ピリオドの向こうに.
歩いてきた道に、ピリオドをひとつ。
幼い頃に選んだこの道を捨てるのは、今だと思った。もう少しで大人にならざるを得ない、今このときなのだと。
だって、目の前に広がっていたはずの世界は、日を追うごとに薄れてぼやけて、蜃気楼みたいに遠くなるものだから。
そんな不確かな夢には、終わりを与えなければならない。
夢を見続けられる時間は、もう長くない。
これからは、求める自分でいられるわけでも、ありのままの自分でいられるわけでもないのだ。
思い切ってひと息に。終止符は心に深く突き刺さった。
心に打ち込まれた釘の頭が、銀色に光る。周りからじわりと、血が滲んでいた。
けれど、そこが少しも痛まなかったのは、きっと夢を既に半ば諦めていたからなのだろう。
夢を、自分を、信じ切れていなかったからなのだろう。
理想を追わないなら何を追う?
夢を見ないなら何を見る?
答えはひとつ。現実のみだ。
今まで歩むことのなかった道を、歩いていく。
求められる姿になれるように。
自分を繕うことができるように。
幸い、口だけは達者だった。
皮を被って、選ぶべき道を見つけて、一歩ずつ進んでいく。
そのはずなのに、どうしてだろう。
真っ暗闇の夜道で、迷子になってしまいそうな気がする。
そして、もしそうなったとしても、自分を偽ったまま道を探して歩いていくのだろうな、と。
そんな、気がする。
ふと、懐かしくなっただけだった。
寄り道をしようと思っただけだった。
かつて歩んだ道を見つけて、なんとなく足を踏み入れた。ただそれだけで、突然心が痛みだした。
そんなわけはない、ありえない。
そう思ったけれど、ピリオドの打たれたその場所は、未だ血を流し続けている。
心は色を失いかけ、聞こえない叫び声を上げている。
その痛みを慰める方法を、知らなかった。
そして、痛みを慰めないことには前に進めないことに気がついた。
いやだいやだ、と叫ぶその声が、自分をこの先に行かせようとしないから。流れる血が複雑に絡むつたになり、体をがんじがらめにしてしまったから。
このままだと、どこにも行けない。
どうして、痛いんだろう。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
理想を捨てられていないのだ。
夢を諦められなかったのだ。
見て見ぬ振りで知らんぷり。自分と向き合えず、自分から逃げて隠れ続けて、けれどついに見つかったのだ。
まだあの道を、幼い頃に選んだ道を歩んでいきたい自分に。
……でも、でも、そんなこと、出来やしないのに。
無理にでも心の痛みを堪えて、嫌がる自分の声を塞いで消して、流れる血のつたを引きちぎって。そうやって、また迷子になりかけながら、進んでいこうとするけれど。
後悔するよ。
いつか、きっとね。
……わたし、みたいに。
そんな姿を見た誰かが、言葉をこちらに投げかける。
その人の体には、傷と血の痕が残っていて、口にはチャックが縫い付けられていた。
未来の自分を、見ているかのようだった。
その人の胸には、一本の釘が打ち込まれていた。
無理に進めようとした足を、止めた。
打ち込んだピリオドを無かったものに。心に刺さったままだった釘は消え、血を流し続けていた傷口は癒えた。
まだあの道を諦めきれないならば、遠回りをしながらでも歩んでいこう。
そう決めた私を照らしたのは、朝日のスポットライトだった。