と仲を深めたらしく、人質扱いの婚約であろうともあの誠実な王子であればうまく立ち回った上で愛してくれるだろうことは明らかだった。


 そんな第四王女の知り合いがどちらの国の令嬢かはわからないが、感情に任せて判断できるほど簡単な問題でもない。


 ガルヴェザー家という貴族の一員であるレインにとっての婚約は平民と違う。好きかどうかだけで決められるほど簡単な問題ではないのだ。


 だから。

 だけど。


「やだ、です。婚約しないでほしいです……」


「そっか」


「あ、いやっ、今のは、その……っ!!」


「リーファがそう言うなら断るか」


「な、ちょっ、そんな簡単に決めていいんですか!? そもそもそんな簡単に断れるものなんですか!?」


「リーファがやだって言ったんじゃないか」


「それは、その、そうですけど」


「まあ俺が好きなのはリーファだしな」


「そうなんですか……って、今、あれ!?」


「好きだ、リーファ。俺と婚約してくれるか?」


「いや、あの、その」


 ムードも何もあったものではなかった。

 だけどこんなのもレインらしかった。


 そして、何より、リーファはそんなレインのことが──


「はい。私で良ければ、よろしくお願いします」


「おう、よろしくな」



 ーーー☆ーーー



 あ、そうだ、と。

 告白の熱もある程度落ち着いてから、レインは第四王女からの手紙をひらひらさせながらこんなことを言った。


「この手紙の内容な、さっき言ったのとはちょっと違ったんだ」


「え?」


「第四王女殿下から俺とどこぞの令嬢とが婚約するよう手紙が送られてきた()()()()()()()()リーファの気持ちを確かめてみろって感じでな。大体今の第四王女殿下の立場で俺と誰かを婚約させるよう命令するってのは不自然すぎるから嘘にしても穴だらけだったが、意外といけるもんなんだな」


「え、えっ?」


「見ていて焦ったいからもうさっさとくっつけだとよ。王族ってのは上から目線で横暴だよな。まあ俺としてもリーファに想いを伝えたいと思っていたからちょうどよかったが。……リーファにあそこまで言わせないと告白する勇気も出ないってのは、なんだ、我ながら情けない話だがな」


 それは。

 つまり。


「私が隊長のこと好きなの、第四王女殿下に筒抜けだったんですか?」


「というか先の騒動に関わった連中全員にバレバレなくらいだとこの手紙には書いてあるな」


「なっ、ななっ」


「ん? 待て待てなんで炎が漏れてっ、暴発するの癖になってないか!?」


「何ですかそれはあーっ!?」


 今日も砦には爆音が響き渡った。

 騎士たちにとってもうこれがないと調子が出ないほどには慣れたものである。


「ああもうっ。大好きですよ、ばかあっっっ!!!!」


「そういうことは炎を垂れ流すのをやめてから言ってくれないか!?」


 想いを伝えることはできた。

 両想いだとわかった。

 ならばこれから先もこんな風に慌ただしくも幸せに過ごしていくことだろう。

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