第51話 日下京子は地獄行き!? 現査察課長の上月結
「もう~~もうっ、もうっ~~~~もう!! 」
「く、苦しいぃぃ……」
「か、課長!! や、やめたげて……」
上品スキルという強力な結界の存在を隠され、鬼渡を揺さぶっている京子。
と、部屋の外から何か音がすることに気がついた。
『カツカツカツカツ……』
『コツコツコツコツっ……』
『さっ……さっ……さっ……』
「……え、な、何? 」
京子は鬼渡を揺さぶっていた両手を離すと地獄課の外から聞こえる音に聞き耳を立てる。その音はだんだんと京子の耳に響いてくる。
『カツカツカツカツ……カッ』
「え……だ、誰? 」
京子が音のする地獄課の入口の方角へ目を向けるとそこには複数の人物が立っていた。その先頭にいるひときわ目立つ女。その女は京子の閻魔の赤服と同じような和服を着ている。その和服の色は派手な黄色の和服。明るさ溢れる黄色の和服であった。が、その和服の色とは対照的な光景が和服の上にはあった。
(うわぁ……何かすごく不機嫌そう……)
その黄色の和服の女は大そうに不機嫌そうな顔をしている。不機嫌であるのか体調が悪いのかは分からないが、とにかくその表情には笑顔もなければ愛想のカケラもない。そんな表情の女は地獄課の入口から京子を見つめている。
不機嫌そうな表情がさらに暗くなるような紫色の髪。髪色自体は鬼渡とそう変わらないが、ああも不機嫌そうな表情であると鬼渡と同じ髪色とは思えぬほどに暗い紫に思える。
(うっ……うわぁ……)
そんな女の視線に京子は思わず入口の集団から目を逸らす。
女はこの世におもしろいことなど何一つないというような半開きの目で京子を見つめながら地獄課に入って来た。
その集団は京子たちがいる課長席の近くまですたすたと止まることもなく近寄って来た。先頭の黄色の和服の女はなおも京子の顔を見続けている。その後ろの集団も皆一様に京子の顔を見ている。黄色の和服の女と同じような明るい服、橙色の和服を身に付けている。
「ね、ねぇ……この人たちってもしかして……」
「あ、ああ……多分、そうだ……一体何の用だ? 」
京子の後ろにいるそしらと鬼渡は京子を見つめるその集団をちらちらと京子の背後から見ながら囁いている。
「あ……あの~~。何か地獄課にご、ご用でしょうか? えっと……天空省の方々ですか? 」
京子は前で自身を見つめる集団と背後の2人の部下の会話から前の集団が少なくとも喜ばしい来客ではないと感じた。とは言え、わざわざこんな地下11階まで大人数でやってきた人たち。まずは丁寧に来訪の要件を聞く。
「……連れてけ」
「はいっ」
「えっ!! ちょ、ちょっと!! な、何!? 何すんの!! 」
が、京子の問いに対し、黄色の和服の女は一言周囲の集団に指示を出し、その言葉が放たれた途端、集団の内の1人が前へ出た。茶色の袴のようなはきものに橙色の上着を着た男。その男は京子の両腕を掴み、上へ高く掲げた。
「か、課長!! 」
「は、はわわわっ……」
あまりにも突然の行動に慌てている背後の鬼渡とそしら。
「い……痛っ……いったいって!! な、何すんの!! 」
「連れて行くの……地獄に」
「じ、地獄? 」
黄色の和服の女は京子に行き先を告げる。
「地獄に連れてくって……ここが地獄ですけど、って痛っ! 痛いって!! 」
地獄にいる京子は目の前の黄色の和服の女が言っていることが理解できなかった。が、そんな最中にも両手を掴んだ男は京子の両腕を背中へ回し、自由を奪っていた。
「な、何するんじゃあ!! ……って、あれいない」
背後に回って両手を拘束している男に気を取られ、視線を前の女に戻すと女が消えていた。
「あれ? …………あっ、カエルだ」
黄色の和服の女の行方を捜し、周囲を見渡すと床に一匹のカエルが見えた。カエルはぴょん、ぴょんと跳ねながら京子へ近づいてくる。その様子を何の考えもなく見つめる京子。だが、冷静に考えればこんな場所にカエルがいようはずない。その思考の停止がアダとなった。
『ポンッ! 』
「うぐっ!!」
京子へ近づいて来たカエルは煙に包まれ、そしてそこから再び先ほどの黄色の和服の女が現れた。女の右こぶしが京子の顎を突き上げる。強烈なアッパーをもろに喰らった。たちまち後ろへよろける。
「か、課長! だ、大丈夫っすか!!」
「う……うわぁ……」
背後にいる鬼渡とそしらは心配そうにその様子を伺っている。が、京子を助けるようなそぶりはしない。
「な……何するんじゃあ!! 」
「言ったでしょ。あんたは地獄行き……日下京子は地獄行き」
黄色の和服の女は殴ったことを謝罪することもなく、表情一つ変えることなく呟く。
「じ、地獄行きって……いきなり人を殴って何言ってんの!? だ、大体なんであたしが地獄行きな訳!? あ、あたしはちゃんと三途の川からここに来て、天空省の地獄課長として閻魔になったんだからね! 」
京子は自由を奪われている両腕の代わりに両足をぱたぱたさせ、前の黄色の和服の女を必死に蹴ろうとする。
「夜咫烏……」
『クエェエエ! カァアア、カァアア!! 』
『バサバサバサバサ!! 』
「えっ、な……何!? 」
黄色の和服の女が呟くと地獄課の室内に大量の黒い物体が飛んで入って来た。
『ガァアア……ガァアア!! 』
「えっ! うわぁあ!! か、カラス!? 」
「うっ……」
「うわぁあ、や、やだやだ! よ、寄らないで!! 」
部屋に入って来たのは大量のカラス。その大量のカラス達に囲まれる京子たち。カラス達は京子たちの周囲を羽ばたくと1匹のカラスを除き、部屋から去って行った。残った1匹のカラスが黄色の和服の女の肩に止まる。その止まっているカラスの足をよく観察すると普通のカラスではありえない物がある。
「あ、足が……3本!? 」
目の前のカラスには足が3本あった。京子はそのカラスをまじまじと見つめる。
「これは夜咫烏。人の罪を看るもの」
「夜咫烏? 」
「その烏は現の人々の罪を看る烏なんすよ」
「えっ……? 」
声のした方を振り返るとその声の主は先ほどから京子の両腕を拘束している男であった。
「あ……あなたは? 」
「あっ、ども! 先ほどから拘束しててすんません。自分は雷来駈って言います。ライライって呼んでくださいっす! で、そっちにいる不愛想な人は現査察課の上月結課長で~す! 」
「え!! か、課長!? この人が!? 」
雷来と名乗る男は向かいの黄色の和服の女を京子に紹介した。その紹介してもらった黄色の和服の女、上月の方に視線を戻すとその上月のたいそうに不機嫌な顔が間近にあった。
左眼を見ると右の眼と色が違っていた。その眼は黄色い瞳に中の瞳孔が細長い茶色という眼。調査省の吹姫と同じ眼をしている。
「お前……何勝手なことしてる。罪人に自己紹介をするな、私の名前を喋るな……」
「あっ……と、すっすんません……」
上月は京子越しに後ろの雷来の顔を睨んでいる。
「……いいから早く連れ出せ。お前らも手伝え」
「は、はい!! 」
上月の不機嫌な目つきに促され上月の後ろにいた人々も京子に集まり、あっという間に全身を宙に持ち上げる。
「う、うわぁ!! な、何するんじゃ! は、は~~な~~せ~~~!! へ、変化ぁ!! 」
宙に持ち上げられ、自由の利かなくなった京子は咄嗟にカブトムシへの変化を試みた。が……
「あ、あれ……な、何で変化しないの!? 」
身体は一向にカブトムシへ変化しない。と同時に京子は足元の方に違和感を感じた。その違和感の方へ目を向けると、そこにあったのは
「えっ……あ、足枷? 」
視線の先の左の足首に足枷のようなものが見えた。
「それは蛇牢。それがあったら変化はもう出来ない……おいっ、雷来、早く連れ出せ……」
「は、はいっ」
上月に命じられた雷来と周囲の人物達は京子の四肢を拘束したまま地獄課を出ようと歩み出す。
「あっ!! ちょ、ちょっと待って!! お、鬼渡~~た、助けてくれぃ!! 」
京子は宙に浮いた状態で顔を鬼渡に向け、助けを懇願する。
「いや……すんません」
だが、京子の必死の懇願に視線を背ける鬼渡。
「な、何でぇ!! 」
「あ、あたしも現査察課には逆らうなってお姉ちゃんからも聞いてたし……それに現査察課に逆らったらあたし達も捕まっちゃうから……ごめんね、課長……」
そしらも鬼渡同様に拘束された京子を見たまま動こうとはしない。
「な、なんでぇ……た、助けてよう」
「調査省の現査察課って課長のいた現で言うと警察みたいなもんなんすよ」
「け……警察? 」
「はい、現の人間の行いを調べてその結果を裁判所に提出してるんすよ。だから、なんていうかその……課長は現から来たばっかりですし、その現査察課が課長が地獄行きって言うんなら……あの……課長が閻魔になったっていうのも間違いだったのかもなぁって……」
鬼渡は京子の顔をしっかりとは見ずに視線をちらちらと外しながら話す。
「おいっ!! 上司の生前の行いを疑うのかお前は~~!! この薄情者、図書館好き、むっつり餓鬼が~~~!!! 」
京子は拘束されている両脚を鬼渡の方角へ必死に方向転換させ、鬼渡に蹴りを入れようとぱたつかせる。
「と、とにかく俺たちには何もできないんすよ!! 現査察課の業務の邪魔したら公務執行妨害になるんすから」
「そ、そんなぁ……そうだ!! お、鬼渡!! 部長……部長を呼んできてくれぇ!! 」
「えっ、部長っすか? ……わ、分かりました!! 」
鬼渡は走って地獄課の部屋を飛び出した。




