表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

ピリオドの向こうに.

作者: 秋本そら

 歩いてきた道に、ピリオド(終止符)をひとつ。

 幼い頃に選んだこの道を捨てるのは、今だと思った。もう少しで大人にならざるを得ない、今このときなのだと。

 だって、目の前に広がっていたはずの世界は、日を追うごとに薄れてぼやけて、蜃気楼みたいに遠くなるものだから。

 そんな不確かな夢には、終わりを与えなければならない。

 夢を見続けられる時間は、もう長くない。

 これからは、求める自分でいられるわけでも、ありのままの自分でいられるわけでもないのだ。

 思い切ってひと息に。終止符は心に深く突き刺さった。

 心に打ち込まれた釘の頭(ピリオド)が、銀色に光る。周りからじわりと、血が滲んでいた。

 けれど、そこが少しも痛まなかったのは、きっと夢を既に半ば諦めていたからなのだろう。

 夢を、自分を、信じ切れていなかったからなのだろう。


 理想を追わないなら何を追う?

 夢を見ないなら何を見る?

 答えはひとつ。現実のみだ。


 今まで歩むことのなかった道を、歩いていく。

 求められる姿になれるように。

 自分を繕うことができるように。

 幸い、口だけは達者だった。

 皮を被って、選ぶべき道を見つけて、一歩ずつ進んでいく。

 そのはずなのに、どうしてだろう。

 真っ暗闇の夜道で、迷子になってしまいそうな気がする。

 そして、もしそうなったとしても、自分を偽ったまま道を探して歩いていくのだろうな、と。

 そんな、気がする。


 ふと、懐かしくなっただけだった。

 寄り道をしようと思っただけだった。

 かつて歩んだ道を見つけて、なんとなく足を踏み入れた。ただそれだけで、突然心が痛みだした。

 そんなわけはない、ありえない。

 そう思ったけれど、ピリオドの打たれたその場所は、未だ血を流し続けている。

 心は色を失いかけ、聞こえない叫び声を上げている。

 その痛みを慰める方法を、知らなかった。

 そして、痛みを慰めないことには前に進めないことに気がついた。

 いやだいやだ、と叫ぶその声が、自分をこの先に行かせようとしないから。流れる血が複雑に絡むつたになり、体をがんじがらめにしてしまったから。

 このままだと、どこにも行けない。


 どうして、痛いんだろう。

 どうして、こんなに苦しいんだろう。


 理想を捨てられていないのだ。

 夢を諦められなかったのだ。

 見て見ぬ振りで知らんぷり。自分と向き合えず、自分から逃げて隠れ続けて、けれどついに見つかったのだ。

 まだあの道を、幼い頃に選んだ道を歩んでいきたい自分に。

 ……でも、でも、そんなこと、出来やしないのに。

 無理にでも心の痛みを堪えて、嫌がる自分の声を塞いで消して、流れる血のつたを引きちぎって。そうやって、また迷子になりかけながら、進んでいこうとするけれど。


 後悔するよ。

 いつか、きっとね。

 ……わたし、みたいに。


 そんな姿を見た誰かが、言葉をこちらに投げかける。

 その人の体には、傷と血の痕が残っていて、口にはチャックが縫い付けられていた。

 未来の自分を、見ているかのようだった。


 その人の胸には、一本の釘(ひとつのピリオド)が打ち込まれていた。


 無理に進めようとした足を、止めた。

 打ち込んだピリオド(終止符)を無かったものに。心に刺さったままだった(ピリオド)は消え、血を流し続けていた傷口は癒えた。

 まだあの道を諦めきれないならば、遠回りをしながらでも歩んでいこう。


 そう決めた私を照らしたのは、朝日のスポットライトだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ