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死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった  作者: ツーチ
桃次郎討伐編
37/62

第37話 凪ぐだけじゃダメなんだ、荒波立てるよ琴流

 

 3月18日。今日も京子は課長会議のために朝から76階への道を階段で目指している。



 「はぁ……はぁ……」

 本日も息絶え絶えである。76階への階段上りは何回しようが慣れない。



 「はぁ……カブトムシになれば吹き抜けから行けるけど……でもなぁ、途中で変化が解けたらそのまま落ちるしなぁ……」

 畜生課にて飛行可能なカブトムシへの変化を会得した京子であったが、その変化可能時間は約1分。カブトムシの鬼渡がいればもう少しは変化し続けられるだろうが、いずれにしても76階までの道のりには不十分である。


 


 「それにあんな夢も見ちゃったし……」

 京子は昨日悪夢を見た。自身がカブトムシの姿でオスのカブトムシに囲まれ、そして…… 



 「あううっ、思い出しちゃったよ……ううっ、気持ち悪い。。」

 自分が見た夢ではあるが、その夢がどうしても許せなかった。不用意にカブトムシになることを繰り返せば、次第に気持ちがカブトムシになってしまう……そんな気がしてならなかった。

 結局、今日も階段をひたすら上がり続けた。






 ♦  ♦  ♦

  





 76階、会議室。今月3回目の会議である。本日も進行役は修羅課の亜修羅である。出席者は餓鬼課長以外の全員。


 いつものように各課の業務内容の報告が続く。


 「えっと、今週の地獄課の業務内容ですが、現在地獄にいる約3000万人の調査書の確認が無事終わりました。ご協力いただきました各課のみなさまへお礼を申し上げます。ありがとうございました。また、同じく私の特別研修にご協力くださりありがとうございました」

 京子は調査書の確認への協力のお礼と自身の特別研修の内容について報告した。





 「え~~、続いての議題だが、先週の転生省との調整の結果、来期の人間道の数を増加させることになった。そのため、人間課の琴流君には現へ送り出す人間の数を増やしてもらいたいんだが、出来そうかね? 」

 「え、えっと……」

 次の議題は人間課に関しての話であった。亜修羅や他の課長の視線が琴流に向けられる。



 「あ、あの……はい、何とか……調整できるように頑張り……ます」

 「うむ、宜しく頼む。では、本日の会議は終了する」





 ♦  ♦  ♦






 「…………はぁ。。」

 会議が終了し、みなが退室する中で琴流は畳に座り込んだまま机に顔を伏せている。


 「あの……大丈夫ですか? 琴流さん」

 気になって声をかけた。最初の会議で気にかけてもらった琴流。その琴流がなにやら悩んでいるように見えた京子は放っておけなかった。



 「あ……日下さん……実は現に送り出せそうな子がなかなか足りなくて……」

 「えっ……そうなんですか? でも、それじゃまずいんじゃ……? 」

 そう、琴流は会議で調整すると言ってしまっていた。その予定が狂うと他の課や転生省とのまた調整をしなくてはならない。



 「あの、琴流さん。よければこの後また人間課にお邪魔したいんですけど……いいですか? 」

 「えっ、あ……はい」

 深刻そうな琴流の顔を見て何か協力してあげなくてはと思った京子はお節介ながら自身の課ではない人間課へ寄り道をした。 





 ♦  ♦  ♦






 琴流に案内されたのは50階の人間課の部屋の奥。そこには崖があった。

 「こ、これは……」

 京子はその崖から下を覗き込む。本来、その下は49階であるがその床は見えない。その崖の下はただ暗く、下がひたすらに見えない相当に高い崖のようであった。



 「実は人間課である程度育てた子たちはここから現に送り出すんですけど、行きたがらない子がいたり、わがままな性格が直らない子たちが多くて……ここからその子たちを送り出していいものか迷ってまして……はぁ……」

 琴流の説明によるとこの崖は現へ人間を送り出すためのものらしい。

 琴流は京子に人間課の現状を説明するとため息をつく。どうやら今人間課で育てている子どもをここから送り出すことに悩んでいるようである。

 つまりは現に送り出す人間が足りていないということが悩みの種であったようだ。琴流は子どもを叱ることがまずない。そんな育て方から生じる人間を想像することは容易である。今のこの状況は必然的であったとも言える。




 「なら、もっとびしっと叱ったらいいんじゃないですか? ダメなものはダメなんだって!! そうやって厳しくするのも必要なんじゃないですか? そうしてないから……その、ほらっ……そんな感じに。。」

 京子は琴流にアドバイスしながら視線を下へ向けた。



 「ねぇ、先生~~~!! 遊んでよぉ!! 」

 「わ~~ん、先生~~!! お菓子とられた~~!! 」

 先生と呼ばれる琴流の下に集まる子どもたち。子どもたちは琴流の足を殴ったり、他の子のお菓子をとったり足りたい放題である。



 

 「でも、それがわ、私の……やり方なんです。よ、余計なこと……い、言わないでください」

 京子の言葉に妙に反応してくる。あいさつ回りの時と同じ、これが自分のやり方なんだと。

 しかし、京子はそれが琴流が本当にしたいことなのか疑問に感じた。京子に話す琴流の顔は視線をそらし、なにか無理をしているような辛そうな表情にみえた。




 「だけど、それで琴流さんは今困ってるじゃないですか!! 自分のやり方って言うけど、それって本当に琴流さんがやりたいことなの!? 」

 「うっ……そ、それは……でも。。」



 「前にあたしに言ってくれたじゃないですか。自分のしたいようにしたらいいんだって!! だったら琴流さんだってそうしたら良いんです。本当はこの子たちをどう育てたいのか。ダメなものはダメなんだって叱ったっていいじゃないですか!! それをしたらいいじゃないですか!! 」

 その間も子どもたちはなおも琴流の足元を叩いたり、お菓子をせがんだり、他の子も叩いたりやりたい放題である。




 「私が……本当にしたいことは……この子たちをちゃんとした人間に育てること。自分勝手なわがままをなおして、感謝や思いやりをもった人間……そんな子たちに……したい」

 「琴流さん……」

 京子の言葉に琴流は自身の本当の気持ちを言葉にした。が、それと同時に京子は琴流の雰囲気が変わった気がした。



 「……先生?? 」

 それは琴流の足元で足を叩いていた子どもたちも同じようであった。




 「…………痛ぇな……」




 「えっ……? 」

 京子は先ほどまで目の前にいたはずの琴流の姿を見た。だが、その姿は琴流とは異なっていた。先ほどまで緑色だった髪色は青色に変わり、京子と同じく開眼していた左眼は普通の目になっていた。その代わりにその右眼は髪と同じ青色の瞳に変わっている。それはそちらの目が開眼していることを示していた。

 そしてその人物は足元で足を叩いていた子どもたちの頭を容赦なく叩いた。



 「えっ……ええ!! 」

 京子は目を疑った。あれほど子どもに甘かった琴流が戸惑いなく子どもを叩いたからである。

 「うわ~~~ん!! 先生が叩いた~~~~!! 」

 琴流に叩かれた子どもたちはたちまち泣きわめく。 



 「あ~~あ~~、うるせぇ!!うるせぇ!! 泣くくらいなら叩くんじゃねぇよったく……悪い事をして叱られんのは当たり前だろ。そんなんじゃ現に行って悪りぃことして最後は地獄行きだぜ? 」

 「えっ……ええ!? 」

 京子は驚いた。荒々しい言葉使い。鋭い目つき。先ほどまでの琴流とは別人のようである。散り散りに逃げてゆく子どもたち。京子がその様子を見つめているとその人物の口が動いた。




 「な……波!! 勝手に私の身体を取らないでよ! わ、私には私の子どもの教育の仕方があるんだから」

 琴流が誰かに対して怒っている。一体誰と話しているのだろうか。

 「はいはいっ……ったく。何が私なりの教育の仕方だよ……いつもこいつらの教育の仕方で悩んでたじゃねぇか。お前がやってんのは甘やかしなんだよ!! あ・ま・や・か・し!! 」

 「うっ……」

 目の前の琴流は1人でなにやらぶつぶつ言っている。



 「ったく、百年以上も俺を心の中に閉じ込めやがって……」

 「だ、だって……」

 なおも琴流は1人ごとを続けている。

 「まぁ、仕方ねぇか。昔あんなことがあって俺とお前の2つに分かれちまったんだしな。これからは俺も人間課の業務に協力してやるよ。お前が出来ない部分、悪い事をしたらしっかり叱る。それは俺が担当してやる。もう、事なかれ主義はいい加減やめろ。分かったな? 」

 「うっ……わ、分かったわよ」

 目の前の琴流は1人ごとを終えると深呼吸をした。



 「あ、あの……琴流さん……」

 1人ごとが止まり、琴流に話をかける。琴流はその呼びかけに気がつき、京子の方を見る。

 「よお、ありがとうな。あんたがこいつの本心を聞いてくれたおかげで久しぶりに外に出てこられたぜ。礼と言っちゃあなんだが、俺も特別研修ってやつをしてやるよ」



 目の前の青髪の琴流は京子に意味の分からないことを言ってきた。

 「えっ……い、いや……いいです。あたし……もう研修……受けたんで。もしかして忘れちゃったんですか……琴流さん」

 京子には琴流の言っていることが理解できなかった。研修はすでに終えた。それは知っているはずなのに、何故また特別研修の話をするのか。



 「そっか……。そうだよな、人間課の特別研修はもう終わった。確かにそうだな」

 「は、はい……」

 「でも、それは凪の研修だろ? 俺はなみ琴流ことながれなみだ。俺はこいつのもう1つの人格なんだよ! ってわけで始めんぞっ研修」



 「えっ…………ええっ~~~~!? 」

 京子は叫んだ。目の前にいるその人物は琴流波。琴流の別人格だというのだから。



 「えっ……えっ……あの……な、波!? って、ええ!? 」

 「そんじゃ、早速始めっか……特別研修。幕末以来の刀……たっぷりと鍛えてやるぜ。。」

 琴流は驚きで固まっている京子にすたすたと近づいてくると右手で京子の腕をぐっと掴み、捕まえた。  



 「じゃ、始めるぞ!! 閻魔の大鎌……とってこい♪ 」

 「ひ、ひえぇえええええ!! 」

 京子によって琴流の中に長い間眠っていた別人格、波が現れた。そして波によって京子は大鎌を使った実戦研修に向かうはめになったのであった。





 海は絶えず生きている。それは凪と波があるからだ。凪だけでは海は淀む。波だけでは海は荒れる。その2つはどちらも海の維持には必要な要素である。

 それは人間にも言えることなのかもしれない。凪だけでは上手く機能していなかった人間課。しかし今は波がいる。凪と波。今、2つの要素がそろった人間課はしっかりと前へ進んでいくことであろう。




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