第34話 それでも餓鬼を救うんだ
3月15日。昨日の14日に続き、連休の2日目である。
「あ~~、眠い~~……」
現在時刻、巳の刻。10時ごろである。一昨日は研修、昨日は図書館。身体が休まらなかった京子はいまだに畳の上から起き上がれない。
枕元……と言っても、枕はまだないが、そこには昨日図書館で鬼渡に強制的に借りさせられた仏教に関する本が5冊積み重なっている。
「う~~ん……か、身体が……でも……読まなくちゃ。。」
京子は眠く、そして痛む身体を本の方向へ向け本を手に取る。
「…………ふふっ、…………あははっ!! 」
本を手にした京子は笑いだす。仏教の本はそれほどに面白いのだろうか。
否、京子が今読んでいるのは別の本、マンガである。実は昨日、仏教の本を5冊読むことを条件に読みたかったマンガも1冊借りることが出来たのである。死んだ日に発売したマンガ。それが何故か章の図書館にはあった。
「ふっ、ふふっ……まさか章の図書館に最新刊があるなんてなぁ……著作権とかどうなってるんだろう? まぁ、面白いからいいや……ふふっ……あははっ!! 」
しかしながら楽しい時間はあっという間に終わり、分厚い本5冊が残された。
「………………仕方ない。。読むか~~……」
京子はマンガを置き、仏教の本の読破に取り掛かる。
慈悲、解脱、無我、無常、……六波羅蜜、八熱地獄、八寒地獄……さまざまな漢字が並ぶ。
「おっ? この八熱地獄と八寒地獄って言うのはあたしが地獄課で読んだ地獄の種類じゃん……あれ? でも、なんか名前が違う……トウカツ地獄、シュゴウ地獄? ふ~~ん、八寒地獄の方はアタタ地獄、カカバ地獄に……ココバ地獄。名前の由来は……全部寒さにより出る声から付いた……なんか八寒地獄の方は適当な感じだなぁ……」
時間の進みがゆっくりに感じる。現在、午の刻。
「声聞、縁覚、菩薩に仏…………」
とりあえずはすべての本に目を通し、用語を頭へ叩き込む。
♦ ♦ ♦
「ふぅ……やっと読み終わったぁ。。って、もうこんな時間? おやつの時間じゃん……ご飯買って来よっ……残ってるかな? 」
時刻は未の刻と申の刻の間。読書に集中していてお昼を食べ損ねた。ちょうど、おやつ時である。
「…………おやつ……かぁ」
【でもさぁ……お腹すくんだよぉ…】
あの言葉。また、あの餓鬼の言葉が頭に浮かんだ。
♦ ♦ ♦
『がらがらがら……』
京子は買い物に出かけた。しかし、足を進めていた先は日天ではなく、和菓子屋。以前の休みに吹姫と一緒に来た和菓子屋である。
♦ ♦ ♦
(…………あれ、何か見覚えのある人がいる。ん? あれは……角? )
店内に入ると和菓子が並ぶショーケースの前に見覚えのある姿があった。黒い何かの模様が入った黄色のズボンに黒い上着に紫色の髪。その頭頂部には角が見える。
「あっ!! 鬼渡!? 」
京子が声を出すとそれに気が付いた目の前の人物が振り返る。紫色の髪に頭頂部の角。やはり鬼渡であった。
「鬼渡じゃ~~ん!! 偶然だね、何? 鬼渡も和菓子買いに来たの? 」
「はい、この店よく来るんすよ。俺、和菓子好きなんで……あれ? っていうかどうしたんすか? その格好……」
「えっ、えへへっ……だって今日は休日じゃん。あたしだって私服着るよ……どう? 似合ってる? 」
京子は鬼渡に私服を見られた照れくささがあったが、それを紛らわすようにくるりとその場で1回転して桃色のトップスと黄緑色のワイドパンツ姿を披露する。
「はい。なんか……桜餅みたいで、美味そうっす……」
『すたすたすた……』
「ふんっ!! 」
「いてっ!! 」
京子は鬼渡の左肩を力いっぱい叩いた。この男、正直である。仏教においての五戒の1つ、不妄語戒。その戒律を見事に守った。さすがは中品上生のランクである。
♦ ♦ ♦
「でも、まさかこんな所で鬼渡に会うなんてねぇ~」(餓鬼ってみんな和菓子巣なのかな? 鬼渡は餓鬼型だけど……)
京子はそんなことを考えつつ、鬼渡の横まで進み、10000徳を取り出した。
「すみませ~~ん、この10000徳分の和菓子をくださ~い!! 」
前回同様に10000徳を出し、店員に和菓子を注文する。その様子に鬼渡が動揺する。
「えっ……そんなに食うんすか、課長……ダメっすよ。そんなに食ったら太って桃次郎との戦いに支障が……」
「違うよ!! あたしが100個も和菓子食べるわけないじゃん!! 分かるよね!? これは餓鬼たちにあげるために買いに来たの~~!! 」
京子が10000徳を手でぱたぱたさせながらする主張に思わずため息が出る鬼渡。
「はぁ……何回言わせるんすか。餓鬼に感謝や恩の気持ちはないんすよ。徳が無駄だからやめようって……俺言いましたよね? あの餓鬼は俺が力強くで説得するんで……だからその徳はしまってくださいよ。もったいない」
……が、鬼渡の言葉を聞いても京子は徳を手に取りだしたままである。
「良いよ、それでも。餓鬼がこの和菓子でほんのちょっとの間でもお腹いっぱいになって幸せになってくれれば、あたしはそれでいいから……まぁ、出来ればお金は貰わないで地獄制圧に協力はしてもらいたいけどね」
「はいっ、かしこまりました。では、10000徳分の和菓子をご用意いたしますので少々お待ちください」
やがてその徳は店員の手へと移り、そしてもくもくと煙をたてて消えた。
「あっ、でも前回は20000徳分の和菓子がすぐになくなっちゃったからもう10000徳分買わなくっちゃ……よっと……」
京子はもう1枚10000徳を用意しようとしているのか、服をごそごそと探っている。
「はぁ……しょうがないっすね、全く。んっ……」
「えっ……」
そんな様子を見かねた鬼渡が京子に何かを差し出した。その手には10000徳が握られていた。
「えっ……これって……」
「使って下さい、これも。これなら計20000徳分買えますよね? 」
「お、鬼渡~~……でも、いいの? こんなに……」
「まぁ、俺いつも図書館にいるんで正直あんまり徳も使わないんすよ……だから3月の徳は餓鬼の和菓子代に使ってもらっても問題ないっす」
「お、鬼渡~~、ありがとう!! ありがとうね!! 」
やはり鬼渡は頼れる部下である。こうして今回も京子は20000徳で計200個の和菓子を買った。
「あっ、それと次の連休の29日も図書館で勉強なので予定空けといてください。で、次の30日はまたそこで借りた本で自習してください。分かりましたね? 」
「うっ、わ……分かったよ……」
和菓子屋で鬼渡と遭遇し、次の連休も図書館での学習とその後の自習が決定した。
♦ ♦ ♦
3月16日 今日は朝一から餓鬼課に来ている。昨日かった和菓子を持ってきたのだ。
地下1階、餓鬼課。京子は餓鬼たちに近づく。
餓鬼が襲ってきたとき用に傍には今日も鬼渡を待機させている。
「なんだお前!! また食われに来たのか? 」
「違うわ!! ……じゃない、違うよぉ? 」
再び餓鬼に喧嘩を売られてついついまた買ってしまった。が、今回は赤餓鬼の挑発ではなく青餓鬼の挑発に乗った。
「じゃあ、何だよ? 」
「今日も和菓子を持ってきたんだよぉ? 」
「え!? 和菓子!?」
「なになに? 何かくれんの? 」
京子の言葉を聞きつけた餓鬼たちが周囲に集まり始めた。
「ほらっ……和菓子だよぉ!! 」
京子は風呂敷で持ってきた大量の和菓子を餓鬼たちに差し出した。
「あっ、和菓子だ!! 」
「ほ、本当だ! いっぱいあるぞ!! 」
「おいしそう~~。。」
『だだだだだだだだ!!! 』
前回同様に豆に鳩が寄って来るかのように餓鬼たちが一斉に和菓子に群がる。餓鬼たちは周囲の京子に目もくれず和菓子に群がる。
「あ、あの!! この前はお金とりあげちゃってご、ごめんね~~!! で、でも~~地獄にいる人たちは悪い人たちだから~~!! もうお金はもらったらダメだよ~~~~!! 」
前回同様に京子は餓鬼たちにもう汚いお金を受け取らないように話した。……が、餓鬼たちは前回とまったく変わらず京子の方を一切見ていない。
『さ~~~~~~!!!』
やがて和菓子は無くなり、それと同時に蜘蛛の子を散らすように餓鬼たちが去っていく。
「早っ!! ああっ、また、わ、和菓子が……」
京子が空になった風呂敷に駆け寄った。すると、餓鬼がこちらを見ているのに気が付いた。
だが、今回は1匹ではない、ざっと見渡すと10匹程度の餓鬼がこちらを見ている。
『ちらっ』
その餓鬼たちはすたすたと京子の近くに寄って来た。
(あれ……もしかしてお礼でもしに来たのかな? って……そんな訳ないか。餓鬼に感謝や恩の気持ちはないんだもんね。ふふっ、どうせまた暴言を吐かれ……)
「ねぇ、なんでさぁ。 和菓子くれるの? 」
「そうだよ……俺たち別にこんなのもらっても、お前の言うことなんて聞かないぞ」
意外にも前回とは違う言葉が返って来た。餓鬼たちは疑問に思っていた。何故、自分たちに和菓子を与えるのか。自分たちに言うことを聞かせるためなのか。疑問に思ったようである。
「う~~ん……まぁ、出来ればちょっとはあたしの言うことも聞いて欲しいけど。和菓子をみんなにあげるのはあたしがそうしたいからしてるだけ……だから気にしなくて大丈夫だだよ」
京子は腰をかがめて餓鬼たちと同じ目線で語りかける。
「ふ~~ん……そっか!! じゃあ、お前が勝手にしてるんだから気にする必要はねぇんだな。分かった!! じゃあなぁ~~~!! 」
「じゃあな~~!! 」
「今度はもっといいもん持ってきてね~~~!! 」
『すたたたたたたたたっ!! 』
餓鬼たちはそう言うと他の餓鬼たちの方へ走り去っていった。
「ぐっ!! まぁ、そうだよね……お礼なんて言わないよね…… 」
空の風呂敷の傍で立ち尽くしている京子に鬼渡が近づいて来た。
「課長……聞きましたか? 今の」
「え? 何を?? 」
「あいつら……気にしてましたよ。何で和菓子をくれるのかって……感謝の気持ちや思いやりの気持ちなんてないはずのあの餓鬼が。。」
「あっ、た……確かに」
そう、餓鬼たちは確かに京子に聞いた。感謝や恩などを感じないのであれば、本来はそんな疑問すら頭に浮かばない。それが当然であるかのようにその目の前の欲の対象物を貪るだけのはずである。
「もしかしたら少しは感じてんのかもしれないっすね……感謝や恩を」
「う~~ん……そうだね…………うんっ、そうだと良いなぁ」
この日は前回同様に20000徳分の和菓子があっさり消えた。……が、餓鬼の行動は少しだけ変わったような気がした。
京子は前回同様に空になった風呂敷を手に持ち地獄課へ戻る。
……が、その空のはずの風呂敷は心なしか、前回よりも重たく感じる。もしかしたらそこには餓鬼たちの感謝が包まれているのかもしれない。
「まだいたのかよぉ。さっさと帰れよば~~~か!!! 」
「ぐっ……く、くそ餓鬼が~~~~!! 」
……などと言うのは気のせいであった。
最近、評価を付けてくださった方やいいねを頂けた方がいてとても嬉しいです。
ありがとうございます。なかなか、上手く話が進みませんが、楽しんでいただけるような文章、物語を心がけたいと思います。




