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死んだら天国行けずに地獄の閻魔になっちゃった  作者: ツーチ
桃次郎討伐編
28/62

第28話 ぱんにゃー可愛い!! 章の休日

 

 3月8日。今日は六斎日であり、章の休日である。時刻は辰の刻。



 「…………………」

 京子の身体は疲れ切っていた。罪人調査書はまだまだ山ほど見なければならない。

 が、そんなことは忘れられる夢の中に京子はまだいる。




 『タンタンタン』

 



 「…………う~~ん……な、何? 」

 扉をたたく音が聞こえる。

  



 『タンタンタン』




 畳から起き上がり、ふらふらとおぼつかない足で玄関に向かい、扉を開ける。




 『ガラガラガラ』

 「ちわ~~、日下京子さんですか? 」

 そこには男の姿があった。



 「あ、と……はい、そうですけど……」

 「では、はいっこれ!! 3月分の徳になります。いつもお勤めお疲れ様です」

 男はそう言って1つの封筒を手渡してきた。 

 「あ、ど、どうも……ありがとうございます。あの……これってな…」

 「じゃ、失礼しま~す!! 」

  京子はその中身を聞こうとしたが、男はすぐに立ち去ってしまった。




 『タンタンタン……おはようございます。徳の配給に来ました~~!! 』

 かと思えば隣で声がする。隣の家にも同様に届けているのであろう。




 「徳? ああ、そっか。今日は8日……もしかしてこれって」

 部屋に戻り、中身を確認する。そこには以前雪宮からもらった10000徳と同じものが入っていた。

 「やっぱり徳だ。……1、2、3、4…………10枚。10000徳が10枚かぁ……。これって少ないのかなぁ。まぁ、でも雪宮さん家賃は無いって言ってたし、ご飯も朝しかたべないからそんなにはいらないか……」 




 『タンタンタン、タンタンタン、タンタンタンタンタンタンタン!! 』




 京子が部屋で徳を2,3度確認していると再び扉をたたく音が聞こえる。

 「今度は何かな? 」 




 『がらがらがら……』

 「おはよ~~、京ちゃん!! 」

 扉を開けた先にいたのはベージュのスカートに白のトップスを来た女であった。その女は京子のことを京ちゃんと呼んでくる。



 (えっ……誰? )

 固まる京子。ここに来てまだ数日。下の名前、それも京ちゃん呼ばわりされるほど親しい者もいなかった。

 


 「…………あれ……やっぱり馴れ馴れしかったですかね……日下さん」

 改めて発せられた声を聞き、気が付いた。そこにいたのは雪宮であった。顔は見えていたはずだが、あまりに突銭のことで脳が処理しきれず、顔を認識していなかった。 



 「ゆ、雪宮さん!? ど、どうしたんですか!? 」

 「どうしたって、8日は日下さんの身近なものを揃えに行こうっていったじゃないですか? 」

 「い、いや……そうじゃなくって……その、京ちゃんって」

 聞きたかったのは京ちゃんという呼称についてである。

 「あ、いやぁ……せっかく一緒に休日を過ごすからこれを機に一気に仲良くなろうと思って。調査省で現のことに詳しい人に聞いたら今どきの子ってこう言う感じがいいんでしょ? だから京ちゃんで。京ちゃんも私のこと呼び捨てで良いよ!! 同じ課長同士だし……ね? 」

 雪宮の言う今どきの子がこの距離感を好むかは分からないが、色々と考えてくれているようである。

 


 「あ、ありがとうございます……って!! え!? ゆ、雪宮さんってか、課長だったんですか!? 」

 「えっ、そうだよ? 言わなかったっけ? 」

 初耳である。



 「えっ……知りませんでした」

 「そっか。でもほらっ、私も京ちゃんも同じ課長だし敬語も気も使わなくていいよ。その方が楽しめるっしょ、京ちゃん? それともやっぱり日下さんって呼んだ方が良い? 」

 「い、いえ……京ちゃんの方が……いいです。じゃああたしも雪宮さんじゃなくって……あっと……」

 「雪宮。雪宮ゆきみや吹姫ふぶきだよ」

 口ごもる京子に氏名を名乗る。



 「じゃあ、吹姫ふぶきさんって……呼ばせてください。」

 京子の方も親しくなろうと名前で呼ぶことにした。が、大正時代からいる人物を『ちゃん』付けで呼ぶのも気が利けたのでそこは『さん』付けで呼ぶことにした。  

 「うんうん!! じゃあ、今日は楽しもうね、京ちゃん!!」

 「はい。……あっ、あと吹姫さん。これ……ありがとうございました」

 京子は吹姫に借りていた腕時計ともらったことになっている10000徳を差し出した。



 「えっ……あ、いいよ。10000徳はあげたんだから」

 「い、いえ。徳ももらったし……その、お返ししたいんです。お礼の意味でも」

 くれると言って受け取った10000徳であったが、京子はそれを返した。返したというよりかは親身になって10000徳をくれた吹姫に対しての感謝の気持ち。その意味合いが強かった。その気持ちを察したのか、吹姫もまたそれを素直に受け取った。

 


 「まったく、京ちゃんは良い子だね。じゃあ、せめてその腕時計は受け取って。京ちゃんの優しさに対する私の気持ち」

 「えっ……でも……」

 「いいの、いいの!! 時計はまた買うから。京ちゃんは腕時計ないと困るでしょ? 階段上ってる時の時間の確認とか」

 その通りである。天空省の長い階段を上って時間通りに目的地へ到着するためには時計は必需品である。



 「あ、ありがとうございます!! 大切にします! 」



 「よ~~し!! じゃあ今日は仕事のことは忘れて楽しも~~~!! 」


 

 朝食を済ませると京子と吹姫は章の街へ出かけた。






 ♦  ♦  ♦






 まずは服。閻魔の赤服以外の休日に着られる服を探しに来た。章にも現のように洋服店があった。ただし、現のように大量の品ぞろえはない。それは食品同様に必要以上のものは用意しないという精神なのであろう。 




 「……どうかな? 」



 「いいじゃ~~ん、良く似合ってるよ京ちゃん」




 試着した服を着て吹姫にお披露目する。左右にくるくると回転し、全身の具合を確認してもらう。 京子が身を包んでいるのは黄緑色のワイドパンツと桃色のトップス。4月生まれの京子は桜が好きなのである。自然とファッションセンスも桜を基調としたものとなる。

 


 「じゃ、じゃあこれにしよっかな」

 服を買った。もう何着か買おうかとも思ったが、休日は月に6日。それ以外は閻魔の赤服を着るのであれば、当面はこの1着で十分であろうと思ったからだ。あとは就寝用の上下桃色の寝間着を買った。



 黄緑色のワイドパンツと桃色のトップスに着替えて、店を出る。






 ♦  ♦  ♦

 





 次に来たのは甘味処である。今日は六斎日。故に時間帯が午後であっても食事をすることが許される。

 店内は多くの人や動物、あとは角のある餓鬼で賑わっていた。

 


 雪宮はぜんざい、京子は桜餅を注文した。黄緑色のワイドパンツと桃色のトップスで桜餅を食べる。その光景は共食いのようである。

 


 「でね~~、その鬼渡っていうのが餓鬼課の係長でね~~、すっごく強いんだよ!! 」

 「へぇ~~、良かったね京ちゃん。部下が出来て!! 」

 「あと、この前六課長会議に出たらさぁ……馬がいてねぇ、その馬の中から人間嫌いの課長が出てきてぇ……」

 おしゃべり。何気ないことではあるが、ここに来てから仕事以外のことでここまで気兼ねなく会話をするのは初めて。いい気分転換になった。

 これも吹姫の今どきの子作戦のおかげである。






 ♦  ♦  ♦






 その後、2人はたくさんの商品が売っている店に入った。そこは食品が売っている日天ではなく、章の休日にのみ営業する店であるという。



 「あっ、これ可愛いね~~!! 」



 「あ~~、ぱんにゃーね」



 「へ~~、この子ぱんにゃーって言うんですか」



 京子が手に取ったのは鈴が付いた根付。そこには『ぱんにゃー』という猫のようなキャラクターが付いていた。なかなか可愛い猫である。章にはこうした娯楽商品はないと思っていたが、どうやら娯楽もそれなりにあるようだ。



 「章にもこういう可愛いキャラクターがいるんだね」

 「いるよ~~、他にもアイドルもいるし。一番人気はやっぱり桃太郎かなぁ? 」

 「えっ……も、桃太郎!? 桃太郎さんがいるの!? 」

 桃太郎。日本一の人物であり、岡山出身である京子の憧れの人である。章での推しが決まった。 

 「せっかくだし家具屋さんに行く前に行ってみる? 」

 「は、はいっ!! ぜひい……あっ……」



 【でもさぁ……お腹すくんだよぉ…】

 即答しようとしたとき、またあの餓鬼の顔が頭に浮かんだ。あの悲しげな、顔が。



 (お金を受け取って悪いことしてたから取りあげちゃったけど……可哀そうなことしたかな。地獄のこともそうだけど、餓鬼のみんなもやっぱり何とかしてあげたいなぁ……)

 しばらく黙り込んだ後に京子は吹姫に尋ねる。





 「吹姫さん……お饅頭とか、和菓子が売ってるところってある? 」

 「え? あ、あるけど」

 「じゃあ、そこに行きたい……」 

 京子は目の前の桃太郎のグッズを買いあさるでもなく、家の家具をそろえるための家具屋でもなく、和菓子屋へ向かった。






 ♦  ♦  ♦


 




 「いらっしゃいませ~~!! 」

 吹姫に案内された和菓子屋は現にある昔ながらの和菓子屋という佇まい。入口から四畳半ほどの空間があり、ガラス窓の中に何種類かの和菓子が並ぶ。



 「えっと……このお饅頭100個……はないから、これで買える分の和菓子をください」

 京子はそう言って10000徳を差し出した。10000徳、京子のもらった徳の10分の1である。



 「え!? ちょっと京ちゃんどうしたの!? なんでこんな量の和菓子を買うの!? もしかしてストレスで暴飲暴食するようじゃ……」

 横にいる吹姫が心配そうに京子を見る。



 「あたしが食べるんじゃないです。……餓鬼にあげようと思って……」



 「えっ!! 餓鬼にあげるって、ちょっと待って!! 餓鬼はいくら食べても空腹が収まらない存在。そんな量、砂漠に水を少しまくみたいにあっという間になくなっちゃうよ!! それに餓鬼には感謝の気持ちなんて無い。そんなことしても意味ないよ……」

 


 「でも、そうだとしても……何とかしてあげたいんだ。みんな辛そうにしてたし……少しでもそれが餓鬼たちの幸せになるんなら……あたしも幸せだから」



 そう言って店員に10000徳を差し出し続ける京子。前から心に気にかけていた餓鬼の存在。餓鬼が罪人たちから貰っていたお金を取りあげてずっと……。何かしてあげたいと思っていながら自分だけが休日を楽しむわけにはいかない。そう思って京子は徳を差し出し続ける。

 するとそのすぐ横にもう1枚10000徳が並ぶ。



 「えっ……? 」

 「しょうがないなぁ、私も協力してあげる。これならもうちょっと買えるでしょ? 」

 「あ、ありがとう」

 吹姫の10000徳と京子の10000徳。1つ100徳の和菓子を計200個買った。






 ♦  ♦  ♦






 「本当に良かったの? 京ちゃん。テーブルとか他の家具とか買わなくて……」

 「はい。家具はまた今度買えばいいから。今はまず餓鬼のみんなと一緒に地獄を取り戻したいから」



 結局、桃太郎のショップへも家具屋へも行かずに帰宅した。部屋にあるのは大量の20000徳分の和菓子のみ。

 


 「そっか……よしっ!! じゃあ家具はまた今度にしよう!! あっ、あとこれあげる……さっきのお店で買っといたんだ。京ちゃん欲しそうだったから」

 「あっ、これって……」

 その手にあったのは先ほど京子が欲しそうに見ていたパンニャーの根付であった。


 

 「お守りだよ」



 「お守り? 」



 「そう。ぱんにゃーの名前の由来はパーリ語のパンニャー。その意味は【智慧】っていう意味なんだよ」



 「智慧? 」


 

 「そう、智慧。『ちえ』って言っても頭の良さや博学って意味じゃない。迷いを無くして常に的確な判断をし、真実を見極めること。それが智慧であり、悟りを求める章のみんなが手に入れたいもの。そのお守りがあれば迷った時や困った時にもきっと自分を見失わないと思う。私からの贈り物♪ 」



 「あ、ありがとう。吹姫ふぶきさん!! 」

 嬉しい贈り物であった。店で欲しいと思っていたが、餓鬼たちにお菓子を買うために我慢したぱんにゃーの根付。



 「ふふっ、それじゃあおやすみ……明日からまた頑張ろうね」

 「はいっ、おやすみなさい」






 ♦  ♦  ♦






 「ふぅ、楽しかったなぁ……」

 買ってきた桃色の寝間着に着替えて畳に寝転ぶ。

 何気ない休日。そんな休日であったが、気兼ねなくおしゃべりし、楽しいひと時を過ごした京子はいつもよりもスムーズに眠りについた。

 ……はずはなかった。



 「……う~~ん、た、畳が……硬い。あ~~、せめて布団は買えばよかったかなぁ……」

 疲れのとれた身体は余計に畳の硬さを感じてしまう。

 

 

 本日の収穫は黄緑色のワイドパンツ、桃色のトップスに桃色の寝間着。吹姫からもらったぱんにゃーの根付。そして和菓子200個。




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