執行猶予
4月16日。本日は週の頭ではあるが前日の15日が休日であったため六課長会議は本日16日に行われている。
が、重苦しい空気が部屋に漂う。
「う~~ん……どうしたもんですかねぇ」
琴流が周囲の課長たちを見渡しながらきょろきょろと問いかける。しばらく誰もその場で発言をしなくなり静寂に包まれた室内での発言である。普段あまり積極的に発言をしない琴流が発言をする程に会議は膠着していた。
「どうするっつっても、もうどうしようもないんじゃねぇの? 流石になぁ。まぁ、長年無理だったもんを1カ月程度でどうにかしろっつーのが無理があったんだしな」
「あ、今の無理だった《《もん》》ってもしかして扉の門とかかってましたか?」
「……あ?」
「ひぃい! ごめんなさい!!」
琴流のこの場を和ませようとするちょっとしたツッコミも馬面のしかめた面によってかき消され、すぐさま重々しい空気が再び部屋を支配する。
部屋の一番下座である入口にはこの重苦しい空気の原因者が黙って座っている。日下京子。現在の地獄課長兼餓鬼課長、通称閻魔である。外来種であるオニイワタバコの髪飾りを付けて出勤してきた京子に対し馬面が激怒したこともその重厚な空気を熟成した要因の1つではあるが、それが主たる原因ではない。
「もうちょっと地獄に溜めておけないものなんでしょうか?」
「うむ、そうだな……」
真剣な面持ちで再び意見する琴流に対し、今度は亜修羅が受け答えをする。
「難しいんじゃないかしら? 転生省から天空省へのせっつきも結構きつくなってきてるし。それにこのままだと人間課や畜生課、修羅課に餓鬼課だって困るわけじゃない?」
「そ、それはそうなんですけど……」
真剣に議論する琴流、馬面、亜修羅の会話の中にどこか他人事であるかのような表情を浮かべながら今度は空谷が隣に座っている琴流に他人事のような口調で話す。
「まぁ、天国課のあたしには直接大きく関係するわけじゃないけど」
「そういう言い方は良くないぞ、空谷君。この問題はこの天空省全体の問題だ。皆で考えなくてはならない」
「……は~~い。。」
そんな空谷をたしなめるように優しい口調で亜修羅が2人の会話の間に入る。
「つっても、いつまでもダラダラ地獄に罪人を滞留させとく訳にもいかねぇだろ。畜生課もそうだがお前んとこの人間課だって困んだろ」
「そ、それは……そう……ですけど。。」
実は今、京子が地獄に罪人たち全員をストックしていることによって問題が生じ始めている。京子が赴任するまでに定期的になされていた罪人の転生省への引き渡しが滞っているのだ。六道を管理する天空省の1つである地獄。その地獄で罪の償いを終えた五蘊はその後、転生省へ引き渡され、そこで次世の世界が決定される。故に、地獄における罪人たちの滞留は他の業務において多大な影響を及ぼすのである。
「うむ。確かにこのままという訳にもいくまい。日下君の気持ちもわからなくはないが、実際罪人の状態で次の転生もせずに置いておくというのももう難しいかもしれん。ここは一度、前任の地平課長が行っていたように比較的罪の軽い罪人たちを転生省へ引き渡すというのはどうだろう?」
「えっ……それってどういうことですか?」
「うむ。比較的軽微な罪の罪人たちを転生省へ引き渡してしまうのだ。そうすれば今まで通り転生の流れにも不都合が起こることもない。前任の地平もやっていたことだし、そこは問題はない」
「……そ、それは…………」
亜修羅の提案した言葉に京子は言葉を濁す。章へやって来て約一か月。始めは地獄の罪人たちの罪を裁くと意気込んで仕事を始めた。が、実際はいまだに地獄の門を開くこともできていない。
やりたいと、何かをなしたいのだと願ったとしても叶わない。そんなことは現では日常だ。何も不思議なことではない。子供のころの夢、希望の進学、志望する仕事、理想の結婚相手。叶うことなどないことが日常。それにあてはめてしまえば京子のなせないこともまた日常なのかもしれない。日本を変えると志を胸に頑張ってきた日常があっけなく終わったように。だが、だからこそ誓い、願ったのだ。ここへ来た時に。もう仕方ないと思いたくない、諦めきれない。
「もう少し……あ、あと少しだけ待ってもらえませんか?」
京子は意を決し、顔をしっかりと上げて天海山部長や他の課長の顔を見渡たす。
「あと少しって……どれくらいよ?」
「ど、どれくらい?」
「そりゃそうでしょ。あなた1人のわがままでどうにかできるような状態じゃなくなってきてるのよ? このままじゃあたしの天国課だって実害がでてくるかもしれないわけだし、ちゃんと期限を決めて欲しいわね」
「ぐっ……。じゃ、じゃあ1週間! ら、来週のか、課長会議まで待ってください。それで無理なら……亜修羅課長が言っていたように軽微な罪の罪人から転生省に……引き、渡します……」
京子の言葉に一番上座に座っている天海山は小さくうなずく。そしてその小さなうなずきの後、座布団のように敷いていた昇章雲でふわふわとゆっくりと浮き上がる。
「あっ……ありがとうございます、部長」
その無言の退室が京子の提案の承認であることを京子はここへきて一か月の生活の中で理解していた。天海山に深く一礼をし、「さっ」と会議室の襖を開ける。その襖の開いた隙間をゆっくりと昇章雲で通過し、天海山は会議室を退室した。
「……まっ、部長が良いってんなら俺は文句ねぇし、頑張れよ日下」
「良かったですね。日下さん!」
「は、はい! ありがとうございます」
「うむ。残された時間は少ないわけではあるが、ぜひ頑張ってくれ日下君。君ならきっとできるはずだ。期待しているからな」
「はい、頑張ります!」
「まっ、せいぜい頑張りなさい。でも、あたしの大事な妹をあんまり危険な目に合わせるようなことはしないで頂戴。いいわね?」
「ぐっ……わ、分かってるってば……」
いまだに京子に自分の妹であるそしらを取られたことを根に持っている様子の空谷。そんな意地の悪い空谷の言葉に対し、京子は自分でも何故だかは分からない咄嗟に出たため口で答えた。




