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第1話 地獄の沙汰も金次第

 地獄ってどんなところだろう? 

悪人が正しく裁かれるとか限らない現世。せめて地獄ではしっかりと裁かれていて欲しい。そんな話を考えて作ってみました。

 なお、地獄の話だけだと怖すぎるので仏教の話や考え方を交えて物語を作っていきたいと思います。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 

 ここは日本の首都、東京。かつて日本が敗戦で焼け野原になってから戦後の復興のために、日本中から人々が集まって創り上げて来た首都である。

 戦後の日本に希望をもたらした東京タワーや多くの高層ビルが立ち並ぶ。



 当時の先人たちは泥にまみれ、幾多の辛酸を舐めながらも必死に行動したのであろう。それはいか程の困難であったろうか。その泥にまみれ、しかし地道に創り上げて来たのが今日の日本なのであろう。



 人々の生活はやがて豊かになり、人々は活気に溢れ、明日は今日よりきっと良くなるという一点の曇りもない希望に満ち、やがて日本は高度経済成長期を経て空前のバブル期を迎えた。




 人々は狂気し、これから先も日本の発展はゆるぎないと信じていたに違いない。

 



 だが、そんな期待とは裏腹にバブルは崩壊し、そのバブルの破裂と共に人々の心もまるでしゃぼん玉が割れてしまったようにしおれてしまっている現代。

 そう、今はそれから30数年経った日本。景気は低迷し、人々の暮らしは年月とともに劣悪なものになっていった。




 そんな低迷の時代に日本のために官僚になった1人の女がいた。

 彼女の名は日下ひした京子きょうこ。地方から東京の大学に進学し、日本を良くしたいという目標を持ち、猛勉強を経て晴れてキャリア官僚になったのだ。






 ♦  ♦  ♦






 東京霞が関、某省



 日下ひした京子きょうこは入省して11年目。今年、課長補佐に昇進したキャリア官僚だ。

 11年目で課長補佐に昇進したということで省内では普通ではあるが、比較的順調に出世コースを歩んでいる。



 現在は課長補佐1年目として政策のための資料集めや課長との打ち合わせ、議会対応の説明資料の作成等、日々の業務をこなしている。朝は7時には出勤し、夜は午前様であればよい方で週の半分ほどは泊まり込むような日々を過ごしている。




 「日下。この資料なんだけどさぁ」



 「あっ、はい……この前作った資料ですよね、これ」



 「悪いけど別のデータが載ってる資料に作り直してくれないか? 」



 「えっ……で、でもその資料は色々なデータを平均してちゃんと調べたうえでのもので…」



 「いや、分かってるんだけどさ。ほらっ、この内容だと答弁で説明してもらう時に内閣の方針と合わないだろ? ……だから、悪いんだけど頼むわ」




 「わ……分かり…………ました」




 京子が課長から指示されたのは資料の作り直し。しかもその資料は京子がしっかりとデータを精査し、正しいという自信を持って提出した資料であった。その資料の差し替えの指示を今、京子は受けた。そんな課長の言葉に京子は納得できなかった。

 ………出来なかったが……間違っていると言えなかった。

 様々な資料を読みこんで調べ上げて恣意的な作為などがなかった。課長の言葉はその資料に一部の恣意的に選び抜いたデータのみを載せ、内閣の都合に良い資料に仕立て上げろと言われているように感じた。




 間違ってる。そう感じた。

 ………にもかかわらず、間違っていると言えなかった……言わなかった。




 (……仕方ないよね。あたしが間違ってるって言ったって……何も…………何も変わらないもんね。)

 しかし、そんな課長補佐としての日々の業務も突然終わりを告げることとなる。






 ♦  ♦  ♦






 「うっ……」



 「ん? どうしたんですか……日下さん!! 」



 「くっ……苦しいっ!! 」



 「えっ!! ひ……日下さん!? だ、大丈夫ですか!? だ、誰か!! 救急車!!早く救急車を呼んでくれぇ!!! 」

 が、迅速な救急連絡や必死の救命もむなしく、京子はあっけなく命を落とした。

 32歳の若さであった。






 ♦  ♦  ♦






 (ああ……あたしの人生って、こんな終わり方をするんだ。……一生懸命頑張って…………日本のために頑張ろうとしたのにな……)



 朦朧とする意識の中、京子はそんなことを考えていた。だが、そんな考えと相反するように思い起こされる今までの人生は理想とはほど遠い人生。



 (いや……そんなに頑張ってなかったのかも…………資料の作り変えにも……結局は同意しちゃったし…………全然ダメじゃん……あたし。。)



 間違っていると思うことでも間違っていると言えずに流されるように生きてきた。



 (もっと……間違ってることを…おかしいと思うことをはっきりと間違ってるって言えてたら……日本も……あたしも……少しは変われたのかな? )



 薄れゆく意識の中で、京子はひそかに願う。




 (……もし、死後の世界があるのなら……今度こそちゃんと。…………間違ってることは間違ってるって言えるような……そんな生き方が出来たらいいなぁ。……死んじゃってるけど…………)



 そんな死にゆく身体で叶うはずのない願いを頭に浮かべた……




 (あれ、何か……左目が……あ、熱い……)




 真っ暗闇の視界にかすかに何か音がするようなしないような……そんな中で京子は左目に今までに感じたことのないほどの熱さを感じた。





 「………………」











 ♦  ♦  ♦











 「……………………」




 「……あれ……ここは? 」


 


 京子がふと辺りを見渡すと周りには全身を白い服で身を包んだ人々が何やら大勢いた。そして、ふと視線を下に向けると自身の身体も周囲の人々と同じように白い服が包んでいることに気が付いた。



 「……さっきまで……あたし……スーツを着てたはず……なのに」



 京子は先ほどまで着ていた服を思い出していた。

 自身が着ていた服装。……いた場所。……していた仕事。……慌てる周囲の声。……けたたましく聞こえるサイレンの音。……呼びかける救急隊員の声……。




 (……あ、そっか…………)




 やがて、京子は自らが死んでしまったことを悟った。



 「……そっか。あたし、死んじゃったんだ……。………はぁ……やりたいこと、いっぱいあったのになぁ。。」



 辺りを見渡すと周りに並んでいる人々も何やら白装束に身を包み川に浮かぶ船に次々と乗り込んでいる。

 (……こ、これは……話で聞いたことのある三途の川というものなのでは?)



 京子が人々と共に列に並び前に進んでいくとやがて船のある場所でなにやら資料を持っている人物が見えてきた。さらに列が進むと次第に声が聞こえてくる。

 「えっと……地獄。次は……あっ……地獄。次も……地獄。え~、あなたは………天国っと……」




 (……そっか、あそこで天国行きと地獄行きを分けているのね……。でも、聞いた話とイメージが違うな。お話なんかでは閻魔様の前に行ってそこで判決を受けるもんだと思ってたけど意外と業務的な感じなんだなぁ)

 視線の先には白い和装の女が同じような白装束に身を包んだ人々を振り分け別々の船に乗せていく。船がいっぱいになると船は動き出しはるか向こう側にうっすらと見える岸を目指しているようである。



 (あたしは…どっちなんだろう?……地獄ってことは………ないよね。一応、国のため国民のみんなのために色々と頑張って過労死しちゃったんだし)

 京子はそんなことをぼんやりと考えながら自分の番を待って列を進んでいく。



 (……まぁ、天国に行ったらそれはそれで楽しいかもなぁ…。おいしい物もいっぱいありそう。あっ、桃の木とかあるといいなぁ。生きてた時は激務で果物あんまり食べられなかったし……)



 「えっと…次は、日下……京子。………ん!? 」

 (……はぁ、天国って他に何があるんだろう??デパ地下とかあるといいなぁ。あ、でも天国だからあってもデパ地上か……)

 早々に天国行きの後の暮らしを想像して上の空になっている間にいつの間にか京子への審判の順番がやって来ていた。




 「えっと…日下京子……地獄……え……ま!? 」

 「……………ん?? …えっ、な……何て? 」

 一瞬にして想像の世界から戻って来た。上の空の耳でも確かに聞こえた気がした。聞こえはしたが、もう一度聞き返さずにはいられなかった。きっと上の空になっていた耳が聞き間違いをしたのだと。京子は目の前の和服の女に聞き返した。




 「あれ? よく聞こえませんでした? えっと、あなたは地獄……の……」

 「いや~~~~~!!! いやいや、地獄なんて行きたくない~~~っ!!! 」

 京子は取り乱した。まさかの通告であった。一応、人並みにはしっかりとは生きて来たという自負があった。それが……まさか……こんな判決が下るとは想像もしていなかった。




 「えっと、そうじゃなくって……あなたは地獄のえん……」

 「いや~~~~~!!! 地獄なんて行きたくない~~~っ!!! 」

 京子は再び絶叫した。まさか自分が地獄に落ちるなんて……絶対に受け入れたい現実であろう。



 「はぁ。……まぁ、いいや。とりあえずそっちの船に乗せちゃってくださ~~い!! 」

 白い和服の女がそう声をかけると近くにいた数人の人物が泣きじゃくる京子を強引に船に乗せ込んでゆく。





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