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死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった  作者: ツーチ
桃次郎討伐編
41/62

第41話 京鬼の欲望をはねのけろっ!!


 3月23日、本日は休日である。

 ……が、京子はまったく休めていなかった。



 「うっ……ううっ……い、いったぁ……」

 京子は顔の両頬をさする。昨日からの記憶は途切れ途切れではあるが、京子は両手で頬をさすりながらゆっくりと思い出していた。

 (……はぁ、昨日の夜は最悪な1日だったなぁ……結局、鬼渡のせいでまったく眠れなかった……)

 現在、京子がいるのは鬼渡の家。結局昨日は自宅に帰ることなく、鬼渡の家に泊まった。




 『ガチャっ……コトっ』

 左から音が聞こえる。音の方向につぶっている目を向ける。 

 



 「ほらっ、課長……朝食出来ましたよ。いつまでも寝っころがってないで起きてください」

 音の正体は鬼渡であった。鬼渡はうつ伏せで布団に寝転んでいる京子を足でつついてくる。足でつつかれた京子は上半身を布団から起こし、鬼渡の方を見る。




 「だって、ねむいんだもん。き、昨日だって鬼渡が……は、激しくするから……あ、あたし……一睡もできてないんだからねっ!! 」

 京子は赤く腫れている両頬に空気を入れて膨らませる。目元にはうっすらとクマが出来ていた。




 「あの……妙な言い方しないでください。だいたい、課長がいけないんでしょ、あの餓鬼の欲を抑えられないで腹減ったとか眠いとか騒ぐから……。おかげで俺も課長の身体が餓鬼にとられないように一晩中頬をひっぱたいたり、鈴を鳴らしたりで寝てないんすから……そうやってそのまま寝たら身体乗っ取られて永遠の眠りにつくことになるかもしれないっすよ……本当に」



 「うっ……わ、分かったよ……」

 あれから京子の身体は何度も京鬼にとられ、鬼渡は一晩中その対応にあたっていた。京子を正気に戻すために頬をひっぱたき、それによって正気に戻った京子に頬をひっぱたかれの繰り返し……そのため2人の頬は互いに赤く腫れていた。





 『……どきどきっ……どきどきっ』




 (あれ……? な、なんだろう? 鬼渡を見てたら……急に胸がっ……く、苦しい……)

 胸に違和感を覚えた京子は慌てて音のする左胸に視線を下ろす。





 『どきどきっ……どき……どき……。。』




 (……ん? 収まった? )

 「何やってんすか? 課長……早く起き上がってくださいよ」

 「えっ……あ、うん……」

 京子は眠りたい欲望に抗いながらゆっくりと身体を起こし、鬼渡が用意してくれた朝食が置かれているテーブルの前に座る。

 鬼渡が用意してくれたのはご飯に納豆、卵焼き、みそ汁といった日本のありふれた朝食であった。





 ♦  ♦  ♦





 「いってらっしゃ~~い」

 「……いってらっしゃい」

 いつものように現へと旅立つ生き物に感謝して、朝食を食べ始める。 



 「……なんか……少ないね」

 食べながら京子は思った。普段なら食べていけば徐々に空腹が満たされていくが、今の身体ではその実感がまったくない。

 「文句言わないでください。あんまたくさん食うとまた餓鬼に身体をとられますから」



 「うっ……ううっ……」(食べても食べてもお腹がいっぱいにならないことがこんなに苦しいなんて……餓鬼はいつもこんな気持ちなのかな……)

 一向に満たされない腹にささやかな朝食をかきこんでゆく。





 『……どきどきっ……どきどきっ』






 (あれ……? ま、まただ…… また、鬼渡を見てたら……胸がっ……く、苦しい……)

 先ほどと同様に京子の胸の心音が激しく鼓動する。慌てて鬼渡を見ていた視線を朝食の卵焼きに向ける。






 『どきどきっ……どき……どき……。。』





 (……ん。 ……収まった? )

 「何やってんすか? 課長……早く食べちゃってくださいよ」

 「えっ……あ、うん……」

 胸に違和感を感じながらも残りの食事を平らげた。






 ♦  ♦  ♦






 「ねぇ、鬼渡~~~……」

 「ん~~、何すか?? 」

 朝食を食べ終えた後、鬼渡は食器を洗っていた。一方の京子は湧き上がってくる空腹と眠気を抑えるのに精いっぱいで何もやる気が起きない。布団をしまわれてしまった室内で畳の目を数えながら鬼渡に話しかける。



 「ご飯食べるのを我慢したりさぁ、寝るのを我慢するのってさぁ……いつまでやんなきゃいけないの? 」 

 「ん~~、もちろんあの餓鬼が出て来なくなるまでっすよ~~? 」 

 鬼渡は食器をごしごし洗いながら京子の質問に答える。



 「……でもさぁ、なんか京鬼に身体をとられる時間が増えてきてる気がするんだけど……。特に鬼渡の家に来てから……自分の家にいた時はお腹すいたり、眠かったりはしたけど1回も出てこなかったんだよ? 」

 畳の目を数えていた視線を向ける。食器を洗っている鬼渡の後ろ姿が見える。

 「いや、何で俺のせいなんすか……。課長が餓鬼の欲望を我慢できてないからっすよ。さっきまで寝転んでたり、飯が少ないとか文句言ったり……って、何やってんすか、課長」




 洗い物を終えた鬼渡がこちらを振り返り、顔が見えそうになった瞬間、京子は顔を鬼渡からそらし畳に顔を擦り付けた。

 「にゃ……らんでもない……眠いだけ。。」





 ♦  ♦  ♦





 「じゃあ、出かけましょうか? 」

 「え? 出かけるって……どこに? 」

 洗い物を終えた鬼渡が畳にうつぶせに寝転んでいる京子に話しかける。京子は鬼渡の顔を見ないように視線を鬼渡の足元に向けた。


 

 「ずっと家にいても腹減ったり、眠くなるじゃないっすか? だから、図書館に行くんすよ。

 「と……図書館って……今日休みだよ? しかも来週も行く予定じゃん!! 」

 畳から身体を起こすこともなく、鬼渡と会話し続ける。

 「いや、前とは事情が違うんで……行きましょう。仏教の本を読んでれば集中もできるから餓鬼の欲望も抑えられる。それに本を読んでどんどん知識をつければ課長の九品のランクアップにもつながるし、一石二鳥じゃないっすか……という訳で行きましょう……図書館」

 鬼渡は自身の持つ知識の大半を図書館から得ているほどの図書館好きである。淡々と理由を述べて京子を図書館へ連れて行こうとする。 



 「図書館ねぇ……でも、難しい本読むと……あの、また眠くなっちゃうかも……」

 「……はぁ。じゃあ、マンガでもいいっすよ。マンガでも……」

 嫌そうな顔で鬼渡はマンガを読む許可をくれた。京子は眠気一杯の身体を畳から起こす。このまま丸1日なにもしないでだらだらしていたかったが、それでは京鬼の欲望に負けてしまう気がした。





 ♦  ♦  ♦





 『がらがらがら……』




 餓鬼型の姿での外出はこれが初めてという訳ではない。21日も餓鬼型の姿で帰宅したが、外は夜。日の明るい時間帯にこの姿で外にいるのは初めてである。周囲の視線が気になる。



 「……何してるんすか、課長」

 「いや……なんかこの姿を見られるのが……恥ずかしくて……」

 鬼渡と図書館へ行く道の間も京子は必死に両手で頭部の2本の角を隠しながら鬼渡のあとについてゆく。

 「あの、恥ずかしいって……俺も餓鬼型なんすけど。それに大丈夫っすよ、餓鬼型で暮らしてる者は結構いますんで……角に気を取られてないでさっさと歩いてください」




 「あっ……ま、待ってよ!! 」

 そそくさと先を歩く鬼渡のあとを小走りで追いかけてゆく。

 




 ♦  ♦  ♦






 図書館に着くと各々読む本を本棚から持ってきて席に着いた。鬼渡は難しそうな仏教の本を5冊、京子は自身が死んでから発売された新刊のマンガを3冊持ってきた。互いに図書館の向かい合うように席に着き、読書を始める。


 

 ……が、楽しみにしていたはずの目の前のマンガにまったく集中できない。興味の対象は手に持っているマンガのその先……鬼渡の顔がちらちらと視界に入る。





 『……どきどきっ……どきどきっ』





 (んっ、まただ…… な、なんで? さっきもそうだったけど……何であたし鬼渡を見てると……胸がっ……く、苦しい……。な、なに……これ……空腹とか眠気なんかよりも……ずっとずっと……く、苦しい……)

 再び鼓動が激しくなる左胸に視線を下ろす。





 『どきどきっ……どき……どき……どきどきどきどき!! 』






 (……ん!! ま、また……い、意識が…… )

 読んでいたマンガを机の上に置いたまま下を向いて動かなくなった京子。その異変に目の前で仏教の本を読んでいる鬼渡が気がついた。




 「あれ……課長……。ったく、また、目閉じてるとそのまま寝ちゃいますよ? ちゃんと目を開けて読書に集中してくださいよ」

 鬼渡は机に身を乗り出し、向かいの京子の肩を叩いた。 ……が、目を開けたそれはすでに京子ではなかった。

 「あはっ!! 烈っ~~火!! おっ? ここはどこさね?? ねぇねぇ、ここはどこさね~~~!! 」

 「うわっ、か、課長……じゃない。おいっ、静かにしろ!! しっ、し~~~!! 」

 嬉しそうな顔を浮かべて、京子が机の向かい側の鬼渡に顔を近づける。そう、それは京鬼であった。鬼渡は慌てて京子から預かっていたぱんにゃーの根付を鳴らした。




 『シャンシャンシャンシャンシャンシャン!! 』

 ……が。



 「……ねぇ、何あれ? 」

 「図書館で大きな音で鈴なんか鳴らすんじゃねぇよ……ったく」

 周囲からささやき声が聞こえてくる。 


 

 (ぐっ……ここじゃ鈴を鳴らして課長を正気に戻せねぇ。……かと言って顔をひっぱたくのも別の誤解を招く……仕方ねぇ)

 「帰るぞ……」

 「あっ!! う、うん……分かったさね!! 」

 鬼渡は京鬼になった京子の左腕を掴む。腕を掴まれた京鬼は抵抗することもなく素直に鬼渡に腕を掴まれたまま、そそくさと図書館を後にした。

 その京鬼の胸は先ほど京子が読書中に感じていたよりもさらに速く、そしてより力強く鼓動していた。





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