第58話 楽しい上司
「飲むぞぉ~~~!!! 鬼渡っ、そしら~~~!! きゃはははは!! んっ? どうした? 2人ともぉ……ほ~~ら、もっと飲んで飲んで……きょ~~ぁ、あたしの驕りだぞぉ……ひっく……」
(うわぁ……)
(課長……すごく酔っぱらっちゃってるよ…………)
結局、あの本の行方も分からず、上司として良いところも見せられないまま日が落ちた。もはや良いところを見せるのを諦めた京子は鬼渡とそしらと一緒に居酒屋に来た。今日は花まつり。章の祝日である今日は飲酒も可能な日。そのため、居酒屋はとても賑わっていた。京子たちも外に用意された机と椅子で飲み食いをしている。京子は普段から酒は飲まなかったが、日々の仕事のストレスや今日あった恥ずかしい出来事を忘れるかのようにビールを2杯飲み、すでに酔っぱらっていた。
「お? どうひた? 2人とも……2人はおしゃけはろまらいろ? ……なら、いっぱいご飯をたべなしゃい! ……ふふっ、あはは!! 今日はあたひの驕りらからえんりょしらいでいいぞぉ……」
「……はい」
「あ、ありがとう…………課長」
京子はすでに呂律が回らない程に酔っていたが、章の居酒屋は先払い制。そのため、先ほど飲み物や食べ物が運ばれてきた時にすでに徳を使って支払いは済んでいた。
「……でも、あたひはうれひいぞ~~。こんなあたひのいるじごふかにきへくれて……ねぇ、そしらひゃん! 」
「あっ……うん…………」
酔っぱらった京子はそしらの頭をポンポンと撫でようとした。が、先ほどの出来事があるそしらはその手をかわし、机の上に並んだ料理を黙々と食べる。
「う~~ん……よけなくたっていいじゃ~~ん……ひっ! あたひはそひらちゃんと仲良くなりたいぞ? せっかく地獄課にはいっれくれた1人のしんりんなんらから。んっ? ……ところでそひらちゃんは好きら人とかはいうのかな? 」
「えっ……。い……いないけど。。」
「課長……そういうのやめてください……嫌がってるじゃないっすか」
「ら~ひ言ってんろ、鬼渡ぃ。あたひはそしらちゃんとなかよくなひた……いっ、いたたた!! い、痛っ」
酔っ払いの京子の対応に困っているそしらを見かねた鬼渡は京子にやんわり注意した。が、それでもしつこくそしらの頭を撫でようとしていた京子の腕をねじり上げた。先ほど京鬼がそしらに対してしたように。
「下品な行為はしないでください。ここは章、現よりも上位の世界なんすから。そう言うのダメだって現で学んでこなかったんすか? 」
「いだたたたっ!! ……もう~~いたいなぁ……やめへよう、鬼っちぃ。嫌がっへないって。恋バナくりゃいおんら同士らしぶかとのこみゅにけーひょんのうひらって……ねぇ、そひらちゃん。……へへっ……ふへへっ……いっ、いだたたたた!! おれるっ、おえちゃう~~~~!! 」
あまりにもしつこく下品な行為を繰り返す京子の両腕を鬼渡は後ろに回し、そして強くねじり上げた。
♦ ♦ ♦
「もう~~、課長しっかり! ……はぁ、何であたしが家まで送らなきゃいけないわけ? はぁ、やだなぁ…………大丈夫かな。意識を失ってあの京鬼って餓鬼が出てきたりしないよね? 」
「あっ、あううぅ~~……」
結局、すっかり酔っぱらってしまった京子は自力で家に帰れる状態ではなくなった。そんな京子を送り届ける役目を鬼渡は同性のそしらに押し付け、さっさと帰ってしまった。そしらの肩をかり、ふらつきながら京子は何とか意識を保ちながら自宅の前までたどり着いた。そしらは京子は意識を失った時に図書館で腕をねじってきた京鬼という餓鬼が出てこないかびくびくしながら京子を自宅へ送っている。
「…………こ、こ。。」
「ここ? ちょっと待ってて……あった」
そしらは京子のはいているワイドパンツのポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。
『がらがらがら…………』
「ほらっ、着いたよ。課長」
「あいがと……そひらちゃん…………ひっ! 」
(はぁ……全く。何でこんなのが課長な訳? 最初はなんか面白そうだなって思って地獄課に来ちゃったけど……なんかやっぱり天国課の方が良かったか…………も。って……なに…………こ、これ)
「こ、こんな所で課長って暮らしてたの!? す、すごい……何もない」
そしらが見た京子の部屋。そこには何もなかった。テーブルも、家具も、布団も。生活に必要な物が全然なかった。そしらは京子の靴を脱がせ、自分も靴を脱いで部屋に上がり、京子を畳の上に寝転がせた。
「ありがとうそしら。もう大丈夫だから……帰って良いよ」
「えっ……でも」
「らいじょうぶ、だいりょうぶ……いいから帰んな……明日も仕事、あるん……だし、あたひも目覚ましかけてちゃんと出勤すうから……明日からまたがんばろうね」
「ねぇ…………課長」
「うん? ……らに? 」
「何でこの部屋……何にもないの」
そしらは尋ねた。この部屋の理由を。今日は花まつりで京子に桜餅をご馳走になった。先ほどの居酒屋でも京子にご馳走になった。徳がないはずはない。なのに何故この部屋には家具などが何もないのか。そしらは自分がいるこの部屋の現状が理解できなかった。
「あ~~、餓鬼に和菓子……かってて……今月も買わなくちゃだからあんまり余裕なくっへ……へへっ」
「えっ、餓鬼って……あの餓鬼道にいる餓鬼!? な、何でそんなこと……」
「……だって、あたひがそうしたいから……。あたしがいた今の日本はねぇ。悪い奴らがいっぱひいてもぉ裁けないようら場所だから……だかりゃここに来た時にきめたんだぁ……あたひが閻魔になってがんばって裁くんらって。そのためには餓鬼たちにも手伝っへもらわらくっちゃ……。部屋の家具は……そのあとで揃えりぇばいいかりゃ……」
「…………そっか」
♦ ♦ ♦
「……本当に布団も無くて大丈夫? 課長……」
「らいじょうぶ、だいりょうふ……いいから早く帰んなさい? 」
「……じゃあ、おやすみ……課長」
「…………おひゃすみ~~」
『がらがらがら…………ぴしゃ』
京子を送り届け、1人ガス灯の薄明りの中を歩くそしら。周囲にはまだまつりを楽しむ者たちが街を歩いている。
「……すごいな……課長は」
そしらは自分の肩をかりて酔っぱらっている京子を見て地獄課に入ってしまったことを後悔したことを後悔しながら章の街中を歩いてゆく。
「今まで章で色んなことをしてきた……。お姉ちゃんにも章で再会できて、九品のランクもたくさん上がって上品下生までになった。……でも、あたしはどこか目標もなく今日まで章で過ごしてきた気がする」
「章土に行けることもなくあたしはただ自分のために、自分が章土に行けるようにただ頑張って来ただけ……」
「でも、あの人は違うんだ。自分のことよりもまず先に地獄で正しく罪人を裁くためにひたすらに歩いてるんだね。中品下生のランクの前世がカブトムシだった課長……あっ、今は中品中生か……」
「……ふふっ♪ でも、やっぱり楽しいなぁ、あの人は」
「見つけたよ……課長。あたしの好きな人……やっと見つかった」
そしらは祭りを楽しむ者たちが行き交う薄明りの中を歩き家路につく。その姿はどこか昨日までのそしらとは違っている。
それはきっと彼女が長らく現でも章土でもなく、目的もなくこの地に留まっていた想いを変えることができたからであろう。
♦ ♦ ♦
「……おはよぅ。……あ~~、頭いったぁい……」
「あっーーおはようございまーす。昨日はちゃんと帰れましたかー?」
花まつり明けの二日酔いで痛む頭をさすりながら部屋に入って来た京子を鬼渡は心配そう気遣うふりをする。
「ん? あ、そしらが送ってくれたから大丈夫……って。お前……あたしをそしらに押し付けて先に帰ったな?」
出勤してきた京子は昨日の出来事を思い出しながら鬼渡を睨む。
「いや、そんなことないですって」
「……まぁ、いいけど。って、あれ? そしらは?」
京子はふいにそしらの席に目を向ける。
「あれ? ……いない」
しかし、いつもなら席で頬杖をつきながら調査書を調べているそしらがいなかった。
「課長!! おはようございます!!」
「え? うわぁ!? って……あ、そしらじゃん」
突然大きな声であいさつされ、驚く京子。慌てて声のした背後を振り返るとそこにははたきと雑巾を持ったそしらがいた。
「あれ、もしかして掃除してくれてたの?」
「うん! ……あの、課長。あたし、今日からまた頑張るよ!!」
「う、うん……」
そしらは京子に明るく挨拶すると自分の席で罪人調査書の整理を始める。
「ど……どうしたんだろうね、そしら……」
「……さぁ? 知らないっす」
京子は鬼渡に囁きながら席で作業をしているいつもとは明らかに違う姿勢のそしらを見る。
自宅に何もない状態にも関わらず地獄のために頑張っている上司。カブトムシでも下着姿で騒いでも、京鬼という餓鬼になったり、無茶苦茶な上司である。それでも京子のひたむきに頑張る姿をそしらは心から尊敬し、そんな楽しい上司のために頑張って働くことを決意するのであった。
「もう~~、何ぼうっとしてんの? 課長、鬼っち! 早く仕事始めようよ」
「……あ? 」
「あっ……そ、そうだね。は、始めよう始めよう!! よ~~しっ、あたし頑張っちゃうぞぉ! 」
普段と変わらないように見える地獄課の風景。しかし、たしかに変わったいつもの風景。そんないつもの風景を変えた当の本人にはその自覚はないのであろうが。
久しぶりに投稿しました。
一度筆が止まると上手く書けないです。




