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死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった  作者: ツーチ
桃次郎討伐編
31/62

第31話 変化の術を会得せよ。亜修羅課長の特別研修

 

 3月13日、巳の刻。



 課長会議で他の課の協力を得られ、現在計1102名体制で調査書を確認中である。そしてついにその時は来た。




 「あっ!! あった……あったよ鬼渡!! 見てこれ!! 」

 京子は隣で調査書をぺらぺらと確認する鬼渡の顔に紙をぐいっと近づける。子供がうれしくて親に何かを見せたくてついつい目の付近に近づけるあれである。




 「近すぎて見えないっす……何すかそれ」



 「桃次郎の調査書だよ~~!! 桃次郎!! 」



 「えっ、まじっすか……」

 



 ついに1番の強敵であろう桃次郎の調査書を発掘した。

 「やったね~~……うっわぁ、やっぱり顔写真も怖いなぁ……」

 京子が眺めるその調査書の桃次郎はいまにも飛び出てきそうな剣幕で京子を睨みつけている。

 「……さてと罪状は……」

 続いてみる罪状の欄には殺生、窃盗などの罪状が詳細に記載されていた。

 「……で、刑期は……」

 最後に重要な刑期を確認する。

 「50108000年…かぁ……なるほどねぇ。。って!! 50108000年!? ちょ、ちょっと鬼渡見てよこれ!! これ!! 」

 京子は再び鬼渡に紙をぐいっと近づける。



 「見てましたけど……今、見えなくなりました」

 「あっ、ごめん。……でもさぁ、50108000年だよぉ!? どうする、これ!? 恐竜が絶滅してから今くらいの長い間ここに置いとかなきゃいけないってことだよ!? あのヤバいのを」

 「まぁ、でもそれくらいの罪ってことじゃないっすか? 鬼を100万匹も殺ってるんすから」


 

 「ま、まぁ……そっか。そうだよね……」

 そう、桃次郎の罪状は殺生。それは自らが生きるために行った殺生ではなく、自らが楽しむために鬼が苦しむのが楽しいといった身勝手な殺生であった。その量刑は妥当なのであろう。

 「それにしても……う~~ん。自分がいる場所とは言え、地獄って怖いところなんじゃのう……」

 京子は調査書の50108000の文字を見て改めて感じた。




 「課長、桃次郎の調査書が見つかって他の罪人の調査書の確認も終盤を迎えつつある今、もう一つ餓鬼課係長として重要な報告です」

 「はいっ、何ですか~~鬼渡君!! 」

 京子はなおも桃次郎の調査書を眺め、紙のほこりを落としながら横にいる鬼渡の話を聞く。



 「地獄制圧のために餓鬼課の一番下層にいる炎鬼、氷鬼に協力するように説得していましたが……交渉に失敗しました」

 「え!? 嘘でしょ!? な、なんで……中層階の餓鬼たちは協力してくれるって言ってたのに、なんで下層はダメなの!? もっと大人な餓鬼なんだよね!? 怖いからあったことないけど……」

 鬼渡には中層階の餓鬼の協力に引き続き、そのさらに下層にいるというより狂暴な餓鬼、通称『炎鬼えんき』と『氷鬼ひょうき』と協力を交渉してもらっていた。その交渉が決裂した報告である。



 「それなんすよ……課長、怖いからって下層の餓鬼たちに一度も顔見せてないじゃないっすか。あいつら『餓鬼課の課長を併任しているとはいえ、そんな顔も見せぬ臆病者には協力しない』って言われました」

 顔みせは大事。あいさつは大事。それは餓鬼の世界でも同じのようである。  

 「あっ、なんだぁ……顔を見たかったの? 簡単じゃん!! じゃ、すぐに行こっ!! あっ、もちろん、鬼渡も一緒にね」

 京子は早速地獄課の入口に向かい、鬼渡を手招きで招く。



 「いや……そんな簡単なことじゃないっすよ。餓鬼の世界は力の世界。あいつらは課長と力比べしたいって言ってんすよ。自分たちより弱い課長になんて従えないって……」

 「……え?? 」

 勇み足で進めていた足が止まる。



 「ち、力比べって……もしかして戦うってこと!? い、いやいや!! む、無理でしょ!! だってあたし、ただの人だよ!? 一般人だからね!? そんな餓鬼なんかと戦えないよ!? 」

 とたんに取り乱す京子。鬼渡に駆け寄り、そしてみじめに足元にすがる。



 「でも、地獄制圧には桃次郎を倒す力が必要になる。その時、誰が桃次郎と対等に戦えるんすか? 」

 「え……それは鬼渡とかその……下層の餓鬼。。」

 京子があてにしていたのは頼りになる鬼渡や炎鬼、氷鬼と呼ばれる最下層の餓鬼であった。




 「いや、俺や炎鬼、氷鬼より強いっすよ。桃次郎は……」



 「で、でも皆で一斉にかかればな、なんとか……」

 

 


 「厳しいでしょうね。餓鬼の中でも戦力になりそうな中層の餓鬼の合計は約10万匹。炎鬼、氷鬼はさらに少ない1万匹。残りは課長が捕まえて金巻き上げられるレベルのちっこい餓鬼ですからねぇ」

 「そ、そうか……」

 制圧する地獄の罪人は3000万人。罪人の数に対してやはり戦力になる餓鬼は限られている。



 「だから課長にも戦力になってもらわないといけないんすよ。地獄の大将が戦場でびびって逃げてたらせっかく説得した餓鬼たちも謀反を起こすかもしれないんで。そうしたら本当に終わりっすからね」 

 「え~~、でも~~……あたし女子だし~~……閻魔の大鎌だって持てないくらいのか弱い女子だし~~」

 そう言って京子は課長席に立てかけてある大鎌を手に取ってそれを持ち上げては落としの動作を繰り返す。



 「ったく、首絞めて無理やり言うこと聞かす奴のどこがか弱いんだよ……」

 「むっ!! 聞こえたよ、鬼渡!! 査定でDつけるよ、D!! 」

 「……もう、か弱いとか言ってられる状況じゃないっすよ。ここで諦めたら何のために他の課に頼んで3000万枚もの調査書を調べてもらってんのか分からないなるじゃないっすか」

 「うっ……そ、そうだけど……でもさぁ、どうしたらいいんだろう? 鬼渡に片手で大鎌ごと持ち上げられちゃうレベルなんだよ? あたし……やっぱり筋トレ? 」

 前回制圧作戦で大鎌で桃次郎を退治する作戦があっさりと鬼渡相手に散ったことを思い出す。




 「変化の術を使うんすよ」




 「変化の……術?? 」




 変化の術。前に吹姫が鶴に変化した時に聞いた。ここでは前世で自らが生きた生き物の形になることが出来るのだと。




 「そうっす。変化の術とあとは……それを使う」




 「え?? どれ? 何を使うの? 」




 突然、鬼渡に指をさされた京子は自分の後ろや周囲をきょろきょろ見渡す。




 「それっすよ、その左眼」




 「えっ……左眼?? 」




 京子はそう言って自身の左手を左眼の下にあてる。

 左眼。京子の左眼はこの章という地に来てから右の眼とは大きく変わっていた。それは地平や吹姫が言っていたことによると開眼という現象らしい。



 「この眼を……どう使うの? あっ!! そっかもしかして目からビームとか出る感じ? こう、ビビビビビビッって」

 「……バカですか?? そんなわけないでしょ」

 「むっ!! じゃあ、どう使うの? この眼を」



 「『地獄の業火』っすよ」

 「地獄の業火って地獄の門を開けるのに必要な? 」

 「そうっす。課長が変化の術を会得して、かつ地獄の業火をその眼に灯す。そうすればきっと炎鬼、氷鬼はもちろん、桃次郎とも戦える戦力になるはずっす」

 「な、なるほど……あっ、ということは鬼渡も使えるの? 変化の術? 」

 「まぁ、一応使えるんすけど俺は畜生道や餓鬼道ばっかりにいたんで人型や修羅型にはなれないんすよ。畜生道もキツネやたぬき、かぶとむし、ダンゴムシ……そんなんばっかで戦力にならないっす。だから一番まともなこの身体でいるんすよ」



 「えっ……鬼渡ってダンゴムシさんだったの!? 」

 衝撃の事実である。

 「まぁ、そんな時もありましたね……」

 「ふふっ……ふふうふふっ!! 」

 「何笑ってんすか!! ダンゴムシをバカにしないでくださいよ。。」

 「あっ、ごめんごめん……でも、何か偏ってるね? 転生してる道」

 「まぁ、その時々の縁ってやつなんですかね……偏ってますけど」

 鬼渡の転生した生き物はなかなかに偏っていた。会社においても同じような部署をくるくるとしている社員がいたりするが、そんな感じであろうか。



 「まぁ、課長が前世でどんな生き物だったかは知らないっすけどやってみる価値はあります。っていうかやなないといけないっす」

 「で、でもさぁ。あたし前世の記憶なんてないよ? 日下京子として32歳で死んじゃってここに来た記憶しか……」

 「前世の記憶の想起にはきっかけが必要なんすよ」

 「きっかけ?? 」



 「前世で経験したであろう懐かしい、どこかで体験したそんな記憶っす。それを呼び起こすために課長には特別研修を受けてもらいます」

 「…………ん?? 特別研修? って……何?? 」

 「課長にはこれから各課の課長のところに行って変化の術を会得してもらいます。もう天海山部長には説明して許可もらってるんで」

 「きょ、許可貰ったって……いつ……あっ! 」

 京子は思い出した。10日。70階の天海山のところへ行った時、帰り際に鬼渡が何か別の資料を手渡していたことを。



 「お、お前~~~!!! 何勝手なことしとるんじゃ~~!!! 」 

 鬼渡に詰め寄る京子。……が、鬼渡は動じない。

 「いや、でももう許可貰ったんで、やりましょう。……ということでお願いしま~す」

 そう言うと鬼渡は京子から視線をそらし、京子の後ろの地獄課の入口に目を向ける。京子もその方向に目を向けるとそこには1人の屈強な男が立っていた。



 「あ、亜修羅課長!? な、何でここに!? 」

 「いやぁ、天海山部長に日下君の研修を頼まれてなぁ。まずは修羅課からだというもんで迎えに来たんだ。10階まで上がって来るのも大変だろう? なはははっ!! 」

 相変わらず大きな笑い声である。何がそんなに楽しいのか。



 「えっ……いや、あの……あれはその……バカな部下が勝手に提出したもので……その」

 「誰がバカなんすか」

 「それにその……まだ調査書に確認も全部終わってはないし……」 

 必死に言い訳を考える京子。嫌な予感しかしない。何かとても大きな悪寒がする。




 「心配ないぞ、日下君。人間課、修羅課、畜生課のいずれももう調査書の確認はほぼ終わっとる。さぁ、俺と一緒に変化の術を会得しようじゃあないかぁ」

 そう言いながら亜修羅は京子に近づき、6本の腕のうち1本で京子の身体を抱え込み地獄課から階段を上がり始めた。 

 「あっ、ちょ、ちょっと!!お、おろして!! 」

 京子は必死にじたばたと手足を動かすが、びくともしない。



 亜修羅はその足をどすん、どすんと進め1階まで上がっていく。その後ろを鬼渡は無言でついてゆく。






 ♦  ♦  ♦






 京子の必死の抵抗も空しく1階についた。



 「では、行くぞ!! 」

 「え?? 行くって……ここからですか? まさか跳ぶんじゃ? 」

 亜修羅が見上げる先は天空省の吹き抜け。ここから行くということは鬼渡のように吹き抜けをぴょんぴょんと跳ぶのだろうか。

 吹き抜けを見ると前回の恐怖が頭をよぎる。約1000mの高さから急降下してきた恐怖が。吹き抜けを使うことに抵抗がまだ残っている。それほど怖い思いをした。




 「いやいや跳びはせん。では!! 」




 『ブロロロロロロッ』




 「……え?? ええ~~~~~!! 」

 その瞬間後ろに風を感じた。亜修羅の背中側の4本の腕を見ると、腕が無かった。いや、無かったのではない。見えなった、その4本の腕は目に見えない程の高速で回転している。



 「わっわわっ!! う、浮いてる……」

 やがて亜修羅の身体は京子ごと浮かび上がり徐々に吹き抜けを上がっていく。

 「うわぁ!! と、飛ばないって言ったのに~~~!! 」

 



 「いってらっしゃ~~い」



 「いやぁ~~~~、鬼渡~~~~~!! 」



 下から呑気に手を振っている鬼渡が徐々に小さくなっていく。

 



 (ううっ、この腕にこんな使い方があったなんて)

 だんだんと離れる地面に京子は観念し、下を見ないようにそっと目を閉じた。



 跳びはしなかったが、飛んだ。こうして京子の特別研修が始まった。



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