第60話 ハイテンション京鬼
『ガシッ!! 』
京鬼はいきなり鬼渡の右腕をぎゅっと力強く自身の身体に引き寄せる。
「お、おいっ!! あんまりくっ付くなって」
「おっ? 何でっさね? 」
会うなりいきなりくっついてくる京鬼を離し、鬼渡は和菓子屋へ入る。
「饅頭20個ください」
「はい、まいど~~」
鬼渡が朝食がわりに饅頭20個を買っていると京鬼が和菓子の並ぶガラスケースを何やら眺めながら自分の服を気にしていた。
「ん? 何やってんだ? 」
「ねぇねぇ、烈火ぁ」
「あ? 何だよ……」
「あたいのこの格好ってこの和菓子にそっくりさね。。」
「あ~~、確かに。似てるよな。課長のその服……桜餅に」
京鬼に聞かれた問いに対し、鬼渡は何の配慮もなく答えた。
「う~~……あたい、この服嫌さね!! 別の服が欲しいさね」
「えっ……ふ、服って……」
「なんかもっとこう……かわいい感じの服が欲しいっさね!! 」
「……わ、分かったよ」(……まぁ、いいか。課長の予定でもショッピングって書いてあるし……)
鬼渡は京鬼と饅頭を分け、食べ終えると章の街にある服屋へ向かった。
♦ ♦ ♦
「ねぇ、烈火~~、この服はどうさね? 」
「あ? ……っておい!! そ、その格好!! 」
「はぇ? 何か変さね? 」
試着室のカーテンを開け、鬼渡の前に現れた京鬼は青いスキニーパンツを穿いていた。が、何故か上には服を着ていなかった。
「何言ってるさね烈火? 何も着てなくないっさね、ほらっ! 」
京鬼はそう言って自身の胸元にある布を指さしている。
「そ……それは下着っていうんだよ! いいから早く服着ろ!! 」
「へぇ、知らなかったさね。……それにしても烈火、すごく顔が赤いさね? 赤餓鬼みたいで面白いっさね!! 」
「い、いいから服着ろ!! 」
今は京鬼であっても身体は京子の身体。特に興味もなかったが、上司の身体を本人が知らない間に見てしまうのもなんとなく気がひける。鬼渡は京鬼に上着を着るように促した。
(み……見てない。俺は見たかったわけじゃないし。ってか、もしかしてこれ課長に見られたんじゃ? いや、大丈夫か……寝るって言ってたし……)
鬼渡は視線を試着室のカーテンを開け上半身下着姿の京鬼から逸らし、京子にこの状況が見られていないかを心配する。
「お? もしかしてこの服っていうのを取ったから烈火は赤くなったさね? なら、この下の服も脱いでみるさね!! んっしょ……と」
目の前の鬼渡の反応を面白がった京鬼は自らが試着している青のスキニーパンツに手をかけ、下ろそうとしている。
「お、おいっ!! 」
鬼渡が視線を逸らしながら右手で必死に制止させようとしているその時、
「お。お客様!! 困ります!! 」
「おわっ……な、何するさね!! 」
服を脱いで下着姿で試着室から鬼渡に歩み寄って来ていた京鬼は餓鬼型の店員によって試着室の中に押し戻された。
「……はぁ~~、助かった。。」
自由すぎる京鬼に振り回され、まだ午前中だというのに鬼渡はしゃがみこんだ。
♦ ♦ ♦
「烈火~~、見てさね見てさね!! これはどうさね? 」
「えっ……あ~~、似合ってる似合ってる」
鬼渡は京子に事前に言われていたように京鬼の服装を褒める。
「……これはどうさね? 」
「こっちは?? 」
「こんなのもあったっさね!! 」
「あたい、これに着替えるさね!! 」
「ん? あ~~、良いんじゃね? 」
結局、服屋で京鬼の服選びに2時間かかった。
♦ ♦ ♦
「ふっふ~~ん♪ たっのしいっさね~~~♪ 」
最終的に京鬼が選んだのは鬼渡が穿いている袴のような服と同じ色のミニスカート、そしてトップスは鬼渡の髪色より少し明るめの紫の服であった。新しい服に身を包み京鬼は鬼渡の3歩先をぴょんぴょんと跳びはねている。
「そりゃ良かったな……えっと、次は……」
次にやって来たのはご飯屋。
「それで京子がいっつも家でしじみになったりカブトムシになったりしてるっさね! この前なんか……」
「ふ~~ん……」
昼食のために入った店で京鬼の会話をデキトーに聞き流しつつ淡々と鬼渡はデートプランを消化してゆく。すべては地獄制圧作戦のため。京子の餓鬼型の所有権はこの京鬼にある。機嫌を損ねないようにしなければならない。
(……ったく、課長があの時にこいつを消しておけばこんなこともしなくて良かっ……)
「あははっ、楽しいっ。楽しいっさね~~♪ 」
「………………」
そんなことを思いかけたが、目の前で無邪気にはしゃいでいる京鬼を見て鬼渡は考えるのをやめて黙々と食事に集中することにした。
♦ ♦ ♦
「うわぁ、すごいさね~~……色んなお店があるっさね~~♪ 」
食事を終え、2人は章の街を散策する。京鬼にとってはこの章の街並みを見ることは初めて。余程嬉しいのか京鬼はぴょんぴょんとはしゃいでいる。
「お前、本当に元気だな。一応餓鬼だったころの課長なのに……課長とは全然性格も違うし」
「お? そうっさね? 」
「ああ、すげーハイテンション。うざいくらいにな。……餓鬼だったころはどんな暮らししてたんだよ? 」
鬼渡が何気なく京鬼に餓鬼道にいた頃の話を聞くとさきほどまであれほど元気に跳ねていた京鬼の足がぴたりと止まった。
「あそこにいた時のことは……あんまり思い出したくないさね……」
「そ、そっか……悪い」
いつも元気な京鬼は急にしおらしくなった。これほどハイテンションな京鬼でも餓鬼界では色々とあったようだ。京鬼の反応に鬼渡もそれ以上は話をやめた。
「さっ!! 次はどこにいくさね、烈火? 」
「んっ、え~~と次は……映画館……か」
京子に渡されたメモを確認し、鬼渡は次の行き先を京鬼に伝えた。
「映画館?? それは楽しいっさね? よしっ、じゃあ早く行くっさね。烈火!! 」
「お、おいっ……引っ張んな!! 」
♦ ♦ ♦
『溢れるくらいの愛を君に』
章で上映されている映画は少し古く懐かしい昭和感のある映画が多い。2人もそんな昔懐かしい映画館で映画を見る。
『じ~~~~……ちらっ。じ~~~~………ちらっ! 』
(……っち。…………うぜぇな。。)
鬼渡の顔をちらちらと見つめる京鬼。顔をもろに鬼渡に向けてくるのでその視線が丸わかりである。
京鬼は京子の餓鬼であった頃の前世であるが、その性格は京子以上に分かりやすい。欲望むき出しの、狡猾な恋の駆け引きなど京鬼にはない。好きになった相手にはひたすらに猪突猛進。まだ恋というものを知ったばかりの初々しい少女のような動作をする。
『……ちらっ………ちらっ…………ちらっ』
(……あ~~、つまんねぇ……隣の視線もうぜぇ……)
京鬼の視線にうざさを感じながら鬼渡は2時間もの上映時間をただただ思考を停止させて過ごすのだった。




