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16話 魔王、忍び込む

 ◇



 ソルティと俺は北の領主の屋敷を目指すが、その前に警備に気づかれると面倒なのでこっそり入る手段を考えた。


「これ、本当に見つからないのかしら?」

「シッ! 喋ればバレるに決まってるだろ。静かにいくぞ、静かに」


 その名も透明人間作戦!


 安直が過ぎる。

 要は完全隠蔽スキルを俺たちの身体に使用したのだ。つまり今、俺たちは透明人間になっている。

 ただ、姿しか隠せていないので、音を立てたりぶつかったりしたらバレる。実体が消えたわけじゃ無い。

 もしここが森の中で、ついうっかり枝を踏んだりしたら即バレということだ。気をつけていこう。


 領主の館の側面から、風魔法を使って塀を飛び越える。その勢いのまま庭を抜け、ちょうど開いていた窓から中へ侵入した。


 館内は細部まで掃除が行き届いており、高そうな壺が何点も飾られていた。

 絨毯が敷かれた廊下をそっと歩き、ひとまず領主の部屋を目指すことにする。


「君、ここの担当誰だったかな」


 声がしたので、咄嗟に物陰に隠れた。


「はい、本日はエルサの担当だったかと……」

「彼女か。仕方ないな、君、ここの掃除やり直してくれ。これでは領主様に見せられない」

「は、はい」


 物陰から覗くと、燕尾服を着た執事風の老人が、メイドと話していた。


「領主様はあと一刻ほどで戻られる。早めに済ませておくように」


 執事はそう言って立ち去っていく。残されたメイドは、それはそれは大きなため息をついて掃除に取り掛かった。


 領主は今不在、か。それはチャンスだ。

 俺たちは執事の後を追った。


 執事は豪華な扉を開けて中へ入った。隙間を縫って俺たちも入室する。


 その部屋は執務室のようだった。

 奥に大きめの窓があり、窓を背にするように机が置かれ、入り口近くには客人を迎えるためのソファがあり、観葉植物と、盗聴防止用の魔導具や、証明用の魔導具が置かれている。入ってきた扉とは別に、側面にひとつだけ小さめの扉がある。


 執事はしばらくその部屋の掃除などをした後に退室して行った。


「……よし、ソルティは机に何かないか見てくれ。俺はあっちの部屋を見てみる」


 俺はソルティに小声で話しかける。


「わかったわ」


 ソルティが机に向かったので、俺は隣の部屋をそっと開ける。向こう側に気配が無いことは、気配探知で分かっていた。


 向こう側の部屋は、仮眠室のようで、簡素だが高級そうなベッドと、簡単な調度類が並んでいた。壁には本棚がある。蔵書は政治学や領土運営に関わる本の他、魔術に関する本と、魔獣に関する本が置いてあった。

 魔法に関する本のタイトルは『奈落の召喚』。よく見る火、水、風、土、雷、氷、光、聖の八大属性の魔術書ではなく、珍しい召喚魔法に関する研究本のようなものだった。

 そこに気になる記述があった。


『聖杯を無垢なる少女の血で満たせ。

 数多の命の肉と、

 醜悪な人間の魂を捧げよ。

 大いなる印に魔力を注げ。

 季節一巡り、月が最も満ちる夜に、

 我を讃えよ。我を求めよ。

 さすれば我は現れん。』


「……なんだこれ。狂人的過ぎないか……」


 それより、数多の命の肉? あの遺跡で起きていた惨劇は、この記述に近いことではないのか。


 また、魔獣に関する本をパラパラめくってみたが、魔獣というより、魔の国の人物名鑑のようなものだった。その名も『魔界大全』。


『魔王 ロス・ゼス・アブグランド。

 魔の国建国よりその玉座に君臨し続けるこの世の災厄、深淵の権化。人を拒絶する結界にて世界を二つに分けた神の如き力を持ち、深淵に魅入られた異形の者たちを未来永劫守護し続けている。十二柱の僕を配下とし、それぞれに役割を与え、魔の国を運営させている。』


 当然のように俺の記述があった。とはいえこれしか無い。簡素だ。魔の国の事情が如何に人界に伝わっていないかがわかる。記憶を取り戻すきっかけになればと思ったが…当てが外れたな。

 ついでにソルティの記述を読んでみる。


『魔王配下十二柱 第六柱 ソルティ・レグスノヴァ。

 魔の国に棲む吸血鬼族第二真祖にして、太古の人魔大戦にて多くの人間をその炎で屠った≪爆炎の吸血鬼≫である。その姿は妙齢の女性とも、老齢の紳士とも、年端も行かない子供とも言われており、その素顔は知れない。』


 素顔がころころ変わるのは器を乗り換えているだけに過ぎないが、やはりこんな程度の内容だった。


 それにしても、こうした本だけで決めつけるものではないと思うが、人の世界では忌避されているはずの魔族の本があるなど…ここの領主…まさか≪アポカリプス≫の一員なのでは?

 ただ興味本位で持っているだけかも知れないが。


 ひとまず本は元に戻し、さらに部屋を捜索する。

 ベッドはきちんと掃除が行き届いており、シーツは皺一つない。


「……? ……なんだこれ」


 ベッドと壁の隙間の床に、棒切れがある。その棒には取手があり、ベッドの脇から手を伸ばして掴んでみると、抜けそうにない。代わりに傾けられるようで、ガコッと傾けた。


「おおっ?」


 するとギギギギギと音を立てながら、ベッドがズレる。

 棒切れはレバーだったようだ。

 ズレた場所には、床ではなく、下へ続く階段があった。

 ここは建物の最上階の四階だ。三階に続く隠し通路…脱出用だろうか。


 ただ、階段の奥から、濃厚な血の匂いがする。

 人の、気配も。


「ソルティ、来てくれ」


 俺は一度戻ってソルティを呼んだ。

 ソルティは広げていた紙類を元に戻してからやってきた。


「何かあったのね?」

「ああ……いくぞ」


 俺たちが階段を降りると、ベッドは自動で元に戻っていく。

 階段の近くにもレバーがあったので、こちらからも開けられるようだ。


「醜悪な臭いがするわね」


 ここは上にいた時よりもずっと酷い臭いが充満していた。

 階段から降りてすぐは通路になっており、奥に扉が一つある。木製の簡素な扉だ。


 扉の奥に気配がある。だが、その気配は弱々しい。


「開けるぞ」


 ソルティに確認すると、頷いて答えてくれた。

 扉を開けて中へ入る。いつでもバリアを張れるように構えていたが、特に襲ってくる気配はない。


 いや、できないのだろう。


 そこにいた気配の正体は、両手両足を鎖で繋がれた、怪我だらけの少年だった。

 衣服も一切纏っておらず、膨れ上がった顔は原型がわからない。血で汚れてしまっているために、髪の色さえ判別できない。


 部屋はそこかしこに血痕があり、むしろ元の壁の色が分からないほどだった。

 おそらくこの部屋で何人もの人間が、酷い拷問にあって死んだのだろう。


「なんてこと……!」


 ソルティが駆け寄って少年の拘束を解く。

 俺も近づいて少年を見た。


 ―――

 ラジ

 年齢:10

 ジョブ:民間人 Lv1

 HP5/250

 MP350/350

 スキル:雷20 氷1 時空1 結界術1 隠蔽10

 称号:

 備考:エルフ(ホーリー)、タウゼント・グレイブの奴隷

 ―――


 奴隷、か。

 何より怪我の程度が酷過ぎる。切り刻まれた跡もそうだが、痣が多すぎる。俺は即座に上級治癒魔法をかけて全快させた。ついでに水をかけてある程度の汚れを落とす。

 ボッコボコで見る影もなかった顔が元に戻り、その姿が見えてくる。


 青みがかった白に近い短い髪。前髪だけは長く、片側はほとんど隠れている。その蒼い瞳は、光も通さないほどの深い色。よほど酷い目に遭ったのだろう。虚な両眼は何も写していないように見える。

 雪のように白い肌と、尖ったような耳。


「エルフね、この子。可哀想に。人間ってどうして同族にここまで非道が行えるのかしら」


 ソルティが苦虫を噛み潰したような顔をする。ソルティにとっては人もエルフも同族なんだな。魔族が同族に非道を行わないのかといえば、答えはノーであるはずだが…今はいいか。


「さあね。それよりどうするか。連れ出せば侵入が勘付かれるよな」

「怪我を治してしまった時点でもう手遅れかと。かと言って連れ出しても問題はないでしょうね。表立って騒げることではないもの。確かヴァルカン王国は十年前に奴隷制を廃していたはずよ。こんな隠し扉の中で行われていることからしても、隠すべきこととわかってやっているのでしょうし」


 そういえば何も考えずに治してしまったが、こっそり忍び込んでいるのにこんな痕跡の残ることをしてしまったのは失敗だった。反省せねば。


「ふむ。ならこうしよう」


 俺は創造で、人形を作った。

 怪我を治す前のラジという少年にそっくりの人形…つまり死体だ。土塊の。流石に成分を調べられると人間の肉ではないので、タウゼントとかいうやつが鑑定持ちでないことを祈るばかりだ。


 虚な少年を肩に担いで、出口を探すことにする。

 ついでに少年にも姿だけは隠れるように隠蔽した。



 部屋内部を捜索してみたが、この部屋には扉が一つしかなかった。隠し扉の類もないようだ。

 戻るしかない。


「開けるわ」

「待った」


 ソルティがレバーに手をかけたところで、俺がその手を掴んだ。

 気配探知に引っかかるものがあったからだ。


 ソルティが目線だけで上に人がいるのか? と告げている。俺は頷いて答えた。


 上の部屋…方向的に執務室にいる気配は複数あった。盗聴防止の魔導具を使用しているのか、話し声は聞こえない。


 しばらく立ち往生するしかなく、俺たちは階段の下に腰を下ろして休むことにした。

 悪臭漂う空間じゃ、休まるものも休まらないのだが。


「……はな、私は少し休む。夕食前には戻るが、起こさなくて良い」


 上から話し声が聞こえた。俺たちはすぐに立ち上がって通路の隅に寄った。


 上で扉が閉まる音がして、足音が真っ直ぐに近づいてくる。

 次いでギギギ…と音を立てて階段の上が明るくなった。

 そこから降りてきた人物は予想通り。


 ―――

 タウゼント・グレイブ

 年齢:56

 ジョブ:領主

 称号:

 備考:グレイブ領領主

 ―――


 太った男は階段を降り、迷いなく奥の部屋へ進む。俺たちはなんとなくその様子を見守ることにした。


「さぁてまだ生きておるか……」


 部屋には鎖に繋いだ死体がある。鎖も復元しておいた。


「おい、コラ起きろ! さあ!」


 男は近くに置いてあった鞭で死体を引っ叩いた。何度叩いても、当然のように目を覚さない。


 隅に置いてあった水瓶から手酌で掬い、死体にかける。もちろん目を覚さない。


「クソ! もう死んだか……鳴くまで散々可愛がってやろうとしたのに……全く……」


 男は死体を蹴りながらブツブツと文句を言っていた。あれがただの土塊と分かっていても中々胸糞悪い光景だ。


「チッ……まあ良い。今夜新しいのを仕入れるとするか……」


 男は鞭を投げ捨て、死体を近くの麻袋に入れ、木箱に投げ入れた。木箱にはいくつか麻袋があるのだが、まさか全て死体なのだろうか…。


 ソルティが拳を強く握りしめて震えていた。≪爆炎の吸血鬼≫なんて恐れられているが、もしかしたら子供には優しいのかもしれない。ソルティがどんなやつだったのか覚えてないのだが。


 タウゼントは木箱を手のひらサイズの小さな箱に収納した。アイテムボックスなのだろう。

 小箱を懐にしまい、階段を戻っていくので俺たちもついて出て行く。

 出た先の部屋でタウゼントが窓を開けた。そのまま寝台に寝転がり寝息を立て始めた。おやすみ三秒。早いことで。


 もはや調べることはないな。出口は誰かが開けないと出られない。こんなところに長居するのも悪手だ。それに肩に担いでいるラジが偶然目を覚ましてしまって、声を出したりしたらアウトだ。


 俺はソルティの手を掴んだ。ソルティも意図は読めたらしく、俺に飛びついてきた。空いてる方の手でソルティを抱き上げ、窓から飛び降りることにした。


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