表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハロー、愛しのインスタントヒーロー  作者: 月山 未来
1分だけ見つめ合って
31/33

5

 


 たとえ誰かが死んでも朝は当たり前にやってくるし、社会は素知らぬ顔で回り続ける。

 つまり私の心が生きてようと死んでようと、時間の経過は容赦ない。


 夏休みが明けると、書類の提出や採用試験に追われた。そこからあっという間に選考、内定と進んで、やっと一息ついた頃、暑さはすっかり落ち着いていた。



「此花さん、就職先決まったんだって? おめでとう」



 バイト終わり、およそ二か月ほど顔を合わせていなかった井田くんに出くわした。勝手に気まずいと思っていたけれど、向こうはあまり気にしていないようだ。



「今日って、井田くん出勤じゃないよね」



 何でいるの、というニュアンスが伝わってしまったらしく、彼が苦笑する。



「あー、俺さ、先月でここ辞めたんだよね。今日は制服返しに来た」


「……そうなんだ」



 この一か月は私の方もあまりシフトを入れていなかったから、全然知らなかった。最後に一緒に働いたのはいつだったっけ、と首を捻るも思い出せない。



「お世話になりました」


「はは、堅苦しいのやめて。まあ、でも、うん。お世話になりました」



 頭を下げ合って、僅かに沈黙が流れる。



「此花さん」



 妙に畏まった呼び方をされて、違和感を覚えた。井田くんが小さく息を吐く。



「この後、ちょっと時間ある?」







 結局、二人でファストフード店にやってきた。

 井田くんに限って変なことは起こらないだろうし、彼と話すのもこれが最後になるのだろう。


 お腹は空いているけれど、食べる気にはなれなかった。ドリンクだけを注文して席に着く。



「俺さ、此花さんにずっと言ってなかったことがあるんだ」



 そう告げられ、なぜか腑に落ちている自分がいた。

 井田くんはきっと正直に真っ直ぐに生きてきた人で、それなのにいつも何を考えているのかいまいち掴めなかったのだ。見えない部分が、彼の敢えて見せてこなかった部分なら、納得できる気がした。



「俺、絢斗と友達なんだよね」


「……え、」


「暮町絢斗。高校同じなんだ」



 そう何人も同姓同名の人物がいるわけがない。彼が指しているのは、私のよく知っている絢斗で間違いなさそうだ。



「実は、絢斗からずっと聞いてたんだ。“ななちゃん”のこと。だから此花さんがその“ななちゃん”だって分かった時、びっくりした」



 絢斗と井田くんが友達だったことも、井田くんがびっくりしたことも、私にとっては些細なことにすぎない。

 それより何より、私にはどうしても聞きたいことがあった。



「……絢斗は、私のことなんて言ってた?」


『僕じゃ、奈々ちゃんを幸せにできない』



 多分、あれは失恋なんだと思う。


 絢斗は私のことが好きで、好きだから、一緒にいられないという結論を出したのだ。自分と一緒にいても幸せになれないから、と究極の殺し文句を使って。


 痛みは少しずつ体を蝕んで、それでも私はまだきちんと諦められていない。絢斗と一緒にいることはできないとあんなに思っていたのに、いつか手放さなければならないと思っていたのに、終わりはきてしまうのに、いざ失うとなったら、何一つ覚悟なんてできていないことを知った。


 いつか終わるのだから、綺麗に終わらせたい。ちゃんとこの恋を失いたい。



「ずっと悩んでたよ」



 井田くんが私の質問に答える。



「絢斗は、ずっと悩んでた。僕が奈々ちゃんのそばにいる資格はあるのかな、って、最近はそればっかりだった」


「資格?」



 彼は頷いて、前にさ、と続けた。



「此花さん言ってたよね。好きかどうかって、キスできるかどうかだって」



 胸の奥がひりついている。井田くんには何もかも見え透いているのかもしれない。



『まあ、人それぞれだよな、大事にしてるものって』


『自分の中の大事なものまで変えなくていいけどさ、違うものを大事にしてるやつもいるんだって、ただ、知ってて欲しい』



 それは、全部絢斗のことを言っていたんじゃないのか。



「――絢斗は、誰にも性的欲求を持てない。そのことにずっと悩んで、苦しんでたよ」



 周りの喧騒が遠くなっていく。言われた内容を文字通り頭に入れても、一向に理解なんてできなかった。



「俺も最初聞いた時はよく分かんなくて、下世話な冗談言っちゃったんだけどさ。色々調べて、そういう人は少なからずいるんだなって知ったんだ。恋愛感情そのものが持てないって場合もあるし、行為だけ受け付けないって場合もあるし、ほんとにその人によって違うみたいで」



 井田くんが丁寧に説明するのを、他人事のように聞いていた。彼は当たり前に理解して受け入れたのだな、とも思った。


 だって、そりゃそうだ。井田くんにとって絢斗はただの友達で、友達がどんな価値観を持っていようが受け入れる他ない。相手は相手、自分は自分。そうやって割り切れるから関係を続けられるのだ。


 私は違う。私にとって絢斗は大切で唯一無二で、好きな人。ずっと一緒にいたい人。

 友達じゃない。恋や愛を伴った人間同士が一緒にいるには、価値観の擦り合わせがどうしたって必要になる。


 大事なものの優先順位を見失って壊れていく男女なんて、今まで腐るほど見た。



「絢斗が此花さんのことを大事にしてるのも、すごい好きなんだろうなっていうのも、俺は絢斗の話を聞いて分かってるつもりなんだ。だからあの日、あんなこと聞いちゃってさ」


『誰かと付き合うってなったら、此花さんは何を決め手にするタイプ?』



 じゃあ私はあの時、お互いを想い合う気持ち、とでも答えていれば良かったんだろうか。思ってもいない回答を寄越して、井田くんが「大丈夫だいける」と絢斗の背中を叩いて励まして、そうしたら私たちは幸せになれたんだろうか。


 違う。どんなに綺麗事を吐いたって、私は私だ。他の何者にもなれない。愛されたくて寂しくて満たされたくて嘆いている、空っぽな私。

 満たしてくれないと、それが絢斗じゃないと、幸せになんてなれない。優しくて温かいだけの恋で生きていけるような人間じゃない。


 ――そうか。



『奈々ちゃん、……ぼ、く、』


『ごめんね……』



 絢斗はそれが分かっていたから泣いたんだね。ずっと苦しそうな顔をして、何回も謝ったんだね。



『……絢斗、好きだよ』



 絢斗のことをむごいと思ったけれど、私もきっとむごかった。

 私の告白を聞いて泣いていた時、絢斗は私を抱き締めながら、私に欲情できないことを悟ったのだ。絢斗の失恋は、私のそれよりも幾分早かった。


 じゃあ、絢斗、私たち本当に終わりだね。



「……そっか。ありがとう。教えてくれて」



 立ち上がった私に、井田くんが表情を強張らせる。


 説得なんてしなくていいからね。正論もいらない。

 だって無理だ。私の大切にしているものと絢斗の大切にしているものが違うから、この先どうしたって苦しくなる。


 終わりを待つだけの始まりに、自ら足を突っ込む必要なんてない。



「絢斗とは話さないの?」


「もう話したよ。終わったの。私とはキスできないって、ごめんって、絢斗が言った」



 平行線を眺めていても無駄。いつか交わるかも、と希望を持つことは無駄。平行線は永遠に交わらないから平行線なのだ。


 ああ、でも、平行線だから私たちは今まで、幼馴染でいられたのかもしれないね。



「じゃあ、今までありがとう。勉強頑張って」



 飲みかけのドリンクを持って、今度こそ席を立つ。

 井田くんの横を通り過ぎようとした時、勢いよく腕を引かれた。



「あんたさあ、ほんとに“ななちゃん”かよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ