プロジェクトネクロライズ
「……以上が、本日の士官戦死者です」
会議室は、暗い。
それもそうだ。戦争になってこの方、相手の一方的な戦力差で蹂躙されている。
末端の兵士のみならず、士官にも戦死者が多く出始めた。
既に当初あった兵力の二割が戦死している。それも、わずか一週間で。
「戦線はどうなっている?」
士官の一人が尋ねた。
「はっ。現在北区戦線が維持しておりますが、正直芳しくありません。あそこは最前線ということもあって、戦死者数も鰻登りです」
「何日持ちこたえられる?」
「このままですと、恐らく、あと二週間」
会議室はざわついた。
正直そこが陥落しようものなら、北方には防衛線を引ける場所がほとんどない。
「どうにかならんのか……」
幹部の一人が爪をかみながら言ったが、ただ、会議室にはため息しか漏れなかった。
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「聞いた? また戦死者増えたんだって」
ライラ・カミルは資料片手に言う。
長くなった髪の毛も、思えば切らなくなって何週間経っただろうと思う。
前髪をかき分けながら、報告書にため息を吐いた。
「どんどん増えちゃうね。このままだとうちの国やばいね」
相棒のジュリ・ホークはパソコンに向かってデータを打ち込みながら言った。
「やばいって意味なら、うちらも大概でしょ? 軍傘下の研究所なんて、真っ先に狙われる対象だよ?」
「ライラ。確かにそうだけど、私からすれば、それで死ぬなら本望だと思うよ」
「よくそう思えるね」
ジュリが、一度キーボードを打つ手を止めた。
振り返ってライラを見る。
「だって、義肢装具で出来なかったことが出来るようになる瞬間って、私嬉しいもの」
笑顔で、ジュリは言った。
こういう冷静さと情愛があるから、ジュリのことをライラは尊敬している。
この戦時下にあってよくその感性を失わないなと、思うことがライラは多くなっていた。
戦死者リストは、日増しに更新されていく。
傷病兵リストも同様だ。おかげで義肢装具はひっきりなしに注文が来る。
しかも超短期間でリハビリやったら再び戦線に行かされるというまさに火の車だ。
ライラとジュリ、二人共国防軍傘下にある研究所で働いている。
義肢装具に関する研究だ。一応ジュリがライラの上司という形を取ってはいるが、ジュリは特段気にしている様子はない。
おかげでライラからすれば働きやすかった。
扉がバンと大きな音で開いたのは、そんなときだった。
兵士が二人、入ってきた。
しかし、腕には喪章がつけられている。
「失礼いたします。ジュリ・ホーク主任はいらっしゃいますか?」
「あ、はい、私です」
ジュリが立ち上がる。
嫌な予感がした。
確か、ジュリには婚約を決めた恋人がいたはずだ。
兵士がジュリに近づいて、敬礼した。
「ジュリ主任、あなたの恋人であったニール・カステン大佐ですが」
「大佐? ニールは……少佐……ま、まさか」
ジュリの顔が青ざめていく。
震えてもいた。
「北部戦線にて、戦死なさいました。二階級特進で大佐です。御遺体の方は、回収できました。ご案内いたします、こちらへ」
ジュリの、膝が折れた。
兵士が、必死にジュリを支えていく。
しかし、その兵士の顔もまた、無念さに震えていた。
部屋を連れられて出ていくジュリの目に生気はなく、そして、元来の明るさや情愛さも、消え失せていた。
ジュリの消えた部屋で、一人、ライラはため息を吐いた。
「やってられないな、ホントに」
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三日ほど経って、ジュリは職場に帰ってきた。
見ていて、少し唖然としてしまった。
涙で腫れたとしか思えない程目の下は腫れ上がり、少し痩せたようにも見えた。
「ジュリ、その……」
ライラは、こういう時にどういう言葉をかければいいのか、分からなかった。
ジュリとあの恋人-確かニールと言ったか-はだいぶ上手くいっている雰囲気があったし、その話をしているときのジュリは一段と輝いていた。
ジュリは、首を振った。
「ライラ、今は、仕事がしたいの。そうすれば、少し気分和らぐから」
声。ジュリの声は、少しかすれている。
相当泣いたのだろうと想像するには、十分すぎた。
ならば、付き合ってやるのは筋というものだろう。
「ジュリ、仕事なら、たんまりあるよ」
「うん」
ジュリが近づいてから、いつものデスクに座った。
だが、何故だろうか。ライラはふと、すれ違ったジュリの目に狂気を感じた。
一瞬、悪寒が襲うほどに。
「どうしたの、ライラ?」
少しだけ、ジュリが寂しそうに笑った。
いつものジュリだと思った。
「なんでもない。なんでもね」
そう言って、ライラもデスクに付いた。
だが、ライラの頭からあの狂気が離れなかった。
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更に一週間ほど経った。
最近、ジュリは妙に明るい。
何故明るいのか聞こうとしても、「なんとなくね」とだけしか言わない。
「少し、休んだらどう? ジュリ、なんか、疲れてない?」
ライラは率直にそう言った。
正直、ジュリが壊れているのではないかと、ここ最近心配でしょうがないのだ。
肌艶も妙に良くなった。
新しい恋人でも出来たのかと思ったが、特にその話もない。
ただ、戦死者リストは増え続けている。
ここ最近の北部での戦闘はより激化の一途を辿っており、復帰させるために必要な義肢装具の作成依頼はより多くなった。
「いや、今はまだ休めないのよ。山程義肢装具必要なんだもの。それにね」
「それに?」
「ううん、もう少しでね、私の願いも叶いそうなの」
また、ライラはジュリを見て悪寒が走った。
ジュリの目に宿る狂気が、より増している。
願いと言った瞬間に、それは現れた。
ほんの一瞬だ。だが、その一瞬がやたら不気味なのだ。
あの頃の、恋人が戦死するまでのジュリとは別人のようにもライラは感じる時がある。
だが、周囲はそのことに気づいている様子はない。
疲れているのは、私の方か?
そうも感じるのだが、何か引っかかる。
ジュリに対する違和感が拭えないのだ。
そんなことを感じながら、三日が経った。
急に、北部の戦線が盛り返した、という報告が入ってきた。
それも戦死者もほぼ出さずに。
「なんだ、なんだ。何があった?」
ライラがそう呟いた直後だった。
ジュリが、含み笑いをした後、大声で笑った。
それも、涙を流しながら、狂気に満ちた目で。
「そうよ! 上手くいったわ! 上手くいったのよ! これがニールの手腕なんだわ!」
「ジュリ……?」
近づいて話を聞きたい。だが、行ってはダメだと、本能が告げていた。
汗が、額から落ちた。
「ライラ、私ね、ニールの遺体を見たときにね、一つ温めてたプロジェクトを使おうって思ったの」
「プロジェクト?」
「プロジェクトネクロライズ。私達の使ってる義肢装具の技術をね、応用したの」
「何を、やったの……?」
ライラの声は震えていた。
一方ジュリの声は弾んでいる。それが余計に不気味に思えた。
「脳を撃たれてもコンピューターで代わりに補ってもらって、後は神経系統に私達の研究してる義肢装具を当てはめて死んでも死んでも生きて戦い続けられる兵士を作るっていう計画。脊髄を交換式にしてるからたとえ撃たれてもそこを交換すればいくらでも動かせる。ニールはそうやって蘇ったの。不死の兵士として。そのニールが指揮をしているのよ。それで北部は上手くいってるの。それにね、不死になればニールとずっと一緒だもの。素晴らしいと思わない?」
ジュリが、笑った。
ライラは、ふつふつと感情が湧き上がるのを感じた。
「ジュリ、それ、生きてるって言えるの……?」
「え?」
「ゾンビにして、戦うための人形を得て、ただひたすらに戦い続ける。それで、あなた満足?」
「ライラ、私はね、ニールさえいれば満足なの。どんな形になっても、ね」
笑いながら、ジュリは言った。
あの情愛は、もうなくなっている。
自分の中に、失望感と絶望感が襲いかかってくるのに、そう長いことはかからなかった。
「ジュリ、あなたも、もう死んだのね……」
「ライラ?」
「幻滅したよ、ジュリ。それは、人の尊厳を踏みにじってる。私は、優しいジュリが好きだった。今のジュリは、もうジュリじゃない」
そう言って、ライラは部屋を出た。
ジュリからは、何も言ってこなかった。
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それから、三十年。
研究所から出たライラは、すぐさま第三国へ亡命した。
義肢装具士として、医療機関に今は勤めている。
長かった他髪の毛も、第三国へ渡って少ししてからバッサリ切った。そのヘアスタイルは今でも変わっていない。
あのプロジェクトについては亡命先でも尋ねられたが、全く知らないことが分かると、入管からは何も言われなくなった。
そしてあの戦争は、ネクロライズというプロジェクトで変わってしまった戦争は、今でも続いている。
あのプロジェクトが敵国に漏れた結果、戦死者なし同士のゾンビとゾンビの不毛な消耗戦になったのだ。
ジュリがどうなったのかは知らない。
ただ、この前世界を束ねる組織が、犯罪者として立件する旨を通達したことだけは知っている。
ジュリに対して幻滅したことは間違いない。
ただ、そうなる前に止められなかったのだろうか。狂気に満ちてしまったジュリを、止める手立てはなかったのだろうか。
それだけは、ライラの心の中で残り続けている。
(了)




