表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった  作者: ツーチ
桃次郎討伐編
53/62

第53話 閻魔に憧れた女


 「うっ……うう…………」

 「だ、大丈夫? 課長? 」



 天空省地下11階、出入口の建物内部。あれから上月は天空省の建物内に置かれているバイクを走らせ、三途の川の方へ去って行った。それから2時間ほど経つ。吹姫の到着を待っている間も閻魔の赤服を取りあげられた状態の京子はそしらが持ってきてくれたそしらとお揃いの青の和服に身を包み、座り込んでしまっている。京子の赤服とは少し形の異なる和服。服の裾の先は2つに分かれており、ズボンのような形をしている。

 その間も京子の周囲にはまるで罪人を監視するかのように現査察課の職員たちが取り囲んでいた。鬼渡はそんな職員に囲まれている京子とそしらの様子を遠くから気にかける。




 『ブオォオオオン!! ブロロロロロッ!! 』




 そしてようやく待ち望んだ機械音が戻って来た。機械音がして間もなく、バイクが建屋内に入って来た。運転しているのは上月、そしてその後ろにはもう1人。京子のよく知る白い和服の人物が乗っていた。バイクが停止すると、上月の後ろの人物はすぐさまバイクを降り、京子の元へ駆け寄ってくれた。



 「きょ、京ちゃん!! だ、大丈夫!? 」

 「ふ……吹姫さぁん…………」

 ようやく待ち望んだ吹姫の登場に京子は安堵の表情を浮かべる。その目には涙が溜まっている。そんな様子にも表情一つ変えることなく、バイクから降りたもう1人が近づいて来た。



 「まさか本当に知り合いだったとは。罪人と友達にでもなったのか……吹姫」

 「だ、だから何度も違うって言ったでしょ!? 京ちゃん……じゃない。日下さんは私が裁判所の決定書を確認したんだから間違いなんてないよ!! 」

 吹姫は上月を見上げ、京子をかばう。その発言からしてここに来る間も何度も京子への誤解を解こうとしてくれていたらしい。



 「じゃあ、何で現査察うつつささつ課で保管してた査察調書と裁判所を通してそっちに渡った調書の内容が違うんだ? おかしいだろ……」

 「そ、それは……確かにそうだけど。で、でも裁判所の決定は絶対。それに私が裁判所から受け取った調書には罪だけじゃなくて善行も記載されてた。でも、むすびが手に持ってる日下さんのその調書には善行の記載が全くないじゃん!! 善行の記載欄が白紙なんて普通ないでしょ! だから、その調書がおかしいんじゃないの!? 」

 吹姫は立ち上がり、上月に詰め寄ると至近距離で上月をまくし立てるように言葉を続ける。

 「た……確かに…………そう、かも……」

 繰り広げられる言葉の応酬の内容は理解できなかったが、どうやら上月の持っている調書には自身の善い行いの記載がされていないということは京子にも理解できた。



 (ぜ……善行が全く書かれてないって……被災地に募金したり、ゴミ拾いに参加したりしてたのになぁ……あれは善行として見られてなかったのかなぁ……)

 京子は生前の自身が行った善行と思しき行いを思い出しながら目の前の応酬を眺めていた。



 「だから日下さんは罪人なんかじゃないって!! だからさっさとその赤服を日下さんに返してあげて! 」



 「…………ふんっ。帰るぞ……」

 やがて結論がでたのか、上月は京子を相変わらずの不機嫌そうな顔で見下ろすと京子から取りあげた閻魔も赤服を京子に押し付け、背を向けるとそそくさとその場から去って行った。そんな上月に続くように周囲の職員たちも京子に背を向け、去って行った。



 「あっ、待って!! ……足枷外し忘れてますって、もう~~」




 『……カチャ』

 他の職員たちが去り、最後まで残っていた雷来ルイコは京子の左足首に居座り続ける蛇を取り除く。




 「あっ……ど、どうも」

 「じゃ! お邪魔しました~~……」

 その上月に続くように他の職員たちも京子の周囲から去りだす。閻魔の赤服を上月から押し付けられていた先ほどの雷来らいこは京子に赤服を返すと他の職員たちを小走りで追いつき、そそくさと去って行った。



 「な……何だったの。一体……」

 あまりにも突然に多くのことが起こりすぎて京子はしばらくの間、地獄への入り口付近にそのまま座り込んだままでいた。






 ♦  ♦  ♦





 

 現査察うつつささつ課が去った後、京子は吹姫と2人で先ほどの場に留まっていた。鬼渡とそしらは京子が何も言わずともその場から地獄課の方へと戻って行ってくれた。先ほどまでの騒ぎを見られていた2人の姿が見えなくなり、京子はようやく立ち上がる。



 「あ……ありがとうござました。吹姫さん」

 「ううん、気にしないで。それよりも大丈夫? 怪我とかしてない? 」

 「あっ、はい……大丈夫です」

 京子は自身の身体を見渡す。先ほどまで職員たちが掴んでいた手首にはまだ少し赤みがあったが、それ以外は特段違和感はなかった。



 「ごめんね、あの子は結構頑固だから。私もバイクで連れて来られてる間も何度も説明したんだけど、なかなか納得てくれなくって……」

 「えっ……、ふ、吹姫さんってあの課長と、し、知り合いなの!? 」

 「え? ああ……上月課長、ううん。むすびは私が現にいた時の幼なじみだから」

 「えっ……ええ~~~~!? 」






 ♦  ♦  ♦






 「へぇ~~、まさか2人が幼なじみだったとはねぇ」



 驚いたことに吹姫は上月と幼なじみだという。以前に吹姫から聞いた言葉。

 【 袖振り合うも他生の縁 】

 先ほどの言い合いの際に吹姫と上月の服の袖が何度か触れ合っていたが、まさか本当に2人が知り合い、幼なじみであったという事実に京子は驚いた。



 「そう。むすびは4月から現査察課の課長になったばっかりなんだよね。それまでは調査省の別の課にいたから、引継ぎの調書が上手く整理できてないのかもね。調書って物凄い膨大な量があるから」

 「そ、そうなんだ……」

 調査省。その名の通り現の様子を調査することが目的らしい。



 「でも、あの上月っていう課長……何か吹姫さんの幼なじみのって感じしなかったなぁ。顔もすごい不機嫌そうだったし、いきなり殴るし、あたしの足に変な蛇付けるし、ふ……服も脱がすし。吹姫さんが来てくれなかったらあたし今頃下着姿で地獄に放り込まれるとこだったよ」

 先ほどまでの上月の暴挙を吹姫に不満な顔をして愚痴る。



 「ご、ごめんね! 昔はあんな感じじゃなかったんだけどね……。あんなことがあって、変わっちゃったのかな……」

 「………………」

 そう話す吹姫の表情はとても悲しげに見えた。そんな吹姫の表情を見て、京子は何があったのかを尋ねたい気持ちを胸にしまった。

 



 「それとむすびは閻魔に憧れてたから……」



 「え? 」

 吹姫の口から意外な言葉が出た。




 「え、閻魔に……憧れてる!? あの課長が!? 」

 「うん。結は昔っから正義感が人一倍強くってしょっちゅう『悪い事をしたら閻魔さまが裁いてくれるんだ。悪い奴は皆地獄に落ちるんだ』って言ってたような子だったんだよ」

 「……何となくわかる気がします。。」

 上月は正義感が強い。それは先ほど京子が受けた仕打ちからも伺い知ることが出来た。



 「で、それから私も結もうつつで色々あって死んでここに来て……。で、それから人一倍正義感が強い結はここに来てからも変わらないで自分が閻魔になって罪人たちを裁くんだ~~って民間人として頑張ってお花屋さんで働いてね」

 「お、お花屋さん……」

 あの不機嫌そうな顔で花屋で働いていたという事実を知り、思わず頭の中で想像する京子。まったく花を売るような顔が想像できなかったが、そのまま黙って吹姫の話を聞く。



 「それから結と和菓子屋で働いてた私は2人とも調査省に入って、転生省や天空省とか色んな部署で働いて来たんだ」

 「な、なるほど」

 吹姫が和菓子屋で働いていたことにも驚いたが、それ以上に京子がここへ来て最初にあいさつ回りに同行してくれた吹姫が妙に天空省の職員や事情に詳しかったことに納得がいった。



 「でも、地獄課に配属された時に結は知っちゃったんだよね……地獄の門が閉まってしまっていて罪人たちが正しく裁かれていないってことに……」

 「……………………」

 「だから、結は変わっちゃったのかもね……そんな地獄に絶望して、そんな閻魔に失望して。感情を殺して、淡々と業務を遂行する。だって、頑張っても結局は罪人を裁くことなんてできないんだから」

 「……………………」

 京子は静かに吹姫の話を聞く。地獄の門が閉じられたのが約80年前。結はその地獄の門が閉じた後に地獄課で働いていたのだろう。そして、地獄の実情を知り、失望した。ここに来た時の京子のように。




 「だけど、そんな変わっちゃった今の結でも現査察うつつささつ課の課長になったのはまだ結の中に罪人たちを正しく裁きたいっていう気持ちがあるからなのかも……だから、閻魔としての仕事をサボってる京ちゃんに対して妙につっかかってきたのかもね!! 」

 吹姫は真剣そうな表情から突然ニヤッと笑い、京子をからかうように顔を近づけた。



 「さ、サボってないって! これから地獄を作っていくんだから!! 」

 「ふふっ、ごめんごめん。冗談だよっ。でも、結も京ちゃんときっと同じ気持ちだよ」

 「…………え? 」

 「きっと罪人たちを正しく裁きたいと思ってる」

 「そ、そっか……」

 「まぁ、あんな不機嫌そうな顔してて仲良くはなりにくいけど……あたしの幼なじみをよろしくねっ! じゃ、私は三途の川に戻るから」

 「あっ、はい。ありがとうござました」



 『ブオォオオオン!! ブロロロロロッ!! 』

 吹姫は先ほど上月が運転していたバイクにまたがると建屋から地獄へ走り出し、そのまま三途の川の方向へ去って行った。 







 「そっかぁ……まさか吹姫さんがあの不愛想な課長と幼なじみだったなんて。でも……閻魔に憧れてる、、か」

 京子は嬉しくなった。唐突のやって来て拘束されたが、その想いは同じ。罪人を正しく裁きたいという想いを共有しているということに。



 「ふふっ、意外と悪い人じゃないのかも。よ~~しっ、あの不機嫌顔の上月課長に憧れを持ってもらえるような地獄を作って見せる!! 憧れられる閻魔になって見せるぞ!! えいっ、えいっ、お~~~!! 」

 京子は誰もいなくなった静かな場所で青い和服に身を包み、左手を高く掲げた。

 





 ♦  ♦  ♦ 






 「たっだいまぁ~~……」



 「……あっ」

 「お、おかえり~~……課長……」

 部屋に戻ると先に帰った2人が席でファイルを黙々とめくっていた。が、2人は一瞬だけ京子の方へ視線を向けるとまたそそくさと視線を下に戻す。



 (あれ? 何か2人とも妙によそよそしぃ……あっ……そうだ。……あたし2人に……下着姿……見られたんだった。。)

 京子は先ほど自身がさらしたあられもない姿を思い出す。鬼渡には一瞬見られた程度であったが、そしらにはそこそこ長い間見られた。

 そんな姿を目撃した2人は部屋に戻って来た京子を気にしないようにしているのか、黙々と机で作業を続けている。京子はとぼとぼとゆっくりと2人の横を通り、自分の席に着き、顔を机に押し当てた。室内の全員が誰も言葉を発することなく、ただひらすらに紙がめくれる音だけが部屋に響き渡る。




 「…………はぁ~~」(ううっ、あの課長~~~~、絶対に許さない!! )




 数少ない2人の部下に下着姿までさらされ、上司としての威厳をズタズタにされた京子はあの不機嫌な顔を頭に浮かべ、静かに両手を握りしめた。



 憧れられる閻魔への道のりはまだまだ遠い。


 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ