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72話 勇者とは、魔王を倒す存在だ。

 ◆



「ヘイルさん……」


 おでこを赤く腫らしたアムゼルは、ジトッとした目をヘイルに向けた。ヘイルは温泉施設のロビーのソファで、お茶を飲みながらゆったりと寛いでいる所だった。


「おやおや? お早いお戻りでしたね?」

「わざとですか? 知ってて見送りましたよね?」

「普段は時間で区切られているようですが、今日は貸切ですからね。特に制限はありません。皆様は同じパーティですし、お疲れのようでしたからここは少し潤いをと思いまして」


 悪びれずにツラツラと宣うヘイル。真面目な表情ながらも指でハートマークを作っている様はすっごく楽しそうだ。


「……段々あなたの性格がわかってきました」

「おやおやそれは嬉しいですね。まあ、女性方が出られてからもう一度向かえば宜しいかと」

「先に言ってくださいよ……」

「そこはほら、サプライズですから」

「余計なお世話ですっ!」


 結局アムゼルはヘイルと共にロビーで待たされる羽目になった。


「それより、ラジ様はどうされました?」

「あっ」


 早く逃げることしか考えてなかったアムゼル。ラジを露天風呂に置いてきてしまっていた。


「まあ……これも一興ですかね」

「ものすごく楽しんでますね。聖剣教会の信徒は清貧を尊ぶ方だと聞いていましたが」

「まあまあ。そこはそれ。これはこれです」

「…………」


 ヘイルの第一印象は厳格で誠実そうな信徒に見えていたのだが、ここで完全にアムゼルの中のヘイルの印象が壊れた音がした。


 しばらくして、しっかり温まったのか頬が上気したメルと燦花、そして顔を真っ赤に茹で上げたラジが浴衣に身を包んで戻ってきた。


「ラジくん、ごめんね置いて行って……」

「いえ……」


 ラジは完全にのぼせたようでフラフラしていたので、ソファに座らせて水分を摂らせる。

 その間、メルも燦花もどこかそわそわと視線を彷徨わせているだけで無言だった。


「えっと……知らなかったとは言え、ごめんね、二人とも」

「いえ、大丈夫ですよ! はい……」


 歯切れの悪いメル。珍しく照れているようで、バレッタに触れたり前髪を触ったりして落ち着きがない。


「…………」


 燦花に至ってはアムゼルの顔が見れないようで視線を逸らしている。


「うん……じゃあ、僕も入ってくるね……」

「では私も行きますかね」

「えっ!?」


 アムゼルが露天風呂へ行こうとすると嬉々として立ち上がるヘイル。


「お一人では寂しいじゃないですか。ご一緒しますよ」


 ウィンクまでしてくる。いつの間にか浴衣などのセットを小脇に抱えているし。


「余計なお世話です……」


 本当に。


 結局ヘイルはついてきたし露天風呂を満喫していた。仕事中だから遠慮すると言った言葉は何だったのか。


 アムゼルは、何故飛ばされてきた異国の地で、大して親しくもない男と風呂に入らなければならないのかと己の不幸を嘆くばかりだった。



 ◆



 聖都に来て数日が過ぎた。

 教会の案内を受けたり、勇者の伝説に目を通したりしてなるべく大人しく過ごしていると、ヘイルに呼ばれてアムゼル達は教会内の会議室に通された。

 円卓の席に座る教皇や他の枢機卿が並ぶ中、ヘイルはアムゼル達を中央に立たせた。

 ヘイルは円卓の外側に出ると、教皇のすぐ側に立って進行を始めた。


「集まりましたので始めます。本日は聖剣との契約を行なっていただく儀式についての説明と、今後の勇者様方の行動指針について。並びに勇者様から伺った話をこちらでも調べましたので、そのご報告の場となります」


 ヘイルが円卓に紙を置いた。そこに小さな魔法陣があり、魔法陣に魔力を流すと、ぼんやりと光った後、円卓の中央に透明の板のような画面が四方に向かって浮かび上がり、紙の内容を映し出した。燦花がボソっと、「あれ魔導プロジェクターよ。すごいわよね」とメルに耳打ちしていたが、まずプロジェクターが何なのかアムゼルにはわからなかった。


「まずは聖剣授与式のスケジュールから。二週間後に執り行われる聖剣授与式ですが、当日の流れについて、勇者様方にご認識いただきたく存じます。まず朝食後に禊を受けていただき、こちらで用意する衣装に着替えていただきます。その後参列する要人の内何名かに挨拶をし、大聖堂横の控室にて開始をお待ちいただきます」


 映し出された紙には授与式のプログラムが書かれており、教皇の挨拶や寄付金の御礼、勇者に纏わる歴史の振り返り、聖剣との契約の説明を参列者向けに行い、ようやくアムゼル達が聖剣に触れるのだとか。


「契約とは具体的に何をしますか?」


 メルが質問する。ヘイルはにっこりと笑みを深めて、「触れればわかります」とだけ答えた。

 アムゼルは思わず、そこだけ出たとこ勝負なんだ、とツッコミそうになる口を押さえてから、


「アキカさんの時はどうだったの?」


 と燦花に尋ねる事にした。燦花は顎に指を当てて天井を見上げる仕草で唸る。


「うーん……あの時は異世界に来て翌日とかだったから、まだ気が動転してたのよね。転移してきた時に怪我してたのもあってその反動もあったというか。確か言われるがままあれよあれよと流れに乗ってたら剣に触れてて……」


 その先を燦花が話そうとしたところで、ヘイルがわざとらしく咳払いをした。燦花の口が止まる。


「オッホン……まあまあ、そこはお楽しみで良いではありませんか! ともかく、当日は我々がつきっきりであれそれご案内致しますので、お疲れになるとは思いますがお付き合いください。これも大切な政治パフォーマンスでしてね」


 そもそも聖剣授与式なんて仰々しいことをするのは、国内外に勇者が現れたことのアピールをしたいためだ。そこはアムゼルもメルもわかっているので特に文句はない。

 それをあっけらかんという様は堂々としていて好感が持てるが、ヘイルのことだからまた何かアムゼル達を揶揄おうとしているように思えてならなかった。

 ついジトっとした目をヘイルに向けるが、ヘイルは爽やかにその視線を流し、別の紙を画面に映した。


「聖剣授与式の準備は計画通り進めてますし、当日の流れはまたその日にも都度お伝えしますのでこのくらいにして、次に先日の襲撃事件について、現在わかっていることをご報告します」


 襲撃事件とは、アムゼル達が教会本部に来た夜に、槍を持った男にメルが襲われた事件だ。

 ラジに女神が干渉したことで事なきを得たのだが、犯人の足取りを追ってもらっていたのだ。


「結論から申しますと、犯人は未だ捕まっておりません。当日聖都から出た人間の記録を調査させましたが、その日に聖都から出たのはギルドでしっかりと身元が保証されている冒険者と、よく聖都を出入りしている商団のみでした。それ以外は規制をかけておりましたので出て行っておりません。その後規制を徐々に緩和しつつ監視を続けていますが、<鑑定>を利用した監視の網にかかった者はおりませんので、門から出た可能性は低いとの見立てです」


<鑑定>が絶対ではないことは、政府要人やアムゼル達には周知の事実だが、一定の効果はあるのでそうした監視方法が用いられているらしい。

 他にも犯人の特徴を簡単に記載した似顔絵を頒布して調べさせているとのこと。それでも犯人は今の所見つかっていないとか。

 ヘイルは次の紙を移す。教会本部の地図だった。いくつかの場所に駒のような木片が置かれている。


「他の脱出経路として挙げられるのは、聖都を囲う山を越えて海を渡るか、何らかの方法で本部の転移陣を起動させる方法です。海の方は範囲を広げて捜索中ですので進展がありません。転移陣の方は、地図の四角い駒の箇所については、使用された形跡が無い場所になっています。三角の駒の箇所は、使用された形跡はありますが、誰が使用したか判明しているところ……そして」


 ヘイルが地図の一点を指す。そこだけ丸い駒が置かれている。アムゼル達が休んでいた部屋から近い位置にある塔だった。


「ここは何十年か前に転移陣が置かれていた場所で、現在は管理されていない塔です。この塔に、何者かが最近通った形跡が残されておりました。また、何らかの魔法が使われた形跡も」


 ヘイルの言葉に、会議室は騒ついた。

 教会内部の人間からしても予想外の事らしい。

 何者かが通った形跡というのは、あの夜雨が降っており地面がぬかるんでいたために、足跡が残されていたのだとか。その足跡の大きさから槍の男である可能性が高いとのこと。そして、事件翌日に、その近辺を整備していた庭師がその足跡を乾き切っていない状態で目撃したとの証言があったために、その塔が使われた可能性が高いと結論付けたとヘイルは報告する。


「……犯人がこの場所を知っているという事は、内部犯の可能性もあるということか」


 教皇が静かに告げる。一同黙り込み、俯いてしまった。

 この塔は放置されて久しいのだとか。老朽化が進んでおり、立ち入りも禁止していた場所らしい。


「手引きした者がいる事は確かでしょう。ここは資料にも残っていない場所なので。転移陣が残っていたはずがないので、新たに用意したと思われますが、今の所それらしい痕跡は見つかっていません。あったのは、魔力の残滓のみでした」

「うむ。内部犯の可能性も踏まえて調査を進めるように」

「承知致しました」


 ヘイルだけがにこにこと楽しそうにしており、そこには異様な空気感があった。


「では次に、以前アムゼル様からお話いただいた、勇者様御一行が何者かによってこの地に運ばれた件についてを報告します」


 また新しい紙をプロジェクターに映した。


「勇者様御一行が使用されたウェルダネスの転移陣について、人を派遣して調査しました。あちら側の転移陣付近の痕跡は時間が経過したこともあり見つかりませんでしたが、付近の住人に話を聞いた所、勇者様御一行がいらっしゃった日に商会と思われる馬車が数台通ったとのことでした。その馬車の足取りを辿った所、商会の名前が判明しました」


 ヘイルは一度言葉を切り、アムゼル達に視線を向ける。


「ミストラピス商会、と言うそうです。彼らは自分達の商会の名前を隠さず、行く先々で商会の名前を宣伝していました」


 メルは「やはりそうですか」と呟き、燦花は状況が掴めていないようできょろきょろとメルとアムゼルの顔を見ている。

 アムゼルは、心の底の方が、しん、と冷える感覚がしていた。

 ロスがあれだけ警戒していた、ゲイルの商会だったから。


「私が気を失う直前に話していた商会です。恐らく彼らが私達を運んだとみて間違いないでしょう」


 あの日大怪我をした腹部をさすりながら、メルが答えた。

 アムゼルも頷いて、


「僕達はギルドにいたはずだから、ギルドも彼等と繋がっていたんだろうね」

「そうよね? 確かあの日はギルドでお茶飲んでたら眠くなって……」

「アキカさん、多分僕達は、睡眠薬を盛られたんだと思うよ」

「そんな……でも私、生命魔法でその辺の状態異常の治りが早いはずなんだけど、どうしてここに着くまで目覚めなかったの?」

「転移陣まで徒歩で三日、馬車で一日半ですね。あの商人の事ですから、何らかの方法で私達を眠らせ続けたのでしょう」


 メルの言葉に、燦花が納得したように頷く。


「商会の名前を隠さなかったと言う事は、隠す必要がないということですよね」

「彼等の態度はずっとあからさまだった。まるで疑えと言わんばかりだ」


 後ろ暗いことの多い商会に見えるが、アムゼル達に対してだけあからさまな態度を見せているようにも見える。あれだけのことを一般人の前ですれば普通に通報されるだろうし、捕まっているはずだ。それなのに彼等は取締られていない。証拠隠滅能力が高いか、はたまた握り潰せるだけのコネクションがあるのかもしれないが。

 いずれにせよ彼等は普通の商会ではないのだろう。


「ミストラピス商会については、こちらでももう少々調べてみます。規模は大きくない商会ですが、活動範囲がとても広いので、名前を知っている者も多いでしょう。ただ、今はこれ以上の進展がありませんので次に移りまして、勇者様方にお伝えしなければならない事があります」


 話題を変え、ヘイルはアムゼル達をまっすぐに見た。


「ラジ様について、我々の中でも過去の文献を当たるなど調査をしたところ、やはり"女神様の御使"として覚醒されたと結論付けています」


 アムゼルの側で大人しくしていたラジが、不安そうにアムゼルを見上げた。ラジにはこの事をまだ話してなかったのだ。

 安心させるようにラジの頭をぽんぽんと撫でてから、アムゼルはヘイルに向き直る。


「女神様が降りられた際に、ラジ様にかなりの負荷が掛かりますので、すぐに対処できるよう体制を整えますが、問題は女神様の御告げの内容です」


 ヘイルがいくつかの紙をプロジェクターに映した。古い文献の写しだそうだ。


「過去の文献に女神様の御告げについて記載された箇所を調べた所、御告げには一定の共通点がある事がわかっています。これらのどれもが、五人の勇者様の内、どなたかの居場所が分かっていない時、その方の居場所を告げる御告げとなっていました」


 ラジに女神が降臨して何かを呟いた時、ラジは「ひがし」「はて」「りゅうの」と呟いていた。あれが御告げだとするならば。


「今回の女神様の御告げは断片的ですが、それらは未だ見つかっていない、他の勇者候補となるお方の居場所なのではと我々は見ています」


 ヘイルと同じ結論に至り、アムゼルも頷いた。ヘイルは続けて世界地図を映した。


「そして、「ひがし」「はて」「りゅうの」というお言葉について推測するに、勇者となられるお方は、オウリュウキ国にいるのではと、我々は推測しております」


 地図の右端にある島国を指差したヘイル。

 西端が黒く塗り潰された不思議な世界地図で、プルガシオン聖皇国は地図のやや左上に位置する。

 ちなみに、プルガシオン聖皇国の南にヴァルカン王国、南西にグレイトクラティア王国があり、さらにその南はいくつかの諸国に分かれており、海を挟んで人類未到の大陸、東の海の果てにオウリュウキ国がある。


「オウリュウキ国は東の果てにあり、龍神を祀る国です。ここからだと一度ヴァルカン王国の東にある転移陣を使用していただき、グレイトクラティア王国を横断して海を渡る必要があります。グレイトクラティア王国から以東は転移陣がありませんから、長い旅路になりますね」


 馬車を使えても数ヶ月かかる道のりだ。徒歩なら三倍は掛かってしまうだろう。


「長い旅路となりますので、皆様には、聖剣授与式が終わり次第、オウリュウキ国に向け出発して頂きます」

「随分と急ですね。急ぐ理由があるのですか?」


 メルの質問に、ヘイルは頷く。


「魔王復活が原因で、現在世界各地で魔獣の活発化が報告されています。場所によっては村が消滅したとの報告もあり、長引けは世界に甚大な被害をもたらすでしょう」

「魔獣の活発化……!?」


 そういえば、ウェルダネスのダンジョンで、ダンジョンの異変が起きていたが、まさかそれも魔獣の活発化の影響だったのだろうか。


「魔王が復活すると、魔獣が活発化するのですか!?」


 メルも驚きを隠せないようで、ヘイルを問いただしている。


「はい。過去の文献から見ても、魔王復活後、魔王が討伐されるまで、魔獣の活発化が続きます。それは長引けば長引く程、魔獣の強さが上がっていき、被害も大きくなっていくのです」


 ヘイルの言葉に、メルも、アムゼルも、呆然と立ち尽くしてしまう。


 つまりは、ロスが魔王として召喚されたあの日から、世界の平和は、すでに失われていた。

 これから魔獣による被害が大きくなり、いずれさらなる混乱を招く事だろう。

 それは、魔王を倒すまで続く。


 自ずと、一つの結論に辿り着いてしまっていた。


 ロスを倒さなければ、世界に平和は訪れない、と。


「我々の都合で申し訳ありませんが、国内情勢が思わしくないために、出発を国内に知らせる事ができません。式の後、こっそり旅立っていただく事になります。なので、それまでに旅の準備をしましょう。できる限りのサポートを致します」


 ヘイルの言葉に、ただ頷く事しか出来なかった。


 勇者になるという事の意味を、実感してしまったから。


 勇者とは、魔王を倒す存在だ。

 ロスを殺す存在なのだ、と。


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