第50話 守りは戦の肝心要! 上品スキル、碧迫襖!!
「はぁ…………はぁ…………変!! ……だ、ダメかぁ……」
「もう~~!! 早く変化してよ~~、カブトムシ課長!! 」
「誰~~がカブトムシ課長じゃ!! ……ったく……あぁ、もう!! 」
京子は前方を走るそしらに突っ込みながら後ろを振り返る。
「待てやこらぁ~~~!! 」
「へへ……ふひひっ……」
「ほんとにしつこいなぁ。。」
現在、地下11階。
カブトムシの変化が解け、変化の術が使えないまま京子は地獄の地を走り続けている。京子の前には先ほど奇妙な現象で京子を救ってくれたそしらが走っている。そんな2人に後方からは大量の罪人たちが迫って来ていた。
「こらぁ、鬼っちぃ!!! 早く助けに来んか~~~~い!! 」
京子は走りながら上を見上げ、鬼渡を鬼っち呼ばわりで煽って何とか助けてもらおうとした……が、鬼渡はカブトムシの状態のまま上空でとどまっている。
(くうぅうう……あいつ~~~!! 何で助けに来ない~~!! )
鬼渡は2人を助ける様子もなく、ただただ2人の真上を飛んでいるだけであった。次第に罪人たちとの距離が縮まって来る。
「はぁ……はぁ……ん? あ、あれは……!! 」
必死で後方の罪人たちから逃げていると2人の前方にも影が見えた。それは前方だけではない。よくよく周囲を見渡すと四方八方から影が迫って来る。
「う……うわぁっ!! 」
次第にその影との距離も縮まってゆき、その正体が現れた。罪人である。京子とそしらは後方から迫る罪人たちと周囲から群がって来た罪人たちに取り囲まれる形になった。
(し、しまった!! 囲まれた!? )
京子とそしらはあっという間に罪人たちに周囲を包囲され、逃げ道を失った。京子は咄嗟に上を見上げる。が、相変わらず鬼渡は変化を解くことなく上空で飛んでいる。
(あ、あいつ~~……何してんの!? 早く助けてよぅ。。)
一向に助けに来ようとしない鬼渡。その様子に上を見ていた視線を下に戻し、周囲を見渡す。にたにたとこちらに不気味な笑みを向けてくる罪人。そんな周囲の様子にまったく動じてもいないそしら。いざとなったら自分だけは変化してツバメで優雅に脱出できるという余裕からくる表情であろうか。
「へ……へへっ」
「お、女……女ぁ……女ぁああ!! 」
罪人たちはじりじりと2人に近寄って来る。
「あっ……あううぅ……」
そんな周囲の不気味さに京子はたまらず後退る。が、それは後方の罪人との距離を縮めただけであった。
「うぉおおおおお!! 女だぁあああ!! 」
罪人たちはダムが決壊したかのように一斉に2人に向かって押し寄せてくる。
「う、うわぁ!! も、もうだめじゃあああ~~~!! 」
その光景に絶望した京子は口を両手で覆い、涙目になって叫ぶ。
「よ~~~し!! あたしに任せてよっ、課長!! 」
一方のそしらはツバメになって逃げることもなく、まるでこの状況を待っていたかのように京子の前に立ち、両手を左右に大きく広げた。
「碧迫襖!! 」
「……え!? 」
変化の術も使えず、なす術なく立ち尽くしている京子の前に立つそしらが聞きなれない言葉を叫ぶとまたも周囲に何かが出現した。
「え? 何……これ。…………襖!? 」
「な、なんじゃあ!! こん襖ぁ!! 」
「うぉおおっ……」
京子たちと罪人を隔てるように四方八方に現れたのは襖であった。昔ながらの日本の住居に見られるあの襖である。京子同様に罪人たちはどこからともなく突然目の前に現れた襖に驚きの表情を浮かべている。
しかし、この周囲に現れた襖はどこか半透明……それはまるで氷でできているかのようなとてもとても綺麗な青い襖であった。
(綺麗な襖だなぁ……まるで氷みたいだ。。)
そんな青い襖に見とれていると襖が突然京子から離れだした。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!! 』
「えっ…………ええ!? な、何!? う、動いてる!! 」
襖は轟音を立てながら罪人たちへ向かって動き出した。円状に並んでいた襖は次第にその円を広げてゆき、そして……
『ガシャアアアアアアン!! 』
「ぐぉおおお……」
「い、痛てぇ!! 」
襖は罪人たちに激突すると激しく砕け散った。
「え……えっ……ええ!? 」
周囲に倒れ込んだ罪人たち。その周囲には綺麗な先ほどまで襖であった破片が散っていた。それはそれはとても綺麗な破片である。
「よっしゃあ!! さっ、課長!! 今のうちだよ!! 」
「あっ……う、うん」
先ほど同様に目の前で起きた奇妙な現象に放心している京子の手を取り、そしらは走り出す。目の前で起きた衝撃的な現象に見とれている場合ではなかった。倒れている罪人たちのさらに遠方からも罪人の姿が見えてきていた。
「待てごらぁあああ!! 」
「……もう~~、しつこいなぁ……。碧迫襖!! 碧迫襖ぅ!!」
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!! 』
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!! 』
しぶとく追い回してくる罪人たちに向かってそしらは走りながら先ほど出した襖を再び出現させる。
その綺麗な青い襖は再び罪人たちへ向かって動き出し、そして砕けた。
『ガシャアアアアアン!! 』
「ぐわぁあああ!! 」
(な……何なの、この子? ……さっきの縁側もこの子が出したみたいだし……)
京子は目の前で起こる現象がさも当たり前かのような顔で走るそしらを見ながら安全地帯である天空省の入口へ戻った。
♦ ♦ ♦
地下11階、地獄課。京子はそしらのおかげで何とか罪人たちから逃れて戻って来ることが出来た。
「…………はぁ…………はぁ……はぁ…………」
「大丈夫? 課長?? 」
命からがら逃げ伸び、両手を膝に置き息があがっている京子を心配そうに見つけるそしら。走って来た距離は同じだというのに何故かそしらはピンピンしている。
「……お疲れ様っす」
そんな中腰状態の京子の視界に入った鬼渡。一足先に戻って来ていたのか、地獄課の課長席の近くの椅子に深く腰かけている。先ほど自分が行った薄情な行為に全くうしろめたさを感じていないのか、鬼渡ははっきりと目を見て京子を労ってきた。
そんな様子を見た途端、京子は両手を膝から離し、すたすたと鬼渡の元へ力強く近づく。
『ガッ』
「……なんで助けなかった? 鬼っち♪ 怒んないから言ってごらん? ん? 」
京子は鬼渡の頭を左手で鷲掴みにしてにっこり笑って問いかける。が、微笑みかける顔とはその手には自然と力がこもる。
そんな頭頂部を気にすることなく鬼渡はゆったりと京子を見上げる。
「……誰が鬼っちですか。。 あんな雑魚相手にいつまでも俺を頼らないでください。自立してください。これから地獄の桃次郎を倒すって時にいざという時に俺は助けに行けないかもしれないんすから……」
「うっ……そ、そっか……」
鬼渡の言うことはもっともであった。これから京子がしようとしていることは地獄の改革。そのためには地獄にのさばる桃次郎を始めとする数多くの罪人たちと対峙しなくてはならない。そんな戦いでいつまでも鬼渡におんぶにだっこという訳にはいかない。京子は鬼渡を鷲掴みにしていた左手を離した。
頭頂部の重しがなくなった鬼渡はおもむろに椅子から立ち上がり、京子の隣に立っているそしらを見た。
「それに……見てみたかったんで」
「見てみたかったって何をよ? あたしが嬲られてるところでも見たかったのか? このむっつり餓……」
「いや、全然違います。俺が見たかったのは……上品スキルっす」
「ぐっ。……上品スキル?? 何それ? 」
必要以上に否定されたことに若干イラつきながらも、鬼渡が発した謎の言葉に首をかしげる京子。
「さっきこいつが使ってた変な術のことっすよ……」
「変な術じゃないよ。結界だよ、鬼っち!! 」
「……っち!! 」
「えっ、何? 結界ってどういうこと? 」
京子は自然と鬼渡の腕をぐっと掴み、そしらへの接近を阻止する。
「さっき課長が腰かけてた縁側とか、綺麗な氷の襖のことっすよ……」
「あっ、やっぱりあれって氷だったんだ。って!! あれって結界だったの!? 」
鬼渡の説明で先ほどの綺麗な襖の正体が氷だと分かり妙に納得する京子。しかし、それらの正体が結界であるという事実に驚愕する。
「あれは上品スキル。九品のランクの中で上品の者が使える結界なんすよ」
「じょ……上品スキル。そ、そんなものがあるんだ……」
全くもって聞いたこともない言葉。2人はそんな結界を2つも出した本人の顔を見る。
「そうだよぉ、すごいっしょ!! その名も緑断側と碧迫襖ぅ」
「りょ、りょくだんそく……へ、へきひゃくおう……へ、へぇ」
そしらが元気よく発した聞きなれない言葉をゆっくりと繰り返す。そしらのランクは上品下生。上品ランクであるそしらにはあのような奇妙な術が使えるということらしい。
「でもさぁ、あれが結界って……ふふっ、ちょっと面白いね」
京子は自身が知っている結界のイメージとはかけ離れていた先ほどの結界を思い出して笑った。しかし、そんな京子の様子を鬼渡とそしらは不思議そうな顔で見つめていた。
「えっ……そんなに面白いっすか? 」
「えっ……。面白くない? 何かヘンテコな結界で、あんな縁側とか襖が結界って言われてもねぇ。。結界ってなんかさ、こう……水晶みたいなのがバァン! って出てくるイメージなんだけど……」
京子は2人に身振り手振りで自身のイメージする結界を説明する。
「マンガやアニメの見すぎなんじゃないの課長は。結界っていうのは本来はああいうものなんだよ? 」
「……え? 」
そんな言葉をかけられ、京子は必死にしていたジェスチャーを止める。
「そうっすよ。結界って言うのは元々は仏教用語なんすから」
「えっ……そうなの? 」
「そうそう。結界って言うのは『俗』の領域から『聖』の領域を守るためのものなんだよ? さっきの襖とか、縁側が日常にある結界なんだから。課長はマンガばっかり読んでるからそんな水晶みたいな結界をイメージしてんじゃない? もっとさぁ、仏教の本とか読んだ方がいいよ。中品下生なんだし……」
「ぐっ……」
相変わらず容赦なく謗ってくるそしらの言葉に顔をしかめる京子。……が、先ほどの上品スキルという不思議な技は詳しく聞きたい。
「そ……そぉかも~~!! あたし結界とか仏教のこととか全っ然分かってないみたい~~。……良かったらもっと詳しく教えてくれる? 」
「うん、良いよぉ」
京子はそしらに結界のことをもっと詳しく説明してもらうために愛嬌良くお願いした。
♦ ♦ ♦
「へぇ……なるほどねぇ。つまり上品のランクになると結界っていうさっきみたいな技? が使えるようになるのね……」
「うん、そうだよ? 結界は全部で7種類。紫風簾、碧迫襖、緑断側、狼水立、守黄子、橙輝篭、真朱灯。あたしが使えるのは紫風簾、碧迫襖、緑断側の3つだけだけどね」
3人の中で唯一の上品ランクであるそしらは上品スキルの結界について詳しかった。鬼渡も上品スキルの存在は知っていたようであるが、その詳細な種類までは詳しくないのか、京子と同じくそしらの話を聞いていた。
「へぇ~~、すごい……。ねっ、すごいね!! 鬼渡! 」
「そうっすね」
そしらから結果というスキルを聞いた京子は笑顔で鬼渡の顔を見る。が、その目は全く笑っていない。
「……何でこんなすごい物を知ってたのにあたしに教えなかった? ん? 怒らないから言ってごらん? 鬼っち♪ 」
そんな京子からの問いかけに鬼渡は気まずそうに口を開き、言葉をぽつりぽつりと出す。
「いや、その……まぁ、課長が上品になって結界が使えるようになるのを待ってたら、何年……いや、何十年かかるか分かりませんから……いや……そもそも一生来ないかもしれないんで。その……教える必要もないかと……基本は守るための術ですし……桃次郎と戦うのには別になくても…………いい術ですし……」
「ふ~~ん……なるほどのぉ。つまり、あたしを丸腰で戦わせようとしてたんじゃな? こんなすごいスキルがあるのを隠して……」
次第に空気が重苦しくなってゆく。
「ま、まぁ俺も使えないですし……こ……攻撃こそが最大の防御って言うじゃないっすか!! 」
鬼渡は京子が上品になることなど期待していなかった。故にそんな情報は教えていなかったのである。が、思いもよらぬ形で上品スキルの存在がバレ、何とかこの状況を脱しようと鬼渡はあまり見せない笑顔でもっともらしい言葉を京子にかける。
しかし、そんな珍しい笑顔に京子は目もくれずにキレた。
「こんなにすごいスキルがあるんなら先に言え~~~!! そしたらもっと一生懸命仏教の本とか読んだのに~~もう~~~~!! 」
いつものように鬼渡の身体をグワングワンと前後に激しく揺さぶる京子。
「く、苦しいぃぃ……」
「わっ、ちょ、ちょっと課長!! 鬼っちが苦しそうだよ!! や、やめてあげて……」
可愛い容姿に上品スキル。おまけに前世はツバメやイルカという愛され生物だったそしら。そんなそしらの制止も無視し、京子は部下を揺さぶる下品な行為に終始した。
前世というものはもはや変え難い要素である。だが、上品スキルに関しては精進し、九品のランクを上げることによって変え得る要素である。
頑張れ京子、めげるな京子。守りの結界、上品スキルを手に入れるその日まで精進あるのみである。




