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50話 森のボス、もう一度②

 ワイバーンが上空からブレスを吐いた。炎はヘカトンケイルもろともボスエリアを埋め尽くし、辺りはさらに火の海と化した。


「みんな無事!?」


 燦花の声だ。


「はいっ」

「ワイバーンなんて忘れていたわ」


 ラジとソルティの声が近い。


「わたしも無事です! アムゼルさんは……!?」


 遠くにメルの声。確かにアムゼルの声が聞こえない。気配は……あの炎の中にいた。即座に気配がするところにバリアを張る。


「『タイダルウェイブ』」


 次いでボスエリアを埋め尽くす水の渦を発生させ、炎を鎮火した。水はすぐに引き、じゅうじゅうと煙を上げながら雫滴る焼け野原の中心に、ヘカトンケイルとアムゼルがいた。アムゼルは咄嗟にヘカトンケイルの懐に飛び込んで盾にしたらしい。直接あのブレスを受けずに済んではいるが、遠目に見ても焦げてるように見える。HPはまだある。もしかしなくてもこれは重症だよな?


「『リザレクション』!」


 アムゼルだけを対象に治癒の魔法陣を展開する。少しずつ黒焦げた皮膚が剥がれていくように再生していく。ピクリと、その身体が動いたように見えた。まあ無事だろう。


「メル、上は俺に任せろ。お前達は予定通り奴を倒せ。あれでもまだ生きてるぞ」

「は、はい!」


 俺はゆっくりと上を見上げる。ワイバーンが再びブレスを放とうと、口に魔力を集中させているのがわかる。


「『フロストストリーム』」


 上空にいるワイバーンに向かって、氷のレーザーを放つ。レーザーが当たったところから次々と凍り、遂にはその身体を覆った。飛ぶことができなくなったワイバーンは、そのまま森に落ちてくる。


「ワイバーンの氷漬け、一丁上がりってな」


 遊んでる場合ではない。ワイバーンの氷漬けは今まさに戦闘が繰り広げられているボスエリアに落ちようとしているのだ。


「うーん。『ロックランス』」


 岩の槍をぶつけて軌道を逸らし、なんとかロスがいる森の中に落とすことができた。

 落下した衝撃で氷は砕け散り、解放されたワイバーンが衝撃で怯んでいる。


「さーて、今なら誰も見てないし、試し斬りさせてくれよ」


 俺は亜空間収納から一振りの剣を浮かび上がらせた。その剣は刀身も柄も全てが黒く光り、結晶と樹木を感じさせる意匠が施された両刃の剣。アムゼルの大剣ほど幅は無いが、さしずめクレイモアのような両手剣。刀身も意匠に合う形で流線美を称えており、鍔の中央には、金紅石を含んだ水晶が嵌められている。

 どう見ても厨二病乙なその剣は、まごう事なき魔王の剣。

 昨日夢で剣の形を思い出したことで、亜空間収納から取り出せるようになった代物だった。ただ姿だけ思い出せても、使った記憶が戻らないのでどんなものなのか気になっていたところだ。

 だって、勇者と対峙した時に出して鈍だったら恥ずかしくて穴に入りたくなっちゃいそうだし。今のうちにね? 試しとかないとね。


 スパッ!


「この感覚……覚えがあるな……」


 軽く剣を振っただけで、ワイバーンの首がゴトリと落ちた。

 記憶をなくしてすぐに作った剣の斬れ味がこんなだった気がする。


「あー……もしかしなくてもこの剣作ったの俺……? 趣味悪……アドラスが好きそう」


 剣はすぐに亜空間に沈め、ついでにワイバーンの死体も沈めた。今は解体している暇もないし。すぐに戻って様子を見なければ。


 俺はボスエリアへ駆け出した。



 ◆



 暖かい。さっきまで熱さすら分からなくなって、むしろ冷たいんじゃないかと疑ってしまうほどだったのに。森に逃げ込むには間に合わないと思ったから、咄嗟にヘカトンケイルの下に隠れたけど、地面から炎が上がって来てしまって結局巻き込まれた。よく生きていると思う。


「あ……」


 いや、生きているのはロスのおかげか。

 動くようになってきた身体で、くっつきかけていた目を薄く開ければ、地面に見覚えのある魔法陣が浮かんでいる。リザレクションの魔法陣。

 結局助けられてしまった。自分達の力だけで勝つつもりだったのに。どこで狂ったんだ。順調だったじゃないか。


 やっぱり僕は、ロスに助けられなければ強敵と戦えないのか……?

 そんなの嫌だ。強くならなくちゃ。勇者になるからじゃない。こんな運命背負っているからじゃない。


 僕がロスに勝ちたいからだ……!


「アムゼルさん!! 避けて!!」


 メルの声。視界の端に拳が見えた。

 ここひと月そればかり練習してきたから、身体が勝手に動いた。手にした盾で威力を逸らして、大剣を振り下ろす。なんだろう、さっきよりも身体が軽い。今ならこの腕落とせるんじゃ……?

 もしかしなくても、ヘカトンケイルの腕が落ちた。よろけて敵がたたらを踏んだので、踏み込んで剣を横凪にする。脚に剣が入った感覚がして、片脚を深く斬ったと分かった。ヘカトンケイルは倒れず、別の拳が迫ってくる。


「『アイスランス』!」


 いつの間に詠唱したのだろう。ラジによる魔法攻撃だ。作戦通り腕を狙っており、今度は千切れるように腕が弾き飛んだ。

 腕はあと三本。


 GYAAAA!!


 メルの矢が急所を突く。燦花の斬撃で確実に相手の体力を削る。ヘカトンケイルが味方の攻撃に翻弄されて、アムゼルに攻撃する暇も与えられていない。

 つまり今、アムゼルは懐にフリーで居るわけだ。

 だとしたら、やることは一つ。作戦を無視することにはなるけれど、これは僕達が産み出したチャンスなのだ。


「 」


 声は出なかった。言葉も必要なかった。ただひたすら冷静に。暴れる敵の命の源目掛けて、真っ直ぐに剣を差し出す。そう、差し出す感じだ。

 やけに敵の動きがゆっくり見える。ここに剣を置けば、自ずと刺さる。


 ――――――!!!


 声にならない絶叫。アムゼルの大剣は、ヘカトンケイルの心臓から口目掛けて下から深々と貫いた。ヘカトンケイルの身体がビクン! と跳ねる感覚を手に残しながら、その身体は光となって霧散した。すぐにドロップアイテムが出現する。


「……ッくそ!」


 前回よりはずっと計画的に、安全に、戦闘らしい戦闘をしたと思う。

 だけどこれは、納得のいく勝利とは呼べなかった。



 ◇



 一行は草原エリアに戻ってきた。あのまま森にいてもヘルハウンドが現れる危険性があったし、戦えるテンションじゃなかった。

 俺がボスエリアに戻ってきた時、ヘカトンケイルは倒されていて、ドロップアイテムの山が出来ていた。勝利の喜びに雄叫びでも上げるかなと期待していたが、アムゼルは俯いて歯を食いしばっていた。メルや燦花の表情も暗く、その様子にラジもシュンとしていた。ソルティだけは通常運転で即座に俺の方に駆け寄ってきたが。

 なのでドロップアイテムは回収して草原エリアでキャンプをすることにする。勇者組は一言も発しないし俯いて立ち尽くしているので、俺とソルティとラジだけで天幕や焚き火をセットした。動きそうにないし俺が飯作っちまうか! と肉を焼き始める。岩塩しか持ってないので少し削って炙る。ふふ、我ながら良い出来。ま、肉焼くだけで失敗しないか。


「晩飯できたぞー。いい加減座って落ち着いたらどうだ?」


 俺が声をかけると、メルと燦花がアムゼルを目線で気遣いながらそろそろと座る。二人はアムゼルの機嫌の悪さを気にしていたのか。


「アムゼル? ほら、まずは飯を食えよ」

「……っ」


 何かを言いたいのだろう。でも言葉が出ないのか、パーティの手前言えないのか。アムゼルは黙って俺の隣にどかっと座り、肉の塊に齧り付いた。


「……ちょっと焦げてる……」

「マジ? 火が近かったか?」

「た、食べれますよ! 美味しいですよ、お肉」


 メルがフォローしてくれる。アムゼルはそれっきり無言でがぶがぶと肉を腹に流し込み、


「ちょっと頭を冷やしてくるよ」


 と一人で草原を歩き出してしまった。

 この辺りの魔獣なら大したことないからアムゼル一人で問題はないだろうが……どうしたものか。


「俺が……」

「ロスさん」


 追いかけようとしたらメルに袖を掴まれた。そして首を横に振った。


「わたしが行きます。少し時間がかかると思うので、先に休んでいてください」

「わかった」


 そう言うと、メルがアムゼルを追いかけて行った。今はメルに任せよう。


「はあ……結構上手くいったと思ったのに」


 燦花が愚痴るように溢した。それがみんなの総意なのだろう、ラジもこくこくと頷いている。


「実際、ちゃんと戦えてたと思うぞ? 無駄がなかったし、何より自分達の安全をちゃんと確保できていた。前は回復ありきで戦ってた感じがしたし、突っ込んで吹き飛ばされてってのが当たり前すぎたからな。それを思えば、燦花は今回敵の攻撃を一切受けてないだろ? 修行の成果が出てるさ」

「そう? やった……! パーティとしても連携取れてたと思うし作戦も嵌ってた。勝てた戦いだったと思うんだけど……」


 気持ち良く勝って自信をつけたかった戦いで、まさかあんな横槍が入るとは。


「ワイバーンが来てしまったのは、私の爆炎魔法のせいかしらね」

「ソルティちゃんのせいじゃないわよ。あれは作戦上必要だったんだし……」

「つまりはその作戦に、ワイバーンの出現パターンを入れてなかった。そこが失敗の原因なんだろ」


 燦花も気付いていて口には出さなかったことだ。ぐっと押し黙るようにして俯いてしまった。


「アムゼルのことはメルがなんとかするだろ。でも今回は、誰がなんと言おうと今までで一番良い戦いだったと思うぞ。この経験は絶対次に活かせるはずだ。どんな敵が出てきても、まずは敵の行動パターンや能力を見て、ある程度作戦を立てながら安全に戦う。それが当たり前にできてくれば、途中どんな横槍が入って来ようが対処できるようになるんじゃないか?」

「……そうね。うん。そうよね。一歩ずつ強くなろうと努力するしかないものね」


 燦花は自分を納得させるようにそう頷くと、勢いよく立ち上がって伸びをした。


「んー! とにかく今日は疲れたぁ。ロス、また桶にお湯出してくれない? 汗拭きたいの」


 燦花は毎日身体を拭きたがる。メルもソルティも便乗しているらしい。特段大変な事でもないので桶とお湯を用意して渡してあげた。


「ありがと! ソルティちゃんもどう?」

「あら、じゃあ私も一緒に良いかしら」

「もちろん」


 二人で天幕に入って行った。


「俺達はここで良いか」


 ラジがこくっと頷いた。

 同じように桶にお湯を張って布巾を湿らせる。よく絞って身体を拭いた。ちょっとさっぱりする。街に行かないと風呂の類は無いので仕方ないが、よく汚れるので頻繁に拭きたい気持ちはわかる。ラジの背中も拭いてやると、今度はラジが俺の背中を拭いてくれる。平和だ。


「ありがとな、ラジ。アムゼルが戻るまでしばらくかかるだろうし、少しゆっくりするか」

「はいっ。あ、あの、今日も魔法の特訓を……」

「ああ、良いぞ。じゃああの辺でやろうか」


 ラジはここひと月、草原エリアで休める夜は寝るまで魔法の稽古をつけてくれと言ってきていた。数日に一度しか戻らないので毎日は出来ないが、ラジは少し教えただけですぐに勘を掴むので教え甲斐があった。


「『アイスランス』!」


 ラジの放った氷の槍が岩に命中する。流石に割れはしないがヒビが入った。やはり威力が上がっている。


「お、無詠唱できるようになったのか? すごいぞラジ!」


 つい感極まってラジを持ち上げてぐるぐる回ってしまう。きゃっきゃと喜んでくれたのでよかった。


「まだアイスランスだけですけど、できるようになりました……!」

「すごいぞー! ラジの歳で無詠唱ができるなんて天才なんじゃないか? さすが俺の弟子!」


 抱きしめて騒いでいると、湯浴みを終えたソルティがすぐ近くまで来ていて、ジト目で睨んできた。


「あ、ソルティ。今の見たか? ラジが無詠唱できるようになったんだぞ!」

「私だってできますわ!」


 ボウッ! といきなり手からフレイムランスを無言で発射して岩を半壊させた。すごい威力……しかも呪文も唱えない……。


「大人げな……」

「なっ! ひどいわロス様ぁ! 褒めてくださっても良いのに……!」

「はいはいわかったよ。ソルティもすごいぞー!」


 ラジを片側に寄せ、ソルティも抱えた。そのままぐるぐる回って、しばらく騒いでいたら目が回って倒れた。

 燦花には呆れられた。


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