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死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった  作者: ツーチ
桃次郎討伐編
29/62

第29話 地獄は道連れ、地獄は情け

 

 3月9日。本日の章は平日。通常勤務である。



 「おっはよ~~!! 鬼渡」

 時刻は卯の刻と辰の刻の間。鬼渡はすでに地獄課で調査書の確認をしていた。




 「おはようござ…………あれ、何すかその風呂敷……まさか課長、ついに窃盗……」

 「ちがうわ!! それについにって何じゃ!! それっぽい兆候があった!? これはちゃんと買ったの~~!! 」

 鬼渡が窃盗を疑うのも無理はない。昨日買った和菓子は店主が貸してくれた唐草模様の風呂敷に包んでそのままそれを背負って持ってきたのだ。




 「か、買った? な、何をっすか? 」

 「ふふっ……これだぁ!! 」

 京子は風呂敷をほどき、中の和菓子を自身の机に広げた。

 「ほらっ、和菓子だよ~~!! すごいでしょ? 」

 「わ、和菓子って……誰が食うんすか、これ」



 「これはねぇ、餓鬼にあげるの。これを餓鬼にあげてぇ、仲直りしてぇ……で、もう罪人から汚いお金は貰っちゃだめだよって分かってもらうんだよ」 

 「餓鬼にやるって……あいつら一応飯もらってますよ。それにそんなの渡したってあいつらは感謝の気持ちや優しさなんて理解しませんって……他の課に配った方が良いんじゃないっすか? 」

 吹姫も言っていたことだ。餓鬼は感謝や優しさを理解しない。ただ、欲望のままに行動する、それが餓鬼であると。



 「そんなことないって!! 餓鬼のみんなだって……分かってくれるよきっと。という訳で餓鬼に和菓子あげてきま~す」 

 そう言うと京子は風呂敷で和菓子を包みなおし、餓鬼課へ向かう。が、足を止める。



 「あたし1人だと危ないから、ついてきて! 鬼渡♪ 」



 「…………はぁ。。」






 ♦  ♦  ♦






 地下1階、餓鬼課。京子は餓鬼たちに近づく。

 餓鬼が襲ってきたとき用に傍に鬼渡を待機させている。


 

 「なんだお前!! 食われに来たのか? 」

 「違うわ!!……じゃない、違うよぉ? 」

 餓鬼課に来てそうそうに赤餓鬼に喧嘩を売られてついつい速攻で買ってしまった。 



 「じゃあ、何だよ? 」

 「今日はね、良いものを持ってきたんだよ」

 


 「…………良いもの?? 」



 「えっ!! いいもの? 」



 「何々?? 」

 京子の言葉を聞きつけた餓鬼たちが周囲に集まり始めた。

 


 「それはねぇ……これだぁ!! 」

 京子は風呂敷をほどき、和菓子を餓鬼たちに披露した。


 「あっ、お菓子だ!!」

 「ほ、本当だ! いっぱいあるぞ!!」

 「おいしそう~~。。」

 


 「えっ!! お菓子!?」



 「どこどこ!? 」



 「ほんとだ! お菓子だ~~~~!!! 」 




 『だだだだだだだだ!!! 』




 豆に鳩が寄って来るかのように餓鬼たちが一斉に和菓子に群がる。餓鬼たちは周囲の京子に目もくれず和菓子に群がる。



 「あ、あの!! この前はお金とりあげちゃってご、ごめんね~~!! で、でも~~地獄にいる人たちは悪い人たちだから~~!! もうお金はもらったらダメだよ~~~~!! 」

 京子は餓鬼たちにもう汚いお金を受け取らないように話した。……が、餓鬼たちは京子の方を一切見ていない。




 『さ~~~~~~!!!』




 やがて和菓子は無くなり、それと同時に蜘蛛の子を散らすように餓鬼たちが去っていく。



 「早っ!! ああっ、わ、和菓子が……」 

 京子が空になった風呂敷に駆け寄った。すると、1匹の餓鬼がこちらを見ているのに気が付いた。



 『ちらっ』

 その餓鬼はすたすたと京子の近くに寄って来た。



 (あれ……もしかしてお礼でもしに来たのかな? ふふっ、やっぱり気持ちってちゃんと伝わるんだなぁ……良かったよかっ……)

 「べ~~~~~っだ!!! 和菓子がないんならとっとと帰れ、全然足りなかったぞ。また身体を引き裂くぞ!! 」

 赤餓鬼はそう言うと他の餓鬼たちの方へ走り去っていった。



 「ぐっ、あのくそ餓鬼~~~!! 」

  空の風呂敷の傍で立ち尽くしている京子に鬼渡が近づいて来た。

 「だ~から言ったじゃないっすか。あいつらには感謝の気持ちや思いやりの気持ちなんてないんすよ。もう和菓子も買わない方がいいっすよ」

 「なんか……ただただ20000徳が溶けただけな気がする……」

 その日は20000徳分の和菓子を餓鬼に食われ、暴言を吐かれ、空の風呂敷を手に持ち地獄課へ戻り、2人でひたすら調査書を確認しただけで終わった。






 ♦  ♦  ♦






 翌日3月10日。今日も昨日と同じく、朝から調査書確認である。




 『ぺら……ぺら……ぺら……』




 『かち……かち……かち……かち』




 2人しかいない静寂の中で、紙をめくる音と時計の音だけが室内を支配している。



 「ねぇねぇ、鬼渡~~」



 「ん? 何すか? 」



 「この作業ってさぁ……あたし達だけで終わるかなぁ? 」



 「ん~~? どうっすかね」

 時刻は未の刻。朝からの作業で久々の会話である。






 「思うんだけどさぁ……これってさぁ……1年くらいかかっちゃうよね……多分」



 「ん~~……そうっすかね~、俺は計算苦手なんでちょっと分かんないっすね」




 「そっか~~……」

 ひたすら調査書を確認しながら、核心にせまった雑談をする。雑談が終わり再び紙と時計が部屋を支配しようとした、……が。

 

 「いや!! そっか~~……じゃないよ! 鬼渡!! 」

 「課長が言ったんでしょ……」

 京子が紙と時計の支配から部屋を解放した。

 


 「いや!! そうなんだけど……絶対無理だよ!! 2人じゃ!! だってさぁ、だってさぁ!! 2人で1日10万枚みてもさぁ!! 300日かかんだよ!? どうする!? 1年この作業で終わっちゃうよ!? 」

 「課長が始めた作業じゃないっすか」



 「まぁ……そうなんだけどさ。でも、こんなにたくさんの調査書を2人で全部見るのは無理だよ。。」

 「なら部長に頼んだらどうっすか? ほらっ、明日課長会議っすよね。頼んでおいたら議題にあげてくれるんじゃないっすかね?」



 「それだ!! 良し、さっそく説明用の資料を作ろう」

 京子は課長席に座り、部長への説明資料の作成にとりかかった。



 「これで……良し!! 」

 資料が出来た。と言ってもその内容は調査書の確認のみ。地獄の門が開いていない現状では書けるのはこの程度であろう。

 「名付けて『地獄は道連れ、地獄は情け』作戦じゃ!! みんなも巻き込んで、みんなの情けで地獄を作ろうじゃないかぁ!! 」

 「その作戦名、不吉なんでやめてください……みんな仲良く地獄に行きそうなんで。。」



 「じゃあ、行こっか!! 鬼渡♪ 」

 京子は手書きの資料を手に持つと椅子から立ち上がり鬼渡の肩を叩く。

 


 「え……どこに行くんすか? 」

 「決まってんじゃん。部長のいる70階だよ、70階。鬼渡ならあっという間でしょ? だから負ぶって!! 」

 明日は11日。朝から六課長会議のために76階へ行く必要がある。今日と明日の2連続で階段を上がりたくはない。明日への体力温存のためにも今日はなんとしても鬼渡の力を使いたかった。 



 「えっ、嫌っすよ。。」

 「えっ、な……何で!? 鬼渡なら70階まですぐじゃん!! 」

 まさかの拒否。



 「だって、その間に調査書を調べる手が止まるじゃないっすか? 70階まで行く時間がもったいないっすよ」

 「いやいや、よく考えて鬼渡。あたしが1人で行ったら2、3時間帰ってこないよ!? 連れてってもらって~、報告して~、で、戻ってきてからまた2人で作業した方が効率良いじゃん!! 」

 「……………………」

 鬼渡は何故か無反応である。おそらくは以前言っていたように他の課の者に会って見下されるのが嫌なのだろう。



 「あたしがどうなってもいいの!? もしかしたら階段の途中で絶命しちゃうかもよ!? 」

 「ここじゃ、それくらいじゃ死なないんで大丈夫っすよ……」

 拒み続ける鬼渡。



 「あ、あたし餓鬼課長も併任してるから鬼渡の上司なんだよ!? いうこと聞けないなら、査定とかあったらDつけるよD!! 」

 「………………別に良いっすよ、出世したくないんで……俺」

 なんと今時の若者であることか。若者の考えは現章南北同じと言った所であろうか。


 

 「う、うぐっ!! 」(理屈も同情も脅しも効かない……こ、こうなったら。。)


 


 「おぶって!! おねがぁい……鬼渡♪ 」

 京子は猫なで声で両手を前に突き出し、手を上下に振ってアピールする。翌日も六課長会議のために76階まで上がらなくてはならない京子にとって、今日だけはなんとしても楽をしたかった。精一杯に可愛い子ぶる。




 「……………………」



 無反応。




 (こ、こうなったら最後の手段だ……)

 慣れないお色気作戦も玉砕した京子は最後の手段をとる。



 「連れで行っでよ~~!! お願いだよぉ……鬼渡~~!! あだし明日も会議で76階行かなくちゃいけないのに、今日も70階まで行くのやだぁ…………」

 「いてっ……く、首が……!! わ、分かりましたよ!! 」 

 泣き落としである。座って調査書を確認する鬼渡の背中に無理やりとび乗り、首を羽交い絞めにして承諾してもらった。






 ♦  ♦  ♦






 「じゃあ、行きますよ」

 「おう!! よろしくね、鬼渡♪ 」

  ここは天空省1階、吹き抜け下。京子は鬼渡の背中におぶさり準備万端である。




 『ギュイーン!! 』

 鬼渡は高く飛び上がり、あっという間に2階の吹き抜け部分の手すりに手をかける。

 



 『タンッ!! 』




 『タンッ!! 』




 『タンッ!! 』




 そこから次の3階の手すりに、4階の手すりにと移っていく。その動きは1階あたりの階高が15mだと言うことを忘れるほど見事である。

 


 「おおっ、すごいすごい!! これならあっという間にだね!! 」

 「ちょっ!! 暴れないでくださいって……」

 京子は鬼渡に乗って無事に楽して70階に来ることが出来た。

 





 ♦  ♦  ♦






 70階。ここは天空省の天海山部長と天国課がある部署である。

 部長のいる部屋には扉がなく中の様子を伺うことが出来る。部屋の中には天海山がいた。



 「あの、部長。ちょっとお話しがあるんですけど、よろしいでしょうか? 」

 京子に気が付いた天海山は声にすることはなかったが、黙って2回頷いた。それを確認して部屋に入室する京子と鬼渡。明日の会議でとりあげてもらいたい内容を説明する。



 「実は今、地獄の門を開けた時に地獄にいる罪人たちを適切に裁くために全員の調査書を調べておりまして、その調査書を元に罪人の危険度を仕分けています。そ、それでその……調査書の量が膨大なので他の課の職員の方にも協力していただけるように明日の会議でお願いしたいのですが……よろしいでしょうか? 」

 京子は作って来た資料を天海山に見せて説明した。……が、天海山は無反応である。


 

 (あれ? ……ちゃんと聞いてんのかな部長? 反応ないし……ちょっとは反応してよね)



 「良かったっすね、課長」

 「…………ん? 何が?? 」

 天海山の反応待ちの京子の横で鬼渡が京子に話しかけてくる。

 「何がって……あっ、そっか課長には聞こえないんすよね。えっと、大丈夫みたいっすよ。明日の課長会議で議題にあげてくれるって言ってます、天海山部長」

 「…………ん?? 」

 どこかで体験したようなシチュエーションである。 



 「鬼渡……ちょっと聞きたいんだけどさぁ。鬼渡の章でのランクって……何? 」

 「何って……中品上生っすよ」

 理解した。鬼渡のランクは中品上生、つまりは『念』が使える中品中生以上である。故に鬼渡には天海山部長の意向が伝わっていたのだ。

 


 (そ、そんな……部下が……格上だなんて……)

 京子は中品下生、鬼渡は中品上生。その差は2ランクも開いている。

 階段は上っていないので身体的なダメージはないが、精神的なダメージは大きかった。






 ♦  ♦  ♦






 部屋を出て再び70階の吹き抜けまで戻って来た。



 「じゃあ、戻りましょうか? 」

 「え……こ、ここから? 」

 行きで使った吹き抜けを上から見下ろす。約1000mの高さである。



 「そうっすよ、早く戻って調査書の確認しないといけないんで。部長にお願いはしたけど今日は課長と俺しかいないんすから」

 確かにそうだ。できることなら京子も早く戻って調査書の確認を再開したい。……が、吹き抜けから下を覗き込むと本能がその選択を良しとしなかった。



 「んっと……ありがとう、鬼渡……で、でも帰りは……階段で戻るから。大丈夫だよ」

 くるっと身体をひねり、階段の方へ歩みだす京子。しかし、その肩を鬼渡に掴まれぐいっと背中に乗せられてしまう。 

 「おわっ!! ちょ、離して!! あたしは階段で行くから良いんだってば」

 「いや、時間の無駄なんでこっから行きましょう」

 そう言うと鬼渡は京子を背中に背負って手すりに乗る。



 「あっ!! ちょ!! 待って……まだ心の準備……が!! 」

 だが、鬼渡は京子の言葉を待つことなく手すりから足を離す。

 

 


 「いやぁああああああああああ!! 落ちてる……落ちてるぅううううう!!! 」

 60階から50階。40階から20階へと地面が近づくにつれ、速度が増して来る。




 行きはよいよい、帰りは怖い。日本の有名な民謡であるが、その歌を体現する状況で今以上のものはないであろう。




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