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38話 殺人事件

 ◇



 事件が起きた。殺人事件だ。すぐにウェルダネス領の軍警が駆けつけ、現場保全のため店内にいる者は留まるように言いつけられた。俺達以外に店内にいたものは、子連れの冒険者風の夫婦、顔を布で覆い黒いフードを被って顔を隠している人、おちゃらけた様子で酒を飲んでいる小汚い格好の老人と、あとは店主とその奥さんだけだ。

 軍警から事情聴取が始まると、アムゼルがテキパキと次の攻略の打ち合わせをしていただけだと告げる。こういう時はメルが率先して話すものかと思ったが、メルは青ざめた顔で俯いていた。ひょっとして魔獣は平気だけど人間の遺体を見るのは苦手だったのだろうか。燦花も同様の反応だし、早く宿屋に戻してやりたいところだ。

 そういえば被害者が亡くなる瞬間、治癒魔法をかけようかとしたが間に合わなかった。それほどまでにあっさりと、止める間も無く命を落としてしまったのだ。遺体は口から泡を噴いて倒れていた。それ以外に変わった様子はない。ちなみに女性だった。


「この店にはメニューなんて無えんだよ。水は全ての客に出してるし料理は一品しか無えし酒も一種類しか無え。店のせいだっつうんなら、他の客だって今頃おっ死んでんだろうがよ!」


 店主が興奮した様子で軍警に弁明している。俺達も頷いた。

 確かにみんな同じものを食べたし、器の形まで同じだ。ドリンクも酒じゃなければ水しかなかった。その代わり値段がとても安い。俺達もここに来てからよく通っていたし、節約気味のこのパーティには有難いお店だったのだ。


 ふと気になって、遺体に向け≪超鑑定≫を使用することにした。


 ―――

 サジリア・ログスワード

 年齢:45

 ジョブ:貴族

 HP0/1520

 MP0/256

 スキル:水10 礼儀作法68

 称号:

 備考:ヴァルカン王国ログスワード子爵夫人

 ―――


 貴族、という単語に目が止まる。貴族の殺人事件……つい先日も似たような話が上がった気がする。

 アムゼルもステータスを見たようで、二人して視線を合わせてしまった。


「おいお前ら、この女性について何か知っているのか」


 怪しかったようで俺とアムゼルに軍警が詰め寄ってきた。


「あの……その方の衣服の質が良いので、もしかしたらお貴族様なのではと思いまして。あと、最近似たような事件の噂を耳にしたことがあったので、同じなのではと考えてしまったんです」


 アムゼルが答えてくれた。俺も頷いておく。


「貴族……? おい、今すぐ領主様に知らせろ! 身元の確認を急げ!」


 軍警が慌ただしくなった。即座に遺体を布で隠した。


「待て」


 その慌ただしさを遮るように、黒いフードを被った男が遺体に近寄った。


「何をする!? 下手なことをすれば貴様も捕らえるぞ!」

「私は王都の軍警だ」


 黒いフードの男が、懐から金色の装飾が施されたレリーフのようなものを見せた。すると、軍警がみるみる顔を青ざめさせて敬礼をする。


「ハッ! これは失礼致しました! ……しかし何故このような辺境の街に?」

「内密の調査だ。詮索はするな」

「ハッ!」

「少し調べるが、今のうちに馬車と棺桶を用意しろ。遺体は丁重に運べ」

「了解であります!」


 声に聞き覚えがあった。この男……もしかしなくてもシャスとかいうやつでは……。


「お前は何を知っている?」


 遺体を調べていたかと思えば、気が付けば俺の正面に立って見下ろされていた。長身の覆面の隙間からくすんだ桃色の瞳が覗いていた。


「誰かと思えばこの間の……何をって、何のことだ?」


 茶化して言えばシャスが俺の襟首を掴もうとする。が、横からアムゼルがその腕を掴んで止めた。


「パーティメンバーに乱暴しないで頂けますか?」


 その表情は笑顔だったが、言葉尻には怒気が含まれていた。俺の後ろにいたソルティもいつの間にか遮るように前に出て、通せんぼをしていた。ちらりと後ろを見れば、燦花はラジを遺体が見えないように自分のお腹の方に向かせていて、メルは青ざめた顔で燦花の影に隠れるように立っていた。肩が震えている気がする。メルの様子が少しおかしい気がするが、今はそれどころではないか。


「お前には聞いていない。捜査の邪魔をすればそれだけで罪に問えるが」

「相手の首を絞めて吐かせるのが王都の軍警のやり方なんですか? 随分と野蛮なんですね」

「やめとけアムゼル。俺の言い方が悪かったんだろ。質問の意図がわからなかったから具体的に聞いてくれないか」


 俺がそう言うと、アムゼルは渋々手を離した。シャスはくっきりと痕が残っている手首を軽くさすりながら、


「お前が一連の事件にどれくらい関わっているのか話せ」

「全然具体的じゃないのな……。関わるも何も、確かに今日ここで目撃したわけだが、俺達全員リゾート施設で殺人事件が起きたっていう噂しか知らない。というかやっぱり同じ手口だったのか?」

「では何故あの朝歓楽街に居た?」

「無視かよ……道に迷ったんだよ」

「嘘をつくな」

「嘘じゃないですよ。ロスは方向音痴なので一人で出歩くとあらぬ方向に行きます」


 アムゼルが言うと、ソルティも燦花もこくこくと頷いた。不本意だが事実なので仕方ない。


「あの時現れた男は何者だ」

「知り合いだよ。言っとくがアイツはあの日の前日に街に着いたって言ってたから違うぞ」

「ふん。ではあの日の続きを聞かせてもらおう。商人の積荷はどんなものがあったのか全て話せ」

「俺は商人の荷馬車の中に入ってないしなぁ……メルなら入ったよな? メル?」


 メルを見ると、ビクッと身体を震わせて燦花の背中にピッタリと隠れてしまった。燦花がラジとメルでサンドされてる状態だ。 


「閣下! 馬車が到着致しました!」


 タイミングが良いのか軍警は表に馬車をつけさせたようで報告に来た。


「運べ」

「ハッ!」


 遺体は丁重に担架で運ばれていき、馬車に乗せられていた。粗方事情聴取も終わり、馬車も去ったので、客達は解放された。俺達はシャスに捕まっているので残っているが……メルの様子もおかしい事だし、早めに退散させるか。


「燦花。もう終わったみたいだし、ここはアムゼルと俺に任せて宿に戻ってくれるか? チビ共も連れてってくれ」

「待て、話がまだ……」

「ええ。わかった。メル、行こう」


 燦花はこちらの意図に気が付いたらしい。メルと子供達を連れて店を出て行ってくれた。ソルティは嫌がったが無理矢理押し出した。ちなみに燦花は足が石化しているので、聖剣を杖代わりにして歩いていた。


「積荷の中身は僕もある程度見ていましたからわかります」


 シャスが追いかけようとしたので、アムゼルが出口側にずいっと立って遮ってくれた。


「……ふむ。ならば話せ」

「はい。基本的には武具などの装備品がほとんどでした。装飾品の類もあって、あとはポーションなどの小瓶も見かけましたね。積んでいた食料は自分達で食べる用だと話していました。ただ、彼らがアイテムボックスを所持していたかどうかはわかりません」


 アムゼルが言う通り、ゲイルがアイテムボックスを持っていたらいくら積荷を聞いても意味がない気がする。

 ただ、リゾート施設は持ち込むものはアイテムボックスの中身まで全て見るそうなので、何か隠していたとして、犯行に及べるものなのだろうか。この定食屋だって衆人環視だ。俺もずっと見ていたし、何か怪しいところはなかったように思う。もっとも、被害者は背中を向いていたので正面で何かされていてもわからなかったが。


「アイテムボックスがあろうとなかろうと関係ない。表に見せている物がどのような物であるのかを知るだけでも情報になる」

「……さいで。もう良いか? 俺達が知ってることは全部話したと思うんだが」

「む……いや、わかった。協力感謝する」


 街の軍警がシャスに近づいたので、俺達は退散することにした。


「メル……まさかな」


 ―――そんな声を耳にしながら。



 ■



 宿屋に戻り、アムゼル達が居ないのでラジにも女子部屋で待機してもらうことにした。今はソルティと一緒に大人しく座っている。

 ソルティはロスが心配なのかそわそわしていたが、ラジがその手を握っているからか暴れるようなことはなかった。ラジは子供ながら人の気持ちを察するのが上手なようだった。子供二人が手を繋いでいる姿は何とも微笑ましい。燦花は少しだけ和んだ。

 メルの方は、事件が起きてからずっと体調が悪いのか、気持ち悪そうに口元を手で押さえていた。顔色も悪いし、何より話好きのメルが一言も声を発していないのだ。様子がおかしいどころではない。何かあったのだ。


「メル……大丈夫?」


 今はベッドに膝を抱えるようにして蹲っているので、燦花はその背中をさすった。

 メルはゆるゆると顔を上げようとして、えずいたので、慌てて立ち上がらせて部屋の外にある共用洗面台に連れて行く。

 出してしまえばスッキリするだろうに、メルは懸命に堪えてえずくばかり。これでは一向に楽にならないだろう。そういえば、元いた世界で無理矢理吐かせる方法があったな、と思ったが……どうしよう、試すべきか。


「すみません……もう大丈夫です」


 などと悩んでいると、土気色の顔をしたメルが力なくそう告げてくる。強がりだろう。でも、どうせなら気分を変えるようなことを言うなりするなりした方が良いだろうか。


「そう。じゃあ、あの二人が戻ったら私が話聞いとくからさ、先に休んじゃいなよ。ダンジョンも潜ったし、きっと疲れてるのよ」

「ありがとうございます……」


 ふらふらしているので支えてあげて、ベッドに横にさせる。髪飾りや耳飾りなどの装飾品や装備を外してやり、シャツのボタンを外して胸元を楽にしてあげる。

 すると、ふと手が止まった。

 肌けた胸元に、綺麗な肌にはおよそ似合わない、深い傷痕があったからだ。心臓部から広がるような痣。まるで何かに突き刺されたかのような……。

 この世界はポーションや治癒魔法があるので傷痕なんてそうそう残らない。それこそ自力で怪我を治した場合でなければ残るはずがない。でも冒険者をやっていて、そんな状況になることはまず無いのだ。ポーションの準備を怠る冒険者なんていないのだから。そうでなければ、あるいは。


 燦花は想像力が豊かな方でない。ではないが、ひとつだけ理由を思い至ってしまった。


 あるいは、わざと残したのか。


 メルは疲れていたようで、横になったらすぐに眠ってしまった。辛そうに閉じられた目を見ると胸が苦しくなる。仲間の助けになりたいが、事情を知らない燦花にはどうすることもできない。それがもどかしい。

 燦花はメルにそっと布団をかけて、傷痕は見なかったことにした。

 悔しいことに、まだ他人の事情に首を突っ込めるほどの仲になっていないのだ。特にメルは、全くと言っていいほど自分のことを話さない。絶対にメルの話にならないように会話をコントロールしている節すらある。

 アムゼルもロスも、メルについては話さないし、話題に触れようともしていない。


 そういえば、一緒にお風呂に入った時には傷痕は無かった。どうして今は見えるのだろう。

 風呂場と今の違いは何か……と燦花は視線を巡らせた。


 あれだ。


 燦花はベッドの横にあるチェストに置かれた髪飾りを見た。小さな花が飾られたバレッタで、メルは不思議と、お風呂の時でもそれを外さないのだ。髪を洗う時は流石に外すが、すぐに付け直していた。その時はよほど大事なものなのだろうなと思っていたが、何か重要な役割を持っているのかもしれない。

 でも、それがどうしたと言うのだろう。

 不意打ち的に見てしまったからって、燦花が傷痕について触れるのはやめておいた方が良い気がした。誰にだって触れられたくないことの一つや二つあるのだろうし。そう結論付けて、燦花はソルティとラジと一緒に、残りの仲間の帰りを待つのだった。


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