30話 わ、私の、なかま……
◇
アイスブラストを撃った後にウサギは回収しておいた。
メルがこのままここに留まると次の群れが来てしまうからと奥に進み、メルの読み通りセーフティエリアにたどり着いたので一休みすることになった。
「あの、なんとお礼を言ったらいいのか……」
黒髪少女が正座でこちらに向かっている。
「い、いえ、わたしたちこそ、突然割り込んですみませんでした」
メルが同じような姿勢になってわたわたと対応している。
ふとその様子を壁にもたれながら見ていると、ラジに裾を引かれた。
「うん? どうした?」
「あの人、に、おようふく着せてあげてほしいです」
ラジは黒髪少女の背中の服がバッサリ切れて背中が見えていることを指差しで伝えてくれる。マントも途中で切れてしまっている。
俺はラジの頭を撫でてやってから、アイテムボックス化している頭陀袋に手を突っ込む。もちろん持ってないのでアイテムボックスの中で創造スキルを発動。替えのコートを持っていたという方が自然だろうし、俺のコートをもう一着作るか。
できた黒いコートを引っ張り出して、アムゼルに渡し、小声で用件を伝える。
「あの子にかけてやれ」
「え? 自分でやればいいのに」
「俺は近付きたくないんだよ、なんかビリビリするから」
「びりびり? ……あぁ、聖剣かな。わかったよ」
アムゼルが渋々コートを受け取って黒髪少女に近付いた。少女はビクッと跳ねてアムゼルを見る。その頬がちょっと赤く染まっているのが見えて、俺は思わず「ほほぅ?」なんて声が出た。アムゼルはイケメンだものなぁ。
「これしかないんだけど、使って?」
「ひゃ!? ひゃい、ありがとうございます!」
「これはあっちにいるロスのコートだから、お礼はロスに言ってね」
「え? は、はい」
少女はコートを着ると、ちょっと落ち着いたようだ。
俺はラジにコップを持たせ、中に水を注ぐ。
「ラジ、あの子に持っていってやりな。ついでに挨拶しておいで」
「はい、わかりました」
ラジが溢さないように気をつけながらコップを運んでいく。お子様効果で少女も癒されたようだ。
燦花は水を飲んで人心地ついてから、自己紹介をした。
「あの、助けてもらったのに自己紹介がまだでごめんなさい。私は燦花。橘……えーっと、アキカ・タチバナよ」
「こちらこそ申し遅れました。私はメルと申します。こちらはアムゼルさんで、この子はラジ君と言います。向こうで並んで座っているのが、ロスさんとソルティちゃんです」
「僕はアムゼル。よろしくね」
「ら、ラジです……っ」
アムゼルは気安く手を上げ、ラジはぺこーっと頭を下げる。
俺も目で挨拶しといたが、ソルティは警戒しきったように顔を逸らし俺の側を離れない。
「こらソルティ、挨拶くらいしなさい。ラジだってできるんだぞ」
「もう、ロス様、私だって挨拶くらいできるわ。ただ、あの方は……」
「変に警戒してたらバレるだろ、大人しくしなさい」
「……はぁい」
小声でやり取りする。ソルティが立ち上がったので、俺もソルティに付き添う形で近寄ることにする。やはり聖剣に近寄るにつれて肌がビリビリする感覚がする。三歩は離れたいと思ってしまう。燦花の間合いには入れないな。
「ソルティよ。その怪我でよく無事だったわね」
八歳児に見えるソルティが上から目線で宣うので、燦花は少し面食らった顔をしながらも、次には笑顔になった。冒険者に年齢は関係ないというとこを悟ったのかもしれない。
「ふふ、私、治癒魔法は使えないんだけど、自分の怪我だけは治せるの」
「へぇ、そういうスキルがあるんだね。あと、あまり聞くものじゃないかと思ったんだけど、アキカさんの剣って……」
アムゼルが剣を指差す。
「え!? あっ、その、これは……」
「アムゼルさん、ちゃんと話すべきかと思います」
「それもそうだね」
「??」
メルの隣にアムゼルも腰掛けた。俺はラジとソルティを回収して少しだけ離れた位置に座り、火起こしとか別の作業をすることにした。
「アキカさんは勇者……だよね?」
アムゼルの言葉に、燦花が固まる。あまり勇者であることを表に出したくないのだろう。
「ごめんね、それを知ってアキカさんに危害を加えるわけじゃなくて……僕とメルさんは≪勇者候補≫なんだ」
燦花の目はこれでもかと見開かれる。わなわなと震え、口をパクパクさせる。
「え……!? ええええええええええええ!?!? うっそ、会えた……生きてた!! あなた達が私の……仲間になる人!?」
「えーっと、まあそうだね。勇者仲間、かな?」
「や゛っ゛と゛会゛え゛た゛あ゛〜〜〜〜〜」
叫びながら地面に伏して号泣し出した。
よっぽど会いたかったようだ。
その様子を横目で見ながら、俺は少し切ないような、寂しいような感情が湧いた。
これで俺たちの旅が終わってしまったような、そんな気がしたからだ。
それを寂しいと思う自分にも驚くが。
俺の様子に気付いたのか、ソルティが俺の手をキュッと握った。
俺は何でもないと頭を振る。
それでもソルティは手を離さなかった。
燦花は勇者についての知識を二人に話していた。
「私は聖剣教会がある、聖皇国プルガシオンから来たの。そこには五つの聖剣があって、≪勇者候補≫となったものは、必ず聖都を訪れて、聖剣の儀を行うの。私はその内の一つに選ばれて、こうして剣の勇者になったのよ。だから、あなた達も私と一緒に聖都まで来て欲しくて……」
聖剣、五本もあったのか。あんなものが五本もあって、つまり俺は五人の勇者に囲まれる未来が来るわけだ。うーん、すごくビリビリしそう。
あの狐の姿になったらわからないが、あの姿にはあまりなりたくないな。あの時の俺は何も感じなかった。人間の怨嗟の声が脳内に響き続けて、痛みも、熱さも冷たさも感じないのだ。おまけにアムゼルやメルの声だけは聞こえなかった。あんな姿、できれば二度と取りたくない。
アムゼルとメルは顔を見合わせる。
「その、ダメかな……?」
「ダメというわけではありません」
「うん。ただ、今すぐには行けない」
「え? どうして?」
「うおっ!?」
急に俺の首に腕を回された。完全に油断していた俺は後ろに倒れ込む形でアムゼルにぐいっと引き倒される。
「僕たち、今はロス達と組んでるから」
「はい。≪黒鳥の大剣≫というパーティを組んでいるんです」
はぁ? と俺はアムゼルを見上げる。アムゼルはしてやったり、と言った顔をしている。メルもにこにことこちらをみて微笑んでいる。何これ、ムカつく。俺が拗ねてたみたいなノリやめろ!
「何言ってんだお前ら……さっさと勇者になって魔王倒す方が優先だろ? こんな所で遊んでないで聖剣ぶん取りに行ってこいよ」
「やだなぁ、ロス。そんなに拗ねないでよ」
「拗ねてねーから!?」
「そうですよロスさん、それにわたし達はロスさんに恩返ししないとですから」
「はあ?」
アムゼルは俺のことを恩人だとか言っていたが、メルには恩を売った覚えがない。
「パー、ティ……」
ほら見ろ燦花が絶望感に溢れた顔をしているぞ。可哀想だろ一緒に行ってやれよ。
「ということだから、アキカさん。いつかは行くけど、今はまだ行けないよ。僕たちまだまだ強くならないとだし」
「で、でも、それって聖剣を受け取ってからでも問題ないんじゃ……」
「いいえ。おそらく聖剣教会に足を運んだら、そう簡単に冒険に出られなくなると思います。勇者は人類最後の切り札ですし、聖剣教会は手放したがらないでしょう」
図星なのか、燦花はドキッとした顔をした。顔に出やすい子だ。でも次には泣きそうな顔になって、
「わ、私の、なかま……」
と地面に手をついて項垂れてしまった。
「ごめんなさいアキカさん。けれど、アキカさんだってわたし達を連れて帰らなければならないのでしょう?」
メルはにこにこと燦花の肩に手を置く。アムゼルもいい笑顔だ。一体なんの笑みなんだろう。ちょっと怖さすらある。
「そうだ、いいことを思いつきました」
メルがわざとらしく両手を合わせる。
「僕も同じことを考えていたよ」
アムゼルもそれに合わせて頷く。俺はいい加減解放して欲しくて首に回されている腕を外そうとするが、外れない。締められてはいないが固定されているように動かないだと……。
パシパシ腕を叩いても無視される。アムゼルはとても良い笑顔を俺にも向けてくるし。何これ、ムカつく。なんだその笑み。
「え……?」
涙でぐしゃぐしゃな顔で見上げる燦花。
「アキカさんも、≪黒鳥の大剣≫に入らない?」
アムゼルの言葉に、燦花の顔が一瞬にして華やいだのであった。
もちろん俺の顔は引き攣った。
本物の勇者と行動を共にする魔王の爆誕であった。
◇
結局あの後、燦花はパーティに入ることになったが、パーティの加入はギルドで登録する必要があるらしい。十階層は同じパーティでないと一緒にボス部屋に入れないそうなので一度戻ることにした。
その翌日。今日はパーティ登録や燦花の壊れた装備を整えるために一日休みとなった。
アムゼルとメルは、燦花と一緒にギルドに行って登録したら防具屋を巡るらしい。
俺はなるべく聖剣の近くに居たくないので断ったら、アムゼルにジト目で見られた。
仕方ないだろビリビリするんだから。
時間が空いたので、俺はソルティとラジを連れて街を観光することにした。
せっかく大きな街に来ているのに、冒険ばかりでゆっくり見て回る時間もなかったからな。
「せっかくだし観光しようぜ。どこから見るか」
ウェルダネスには、北西にダンジョン塔、西の山の方に貴族街と領主館があり、北東にはリゾート施設があるらしい。北東のリゾート施設はセレブ御用達なので俺達は遊ぶことはできないが、その区画は異国情緒あふれる街並みが見れるので、見るだけでも楽しめる場所なのだとか。
南西には図書館などの公共施設が固まっている。大浴場もあるらしい。
中央は宿泊施設や商店が並び、ギルド館もここにある。東と南東は居住区らしい。
「ラジ、昨日話していたじゃない。ロス様に伝えてご覧なさい」
ソルティがラジに声をかける。ラジがこくんと頷いて俺を見上げた。
「ぼく、としょかん、行ってみたいです」
「ああもちろん。じゃあ図書館から行こうか」
頭を撫でてやると、嬉しそうに耳がぴくぴくと動いた。ソルティも微笑ましそうに見ている。
でもラジって字読めるんだろうか……。まあ、絵がついてるやつだったら見て楽しいかもしれないな。
「ソルティは? 行きたい所はあるか?」
「そうね……替えの服が欲しいから、その辺りのお店を見たいかしら」
「わかった。じゃあ図書館行って、その後服屋に行こう」
俺達はまず公共施設の多い南西区へ向かう。同じウェルダネスといっても、街はかなり広いので、人を運ぶ専門の荷車があるのだとか。荷車は街の中を巡回していて、一区画移動するのに一人大銅貨一枚なのだとか。安くはないが、徒歩より早く着く上に疲れないのでそこそこ人気があった。
王都にもあるシステムで、領政の一貫なのだとか。つまり公共の乗り物だ。
乗ってみてもいいかと思ったが、まだそんなに稼げていないので無駄遣いは避けたい所だ。仕方ないが歩いて向かうことにした。
数十分ほどで図書館にたどり着いた。
立派な石造の建物で、門番まで立っている。本は貴重なものなので、警備もちゃんとしているようだ。
入る際に、受付で身分証の提示と、入場料を支払う。大人一人小銀貨一枚。思ったよりもずっと高い。図書館の維持費に使われるらしい。ただ、子供は子供料金があるらしく一人大銅貨二枚で済んだ。ソルティとラジはお子様料金だ。
ちなみに、本を傷つけると別途罰金が課せられる。最低で小金貨一枚はかかるらしいので、本を扱う時は気をつけなければ。
「ラジ、文字は読めるのか?」
「ん……えと、少しだけです」
「へえ、読めるのか。すごいなラジは。じゃあどんな本読みたい?」
「お花……の本、読みたいです」
「わかった。植物系は……どこだろう、地理か?」
「図鑑は如何かしら? 難しい文字も多くないでしょうし見やすいと思うわ」
「あー、それがいいな。図があるだろうし、見て楽しいだろう」
「はい……!」
ラジが嬉しそうに頷く。図鑑は図鑑で一つコーナーが作られており、そこに向かう。
植物図鑑は結構種類があり、ここヴァルカン王国の自生植物を集めたものや、世界の珍しい植物を集めた図鑑などがあった。
ラジは目を輝かせて、本棚に駆けて行き、背表紙を見てどれを取ろうかきょろきょろと見回していた。
ソルティは見たい本があると言ってどこかに行ってしまった。
ラジは一つの本に狙いを定めたようで、手に取ろうとする。が、図鑑は分厚いし少し高い位置にあるので危ないだろう。
「これか? 重たいから机まで運んでやるよ」
「あ、ありがとうございます」
「いいのいいの」
近くの机に運び、並んで本を開く。タイトルは『猛毒植物全集』。ラジってこんなのに興味あるの?
ページを開くラジの顔はとてもキラキラしている。
図はなんとカラーだ。手描きの絵ではあるが、かなり細かく特徴を表している。説明文も自生地や見分け方を細かく記載されておりわかりやすい。
まあ、良い図鑑だとは思うんだが……。
「ラジ、毒の花に興味があるのか?」
ラジは俺を見上げて、こてんと首を傾げる。
「お外で、触っちゃだめなお花、知りたいです!」
「それはつまり……旅のためか?」
「はい……!」
嬉しそうに頷くラジ。旅をする上で食べたらいけないものや、触ったらいけないものを見極めたいからこの本を選んだのか。なんて勉強熱心なんだ。
あまりにも良い子な発言に感動して、軽く抱きしめてしまった。きゃっきゃと笑い声があがる。
図書館の職員がちらりとこちらを見た。騒いじゃまずいかも。大人しくまた本を見よう。
しばらく読み進めていくと、ラジが気になる植物を見つけたようだ。
「ラティ……クレイド……? ダンジョンにしか咲かないお花……」
ラジが見ていた花は木のようだった。ピンクと白の可愛らしい傘のような花をつけている。こんなに綺麗なのに、この図鑑にあるってことは毒の花なんだよな……。
「へぇ、そんなのもあるのか。ダンジョン攻略中に見つけられたらいいな」
「はい……!」
その後しばらく図鑑を眺め、ソルティも戻ってきたので昼食を取るため図書館を後にした。




