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Episode7


 目を覚ました時、俺の目に映ったのは知らない天井……ではなく、見慣れた天井だった。


 訓練場の真っ白な天井、そして眩しい蛍光灯の明かり。過去に訓練で何度もやられて、気を失う度に見た天井だ。



「おーい、大丈夫か?」



 声のする方を見るとカズトシさんが屈んで俺の顔を覗き込んでいた。隣で審判の人も同じように屈んで見ている。

 どのぐらい気を失っていたのだろう。体感では、数十秒か数分か――。


「ううぅ……」


 痛みに声を上げながら無理やりに身体を起こす。まだ傷が完全には治っていないようだ。特に、左腕の痛みが酷い。


「ったく、馬鹿なことをするんじゃねえよ」


 カズトシさんが呆れたように言った。

 ……本当にその通りだ。


「すみません……」


 素直に謝ることしかできない。


「とりあえず、場所を変えるぜ」


 カズトシさんが言う。

 視界を横に移すと、フィールドに次の訓練者が入って準備運動を行っているところだった。

 もう次の戦闘訓練が始まるのだ。


 俺は頷くと、痛む身体を引きずってフィールドを後にした。



 ∞



 俺とカズトシさんは訓練場の手前の休憩スペースに移動していた。


「ほらよ」


 そう言ってカズトシさんは自販機で買ったドリンクの缶を俺に投げて渡す。

 それから、ベンチの端に座っている俺と少し距離を空けて腰を降ろした。


「ありがとうございます」


 缶には真っ赤な炎のマークが描かれていた。最近流行りの、飲めば炎のようにエネルギーが湧き上がるというエナジードリンクだった。


 カズトシさんも同じドリンクを買ったようで、プシュッとフタを開けて飲み始める。そして二、三口飲んでから、


「……まあ、お前も分かってると思うけど」


 ドキリ、と心臓が跳ねる。


「ここが訓練場じゃなかったら、お前は死んでる」


「……はい」


「なんで木刀じゃなくて腕でガードしたんだ?」


 カズトシさんの問いかけに、俺はどう答えたらいいのかと言葉に詰まる。

 もしかしたら、自分でも何故そうしたのかはっきりとは分かっていなかったのかも知れない。

 考えた挙句、俺は正直に思い浮かんだままを口にしていた。


「左腕を犠牲にすれば、右腕で反撃できるかと思って……」


 その答えを聞いて、カズトシさんがやれやれ……といった感じでため息を吐く。


「そりゃ反撃はできるだろうよ。だが、それでお前が死んでどうする?」


 問いかけに、今度は答えることができなかった。



「お前がやったのは作戦でも何でもなく、ただの自殺だ」



 カズトシさんが、そう言い捨てる。

 俺に言い返す言葉は、何もない。


 あの時カズトシさんの放った一撃、俺は左腕を犠牲にして何とかガードしたが、それは訓練場の強力な防御魔法があってこそ為せたことだ。


 実際の戦場なら俺は腕ごと身体を切断されて死んでいる。本来であれば決して選んで良い選択肢ではない。カズトシさんの言う通り、俺はそれを分かっていた。


「その通りです。俺が馬鹿でした……」


 声を振り絞るように俺が認める。

 それからお互いに何も言うことなく、沈黙が続いた。

 しばらくして、おもむろにカズトシさんが口を開く。


「冒険者たる者、自らの命を最優先で守り、常に生き残ることを考えよ。それができなければ冒険者失格だ……だったかな」


 と言ってから、さらに、


「俺に剣を教えてくれた人の言葉だ。その人からすると、お前は冒険者失格ってわけだ」


「冒険者失格……」


 復唱して、その意味の重さを痛感する。

 それからまたカズトシさんが言う。


「馬鹿みたいに熱くなって、自分の信念だとかのために無茶をして、そういう奴ほど死んでいくんだよなあ」


 まるで遠い昔を思い出すかのような、そんな声だった。


「自分の命より大切なものなんて、ねえのにな……」


 その後にも何かを言ったようだけど、最後の方の言葉は小さくて聞き取れなかった。


 カズトシさんの方を見ると何かについて考えているようにも見えるけど、横顔からでは全てを察することはできない。

 しばらくの静寂の後、カズトシさんが一気にドリンクを飲み干す。



「ま、お前の人生だ、好きにすればいいさ」



 そして、空になった缶を近くにあった丸口のゴミ箱へと放り投げると、「よっと」と言いながら立ち上がった。

 そのまま訓練場の入口の方へと歩き出す姿を見て、俺も慌てて立ち上がる。


「訓練の相手、ありがとうございました」


 頭を下げる俺を一瞥して、カズトシさんが応える。


「どういたしまして。じゃあな」


 ゆっくりと遠ざかっていくその背中を見つめながら、俺は、今回の訓練で改めて実感した自分の認識の甘さを噛み締めていた。


 何もかもが、遥かに及ばない。

 努力云々では決して超えることのできない、高い壁がそこにはあるように感じていた。


 そして同時にふと、何か引っかかるものを覚えた。

 あれ、何かを忘れているような?



 ――あ、そうだ。



 思い出して、咄嗟に声を出した。


「あの、お金はっ!」


 約束したお金だ。

 訓練後に渡すつもりだったけど忘れていた。危ない。思い出して良かった。

 俺の言葉を聞いたカズトシさんが立ち止まる。それからこちらを振り返り、ふっと笑ってみせた。


 ――何かおかしなことを言っただろうか?


 なぜ笑うのか、理由が分からない。

 だが次のカズトシさんの言葉を聞いて、俺はからかわれていたことに気付いて赤面するのであった。



「本気で貰うわけねえだろ。冗談だよ」



 そう言って、カズトシさんは訓練場から立ち去っていった。


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