第56話 最初の閻魔様
「……ったく、そしらのせいで恥かいちゃったよ……もう」
中品中生にランクアップしたことで心で会話を伝達する『念』が使えるようになった京子はそしらに謗られて思わず図書館でまたしても大きな声で騒いでしまった。
気まずくなった3人は席を3階に移動し、新しく読む本を本棚から選んでいた。
「へぇ~~、3階にはまた色んな本があるんだなぁ……」
3階にはいつも読んでいる仏教の本とは違う類のものが並んでいた。『ヴァイシャーリ旅行記』、『ブッダガヤ旅行記』などの分厚い背表紙の本が本棚に詰まっている。
「……お~~、こんなのもあるんだ……」
京子は3階のある本棚の前で足を止めた。その本棚には80年代の日本がイケイケだったころの雑誌がきれいに整頓されていた。あまりにも綺麗なその本の様子からこうした本がここ章ではあまり読まれていないことが見てとれる。京子は気分転換にその綺麗な本の表紙を見て思う。表紙の男女のファッションはどこか少し古臭い感じはしたが、その楽しそうな表情につられて表紙をめくり、中を見る。
「ふ~~ん、80年代のデートってこんな感じだったんだぁ……」
中には80年代の流行りのデートコースやおすすめスポットなどが書かれていた。そんな本を少し読み、本棚に戻し、再び本を探す。
「……ん? 何、これ? 最初の……閻魔。何だろう? 何かちょっと……あたしに関係ありそうな感じがする。……読んでみよう」
京子は80年代のイケイケな雑誌の中にポツンと場違いにあったその題名に惹かれ読み始める。
▼ ▼ ▼
これは誰もその名の知らぬ者。最初の閻魔の物語である。
最初の閻魔は最初の死者であった。と言ってもただの死者ではない。一番初めに輪廻の輪に疑問をもった死者であった。その頃の章は今のような建物も街もない、ただただ荒れた地に輪廻の輪という大きな縄の輪が存在しているだけであった。
その列には人以外の生き物である虫や魚、その頃の日本にまだいた鬼など、様々な生き物が律義に綺麗な列を作っていたという。最初の閻魔は前に並んでいる者に尋ねた。するとその人物は転生を待つ列であると答えた。誰が言ったということは知らぬが、その人物もまた前の者から聞き、その前に並ぶ者もまたその前の者から聞いたのだという。
しかし、最初の閻魔はその列に疑問を感じた。皆が皆一様に同じ列に並び、その先で再び転生したとしてその先に良いことがあるのだろうか。自分はその先でどんな生き物になるのだろうと。
最初の閻魔が死ぬよりも少し前。その頃の日本にはちょうど仏教というものが伝来してきていた。最初の閻魔はとりわけ仏教というものがどういうものであるかは知らなかった。が、その仏教の開祖に会うことが出来れば日本がもっとよくなるんじゃないかと考えた。
そう思った最初の閻魔は列を作っていた者たちに声をかけ、自身の旅に付いてきてくれる仲間を集めた。
そして日本よりも遥か西方の地にあった極楽浄土にたどり着き、そこで仏教の開祖である釈尊に教えを請うた。そして、その教えを持ち帰った最初の閻魔たちはその転生の輪の周辺に街を作り始めた。
ある程度街の形を作り上げた最初の閻魔たちはすべての生き物たちが幸せになれる方法を思案した。そして、色々と転生の輪をいじくって改良し、転生する生き物を自在に決められるようにした。
そんな今の章の街並みを作り上げていた頃、日本では鬼狩りが始まった。一部の極悪人らによって日本の地から姿を消すことになった。そんな鬼を不憫に思った最初の閻魔は鬼たちを人間を罰する餓鬼として六道の一つとして扱った。
日本の地で天敵のいなくなった、生物の頂点に立つ人間を。驕り、欲深い人間たちを罰するために。
そんな最初の閻魔の行動に対し、死後の人々は大いに反発した。
”何故、人間だけが裁かれるような世界を作るのか”
”人間として死んだお前が、同じ人間に対して何故このような所業をするのか”と
そんな批判的な声に、最初の閻魔はひどく悩んだ。
だが、最初の閻魔はその反対を押し切った。その頃の日本は人間の天敵である鬼がいなくなり、人間の天下であった。そんな日本を支配する人間だからこそ、人間はどの生物よりも優しくあらねばならない。むやみな殺生をせず、他を思う心を育み、己を律する心を育てなくてはならないと。それが出来ない人間であれば、それを罪人として地獄で裁かれなければならない。最初の閻魔はそう考えたのである。
そこから最初の閻魔は共に西方の地へ旅した仲間と共に六の世界を作り上げた。
疲れた五蘊をいやす場である天道
思考し、物事の善悪を判断し、徳を積んでゆく人間道
多種多様な生き物として生存し、生き抜く力を鍛錬する場である畜生道
三毒におかされることなき強靭な心を育むための修行の場である修羅道
欲にまみれず、他の思いやる利他の精神を形成する場である餓鬼道
……そして六つ目、五戒を破った人間を裁く場である地獄道
しかし、地獄は単に罪人を裁く場ではない。己の罪と向き合い、その自らの生前の行いを振り返り、そして理解する。地獄とは『気づき』の場である。
故に、閻魔となる者は並の者ではならない。罪人に時に寄り添い、時に共に悩み、時に厳しく裁き、時に共にその罪に向き合う。最初の閻魔は絶えず罪人と共に罪に向き合った。
そんな最初の閻魔の行動に他の者たちも心を動かされ、次第に最初の閻魔の協力者となっていった。
こうして多くの者の信頼を得た最初の閻魔は、幾多の罪人を地獄で裁き、最終的にすべての生き物が行き着く理想郷、日章国を治める初代日章如来となったのである。
▲ ▲ ▲
「…………え? 何、これ。これって結構すごいこと書いてある本なんじゃない? 日章国ってみんなが目指してる場所だったはず……そこの初代日章……如来? って何か偉そうな人が最初の閻魔だったなんて。ちょっとこの本、2人に見せに行こうっと! 」
京子は手に持っているその最初の閻魔という話が書かれた本を見せることにした。




