第27話 調査省の罪人調査書
「う~~ん……何かいい方法はないかなぁ……」
桃次郎を倒し、地獄を制圧するための妙案を考える2人。再び長い沈黙の時間が続くかと思ったその時、
「失礼しま~~す! 調査書を持ってきました~~って……あれ? 地平課長がいない」
見知らぬ男が部屋に入って来た。紺色の和服のその男は京子と鬼渡がいる課長席の方を入口から見ている。手には顔を隠すほどの高さに積み重なった紙を持っている。
「あっ、鬼渡さん!! 地平課長知りません? 調査書持ってきたんですけど……」
男は鬼渡に話しかけてくる。どうやら知り合いのようだ。
「地平さんは異動になったみたいっす。で、新しい課長がこれっす」
「こらっ!! 人に指をさすな!! これって言うな! 」
鬼渡は京子を指さして男に知らせる。
「そうなんですか! じゃあ、あなたが新しい地獄課長の……え~~と」
「あっ、日下です。日下京子です」
「そうですか、自分は調査省の風来と申します」
そう言うと風来は室内に手に持った書類を落とさぬように少しずつ京子に近づいて来た。
「これ、ここに置いちゃっていいですか? 」
「えっ……はい」
京子が答えると風来はその大量の書類を京子の机の上にどさりと置いた。そして身軽になったその身体で入口まで戻っていく。
「それじゃ、失礼しま~す! 」
突然やって来て、帰って行った。まさに風来坊のようである。京子は風来が置いていった書類を1枚手に取り鬼渡に見せる。
「何だろうね? これ」
「調査書っすよ」
「調査書?? 」
「聞いてないんすか……地平さんから」
「あ~~っと……聞いた……かも。でも、覚えてない」
地平から引き継ぎや説明があったのは初日。章に来たばかりのそのころの記憶はすでになかった。
「はぁ……調査書は現での人間の行いを調査省が調べたものっす。それを元に裁判で地獄行きが決定した分の調査書がここに持ってこられるんすよ。ここには罪人が現で行った業が書かれてるんすよ」
「ご……業?? 」
「まぁ、分かりやすく言うとどんなことをやったかってことっすね。物を盗んだとか不倫したとか薬物をやったとか……まぁ、そんな感じっす」
「ふ~~ん……あれ?? この右の欄は何?? 」
「そこは善行の欄っすね。そっちは良い行いをした内容が書かれてるんすよ。落とし物を届けた、とか人や他の生き物に優しくしたとか……そんな内容っすね。この調査書を元に課長はどの地獄で罪人を裁くかを決めて、償いが終わった罪人はこの調査書と一緒に転生省に引き渡して次の転生が完了するんすよ」
「なるほどねぇ……って!! あたしが決めるの!? 」
「そりゃそうっすよ。課長は閻魔なんすから。でも、まぁ今は地獄の門が開いてないんでどの地獄も何も無いっすけど……」
「なるほどのう……」
調査書の役割は分かった。だが、現状では地獄の門は開いていない。門が開かない限り、地平が行っていたように地獄のキャパシティが溢れぬように罪人を適当に転生省に渡すことになるとしたらこの調査書は無意味なものである。
「じゃ、始めよっか!! 鬼渡♪ 」
「何をっすか? 」
「『何をっすか』ってあたしの机の上で今にも崩れそうなこの大量の罪人調査書を調べるんだよ~~!! 一人でこんなの読み切れないもん」
「え……何で俺が手伝うんすか……」
鬼渡は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「え?? 何でって……鬼渡はあたしも部下じゃん!! 上司が手伝ってって言ってるんだから手伝ってよ。こんなにいっぱい見れないし」
露骨に嫌がる鬼渡にそれでも手伝いを要求する。
「課長……問題です」
「え?? 何々? またクイズ?? 」
京子は嬉しそうに鬼渡に顔を近づける。その女、クイズが大好きである。
「俺は課長のこと……どう思ってると思いますか? 」
「……え? 」
突然のラブ展開。
(えっ!?……何? どう想ってるかって……ひょっとして鬼渡は……あ、あたしのこと。……た、確かに好きな子にそっけない態度をとる男の子っているし、でもいざという時には頼りになって……守ってくれて……う、うわぁ……間違いない。す、好きなんだ……あ、あたしのこと。で、でも今はまず……地獄を何とかしなくちゃ。恋人なんか作ってる場合じゃない。で、でも意識したことなんかなかったけど、鬼渡なら強いし、頼りになる……かも。う~~ん……)
「…………ん? どうしたんすか? 課長?? 」
京子は鬼渡を見つめて動きを止めたままでいる。30秒ほど時間が流れ、ようやく口が動き出す。
「ご、ごめんね鬼渡。あたしのこと……想ってくれるのはうれしいけど。今は地獄を作ることを優先しなくっちゃ……で、でももし桃次郎を倒して地獄を作り終わったら……その、つ……付き合っても……いい……かな。で、でもまずはお、お友達からだけど……」
「……え? 何言ってんすか、課長……」
「え?? 」
「いや、俺は課長のことを地獄課長としてじゃなく、餓鬼課長と思ってるってことが言いたかったんすけど……併任かかってるんすよね? 餓鬼課長の」
「えっ……あっと……うん」
「つまり餓鬼課として餓鬼の管理はするし、地獄の罪人も罰しますけど地獄課の業務はしないってことっす。じゃあ、俺は餓鬼課に戻るんで」
勝手に勘違いして勝手に振られた京子。
「え!! ちょっと!! 本当にこれ全部あたし1人でやらなきゃいけないの!? まだここに来て4日目なのに!? 他に部下もいないこの哀れな地獄課長を置いていくのか!! 鬼渡~~……」
すでに鬼渡は十mほど先の入口まで離れていた。
「俺……頭良くないですし……役に立たないと思うんで……それじゃ」
「そ、そんなことないって!! 将来的に閻魔になることがあるかもしれないじゃない? だから一緒に……ってあれ? 鬼渡君!? 鬼渡~~~!! 」
引き止めようと色々と言葉を考えて再び鬼渡に目を向けるとすでに姿が消えていた。
「もう~~!! 手伝ってってば……ってわわっ!! 」
『がささささささ!!』
京子が入り口に視線を向けている隙に、手元の調査書は音を立てて机から崩れ落ちた。
「あ~~、もう~~もうもうっ!! 桃次郎の倒し方も思いついてないのに!! 何でこんなにたくさんの調査書をみなくちゃ……あっ。……調査書……さっき鬼渡は罪を裁いた罪人は調査書と一緒に引き渡すって言ってた。なら、今地獄にいる罪人の調査書はまだあるってことじゃん!! それを見れば桃次郎の弱点とかが分かるかもしれない……よ~~し!! 」
棚に雑多にしまわれている大量のファイルを取り出し、中を確認した。
「……やっぱり、調査書だ! 」
そこに綴じられていたのは先ほど調査省から届いた机の上にある調査書と同じものであった。罪人の顔写真、刑期や罪状なども書かれている。室内を見渡す。周囲の棚には手元のファイルと同じようなものが大量に存在している。
「うわぁ……すごい数……でも、やらなきゃ!! これで少しでも勝つ確率をあげなくっちゃ!! まずは刑期の長い罪人を集めていこう」
京子は両手で頬をぱんぱんと2回叩き、気合を入れると室内にある調査書を片っ端から確認していく。
♦ ♦ ♦
時刻は申の刻。16時である。
「課長~~、ちょっといいっすか……って!! 何やってんすか!? 」
「おう、鬼渡おかえり~~!! 手伝いに来てくれたのか? 」
入口に現れたしばらくぶりの鬼渡の姿を京子はファイルをめくりながら見つめる。
「いや……中層階の餓鬼たちに桃次郎の討伐の協力を説得してきたんでその報告に戻ってきたんすよ。結果から言うと協力してもいいそうっす」
「おおっ!! 本当か!? 」
「はい。中層階の餓鬼たちはそこそこデカい餓鬼なんで役に立つと思いますよ。力も有り余ってるんで罪人たちをぶっ飛ばしたがってました。……それより……何すかこの散らかりようは」
鬼渡は先ほど自分が部屋を出たときとは大きく様変わりし、あちこちに大量のファイルが散乱している光景を見て怪訝な表情を浮かべた。
「ああ~~、いやぁね? この調査書を見て思ったんだけど、この調査書を全員分調べていけば地獄制圧に役立つ情報が得られるんじゃないかなって……あはは……結構散らかっちゃった」
「ぜ、全部って……3000万人分っすよ!? そんなの1人じゃ無理っすよ!! 」
大量のファイルに囲まれながら作業をしている京子を見て鬼渡は言う。
「……でも、やらなくっちゃ……あたしは閻魔だから。罪人をちゃんと裁ける可能性が見つかったんなら……できることは全部やりたいんだ」
「…………はぁ……分かりましたよ」
鬼渡はそう言うと京子の傍にあるファイルを手に取り同じように調査書を1つずつ確認していく。
「お……鬼渡~~!! あ、ありがとう!! やっぱりお前は頼れる部下じゃな!! よしよし!! 」
嬉しさ余って京子は鬼渡の頭を子どもを褒めるかのように撫でる。現代であればたちまちSNSで拡散され、炎上し、袋叩きになるセクハラ行為である。
『ぐさっ!!』
「いたっ!! さ、刺さった!! 角が刺さった~~~!! 絆創膏……鬼渡!! 物品倉庫から絆創膏をとってきてくれ~~!! 」
「…………バカですか? 」
こうして京子と鬼渡はこの日とそして次の日も黙々と調査書を確認し、罪人の刑期や罪状を調べた。
♦ ♦ ♦
「ふぅ~~、疲れた~~」
鬼渡を撫でて負った手の傷を湯舟の中でさする。
「ふふっ……ふふうふ♪ 」
負傷したにも関わらず笑顔の京子。
そう。明日は8日。京子が章に来て最初の休日である。そして明日は調査省の雪宮と出かける約束をしている。
「あ~~、楽しみだなぁ……どんな洋服買おうかなぁ? もしかしたらおいしいパフェとかパンケーキとかもあるかも……楽しみだなぁ♪ 」
【でもさぁ……お腹すくんだよぉ…】
「……あっ」
京子は餓鬼の言葉を思い出した。あの悲しげな表情が忘れられない。
(あたしだけ楽しんで……いいのかなぁ……餓鬼のみんなにも…何かしてあげたいなぁ)
あれこれ考えている内にいつの間にか普段よりも1時間長く湯舟に浸かっていた。




