40話 不和の十四階層①
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燦花の足は朝一で治した。燦花は咽び泣いて喜んでいた。よっぽど足をぶった斬られるのが恐ろしかったらしい。ギルドにも寄って依頼はキャンセルした。数日は捕まりそうになかったらしいので結果オーライだ。
ということでやってきた十四階層は、入ってすぐ目の前にピラミッドが聳え立っている。
このピラミッドの地下深くに次の階層の転移装置があるらしい。
「では打ち合わせ通りに、わたしのすぐ後ろをついてきてくださいね」
メルはすっかり元気になったようで、ハキハキと先頭を歩いていく。
燦花もアムゼルもその変わり様にお互い目を合わせて肩をすくめているが、元気になったのなら良いかと後ろに続いた。その後ろをチビ共に進ませ、俺は殿だ。
内部は薄暗く、アムゼルに小さな光源を出してもらって進む。大きく切り出された岩を重ねた造りになっているが、所々謎の模様が描かれており、異国情緒に溢れていた。外の暑さに比べて、中は肌寒いくらいだった。ここのところ砂漠探索だったので若干薄着だったメルが寒そうに肩をさすっている。燦花は寒い方が得意らしくむしろ生き生きしていた。
「メル、これ使え」
敵もおらず、トラップ解除で立ち止まった時、俺はメルに予備のコートを手渡した。
「ありがとうございます。ふふ、ロスさんってやっぱり気遣い屋さんですね」
「そうだぞ、覚えておくと良い」
トラップはすぐに解除できたようで、再び先へ進んだ。冷たい乾燥した空気の中、何かの息遣いが奥から聞こえてきた。
「……構えて」
アムゼルが低く言い、全員武器を構えた。
唸るような獣の声が響く。進むにつれて、音が近くなっていく。気配探知にも引っかかっている。
メルはアムゼルの後方へ下がった。
「来るよ」
アムゼルが声を上げたと同時に、暗がりの奥から四足歩行の黒い魔獣が踊り出てきた。ダークウルフという魔獣だ。数は二体。だが奥にまだ気配がある。
「奥にもいるぞ!」
「わかった!」
アムゼルが一体引きつけ、燦花がもう一体と対峙する。ソルティは素早く風魔法を放って燦花と対峙している一体に攻撃を加える。しかし意外とタフなようで、怯む気配はない。燦花に牙を剥いて踊りかかっている。燦花は剣でいなし、翻して斬撃。「キャン!」とダークウルフが悲鳴を上げたところにラジがボルトショットを放って動きを止めさせる。その隙に燦花が十字に斬り捨て、一体倒した。
アムゼルの方はメルが弓で牽制し、アムゼルが盾で攻撃を受けているので、俺がサイドに回って斬り込む。斬ったらすぐに下がる。メルが弓で追撃を阻害し、アムゼルが大剣を振り下ろして倒した。
すぐに奥にいた魔獣がカラカラと音を立てて攻めてくる。数は五体。どう見ても人骨……スケルトンと、黒いモヤが鎧を着ている不思議な魔獣がいた。
「リビングアーマーですか……やはり情報にない魔獣が出てきましたね」
「強いのか?」
「スケルトンは聖魔法で倒せますが、リビングアーマーは魔核を破壊しないと倒せません。戦闘技術も高く、並の冒険者でも苦戦するそうです」
「うわぁ……なんでそんな厄介なのが十四階層にいるんだか!」
「全くです」
リビングアーマーは一体だったのでアムゼルが引き受けた。が、両手に持った剣で素早く攻撃を繰り出してくる魔獣に対して、アムゼルは困惑しているようだ。
「早い……!」
盾で防いだり、大剣で払ったりしているが、防御が間に合わず浅くない傷を負っていく。
「『ヒール』」
アムゼルに治癒魔法をかける。焼け石に水だが、やらなかったらやられる。
「『ホーリーサークル』」
スケルトンに聖魔法をぶつける。スケルトンは音を立てて崩れた。もし聖魔法が使えない場合は、火魔法も弱点であるし、魔核を破壊すれば止まるらしい。聖魔法が使えれば一発なのでスケルトンは苦労しないだろう。
「はああ!」
「やあ!」
燦花がアムゼルに加勢する。リビングアーマーは二本の剣を駆使して燦花とアムゼルの攻撃を難なく弾いている。ソルティやラジの魔法は飛んで避ける。メルの弓は身体を軽く捻って鎧で弾いている。この人数を相手にしてなお余裕そうだ。
「……なっ!?」
リビングアーマーが踏み込んで燦花に斬りかかった。燦花は避けようとしてちょうどかけていた床に突っかかってよろけてしまう。危ない。アムゼルが盾で突撃するが、剣筋はブレずに燦花を捉えた。
「ぐうっ……!!」
燦花は後ろに転がって距離を取った。リビングアーマーがアムゼルを弾き飛ばして燦花に追撃を食らわそうとする。
「『ロックランス』!」
俺は燦花のいる地面からリビングアーマーに突き刺すような土の槍を出現させる。リビングアーマーの足が一瞬止まった。
「『フレアショット』」
「凍土にほほえむ魔女の森。凍てつく森より出し氷の槍よ、わが敵をうがて! 『アイスランス』!」
その隙にソルティがレーザーを放ち、アーマーに穴を開けた。リビングアーマーがよろけた所にラジのアイスランスで追撃し、数歩下がらせる。
燦花に駆け寄ると、胴を横一文字に斬られていた。痛みが酷いようで言葉にならない呻き声をあげている。傷はかなり深く、内臓まで達していそうだ。だが燦花は生命魔法によりMPを犠牲にして怪我を回復できる。傷はみるみるうちに塞がっているが、MPの残量的に完治は難しそうだ。
「『ハイヒール』」
傷が少し治ったために上級治癒魔法で済んだ。燦花の怪我は完治したが、痛みの衝撃で蹲っている。すぐには立ち上がれそうにない。
「メル! 燦花を頼む!」
「はい!」
メルが燦花の前に立って守る。それを横目にリビングアーマーに突撃し、刀を一撃、二撃と振るって奴に持ち直す暇を与えないようにする。アムゼルも同様に大剣を振り下ろして、突き出して、リビングアーマーに防御姿勢を取らせ続けた。
「鎧が砕けりゃ良いんだろ! 『ロックランス』!」
奴の足元に三本の槍が突き上がる。魔法の槍はリビングアーマーの鎧にヒビを入れた。
「はあああああッ!!」
アムゼルがそのヒビに正確に大剣を振り下ろした。鎧が砕け、魔核が露わになる。
「そこだ!」
刀を突き刺そうとした。が、リビングアーマーが素早く剣を振り上げ、刀を打ち上げた。横凪で迫るもう片方の剣が俺の腹に届こうとしている。
斬られる。
「――――――!!!」
剣が触れる寸前、リビングアーマーの身体が大きく跳ね、動きが止まった。
魔核には、一本の矢が突き刺さっていた。メルだ。
リビングアーマーの魔核はゆっくりと光を失い、鎧がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「かっ……た?」
アムゼルが呆然としている。
「あっぶな……強すぎねえ……? これ他の冒険者もやばいだろ……」
「無傷では済まないでしょうね。しかもまだ十四階層に入ったばかりだというのにもう出てきましたし。リビングアーマーはこの先にも居ると考えた方が良いでしょう」
メルは燦花の背をさすって落ち着かせていた。
「……っ、きっつい……」
燦花は斬られた腹を押さえてうめく。治るといったって、痛みは残るし消耗する。しかもあの一撃で燦花のMPが空になってしまった。楽観できない状況である。
その後運良くスケルトンのみと遭遇したために、聖魔法ブッパで戦闘は終了し、セーフティエリアに到達した。
「今どのくらいだ?」
「地図を見る限りですと……まだ二割といった所です」
「少しでも休んで回復に専念しよう」
アムゼルの言葉に一同頷く。少し休めばMPはそこそこ回復する。MPポーションは燦花とラジに取っておきたいので、他のメンツは自力で回復するしかない。
「敵も厄介ですが、この階層、実はもう一つ厄介なトラップがあって……」
休憩がてら早めの昼食にしつつ、メルが話をしてくれる。
「どんなトラップなんだい?」
「それが、詳しくは不明なんです。ただ、この階層は別名がありまして……"不和の十四階層"と呼ばれているようです」
「不和? どう言う意味だっけ?」
燦花が首を捻る。
「仲が悪いという意味でしょうか。トラップなのかもよくわかっていないのですが、この階層に入ったパーティの多くは仲違いをすると云われています」
「何それ……精神攻撃なのかな? 空気悪くなるのは嫌だな〜」
燦花に同意だ。俺も頷いた。
「トラップかどうかもわからないってことは防ぎようがないのかな?」
「ええ。おそらくそうなのでしょう。噂では、この街で仲の良さが有名だったパーティが、この階層をきっかけに分断したと聞きました」
「マジか……ソルティ、精神干渉系の魔法を治す呪文知ってるか?」
「いえ……私もその手の魔法は効がないので知らないの。ただ、能力低下や呪いの一種であれば、『ディスペル』や『セイクリッドブレス』で解除できるかもしれないわ」
「なるほど……じゃあみんな、やばいと思ったら申告してくれ。魔法をかけてみるから」
アムゼルとメルと燦花が頷いた。ラジも遅れてこくんと頷いてくれたので、頭を撫でてやった。
解除できる可能性はありそうだが、問題は自分がかからないので他の人がかかったかどうかわからない所にある。なるべく周りの様子に気を遣って行くとするか。
◆
十四階層の最初のセーフティエリアを出発してしばらく経った頃。ロスが立ち止まってキョロキョロし出した。その様子に気付いたメルが立ち止まり、声をかける。
「ロスさん、どうしたんですか?」
「いや……気配探知に変な反応があってな。出たり消えたりして場所が掴み辛い」
「なんでしょう……? 魔獣の可能性もありますね、警戒していきましょう」
ロスが頷いて、さらに迷路を進む。
終始薄暗く狭い通路が続いていた。景色が変わらない上、嫌な肌寒さに、先程からキリキリと鳴り響いている壁を引っ掻くような音が精神を逆撫でするようで、いつの間にかパーティ内も無言になり、ただひたすらメルの指示に従って歩いていた。ソルティは涼しい顔で歩いているが、ラジの表情には少し疲労の色が見える。燦花は暗い所があまり得意ではないのか、ソワソワと落ち着かない様子だった。
道のりが長いので、前後パーティを分けて入れ替えながら進むことにしていたが、セーフティエリアを出てから一度も敵は出ない。ロス曰く気配はあるようだが、どうにも見えないし気配も安定しないようで、敵が来るんだか来ないんだかハッキリしない物言いだった。
ふと前を見ると、ちょうど前衛に回っていたロスがメルと並んで歩いていた。
メルは朝から機嫌が良いように思う。昨日は具合が悪いどころか何かに衝撃を受けて混乱しているようにすら見えたのに。あんなに青ざめて、思い詰めたような様子だったのに。でも夜はすぐ休んでいたはずだ。寝たらスッキリしたとか、そんなわけはないだろう。そういえば……昨夜遅く、ロスが一人で街に出ていたような気がする。疲れていたのではっきりと起きたわけではないが、ぼんやりとロスが部屋から出ていく後ろ姿を見た気がする。
もしかして、夜の間に二人で会っていたとか?
前を歩く二人はまるで内緒話をするように小声で囁き合っている。時折ロスの耳元に顔を寄せて話すメルは、どこか嬉しそうに微笑んでいた。ロスもロスで、いつになく締まりのない顔をしているように見える。探索中だというのに。
「……?」
どうということはないはずだ。特に引っかかる光景でもない。メルはロスに限らず全員と会話をするし、今だってただの……。
アムゼルは、胸の奥にぼんやりと、重たい何かが現れたような心地がした。
辺りは相変わらずキリキリとそこかしこから不快な音が鳴り響いている。
「っ、危ない!」
ロスがメルを引き寄せた。その直後、メルが歩いていた側面の壁から短い槍が何本も突出した。ロスが気付かなければ串刺しになっていただろう。
「わ……すみません、油断していました」
「いや、怪我がなくてよかった」
短い会話だが、抱き合うようにして交わされる会話に、さらにアムゼルの胸中はドロリとした何かで溢れた。
「問題無いようなら、離れたら?」
つい口を継いで言葉が出た。二人がハッとして離れる。その慌てふためき様に、さらに何かが溢れるようで……思わず顔を逸らしてしまった。
「トラップの発見はメルさんの役目だし、気をつけて欲しいな」
「おい、誰だって失敗の一つや二つあるだろ?」
「いいんですロスさん。アムゼルさん、すみませんでした。以後気をつけます」
「よろしくね」
辺りに響く不快音が、さらに大きくなったような心地がした。




