第6話 エリート集団天国課!!
階段を上り終え、しばらく歩いた後、大きな応接間のような広くてきれいな部屋に案内された。中に入るとそこには1人の男が立っていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息絶え絶えの京子。手を両ひざに置きながら視線を上に向ける。
「さぁ、この方が日下さんの上司であり、天空省を統括する天海山 籐林部長です」
「はぁ………はぁ………はぁ。。」
その人物は天空省の統括部長であるという。
雪宮は京子に統括部長である天海山を紹介してくれたが、京子は8100段を休みなく上がって来たため息絶え絶えの状況で膝に手を付き、顔は再び下を向いてしまっていた。その顔を再び上げ、天海山をしっかりと見る。
「はぁ……はぁ……は、初めまして。はぁ、はぁ……じ…地獄課課長に…ふ…赴任…し、はぁ…した……ひ、日下…はぁ……きょ、京子です。はぁ…はぁ…よ、よろしく…お、はぁ……お願いし…はぁ…はぁ…ます」
最悪だ。初対面の挨拶は今後の印象を決める重要な場だというのにこんな息絶え絶えの今にも息絶えそうな姿で膝に手をついて挨拶することになるなんて……雪宮ももう少し間をおいて会わせてくれればいいものを……京子は軽く雪宮の方を見上げた。
「え…何ですか? ふむふむ。そうですか、分かりました」
雪宮を見ると何やら1人で頷いている。雪宮は何やら急に独り言を話し始めた。
「な、何を1人で話してるんですか? 」
突然独り言を話し出した雪宮を不審がる京子。
「何って部長がお話しされて……あっ、日下さんは念が使えないんですね? ……中品下生だから」
「ね、念?? ……今度は一体何の話を……」
上品、中品、下品……の次は念。現や章という聞きなれない2つの言葉だけでも付いて行くのが大変なのにこの世界はもう何がなんだか分からない。
「いいですか、日下さん? 」
「ちょっと待って!! その言葉は雪宮さんの言葉? それとも部長の? 」
「これはあたしの言葉です。いいですか日下さん。先ほど章にはランクがあって全部で9つに区分されているということは説明しましたよね? 」
「は……はい。。」
「その中でもランクが上がると出来ることが増えていくんです。まず中品下生……これが六道からここ章に来るための最低ランクです」
さりげなく京子がここの最低ランクであることを再認識させる雪宮。
「は、はい。。」
「その後、中品中生…つまり5番目まで来ると念と呼ばれるものが使えるようになるんです」
「ね……念。。」
「念を使えるようになれば、相手の心に中を読むことが出来るのです」
”怖~~~!! 何を言ってんのこの人” 京子は心の中で思った。
「今、『怖~~!! 何言ってんのこの人』って思いましたね? 」
「ぎくっ!! 」
雪宮は今まさに京子が心に思ったことを言い当てた。
「だめですよ? 中品下生ランクの状態だと中品中生以上のランクからは心も読まれちゃうんですから。部長が日下さんを他の部署に案内してくれるみたいです」
どうやら部長が他の課の課長へのあいさつ回りについてきてくれることになった。もちろん雪宮も同行する。雪宮がいなければ天海山との意思疎通が不可能となるからだ。一向に口で話してくれない部長の言葉を拾う手立てのない京子にとっては渡りに船であった。
(でも、部長も意地悪するなぁ……。あたしが念を使えないことが分かったんなら口で話してよね。まったく)
「そんなことを思ってる暇があるんなら早く中品中生にランクをあげなさいっておっしゃってます」
「はうっ!! 」
早速心の声を読まれる京子。とりあえず一刻も早く品位を上げる努力が必要のようだ。
♦ ♦ ♦
部屋を出て同じ階の廊下を少しばかり歩くと部屋が見えて来た。そこにはこう書かれていた。
”天国課”
「て、天国課?? 」
「はいっ、ここは死者が調査省の調査によって天国に行くことが決定された次の転生までの暮らしを楽しく滞りなくするために業務を行っている課です」
「ふ~~ん……」
天海山と雪宮の後に続き、天国課の部屋の中に入って京子は驚いた。その部屋は先ほど自分がいた地下の部屋とは大きくことなっていた。床は真っ白で机や天井も白を基調とした作りになっている。さらに視線の先には、
「この桃が良いんじゃない? 現でも人気らしいし」
「え~~、でも、予算もいっぱいあるんだしこっちの福島産の桃にしようよ~~。今年は福島の桃は豊作でこっちの方が天国の皆さんも喜ぶんじゃない? 」
「こちらの秋の春季限定の和菓子の提供に関してですが……」
部屋をぐるっと見渡すといかにも仕事が出来そうないわゆるイケてるお兄さん、お姉さんのような人? たちがオシャレな机やイスで桃を食べたり、テレビのようなモニターでプレゼンテーションらしきことをしている。
「な……何これ?? これが…て、天国課?? 」
「はいっ、ここでは天国で植える桃の木や天国に滞在している方々ように提供する春夏秋冬の和菓子なんかの新メニューを考えたりするのが主な業務なんだそうですよ」
京子がキラキラなお兄さん、お姉さんに見とれていると雪宮が天海山の念を代弁してくれていた。
(た……楽しそう~~…あたしもあんなイケてる人たちと一緒にキラキラしたお仕事をしてみたいなぁ……)
「ささっ、早速天国課課長に挨拶しちゃいましょう!! 」
キラキラしているその状況に見とれていると雪宮が京子の手をとって部屋の中央付近に引っ張っていく。その先には部長と白い着物を来た女が立っている。
……と言ってもどこか丈の短いそれは着物とはどこか違うような……スカートのような格好だった。
♦ ♦ ♦
先ほどまで部屋のあちこちに分散していた人物たちが天海山の存在に気がついたようで、その場の作業を止め皆が京子の方へ視線を向けていた。
「え~、皆さんこちら新しく赴任してきた地獄課課長の日下京子さんです。日下さんは現から来たばかりの章初心者なのて色々と何か困っているようなことがあったら助けてあげてください」
と部長の言葉を代弁して話す雪宮。
「ひ…日下京子です。ほ、本日よりじ、地獄課の課長になりました。よ、よろしくお願いいたします」
先ほどまでバリバリと仕事をしていたお兄さん、お姉さんたちが見つめる中、京子は挨拶をした。
「現から? 」
「まぁ、地獄課の課長ならその程度でもいいんじゃない……くすくす」
「よっぽと人材がいないのね……」
「まぁ、給徳泥棒の地獄課だろ…前の課長だって」
何やら周囲がざわつき始めた。京子が現から来たばかりのことを稀有な眼差しで見ているようだった。その視線はどこかさげすんで人をみるような見下しているような眼差しだった。
(あっ……ううっ……)
京子が周囲から向けられる視線と囁き声に委縮して下を向いていると、
「あなた達、静かにしなさい!! 地獄課の課長に失礼でしょ!! だいたいあなた達だってランクで言ったら中品上生なんだから、中品であることは変わらないでしょ!! 」
周囲を一喝する声が響いた。ふと視線を横に向けるとそれはさきほど部長の横に立っていた女だった。周囲を見渡すように大きく目を見開いている。髪は綺麗な金髪。それと……先ほどまでは緊張で気が付かなかったが女の背中から白い翼に見えるものが付いていることが見てとれた。
(……あれは……もしかして羽?? ん? ……それにここの人たちのランクが中品上生って? あたしは中品下生……)
そんなことを心の中で考えていると、その羽らしきものが生えた女は京子ににっこりとほほ笑み、話しかける。
「部下たちがごめんなさいね。悪気はないのよ。あたしはここ天国課の課長の空谷そみれよ、よろしくね。日下さん」
「い、いえ……こちらこそ、あ……ありがとうございます……助かりました」
そみら……変わった名前だ。だが、そんなことはどうでもよかった。この女…空谷課長のおかげで先ほどまでの周囲のささやきや蔑視のような視線はたちまち消えていたのだから。
流石は天国課の課長だ。きっとよほどしっかりとした人格者なのだろう。
「天空省の課長同士。これからよろしくね、日下さん」
そう言うとその人格者は京子の前に手を差し出してきた。
「こ……こちらこそよろしくお願いします!! 」
良かった。早速雰囲気の良さそうな課長でここで働いていける自信が付いた。そう思った次の瞬間、空谷は言葉を続けた。
「まぁ、現から来たばっかりでたいした徳も積んでないような中品下生なあなたが仮にも六道の一角を担う地獄課の課長なのは……納得できないけど。せいぜい頑張りなさい。まぁ、あたしのようにあなたと同い歳で六道の最上である天国課の課長にはどう逆立ちしたってなれっこないでしょうけど……仲良くしてあげるわ……お~ほっほっほっほ!! 」
励ましてくれたと思ったのも一瞬。天国課の課長だというその金髪の女は日下を見下すような目つきでにやにやとほほ笑んで来た。
「あわわわっ、な…何であたしのランクを……もしかして心を読まれた!? 」
その瞬間周囲のざわつきが再び始まった。
「えっ…あの課長って…中品下生なの? 」
「うわ~~、あんなのが課長になるから優秀な俺たちが頑張ってもうまく輪廻が回っていかねぇんだな」
「これだからお荷物地獄課は……」
あちこちでひそひそと囁き声が聞こえて来た。
雪宮が先ほど言っていた話の通りなら本来は中品中生なら使える念を使用すれば中品上生以上のランクである職員たちとの意思疎通が可能であるが、あえてそうしなかったのは京子へあえて聞こえるようにするためであろう。
そして、何よりの元凶はこの女。親切そうに見えたがやはり周囲の者と違わぬほどの性悪だ。人のランクを大発表され赴任早々に大恥である。
『いらっ』とした。
「な、なんじゃと!? 」
京子は空谷のあまりの無礼に即座に空谷につかみかかろうとしたが、雪宮に止められた。
「まぁまぁ、日下さん赴任早々問題起こすのはまずいですって。ささっ、次に行きましょう。次は人間課ですよ」
雪宮に制止されなかったらもう少しで手が出るところだった。自分がバカにされたこともさることながら地平がバカにされたことにも頭に来た。
まだ収まらぬ怒りを抱えながら意地の悪そうな薄ら笑いをこちらに向けてくる空谷と周囲の視線に突き刺されながら雪宮と共に階段を下りていくのであった。