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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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短編集「死の物語」

ただ1つ、友を願う

作者: 九十九疾風

 少し、寂しくなった空を眺めていた。


 青く澄んだ空。あの頃から何一つ変わってない、ただ広い空。


 手を伸ばしたら掴めそうなのに、どう頑張っても掴めない。



 そんな空が、私は大好きだった。





 ・・・





「人生、何があるかわからん。だから、後悔せんように生きなさい」


 この言葉は、おじいちゃんが口癖のように言ってた言葉。

 おじいちゃんは、私の唯一の家族で、心の拠り所だった。家族と言っても、血の繋がりは無いんだけどね。

 でも、血の繋がってない私を、おじいちゃんは本当の家族みたいに育ててくれた。美味しいご飯を食べさせてくれたり、欲しいものを買ってくれたり、学校に通わせてくれたり。そんなおじいちゃんのことが、私は大好きだった。

 でも、おじいちゃんは2年前に死んじゃった。当たり前といえば当たり前のことだったんだけどね……

 あのときは……確か中学1年生の時、だったかな。最初は現実を受け入れられなくて、ずっとずっと泣いてた。それで、そのまま寝ちゃったんだ。


 目が覚めた時、いつもなら聞こえてくるはずのおじいちゃんの声が聞こえてこなくて、

「あぁ……本当に、死んじゃったんだ……」

 って、初めて現実を見ちゃったんだ。それでなんか……もう、生きてる意味なんてないんじゃないかなって思って……


 なんとかして、死のうと思ったんだよね。


 でも、そうなることをおじいちゃんが見越してたらしくって、凶器とか、全部捨てられちゃってた……それに、家の高さ自体もそんなに高くないから、近くの川に行くしか、選択肢が無かったんだ。

 それで、川まで歩いていって……それでそのまま、いちばん深いところに沈んだんだ。最初は苦しかったけど、少しずつ感覚と意識が遠のいていって、これでおじいちゃんと同じところに行けるって思えて、嬉しかった。

 目が覚めたら、もう一度おじいちゃんに会えるんだって。もう、こんな苦しい思いしなくていいんだって……そう、思えたから。





 ・・・





 目が覚めた私は、真っ白な天井を眺めてた。

 ここはどこなのか。その疑問よりも先に、今自分が生きているのか死んでいるのか。このことだけが頭の中を埋めつくした。

 少し遠くから聞こえる声。

 その声が、私の淡い期待を全て現実へと塗り替えていく。


「……ぁ……!翠奏(みかな)!よかった……!目を覚ましたんだね!」

「……なんで…………?」

「なんでって……友達が生きててくれて嬉しくないわけないじゃん!」

「…………」


 正直、この日のことはこのやり取り以外覚えてない。でも、香花凪(かはな)の「友達」って言葉。本当に嬉しかった。

 それから毎日、香花凪は私の病室に来ては他愛のない話を聞かせてくれた。学校のみんなのこと、勉強のこと、昨日見たテレビの話……まるで「おじいちゃん」という生きる理由を無くした私に、新しい「理由」をくれるみたいに。

 ずっと、そんな日々が続くと思ってた。私も、香花凪も。


 でも、現実は甘くなかったみたい。


 香花凪との日々が2年近く続いたある日の昼頃。私の心臓が、1度止まった。

 その後お医者さん達が頑張って、1時間後くらいに意識を取り戻したんだって。

 あの日の私なら、どうしてこのまま殺してくれなかったんだーって、嘆き叫んでたと思うけど、今の私は、少しでも香花凪といられる時間が出来たことが嬉しかった。





 ・・・




 あの後、1日だけ病院の外に出る許可を貰った。今までどれだけ頼んでも貰えなかったのに、今になって許可を貰えるというのは、つまりそういうことなのだろう。

 香花凪に車椅子を押してもらいながら、ゆっくりと病院の外にある中庭を散策した。いつものように、香花凪の他愛のない話を聞きながら。


「あのさ、翠奏……1つ、聞いてもいい?」

「……どうしたの?」

「翠奏はさ……死ぬのが、怖くないの?」


 中庭を1周し、真ん中にある少し大きな木の下に戻って来た時、震える声で香花凪が聞いてきた。

「死ぬのが怖くないのか」

 この言葉は、きっとあの日の私なら「怖くない。後悔なんてないから」って切り捨てられたんだろうな。でも……


「……怖いよ。あの時と違って、後悔が出来ちゃいそうだし」

「後悔……?」

「うん」


 私は、ゆっくりと首を後ろに倒した。香花凪の顔を下から覗き込むように。


「おじいちゃんがよく言ってたんだ。『後悔しないように生きろ』って。あの時の私は、『今死ななきゃ後悔する』って思って死のうとしたんだ。でも……」


 そういうことじゃないって気付かされた。あの時死んでたら、きっと後悔してたと思うから。


「……でも?」

「今死んだら、香花凪と一緒に居られなくなる。香花凪の話を聞けなくなる。だから、怖い」


 香花凪の目をじっと見ながら、私は今ある本心を全てぶつけた。香花凪ともっと一緒にいたい。たとえ叶わない願いでも。


「……じゃあさ、もし、もしもね?」

「……うん」

「翠奏がし……死んじゃったら……私、毎日お墓に行くよ。それで、いつもみたいに、私の話をする!」


 香花凪は震える声を必死に抑えながら、私に笑いかけた。


「だから……ずっとそこにいてくれる?私の事……待っていてくれる?」

「……うん……わかった」


 私はゆっくりと顔を戻して、目を閉じた。


「それじゃあ、もうそろそろ戻ろうか」


 その声を聞いた時、私は香花凪の横に立っていたんだ。





 ・・・





 あの日の空も、こんな感じだったっけ。

 懐かしい日を思い出しながら、私は自分の墓石の上に座って、時間が経つのを待っていた。

 あれから何十年も経つけど、香花凪は毎日欠かさず私に他愛のない話を聞かせてくれた。自分の子供を連れてきてくれたり、孫を連れてきてくれたりして。そんな香花凪の話が、私は大好きだった。

 でも今日は、いつもより遅い気がする。もう少しで空が紅く染まりそう。


「……久しぶり。変わらないね」

「……え?」

「お待たせ」

「……久しぶり。ずいぶんと変わっちゃったね」

「そりゃ、歳をとったからね」

「でも……変わんないね」

「そう?なんか翠奏に言われるのは複雑だな〜」

「あはは。それじゃあ、行こっか」

「そうだね」







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