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47話 十五階層 森エリア②

 ◇



「光の盾よ、我らを守りたまえ――『プロテクション』」

「光よ、一切の魔を寄せ付けぬ陣を成せ。――『リフレクマジック』」


 アムゼルがパーティに光の盾を付与し、俺は自分がいる場所に魔力結界を張った。設置型なので、ここに置いておいて吠えそうになったら飛び込むつもりだ。


 AOOOOOOOOOOO!!!


 と思ったら吠えた。即座に耳を塞いで大音響を凌ぐ。魔力結界もビリビリと振動している。ちなみに千切られた首のところが奴の口らしい。全くそうは見えない。

 止んだ直後にアムゼルが駆け込んだ。燦花も続く。メルは森の中から弓で遊撃するつもりらしい。ラジとソルティはなるべく離れた位置から魔法攻撃を仕掛ける。


「凍土にほほえむ魔女の森。凍てつく森より出し氷の槍よ、わが敵をうがて! 『アイスランス』!」

「『フレイムランス』!」


 炎と氷、それぞれの円錐状の槍が撃ち出され、ヘカトンケイルの腕と胴に命中した。しかし敵は怯む様子もなく、軽く手で払うと再び咆哮し、こちらへ駆け出してくる。


「行かせないよ!!」


 アムゼルがヘカトンケイルの前に身体を滑り込ませ、大盾で受け止める。だが奴のパワーに押されてその両脚を地面にめり込ませていく。


「ぐっ、炎よ、我に力を! 『ストレングスヒート』!」


 アムゼルが自身に強化魔法をかけた。ズリズリと滑るように押されていた足が止まった。


「何者にも撃ち砕けぬ守りの鎧を! 『アダマントメイル』!」


 続いて土属性の防御強化魔法を唱えていた。アムゼルには土属性の適正はないので、自分でかけても効果は薄いだろう。それでも強化しなければならない程の相手なのか。


「彼の者に強固なる守りの鎧を――『アダマントメイル』」


 俺からも重ねがけすることにした。アムゼルが視線だけこちらを見た。頷いておく。

 アムゼルが抑えている間に背後から燦花が斬りかかる。ヘカトンケイルは余っている腕で薙ぎ払い、燦花は弾き飛ばされた。小盾で防御していたので怪我は少ないだろう。次いで敵の腕に矢が刺さる。メルの弓だろう。別の場所を狙ったようだが、ヘカトンケイルが寸でのところで腕でガードしたのだ。目がないのになんて反応速度だ。

 ヘカトンケイルはアムゼルに向かって連続パンチを繰り出した。三対の剛腕から繰り出される拳に、大盾が見る影もなく変形していく。


「ぐぅッ!!」


 アムゼルも苦しそうだ。いや、まずいだろあれは。


「『ハイヒール』『ロックランス』!」

「『フレイムランス』! 『ロックランス』!」


 俺がアムゼルに回復し、敵に石槍を叩き込む。同時に、ソルティが火の槍と石槍を撃ち込んだ。

 ヘカトンケイルに三本の槍が命中してよろけた。その隙にさらに魔法を叩き込む。


「『レーザーストリーム』!!」


 水の上位魔法。大量の水が高圧のビームを成し、その水圧でヘカトンケイルの身体を押し戻す。

 離れた隙にアムゼルに駆け寄った。身体中から血が噴き出ており、近寄っても反応しない。頭を打ったのだろう。特に出血がひどい。HPは一桁だが残っている。まだ間に合うはずだ。


「『リザレクション』!」


 最高位の治癒魔法。光の柱が上がりアムゼルの怪我をみるみるうちに治していく。ただこの魔法、瞬時に回復するのではなく完治に少し時間がかかるため、今の俺とアムゼルは無防備なのだ。


「ラジ! ロス様に近づけさせてはだめよ! 『フレイムランス』『ロックランス』」

「はい! 凍土に微笑む魔女の森。凍てつく森より出し氷の槍よ、わが敵をうがて! 『アイスランス』!」


 回復している間にラジとソルティが魔法を打ち込んでくれた。矢も飛んでくる。メルも察しているらしい。燦花も攻撃を喰らわないようにヒット&アウェイを繰り返しながら突撃してくれている。間髪入れずにソルティが再び魔法を放ち、ラジが少し遅れて同じ魔法を放つ。

 その間にも早く治れ、早く治れ……と魔力を送りながらアムゼルを見るが、怪我が深いのでまだかかりそうだ。


 HOOOAAAAAA!!


「しまっ……」


 攻撃を受けたヘカトンケイルが咆哮した。案の定強い衝撃を感じて頭が揺さぶられる感覚がする。視界が歪んだ。


「ロス様!」


 気づいた時には敵の拳が迫っており、俺にできたのは、立ったまま気を失っているアムゼルを蹴飛ばして刀を構えたくらいだった。


「がっっ」


 インパクトの瞬間にバリアを張ってみたがなんの効果もなく、刀も簡単に折れた。拳は的確に胴体を捉え、ヘカトンケイルが拳を振り切ると、そのパワーに耐えられない俺は弾丸のように森の中へ吹き飛び、衝撃で大木がへし折れた。背中を打ち付けた衝撃で目の前が真っ白になる。気を失っている場合じゃないぞ。


「っ……、『ハイヒール』っ」


 骨が折れて内臓に突き刺さっているようだが、リザレクションはしない。治している時間はない。ひとまず動ければそれでいい。この治癒魔法で内臓は治って肋骨の骨折だけになっただろう。目眩と激痛を無視して走り出す。むしろ今はこの痛みが頼りだった。

 すぐに戦っていた場所に戻れた。アムゼルは……起きあがろうとしているが身体が動かないみたいだ。血を吐いたのか血溜まりができている。メルは燦花を庇って弓を構えていた。燦花は俺が吹っ飛ばされた後に攻撃を受けたみたいで地面に伏している。ピクリとも動かないので気を失っているのだろう。ソルティが炎の壁を出しながら足止めしている。ラジもランスを放っていた。


「『リザレクション』! 『ハイヒール』!」


 アムゼルに続きをして、燦花はそこまでじゃなさそうなので回復速度が早い上位魔法にした。


「ロ、ス……」


 アムゼルが立ち上がろうと大剣を地面に突いた。怪我は回復できても、治癒魔法じゃ失った血液までは戻らない。意識があるのが奇跡な程だ。


「まだ動かない方がいい。治るまでもう少しかかる」

「でも、このままじゃ戦線が……」

「なんとかする」

「え……?」


 ひとまず足を止めたい。俺はヘカトンケイルを見た。そういえばメルはさっきから奴の口を狙っていたな。奴もそこへの攻撃は瞬時に反応して防いでいた。口が弱点なのだろうか。

 意識して深呼吸をして、魔力を集中させる。そうでもしないと目が回ってうまく発動しないのだ。


「ふぅ……湧き起これ! 『サンドストーム』」


 ヘカトンケイルを砂嵐に閉じ込める。メンバーにはバリアをかけて豪風から守っておくことも忘れずに。


「……来い――『フロストストリーム』」


 手の先から現れる猛吹雪のような水の柱がヘカトンケイルに当たる。ヘカトンケイルの身体は足元からみるみるうちに凍りついていき、腕三対を固めた。やはりパワーがあるからか凍らされていてもギリギリと動いているように見える。急がなければ。

 俺は目を閉じて再び魔力を集中させる。


「この光は深淵を刺し穿つ。この光は全ての邪悪を滅する。聖に属する魔素よ、粒子よ、今ここに集え。邪悪を反転し昇華する光となれ……」


 自分が立っている場所に光の粒が湧き起こり、少しずつ魔力が高まっていくのを感じる。


「顕現せよ……『セイクリッドソード』!」


 雲をつん裂くように一振りの光の大剣が落ちてくる。大剣はヘカトンケイルの口に吸い込まれるように深々と突き刺さり、その勢いのまま身体を切り裂いて地面に突き刺さる。衝撃でヘカトンケイルの氷にヒビが入ってしまう。


「やば……倒しきれなかっ……」


「まだだ!!!」


 声を上げたのはアムゼルだ。

 ヘカトンケイルが筋肉を膨張させて氷を弾き飛ばす。アムゼルはなんとそこに無手で走り込んでいる。奴が拳を振り上げた。アムゼルはヘカトンケイルの足元に滑り込んで地面に刺さっている大剣を手にした。直後に振り下ろされた拳を飛んで避ける。そのまま腕の上に乗って駆け上がっていく。


「やああああああああ!!」


 気合いと共に放たれる渾身の一振り。アムゼルは、ヘカトンケイルの口に叩き込むように大剣を振り下ろした。


 GYAAAAAAAAA!!


 断末魔が森を振動させ、ヘカトンケイルは光の粒となって霧散した。すぐに何の感慨もなくドサドサとコインやらドロップアイテムやらが現れ落ちて、戦闘が終了しのだとわかる。


 ――ほぼ同時に、俺は断末魔にやられて気絶した。



 ◆



「ロス様……!」


 倒した! と思ってアムゼルがパーティを振り返ると、ロスが真っ青な顔で倒れていた。アムゼルが気絶していた時と最後の断末魔で二度も咆哮を受けていたので、限界だったのだろう。ソルティが駆け寄って看病していた。

 それにしても、今回は特に、ロスがいなければ本当に危なかった。それもこれも自分が敵を抑えておけなかったからだ、とアムゼルは拳を握りしめた。でも今は反省している場合ではない。ワイバーンも去り、ボス魔獣も倒した今、ヘルハウンドが再び現れる可能性があるのだ。


「すぐに移動しないと。ロスは僕が背負うよ。ソルティちゃん、メルさんと二人でアキカさんをお願い」

「わかったわ」


 ソルティはすぐ大人の姿になって目が覚めた燦花に肩を貸した。燦花は吹き飛ばされた際にものすごく回転しながら大木に激突していたのでだいぶ目が回っているようだ。怪我はロスがかけていた治癒魔法で完治しているらしい。メルも手早くドロップをアイテムボックスに収納して、燦花に肩を貸した。


「ごめんなさい、また私役に立てなかった……」

「そんなことありませんよ。それを言うなら、わたしだって敵の隙をつけませんでした。今回は非常に反省点の多い戦いになりましたね」


 燦花はアムゼルに背負われているロスを見て、呟くように決意した。


「……強く、ならなきゃね」

「わたしも……強くなりたいです」


 そんな会話を背中で聞いていたアムゼルも、心の中で頷いていた。

 ロスに頼り切りでは良くない。とはいえ、ダンジョンはもう並の冒険者では突破できないような難易度になってしまっている。敵の数や地の利を取られる戦いに、きちんと対応して戦えなくてはいけない。どうすれば、ロスに楽させてあげられるんだろう。


 どうすれば、僕達はもっと強くなれるんだろう……――?



 ◇



 心地よい風が頬を撫でる感覚がして目を覚ました。目を開ければ、そこには何一つ遮るもののない青空が広がっていた。

 草と土の匂いがして、軽く首を動かすと、そこは一面の草原地帯だった。所々点々と岩が転がっているが、街道らしい街道もない、だだっ広い草原だった。


「お目覚めですか? ロス様」


 ソルティの声がする。何だか大人びた声だ。そういえば頭上と頭の下が暖かい。頭の位置も角度がついている気がする。ちらっと目線を上にすれば、どう見ても子供じゃない女性の身体が……はっきり言うと豊満な胸が見えた。これ大人版ソルティだわ。

 ソルティは俺を膝枕しているご様子。しかも髪の毛を梳くように頭を撫でてくる。状況が謎だ。誰か三行で教えてくれ。

 確かヘカトンケイルを倒せたところまでは覚えているのだが……。


「ああ……えっと、何だこの状況……」

「膝枕ですわ!」


 ドヤッじゃない。何で膝枕されてんのかって話だ。気を失ってたけど膝枕する必要はないだろう……。


「あー、ドーモありがとう、もう充分デス」

「ダメよ! まだ余波が抜けきってないでしょう?」

「……確かに腕すら上がらないが……これはこれで落ち着かないというか……」

「では余興に歌でも歌って差し上げましょう」

「いらん!!」


 とりあえず身体がだるくて動かないので諦めることにした。ソルティは俺の髪の毛を弄ったり耳を触ったりしてご満悦だ。くすぐったいんで勘弁してくれませんかね……。


「ところでアムゼル達は……?」

「獲物を狩りに行ってるわ。この辺りは大した魔獣も出ないから、ロス様が目覚めるまでここで待つことにしたのよ」


 勇者組はお散歩か。ラジもついて行ったらしい。


「随分長閑な雰囲気だな……草原エリアは」

「ええ。あの森に比べたら雲泥の差ね」


 気温も高すぎず低すぎず、過ごしやすい温度で、日差しもそこまで強くはない。乾燥した空気が風になって芝を攫っていく。平和そのものだ。


「……ソルティには苦労かけたな」


 ふとこぼれた言葉だが、頭の下でソルティがもぞもぞ動いたのがわかった。そろそろ動かせるかと頭を浮かせると、肩を押さえつけられて再び寝かされた。


「っ、……いいえ。ロス様の御心のままに。敵である勇者と行動を共にするというのは不安があるけれど。それでも、たまにはこうしてゆっくり人間のフリをして紛れてみるのも一興だわ」

「魔族もそうだが、人間の中にも良い奴はいるだろ?」

「ふふ。そうね。人間というひと纏まりになるとやはり敵という認識を変えられないのだけど」

「……ちょっとずつ、変えられたら良いよな」


 俺の呟きに、ソルティは何も言わなかったが、答えるように髪を梳いていた。


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