第25話 最強最恐最凶……儂が地獄の桃次郎じゃけんのう
ここは地下14階。
現在、目の前に現れた桃次郎を監視中である。
「もしそうだとしたらあいつを何とかしないといけないってことね? ん? ……ちょっと待って……ねぇ……あれって何? 」
「ん? どれっすか? 」
「ほらっ、あの桃次郎の羽織ってる服の背中に黄色の文字で何か書かれているんだけど? 」
岩陰からその桃次郎の様子をうかがうとその服の背中に何か文字が書かれているのに気が付いた。
「あれは『南無儂』って書いてあるんすよ」
「……南無儂? 」
「えっと『南無』とは帰依する……つまり『~~に従います』みたいなニュアンスっす。だからあの『南無儂』っていうのは、要は……う~~ん、『俺に従え』的な意味で着てるんじゃないっすか? たぶん……」
「ださ~~!! ダサすぎない!? 南無儂って!! 良い年したおじさんのすることじゃないよね!? 」
見た感じその男は決して若くはない。若気の至りで恥ずかしい刺繡の服を着て悪さしてました~~というには無理がある見た目である。
「ちょっ!! 声が大きいですって!! 」
その時である。背後に気配を感じた。
「おらぁ!! なんじゃあ!! おんしらぁ!!! 」
不覚にも背後に他の罪人がいる気配に気が付かなかった。
「う、うわぁ!! 」
飛び上がる京子。
「こいつ!! 」
京子を守ろうと罪人に殴りかかろうとする鬼渡。
……が、その時である。視線の先にいたはずの桃次郎が目の前に一瞬にして現れた。
「え? ……うぐっ! 」
「ぐっ!! 」
気が付くと京子と鬼渡は目の前に現れた桃次郎の左手と右手の中にいた。
鬼渡は瞬時に桃次郎を左足で蹴り挙げようとする……が、桃次郎は右手を離し、鬼渡だけを解放すると左手に京子を掴んだままひらりと背後へ飛んだ。
「ま~~た、おどれかぁ……何しに来よったんじゃあ鬼渡……また地平と一緒にぶちまわされに来たんかのう……? 」
「ち、違う!! 」
桃次郎は周囲を見渡している。
「確かに地平はおらんようじゃのう……代わりにおるんはこの女……」
桃次郎は左手に持った京子の身体をより一層高く掲げた。
「うっ……く、苦しい……」
「か、課長!! 」
「ん? 課長?? それに地平と同じ……その赤服……おどれ……新しい閻魔かいのう」
「ははっ、こりゃあ良い!! 新しい閻魔は女かいな!! ここもよっぽど人材不足か、はたまた俺らに恐れをなして地獄を見捨てたか……こりゃ愉快や!! 愉快や!! 」
「兄貴、早くこの女連れ帰りましょうや!! 」
桃次郎の周囲を取り巻く罪人たちは京子をみて騒いでいる罪人たちをたしなめるように空いている右手を下げる仕草をしている。
「まぁ、静まれ……おどれら」
桃次郎の声に一瞬にして周囲は静まり返る。そして桃次郎の視線は京子の方に向く。
「今、ここでおどれを嬲り回してもええがのう……余計な騒ぎになるんも面倒じゃけん。今日はこんくらいで堪えちゃるわ。女なら他にもおるけんのう……
これん懲りたらもうワシらんことをこそこそと嗅ぎまわらん方がええ……のう? 鬼渡」
今度は鬼渡の方に視線を向ける桃次郎。その眼光は鋭く多くの鬼を殺したことも納得の姿である。
「ふんっ!! 」
桃次郎は京子の胸ぐらを掴んでいた左手を離す。
「あうっ!! 」
どさりと地面に崩れ落ちる京子の身体。
「ワシは桃次郎、こん地獄最強の桃次郎じゃけんのう……」
「さっすが、兄貴心が広い!! 」
「おらぁ!! とっとと散れや!! 」
「次見つけたらぶちくらっちゃるぞ!! 」
そう言うと桃次郎とその取り巻き達は立ち去って行った。
桃次郎たちが立ち去った後、鬼渡はすぐに京子の元へ駆け寄る。
「だ、大丈夫っすか……課長!! すみません、守れずに……」
「あ……あううっ…………た…………立てない……。お、おぶって……おぶってくれい鬼渡~~!! 」
最大限の恐怖を味わった。人はそれを感じると子供のようになるのかも知れない。それはまるで子供が母親にすがるかのような光景である。あまりの恐怖に両足は今だにがくがくと震え続け、目から大粒の涙がポロポロと溢れ出る。
「わ、分かりました。とりあえず今日はもう、帰りましょう」
♦ ♦ ♦
「……ごめんね、鬼渡……おぶってもらって……」
鬼渡の背中の上で少し落ち着きを取り戻し、我に返った。いい年をして部下である鬼渡に背負ってもらっていることは少し恥ずかしい。
「いえ……そんな。正直、嬉しいっす……」
「……え? 」
「今はどこにいるか知らないっすけど俺のいる餓鬼課の課長は命令ばっかりする奴なんで……なんつ~か、その……上司と部下っていうよりは主人と奴隷って感じなんすよ……」
「そ、そうなのか……」
あいさつ回りでも雪宮が言っていた。餓鬼課の課長はヤバい奴だと。その言葉は今の鬼渡の話からも真実のようである。
「だから、頼ってもらえたり感謝されたりすんのって……単純にうれしいっす。……上司と部下の関係ってこんな感じなんすかね? 」
「そうじゃのう……きっとそうなんじゃろうなぁ」
上司と部下の関係と言っても互いに生きている生き物。部下と言っても格下でもなく、まして奴隷でもない。部下には部下の良いところがある。この鬼渡には京子にはない強靭な肉体がある。
上司は部下に命令する権限はある。それと同時に部下の長所を最大限に生かし、それを尊重する責務もなるのだろう。
鬼渡の言葉を聞いて改めて気が付かせてもらった気がした。
「そうじゃそうじゃ!! きっとそうじゃな!! 安心せい、鬼渡! あたしは餓鬼課の課長のようにお前を使ったりしない。一緒に頑張って地獄の門を開け、地獄を作って行こう!! 」
「……そうっすね! 」
背中ではしゃぐ京子の方を見て、鬼渡は嬉しそうに笑った。
「ところで……あいつが話していた言葉……あれは確かに広島弁じゃった……もしかして桃次郎は広島の人間か? 」
「え? …あ~~と…確か桃次郎は桃太郎の出身地の近くの出である…と書かれていましたね」
「やっぱりそうか!! くそ~~~、ますます許せん!! 」
「どうしたんすか…急に? 」
「あれは今から十数年前、まだあたしが学生だった頃の話なんじゃが……」
「はぁ……」
京子は突然鬼渡の背中の上で語り出す。
それは京子がまだ学生時代だった頃の話である。
□ □ □
「ねぇねぇ、京子知ってる? 東京とか大阪でちょ~~~有名なアパレルショップが中国地方に進出するんだって~~~ちょ~~~~楽しみじゃない? 」
「え~、マジ!? ちょ~~すごいじゃん!! で、どこにできるの!? 岡山駅? それとも倉敷駅とか? 」
「待って今確認する…えっと……あっ、広島駅って…書いてある……」
「あっ……そっか……広島……」
また別の日。
「ねぇねぇ京子見てよこれ!! 今度東京でちょ~~~行列できる人気のパンケーキ屋さんが
中国地方にもできるらしいよ? ちょ~~~すごくない!? 」
「え~~マジ!? ちょ~~楽しみ~~!! 出来たら食べに行こうね!! ……で、どこにできるの!? 岡山駅? それともやっぱり倉敷駅? 」
「待って、今確認する…えっと……あっ、広島みたい……」
「あっ……そっか……やっぱり、そうだよね……」
□ □ □
「いつだって有名店が出来るのは東京と大阪の2拠点。それは仕方のないことじゃ……人口が違いすぎる」
「東京? …大阪? 何の話っすか」
「次にありがちなのが福岡の博多。これも致し方あるまい! 博多は九州の中心だし、九州の市場すべてを手に入れるには良い立地じゃ。じゃが!! 許せないのは広島じゃ!! 何故、広島なのか!! どうして岡山じゃダメなんじゃ? 」
背中の上で右手を振り上げ上下にぶんぶんと腕を回して暴れる。
「うおっ!! だから何の話っすか」
「たしかに広島は岡山よりも都会だし、人口も多い、それも認める。じゃが!! 岡山には四国がある! 岡山からの四国のアクセスは抜群じゃ! 岡山と四国の人口を合わせれば広島に勝てる!! 」
「よく分かんないすけど、岡山単独で頑張ることはしないんすね……」
「だったら広島じゃなくても……ちょっとは岡山に流行りの店を作って欲しかった……おかげであたしはおしゃれなお店にも行けずに慎ましい学生生活を送る羽目に…うっ……ううっ……」
かと思えば突然、京子は両手で顔を覆い、うつむく。
「よく分かんないすけど、完全に逆恨みじゃないっすか……」
「じゃが!! 積年の恨みを晴らす時が来た! 桃次郎を打ち倒し、広島よりも岡山が強いということを証明して見せる!! 」
「やめてもらえますか…その私的な理由で闘志燃やすの……」
「行くぞ!! 鬼渡!! 必ず地獄の門をこじ開け、あの憎き桃次郎を打ち倒し、奴を地獄に叩き落とすんじゃ!! えいっえいっ、お~~~~!! ……ほれっ、鬼渡も一緒に…えいっえいっお~~~!! 」
「はぁ……私情はさむの止めて欲しいなぁ……」
するとまた冷静に戻ったのか、背中ではしゃいでいた動きがピタリと止まる。
「あとさ……鬼渡君」
「ん?? 何すか? 」
首をひねり、京子の方を見る鬼渡。
「俺が守るんでとか言ってくれるのはうれしいんだけど…勝てない奴がいるんなら……今後は事前に教えてね……もうちょっとで危なかったから……ね? 」
「はい……それは本当にすいません」
命の危機ではあったが感情的に非難することなく優しく諭す京子であった。
やはりここは地獄。腐りきってしまった地獄。そうたやすくは元の地獄に戻すことは難しいと改めて実感した。
京子は鬼渡におぶさりながら地獄の門を後にするのであった。




